ニンゲン夢主の名前
Only the saving grace.
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結局、私はフリスクの動向を伺いながら尾行しただけで、目立った行動は何もしなかった。ただ、フリスクの尾行という目的が合致した影響もあって、フラウィが同行者になったのは意外だった。
「オマエ、目的はなんだよ」
「ニンゲンの応援、かなあ」
「……へえ。そうは見えないけどね?」
「なんとでも言ってよ」
私がいるからか、フラウィは地面に潜ることなく傍らにいる。正直なところ、私の記憶には穴が多いので、ナビゲーターがいるのはありがたい。監視カメラの位置と死角を教えてもらい、写りこまない位置に魔法で骨を生み出した。いくつか足場を確保したところで、次から次へと骨のてっぺんへ飛び移っていく。こういうとき、魔法が使えるのは便利だ。
「ああ、オマエ、スケルトンだったな」
「なんだと思ってたの?」
「鬱陶しい雑魚モンスター」
「きみは口が悪いねえ」
「なんとでも言いなよ」
嘲笑を浮かべてフラウィは言い放つ。まさか彼と地底世界を旅することになるなんて、夢にも思わなかった。もちろん、油断はできない。彼は私をスケルトンだと誤解している。その間違いを正すつもりはないけど、露見しないように注意しなければ。
そうして、別のことに気を取られていたせいで、またしても私は忘れていたのだ。
「よう。散歩か?」
「……サンズ」
場所はホットランド。サンズの屋台がある場所。いつの間にかそこまで到着していたらしい。ちらりと周囲を見渡すと、フラウィの姿はない。悟られないように姿を消したのだろう。私にもそういう力があれば良かったのに。ないものねだりをしても仕方ないので、すぐに気を取り直す。
「まあ、そんなとこ?」
「珍しいな、グレースが外に出るのは」
「私もそう思うけどね? わざわざ言わなくてもいいでしょ」
「で。オイラの店に寄ったってことは、ホットドッグが必要ってことかい?」
「いや、買う気ないよ」
一刻も早く通り過ぎてしまいたい。ずっとここにいると、たぶんボロが出る。
「遠慮しなくていいぜ」
「してな……、なんでもう用意してるの?」
「へへへ、カマ かけてただけなんだろ?」
ずい、と差し出されたのはホットドッグ。ひと目でわかるものの、イメージとは少々異なる。
縦に深く切り込みの入ったドッグパンは香ばしい芳香を纏っているけど、その峡谷に架かるのは夥しい量のケチャップだ。最早、なにが挟まれているのか、見た目だけで判断するのは不可能に近い。
「いやかけてないし。大体、中身はガマ でしょ……」
ウォーターソーセージ、別名ガマ。サンズが売っているホットドッグに挟まれているのは、この植物の穂だ。いまでは見るも無惨に真っ赤に染め上げられているが。
しかし、漂う酸味がパンの良さを打ち消している気がしてならない。これで商売出来ているのかな? それとも、スケルトン限定のサービスとか? ケチャップはサンズのすきなものだし、厚意なのかも。
「まあいいや。食べ物を粗末にしたくないから買ってくよ。いくら?」
「まいど。5000Gだぜ」
「聞き間違いだよね。50Gってとこ?」
「冗談キツいぜ。5000Gだ」
「………………」
「………………」
「……物々交換って有効?」
「ものによるな」
「くっ……これだけは使いたくなかったんだけど……」
尚早を滲ませながら、私は袖の下を漁る。そして、ゆっくりとブツを差し出した。やおら現れたそれを見たサンズの目の色は面白いくらいに変わる。
「……いいぜ。持っていきな」
「やりぃ!」
こうしてケチャップと引き換えに、私はホットドッグを入手したのである。なぜケチャップを持っていたかって? サンズとの平和的交渉のための材料にしたかったからだよ。まさかホットドッグに対してこのカードを切る羽目になるとは思わなかったけど。
とにかく、サンズによるホットドッグの関門は無事に突破。その先でフラウィとも合流した。
「フラウィはサンズのこと、苦手なの?」
「は? バカにしてる? ボクはあのニヤケ面を見たくないだけ。ムカつくから」
「口が悪いなあ」
「ハハ、何度でもいいなよ」
これでようやく障害なく進める、と思ったところで、クモのすみかに差し掛かった。
失念していたけど、フリスクの後を追うということはマフェットのスイーツ即売会を横切る必要がある。まあ、我々はニンゲンでなくモンスター(と花)だ。通行には問題なかろう、と思っていたけど、しっかり足止めされてしまった。
「フラウィ」
「なにさ」
「い、……いー、まさらだけど、ほかの場所でスイーツ買ってた?」
遺跡と口走りそうになって、苦肉の策で別の言葉に繋げる。注がれる胡乱な眼差しはいつものこと。バレてないと思いたい。
「買うわけないだろ。ボクひとりならこの場をやり過ごせるからね」
ぐうの音も出ないが、フラウィの言う通りだ。フラウィひとりならこの場所を素通りできる。いや、いまだってただ付き合ってくれているだけだ。
「わかった。フ……ッ、フラウィはニンゲンを追って。私はお金を工面してくる」
フリスクの名前を呼びそうになって、かろうじて軌道修正に成功する。フリスクはまだ名乗っていないはずだ。恐らくフラウィもまだ名前を知らない。今後も呼ばないように用心しないと。
「どうするつもり?」
「ホネのコネを使うだけだよ」
クモたちの商品を購入しない限り、どうやら先には進めないようだ。フラウィとはその場で別れ、致し方なく来た道を戻る。
さてと。今回ご用意するのは、知り合いから譲り受けた一本のホネ。
『[FN:グレース]がこんなにも情熱的にオレさまのホネを求めてくれるなんてッ。オレさまはいま感動している……!』
と、入手経路でちょっとした誤解が発生したが、それはまた置いておいて。
ホネを囮にイヌを誘き出す。イヌとは聡いもので、張っていると気付かれやすい。あくまで自然を装う必要がある。ただ、今回求めているのはイヌそのものではなく、イヌのおとしものだ。焦らず出方を窺えばほら、入手は難しくない。イヌの残像のような毛の塊は私の手の中にあった。
ちなみに、私のホネはイヌに不人気だ。だからパピルスを頼ったわけだけど、イヌにもホネの好みがあるんだね。べつに悲しくないったら。
「やっぱり、持つべきものは……(イヌに好かれる)弟だね」
「オレさま、きさまの弟になったつもりはないぞ」
「まあまあ。感謝してるから許して。ね?」
「まあね! 偉大なるパピルスさまは[FN:グレース]の役に立ったぞッ!」
「うんうん。ありがとね」
イヌのおとしものさえ手元にあれば、あとは簡単。おとしものを増やして、ウォーターフェルでひたすら売るのみ。
そう。あの独特の雰囲気を放つテミーのみせで。
思いがけず高値での売却が続き、金策は順調。予定より早く終わりそうだと思ったところで、我に返る。
「あれ……? もしかしなくても、金策の必要なかったんじゃ……?」
こんなとき、携帯電話を持っていないのがもどかしい。ホットランドのエレベーターへ急げば、行き先に『R3』が追加されていた。
「ハロー。無駄な金策をした気分はどう?」
「最悪な気分だよ」
「そう。それを聞いてボクは最高の気分さ」
別れたときに気付いていながら、放っておいたのだろう。フラウィの性格の悪さが滲み出ている。……まあ、フラウィに指摘する義理はないからいいけどね。
それにしても。フラウィはこの先に進んでいたっておかしくなかった。なのに、律儀に私を待っていてくれたのは、不器用な彼なりの優しさだと思いたい。無粋だからわざわざ言わないけど。
「じゃ、先に進もっか」
コアでの進行は恙無く。博士はフリスクに夢中で、モンスターはモンスターに襲いかかってこないので、私たちはスムーズに攻略できた。
フリスクとメタトンEXとの戦闘は、外で待機しているアルフィーに見つからないよう配慮しなければならなかった。フラウィはどこでも地中に潜れるが、私はそうは言っていられない。魔法の骨で足場を作ることで天井に到達し、骨を駆使してへばりつく。見つかると滑稽なので、見つからないことを祈るばかりだ。
そうして、閉じていた扉は開き、アルフィーは中へ踏み入る。そこでの話はよく聞こえなかった。曖昧な記憶からなんとか参照してアタリをつける。どうやら、フリスクは前に進むことを決意したようだった。
「ね、フラウィ。機械のカラダに水掛けたら、やっぱり壊れちゃうかな?」
「やったことないけど、たぶんそうなんじゃない? 急になに?」
「いや、メタトン……、メタトンEX……? このまま放置しておくの嫌だからどうにかしたくて」
「そう思ってるのになんで水? 理解に苦しむね」
「あ、ウォーターフェルに行ってたから、ウォッシュアから教わったの。清潔な水で回復できないかなって」
「……放っておいても博士が直すでしょ。それより、後を追わなくていいの?」
逆走してくるアルフィーに見つからないようにする必要がある、とは口が裂けても言えない。自然な動作で行き先を見遣り、フラウィにそっと耳打ちをする。
「たぶん一本道だよね? 引き返されたら困るから、すこし様子見」
「ま、いいけどね。そろそろあのニンゲンの旅も終わる。最後が見物だな」
真っ暗闇に潜んでいると、勢いよく引き返してくるアルフィーとすれ違う。だいぶ視野が狭くなっているらしい。おかげで見つからずに済んだけど、アルフィーの胸の内を思えば、これ幸いと思うのは憚られた。
「――いこっか」
声に出すことで覚悟を固める。
ニューホームへと歩き出した我々は、再びエレベーターを前に思案を挟んだ。この先、王との戦い以外に戦闘はない。逆に言えば、玉座に辿り着くまでフリスクに降りかかる危険は排除されているも同然だ。
――私は、どこまで見守るべきだろう。
「エレベーター、使わないの? 使えるようになったみたいだけど」
「え? あ、本当だ」
フラウィの言葉で意識が浮上する。エレベーターが使えるようになったということは、フリスクが使ったのだろうか。考え事をしていたので、遭遇したかどうかがわからない。
「ねえ、フラウィ。ニンゲンってここから出てきた?」
「いや。ボクは見てないよ。それより、行かなくていいの?」
「……いまいく」
覚悟が揺らがない内にエレベーターに乗り込む。行き先は指定しなくても勝手に動いてくれるので便利だ。
「フラウィ? 乗らなかったの?」
しかし、先程まで一緒にいたはずのフラウィの姿は、エレベーター内に存在しない。
「………………まさか!」
目的地への到着を告げるベルが響く。けれど、ドアは開かない。外側から押さえつけられているようだ。力任せにドアに骨の指先を突っ込むと、僅かに開いた扉の隙間から、植物の蔓が見えた。
「ここまでお疲れさま。おかげであんまり退屈せずに済んだよ」
「フラウィ!」
「これはボクからのお礼さ。邪魔しないでね」
念を押すようにフラウィは笑い、せっかく開けた扉の隙間が即座に埋まる。ニンゲンだった頃の痛覚が脳裏を掠め、うっかり扉から手を離してしまった。
「しまっ……」
頭の片隅にサンズがギャグを披露している姿が横切り、口を噤む。いまのは決してギャグではない。失態の「しまった」である。閉まったのは偶然。関係ない。頭を振って幻覚を追い払う。
先程と違って、一分の隙もない扉はびくともしない。ここに来てフラウィが行動を起こしたということは、物語は筋書き通りに動いているということだろう。それがわかっても、閉じ込められている現状を打破しない限り、なにもできない。
まさか、こんな方法でフリスクへの救援を阻止されるとは思わなかった。
「でも。ここまで来たなら、諦め悪く足掻いてみせる。……私は『救いようのない悪党』、なんだから」
何度倒されても立ち上がった過去を、いま活かさないでどうする。
「扉に恨みはないけど、ちょっと壊れてもらうよ!」
両手に魔法で生み出した骨を構えて、目の前にそびえる扉を睨む。
□■□
結果として、私は間に合わなかった。
大破したエレベーターの扉から出て、全速力で駆け抜ける。向かう先はバリアの間。しかし、目の前で王のタマシイは無情にも砕け散る。
次に目を覚ますのは、タマシイを六つ取り込み、神に最も近しい存在となったフラウィだ。モンスターたちの住まう地底においてでさえ、異形としか形容しようのない姿である。花びらを模したパイプの中にタマシイを格納し、状況に応じて攻撃を切り替える。文字通り、枠を飛び越えての攻撃だ。
激化する闘いは、フラウィからタマシイを引き剥がさないことには太刀打ちできない。
しかし、助けを求める声が聞こえたら無視はできない。王の死が待ち構えていると知りながら、直前まで対策も講じなかった私に、一切の責がないとは言いきれない。見殺しにしたとも言えるだろう。
助けられなかったモンスターがいる。判断を有耶無耶にして、取り零した命がある。
それなのに、いま。フラウィと対峙するフリスクだけは助けたいなんて、虫のいい話だという自覚はある。
「うん。ただのエゴだ」
わかってる。わかってる。
来世に期待していた。終わりを見届けようとここまで来たのは私だ。もう、引き返せない。
だから。
ウォッシュア直伝の清潔な水をフリスクにぶちまける。ある程度は体力も回復するだろう。
もちろん、そんなことをすれば、私の存在を主張するも同然だ。あっさりと優位性を捨てる行為。最も神に近しい存在に、目をつけられる。
――それがどうした。目をつけられるのは、いまに始まったことじゃない。地上でだって、迫害を受けた。恐るべき魔法使いの末裔として、生かしておけないと恐れられて。ニンゲンのはずなのに魔法が使えるのはおかしな話だと思っていたけど、まさかこんな単純な話だとは思わなかった。
地上は魔法技術が廃れて長い年月を経ていた。ゆえに、魔法を使う異端児は、容易く目をつけられる。
……なにが言いたかったんだっけ。ああ、そうだ。過去の記憶と合わせたらこんなのへっちゃら、慣れっこってこと。怖気付くわけがない。
「オマエ……、邪魔するなって言われたことも忘れたの?」
忌々しげに私を睨むのは、図体が大きくなったフラウィ。
「お生憎さま! きみの邪魔をしてるつもりはないよ。私は友達の手助けをしてるだけだからね」
フリスクに向けられた攻撃を、魔法で生み出した骨で耐えてみせる。かつて迫害の原因となった私の魔法が誰かの役に立っているのなら、これ以上ない幸甚だ。
フリスクのタマシイは何度もひび割れ砕け散ったが、その度に立ち上がってみせた。フラウィがセーブデータを握っているので、立ち上がらざるを得なかったのかもしれない。
この場にいるからか、私もロード前後の情報を引き継いで立っていた。正直、頭が混乱する。自分の意志に基づかないロードはあまり気分の良いものではない。サンズが味わったことを追体験しているようなものだ。
混乱に苛まれながらも、戦局からは目を逸らさない。
六つのタマシイたちは、タマシイを奪われてもなお、未来あるフリスクに希望を託すと決めていた。同胞たちの姿は気高く、眩く、誇らしい。
そして、フラウィはニンゲンたちの希望によって倒れ、いつもの花の姿を取り戻したのである。
フラウィとの対話はフリスクに任せて、遠くから見守る。本当はここに立っているつもりじゃなかったから、ほんの少し手持ち無沙汰だ。
フラウィをも見逃したフリスクは、振り返りながら、私にお礼を告げる。
「大したことしてないよ。……でも、どういたしまして。きみもお疲れさま」
自らの膝を曲げて、フリスクと視線を合わせる。
大いなるケツイを秘めている小さな身体。一体どこにここまでの行動力があったのだろう。
「地上に、戻るんだよね」
頷き返すフリスクの頭を撫で、別れを惜しむ。
「きみはきみの成すべきことを成し遂げた。それだけは忘れないで」
「グレース……」
「この先に、どんなことがあるかはわからないけど……、どうか諦めないで。きみなら大丈夫だよ。ほら、笑って。ね?」
「うん」
「それじゃあね。名前、覚えていてくれてありがとう」
地上へ向かうフリスクの背を見送って、私はこれまでの道を逆順に辿る。最後の回廊に辿り着いたとき、向こうに人影が見えた。
けれど。言葉を交わす前に、物語は幕を閉じた。
「オマエ、目的はなんだよ」
「ニンゲンの応援、かなあ」
「……へえ。そうは見えないけどね?」
「なんとでも言ってよ」
私がいるからか、フラウィは地面に潜ることなく傍らにいる。正直なところ、私の記憶には穴が多いので、ナビゲーターがいるのはありがたい。監視カメラの位置と死角を教えてもらい、写りこまない位置に魔法で骨を生み出した。いくつか足場を確保したところで、次から次へと骨のてっぺんへ飛び移っていく。こういうとき、魔法が使えるのは便利だ。
「ああ、オマエ、スケルトンだったな」
「なんだと思ってたの?」
「鬱陶しい雑魚モンスター」
「きみは口が悪いねえ」
「なんとでも言いなよ」
嘲笑を浮かべてフラウィは言い放つ。まさか彼と地底世界を旅することになるなんて、夢にも思わなかった。もちろん、油断はできない。彼は私をスケルトンだと誤解している。その間違いを正すつもりはないけど、露見しないように注意しなければ。
そうして、別のことに気を取られていたせいで、またしても私は忘れていたのだ。
「よう。散歩か?」
「……サンズ」
場所はホットランド。サンズの屋台がある場所。いつの間にかそこまで到着していたらしい。ちらりと周囲を見渡すと、フラウィの姿はない。悟られないように姿を消したのだろう。私にもそういう力があれば良かったのに。ないものねだりをしても仕方ないので、すぐに気を取り直す。
「まあ、そんなとこ?」
「珍しいな、グレースが外に出るのは」
「私もそう思うけどね? わざわざ言わなくてもいいでしょ」
「で。オイラの店に寄ったってことは、ホットドッグが必要ってことかい?」
「いや、買う気ないよ」
一刻も早く通り過ぎてしまいたい。ずっとここにいると、たぶんボロが出る。
「遠慮しなくていいぜ」
「してな……、なんでもう用意してるの?」
「へへへ、
ずい、と差し出されたのはホットドッグ。ひと目でわかるものの、イメージとは少々異なる。
縦に深く切り込みの入ったドッグパンは香ばしい芳香を纏っているけど、その峡谷に架かるのは夥しい量のケチャップだ。最早、なにが挟まれているのか、見た目だけで判断するのは不可能に近い。
「いやかけてないし。大体、中身は
ウォーターソーセージ、別名ガマ。サンズが売っているホットドッグに挟まれているのは、この植物の穂だ。いまでは見るも無惨に真っ赤に染め上げられているが。
しかし、漂う酸味がパンの良さを打ち消している気がしてならない。これで商売出来ているのかな? それとも、スケルトン限定のサービスとか? ケチャップはサンズのすきなものだし、厚意なのかも。
「まあいいや。食べ物を粗末にしたくないから買ってくよ。いくら?」
「まいど。5000Gだぜ」
「聞き間違いだよね。50Gってとこ?」
「冗談キツいぜ。5000Gだ」
「………………」
「………………」
「……物々交換って有効?」
「ものによるな」
「くっ……これだけは使いたくなかったんだけど……」
尚早を滲ませながら、私は袖の下を漁る。そして、ゆっくりとブツを差し出した。やおら現れたそれを見たサンズの目の色は面白いくらいに変わる。
「……いいぜ。持っていきな」
「やりぃ!」
こうしてケチャップと引き換えに、私はホットドッグを入手したのである。なぜケチャップを持っていたかって? サンズとの平和的交渉のための材料にしたかったからだよ。まさかホットドッグに対してこのカードを切る羽目になるとは思わなかったけど。
とにかく、サンズによるホットドッグの関門は無事に突破。その先でフラウィとも合流した。
「フラウィはサンズのこと、苦手なの?」
「は? バカにしてる? ボクはあのニヤケ面を見たくないだけ。ムカつくから」
「口が悪いなあ」
「ハハ、何度でもいいなよ」
これでようやく障害なく進める、と思ったところで、クモのすみかに差し掛かった。
失念していたけど、フリスクの後を追うということはマフェットのスイーツ即売会を横切る必要がある。まあ、我々はニンゲンでなくモンスター(と花)だ。通行には問題なかろう、と思っていたけど、しっかり足止めされてしまった。
「フラウィ」
「なにさ」
「い、……いー、まさらだけど、ほかの場所でスイーツ買ってた?」
遺跡と口走りそうになって、苦肉の策で別の言葉に繋げる。注がれる胡乱な眼差しはいつものこと。バレてないと思いたい。
「買うわけないだろ。ボクひとりならこの場をやり過ごせるからね」
ぐうの音も出ないが、フラウィの言う通りだ。フラウィひとりならこの場所を素通りできる。いや、いまだってただ付き合ってくれているだけだ。
「わかった。フ……ッ、フラウィはニンゲンを追って。私はお金を工面してくる」
フリスクの名前を呼びそうになって、かろうじて軌道修正に成功する。フリスクはまだ名乗っていないはずだ。恐らくフラウィもまだ名前を知らない。今後も呼ばないように用心しないと。
「どうするつもり?」
「ホネのコネを使うだけだよ」
クモたちの商品を購入しない限り、どうやら先には進めないようだ。フラウィとはその場で別れ、致し方なく来た道を戻る。
さてと。今回ご用意するのは、知り合いから譲り受けた一本のホネ。
『[FN:グレース]がこんなにも情熱的にオレさまのホネを求めてくれるなんてッ。オレさまはいま感動している……!』
と、入手経路でちょっとした誤解が発生したが、それはまた置いておいて。
ホネを囮にイヌを誘き出す。イヌとは聡いもので、張っていると気付かれやすい。あくまで自然を装う必要がある。ただ、今回求めているのはイヌそのものではなく、イヌのおとしものだ。焦らず出方を窺えばほら、入手は難しくない。イヌの残像のような毛の塊は私の手の中にあった。
ちなみに、私のホネはイヌに不人気だ。だからパピルスを頼ったわけだけど、イヌにもホネの好みがあるんだね。べつに悲しくないったら。
「やっぱり、持つべきものは……(イヌに好かれる)弟だね」
「オレさま、きさまの弟になったつもりはないぞ」
「まあまあ。感謝してるから許して。ね?」
「まあね! 偉大なるパピルスさまは[FN:グレース]の役に立ったぞッ!」
「うんうん。ありがとね」
イヌのおとしものさえ手元にあれば、あとは簡単。おとしものを増やして、ウォーターフェルでひたすら売るのみ。
そう。あの独特の雰囲気を放つテミーのみせで。
思いがけず高値での売却が続き、金策は順調。予定より早く終わりそうだと思ったところで、我に返る。
「あれ……? もしかしなくても、金策の必要なかったんじゃ……?」
こんなとき、携帯電話を持っていないのがもどかしい。ホットランドのエレベーターへ急げば、行き先に『R3』が追加されていた。
「ハロー。無駄な金策をした気分はどう?」
「最悪な気分だよ」
「そう。それを聞いてボクは最高の気分さ」
別れたときに気付いていながら、放っておいたのだろう。フラウィの性格の悪さが滲み出ている。……まあ、フラウィに指摘する義理はないからいいけどね。
それにしても。フラウィはこの先に進んでいたっておかしくなかった。なのに、律儀に私を待っていてくれたのは、不器用な彼なりの優しさだと思いたい。無粋だからわざわざ言わないけど。
「じゃ、先に進もっか」
コアでの進行は恙無く。博士はフリスクに夢中で、モンスターはモンスターに襲いかかってこないので、私たちはスムーズに攻略できた。
フリスクとメタトンEXとの戦闘は、外で待機しているアルフィーに見つからないよう配慮しなければならなかった。フラウィはどこでも地中に潜れるが、私はそうは言っていられない。魔法の骨で足場を作ることで天井に到達し、骨を駆使してへばりつく。見つかると滑稽なので、見つからないことを祈るばかりだ。
そうして、閉じていた扉は開き、アルフィーは中へ踏み入る。そこでの話はよく聞こえなかった。曖昧な記憶からなんとか参照してアタリをつける。どうやら、フリスクは前に進むことを決意したようだった。
「ね、フラウィ。機械のカラダに水掛けたら、やっぱり壊れちゃうかな?」
「やったことないけど、たぶんそうなんじゃない? 急になに?」
「いや、メタトン……、メタトンEX……? このまま放置しておくの嫌だからどうにかしたくて」
「そう思ってるのになんで水? 理解に苦しむね」
「あ、ウォーターフェルに行ってたから、ウォッシュアから教わったの。清潔な水で回復できないかなって」
「……放っておいても博士が直すでしょ。それより、後を追わなくていいの?」
逆走してくるアルフィーに見つからないようにする必要がある、とは口が裂けても言えない。自然な動作で行き先を見遣り、フラウィにそっと耳打ちをする。
「たぶん一本道だよね? 引き返されたら困るから、すこし様子見」
「ま、いいけどね。そろそろあのニンゲンの旅も終わる。最後が見物だな」
真っ暗闇に潜んでいると、勢いよく引き返してくるアルフィーとすれ違う。だいぶ視野が狭くなっているらしい。おかげで見つからずに済んだけど、アルフィーの胸の内を思えば、これ幸いと思うのは憚られた。
「――いこっか」
声に出すことで覚悟を固める。
ニューホームへと歩き出した我々は、再びエレベーターを前に思案を挟んだ。この先、王との戦い以外に戦闘はない。逆に言えば、玉座に辿り着くまでフリスクに降りかかる危険は排除されているも同然だ。
――私は、どこまで見守るべきだろう。
「エレベーター、使わないの? 使えるようになったみたいだけど」
「え? あ、本当だ」
フラウィの言葉で意識が浮上する。エレベーターが使えるようになったということは、フリスクが使ったのだろうか。考え事をしていたので、遭遇したかどうかがわからない。
「ねえ、フラウィ。ニンゲンってここから出てきた?」
「いや。ボクは見てないよ。それより、行かなくていいの?」
「……いまいく」
覚悟が揺らがない内にエレベーターに乗り込む。行き先は指定しなくても勝手に動いてくれるので便利だ。
「フラウィ? 乗らなかったの?」
しかし、先程まで一緒にいたはずのフラウィの姿は、エレベーター内に存在しない。
「………………まさか!」
目的地への到着を告げるベルが響く。けれど、ドアは開かない。外側から押さえつけられているようだ。力任せにドアに骨の指先を突っ込むと、僅かに開いた扉の隙間から、植物の蔓が見えた。
「ここまでお疲れさま。おかげであんまり退屈せずに済んだよ」
「フラウィ!」
「これはボクからのお礼さ。邪魔しないでね」
念を押すようにフラウィは笑い、せっかく開けた扉の隙間が即座に埋まる。ニンゲンだった頃の痛覚が脳裏を掠め、うっかり扉から手を離してしまった。
「しまっ……」
頭の片隅にサンズがギャグを披露している姿が横切り、口を噤む。いまのは決してギャグではない。失態の「しまった」である。閉まったのは偶然。関係ない。頭を振って幻覚を追い払う。
先程と違って、一分の隙もない扉はびくともしない。ここに来てフラウィが行動を起こしたということは、物語は筋書き通りに動いているということだろう。それがわかっても、閉じ込められている現状を打破しない限り、なにもできない。
まさか、こんな方法でフリスクへの救援を阻止されるとは思わなかった。
「でも。ここまで来たなら、諦め悪く足掻いてみせる。……私は『救いようのない悪党』、なんだから」
何度倒されても立ち上がった過去を、いま活かさないでどうする。
「扉に恨みはないけど、ちょっと壊れてもらうよ!」
両手に魔法で生み出した骨を構えて、目の前にそびえる扉を睨む。
□■□
結果として、私は間に合わなかった。
大破したエレベーターの扉から出て、全速力で駆け抜ける。向かう先はバリアの間。しかし、目の前で王のタマシイは無情にも砕け散る。
次に目を覚ますのは、タマシイを六つ取り込み、神に最も近しい存在となったフラウィだ。モンスターたちの住まう地底においてでさえ、異形としか形容しようのない姿である。花びらを模したパイプの中にタマシイを格納し、状況に応じて攻撃を切り替える。文字通り、枠を飛び越えての攻撃だ。
激化する闘いは、フラウィからタマシイを引き剥がさないことには太刀打ちできない。
しかし、助けを求める声が聞こえたら無視はできない。王の死が待ち構えていると知りながら、直前まで対策も講じなかった私に、一切の責がないとは言いきれない。見殺しにしたとも言えるだろう。
助けられなかったモンスターがいる。判断を有耶無耶にして、取り零した命がある。
それなのに、いま。フラウィと対峙するフリスクだけは助けたいなんて、虫のいい話だという自覚はある。
「うん。ただのエゴだ」
わかってる。わかってる。
来世に期待していた。終わりを見届けようとここまで来たのは私だ。もう、引き返せない。
だから。
ウォッシュア直伝の清潔な水をフリスクにぶちまける。ある程度は体力も回復するだろう。
もちろん、そんなことをすれば、私の存在を主張するも同然だ。あっさりと優位性を捨てる行為。最も神に近しい存在に、目をつけられる。
――それがどうした。目をつけられるのは、いまに始まったことじゃない。地上でだって、迫害を受けた。恐るべき魔法使いの末裔として、生かしておけないと恐れられて。ニンゲンのはずなのに魔法が使えるのはおかしな話だと思っていたけど、まさかこんな単純な話だとは思わなかった。
地上は魔法技術が廃れて長い年月を経ていた。ゆえに、魔法を使う異端児は、容易く目をつけられる。
……なにが言いたかったんだっけ。ああ、そうだ。過去の記憶と合わせたらこんなのへっちゃら、慣れっこってこと。怖気付くわけがない。
「オマエ……、邪魔するなって言われたことも忘れたの?」
忌々しげに私を睨むのは、図体が大きくなったフラウィ。
「お生憎さま! きみの邪魔をしてるつもりはないよ。私は友達の手助けをしてるだけだからね」
フリスクに向けられた攻撃を、魔法で生み出した骨で耐えてみせる。かつて迫害の原因となった私の魔法が誰かの役に立っているのなら、これ以上ない幸甚だ。
フリスクのタマシイは何度もひび割れ砕け散ったが、その度に立ち上がってみせた。フラウィがセーブデータを握っているので、立ち上がらざるを得なかったのかもしれない。
この場にいるからか、私もロード前後の情報を引き継いで立っていた。正直、頭が混乱する。自分の意志に基づかないロードはあまり気分の良いものではない。サンズが味わったことを追体験しているようなものだ。
混乱に苛まれながらも、戦局からは目を逸らさない。
六つのタマシイたちは、タマシイを奪われてもなお、未来あるフリスクに希望を託すと決めていた。同胞たちの姿は気高く、眩く、誇らしい。
そして、フラウィはニンゲンたちの希望によって倒れ、いつもの花の姿を取り戻したのである。
フラウィとの対話はフリスクに任せて、遠くから見守る。本当はここに立っているつもりじゃなかったから、ほんの少し手持ち無沙汰だ。
フラウィをも見逃したフリスクは、振り返りながら、私にお礼を告げる。
「大したことしてないよ。……でも、どういたしまして。きみもお疲れさま」
自らの膝を曲げて、フリスクと視線を合わせる。
大いなるケツイを秘めている小さな身体。一体どこにここまでの行動力があったのだろう。
「地上に、戻るんだよね」
頷き返すフリスクの頭を撫で、別れを惜しむ。
「きみはきみの成すべきことを成し遂げた。それだけは忘れないで」
「グレース……」
「この先に、どんなことがあるかはわからないけど……、どうか諦めないで。きみなら大丈夫だよ。ほら、笑って。ね?」
「うん」
「それじゃあね。名前、覚えていてくれてありがとう」
地上へ向かうフリスクの背を見送って、私はこれまでの道を逆順に辿る。最後の回廊に辿り着いたとき、向こうに人影が見えた。
けれど。言葉を交わす前に、物語は幕を閉じた。