ニンゲン夢主の名前
Only the saving grace.
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フリスクとパピルスのデートが予想通りに終わり、家の中に静寂が戻ってから、私は行動を起こした。
骨の絵画が飾ってある壁にある窮屈な隠し扉を開け、久方振りに自分の部屋へと帰還。隣の部屋にまだいるであろうサンズに悟られないよう、深く、細く、息を吐く。
「冗談じゃない……」
思い出した記憶は紙片のように曖昧で、連続的なものではない。それに、どうして『ゲーム』の記憶を持っている私がこの場にいるのかは判然としない。覚えているのは、その『ゲーム』の記憶と、地上で生活していた私がなぜか追われる身であったこと。最期には同胞の手で命を散らし、長い歳月をかけて朽ちた身体が川の氾濫によってゴミエリアに流れ着いた、ということだけ。
しかし、地上の記憶に『ゲーム』は存在しない。記憶喪失からの復帰がうまくいっていないのか。それとも、フリスクとの接触によって別の記憶も入り交じってしまったのだろうか。
不明瞭な記憶にも苛立ちが募るが、状況そのものも最悪だ。
私はモンスターではない。ニンゲンだ。
皮膚と肉は腐り、髪も剥がれ落ちて骨だけになった身体が檻となり、私のタマシイを逃さず、意志の力で動かしているのだろう。まるでゾンビじゃないか。吐き気がする。まさか、ものが腐らない地底世界で、腐りきった私のようなゾンビがいるなんて。
「……はー…………」
簡素な調度品のみしか置かれていない殺風景な自室は、無聊の慰めにもならない。ただ、独りで考える時間が必要だ。とにかく、今後の方針を固める必要がある。最重要事項として、隣の部屋にいる存在にだけはこのことを悟られてはいけない。
私がニンゲンのタマシイを持っていることもそうだけど、『救いようのない悪党』であることが露見するのは避けないといけない。
「いつかは、向き合わないといけないと思うけどさあ……」
この世界では『なかったこと』になっているのだろうけど。どこかの世界線での『虐殺』を、彼はどのように捉えるだろう?
自覚してしまったら自分のLOVEがこわい。私に確認する術はないので、なるべくサンズとは会わないほうが良さそうだ。……まあ、死にそうになったことがないので、ケツイのチカラ云々がどうなってるのかは保留だけど。試すには隣の障害が大きすぎる。私にそのチカラはないと仮定して話を進めよう。
幸いなことに、デートイベントが終わったのなら、サンズはフリスクを見守るために家を留守にするはず。顔を合わせる可能性は低い。
そこまで考えて、別の思考が脳裏を過る。
フリスクがいるということは、王さまはタマシイを六つ捕えている。本来の道筋では、七つ目のタマシイを持つのはフリスクだったはずだ。
ニンゲンは地上に戻るため。モンスターの王は地上に進出するため。互いのタマシイを巡って争いになる。互いに引き返すことはできない。
でも、ここにはもう一つの可能性があった。私が持つニンゲンのタマシイは、まだこの骸の内側に収まっている。地上で死した身なので、正しく運用できるかはわからないけれど、もしフリスクより先に王の城へ辿り着けたら? そこで七つ目のタマシイを差し出すことができたのなら、物語は変わる。フリスクも王も互いに命を奪い合うことはなく、バリアを突破して地上への進出が叶う。それは、ハッピーエンドになるのでは?
しかし、私が持つ記憶は『最高のエンディング』も知っている。
フリスクが多くの友人と培った絆の上に築かれるエンディングは、モンスターたちに根強く芽吹いたニンゲンへの憎悪が緩和されている。
モンスターとニンゲンの幸せを願うのなら、目指すべきはこの平和なルートだ。 そのために、まずフリスクがどの道を歩んでいるのかを知る必要がある。場合によっては、誘導する必要も。
尾行しているフラウィに存在を気取られないほうがいいのか。それとも、ある程度の素性を明かして、サンズにバレないように対策するべきか。
「……、…………はあ。だめだ。考えがまとまらない」
身近にラスボスがいると苦労する。今日までの私はよくここで生活できたものだと感心してしまう。
隣の気配を探っても、いるのかいないのか不明瞭だ。不在であればいいが、用事もないのにノックする訳にもいかない。
まさか我が家で気の休まらない時間を過ごす羽目になるなんて。なくした記憶を取り戻したらろくでもないことになってしまった。怠惰に過ごしていた日々が恋しい。
だけど。思い出してしまった以上、後戻りも、見ない振りも、できそうにない。隅々まで知ろうとした愛しい世界だ。……いまは大部分の記憶を失ってはいるけれど、それでも、この世界のことがすきな気持ちに偽りはない。
「久し振りに、会いに行こうかな」
本当ならこの家から一歩も出たくなかったけど、自分の正体を察してしまったいま、そうも言っていられない。このまま隠し通すか、たとえ明かすとしても身の危険がない状況でなければ。
だから、せめて礼を失しないうちに。私を初めて見つけてくれた友人に、意見を仰ごう。
そうして、ひっそりとスノーフルのまちから川へと向かい、ウォーターフェルまで舟を出すように頼む。渡し守が了承して発ってしまえば、人目にはつかない。対策になるかどうかさえ怪しいけど、思い出してしまったからには、なるべくモンスターに見つからないように立ち回りたかった。
川のせせらぎは穏やかで、落ち着かない胸の内に優しく語りかけてくるよう。渡し守は一方的に話すだけで、私の素性まで詮索しない。それがいまは救いのようだった。
私がモンスターだったのなら、同じモンスターに対しての思いやりがある。けれど、私の実態はニンゲンだ。いつ、モンスターに牙を剥くかわからない。ニンゲンは、思いやりの心がなくても存在できるのだから。
辿り着いたウォーターフェルは幻想的な風景で出迎えてくれる。スノーフルに比べてずいぶんと過ごしやすい。群生してる花が多いことからも明らかだ。雪景色よりも水場を好むのだろう。
さて、友人の家に向かおうとしたところで、土産を準備していなかったことに気が付く。パピルスはアンダインにホネの手土産を渡していたけど、さすがにそれは問題があるだろう。すこし考え、ガーソンの店に立ち寄る。店番のガーソンは好々爺然とした亀のモンスターだ。かつての戦争の折にも参加していたとかしていないとか。アンダインが尊敬する相手、という情報はかろうじて記憶から引き出せた。『正義の鉄槌』ガーソン。フリスクの前に立ち塞がるアンダインは正義の槍。師弟のような関係性が窺える。
ガーソンは、虐殺を繰り返すニンゲンに対して引導を突き付けた存在だ。おそらく『ゲームシステム』を逆手に取ったのだろうとは思う。店員に対してニンゲンは攻撃の手立てがない。それをガーソンが把握していたかどうかまではわからないけど。
ガーソンはウォーターフェルの住民が逃げる時間を稼ぎ、矢面に立った。その胆力には目を見張るものがある。そのせいか、身が竦む。このスケルトンの身体は特筆するような悪さはしていないのに。
意を決して店へと入る。
「グレース、久し振りじゃのう!」
迎えてくれたガーソンは記憶に違わぬ姿だ。歴史家と呼ぶより探検家といったほうが説得力のありそうな風貌で、ふるぼけた虫眼鏡の奥で目が細まる。目許に刻まれたシワは柔らかさを帯びた。味のあるシミは、そのまま彼の勲章のような印象を与えてくれる。長い眉毛と同色の顎髭、そしてその口調から住民に広く親しまれている存在だ。
意外なことに、ガーソンは私のことを覚えていたらしい。まさか名前まで覚えていてくれたとは思わず、大口を開けて呆然としてしまった。
「ワッハッハッ。不思議そうじゃな? ま、スケルトンの客は滅多に来んからのう」
あっさりと種明かしをするガーソンにほっと胸を撫で下ろしながら、友人への手土産について相談する。ふむ、と思案したガーソンは店内へ視線を向け、肩を竦めて見せた。
「土産なんて買うもんはおらんよ。リンゴならあるんじゃがの」
「……リンゴ食べられると思う?」
「ちぃとばかし難しいじゃろうて」
そりゃそうだ。しかし寄ったのに何も買わないのも気が引けて、取り敢えずビチャビちゃを購入する。パピルス謹製の小銭入れから代金を支払えば、ガーソンは笑顔で商品を手渡してくれた。
「気をつけてな!」
友好的な挨拶を背に聞きながら退店する。この手がチリに塗れていないからか、ガーソンには敵意がなかった。だからと言って、安心材料と断ずるのは早計だろう。
お茶を手にウォーターフェルを歩く。私の友人は牧場のそばに居を構えている。いまは音信不通だという従兄弟の住居の隣に建つ、青い建物の家主だ。
ノックをしてから中に入ると、出迎えてくれたのは浮遊する真っ白なシーツ……ではなく、この世界のゴーストだ。
「よく来たネ……。あんまり……お客さんこないカラ……なにもないケド……、ゆっくりしていっテ……」
「ありがとう、ナプスタ」
ゴミエリアで、滴り落ちる水にひたすら打たれていた私を最初に見つけてくれた命の恩人。ガーソン同様、覚えていてくれたらしい。
ちなみに手土産は断られた。切ない。腹いせに床に直置きする。
「そうだン……?」
「ちょっと、他には言えない話だから……」
ナプスタは焦ったよう涙を零す。内気なナプスタには荷が重すぎるかもしれないが、頼ったのには打算もある。
ナプスタは、アズリエルがモンスターのタマシイを吸収したとき、被害に遭わなかった唯一のゴーストだ。ナプスタがゴーストだからか、内気な性格だからか、この家が特殊なのか。理由はさっぱりわからないが、そこに希望がある。
「肝心の話をするね。……私、記憶をすこし取り戻したんだ」
「そうなノ……、おめでとう……良かったネ……」
「うん、ありがとう。でもおかげで厄介なことになってね」
洗いざらいは話せない。ただ、話せる範囲で本当のことを伝える。そして、話している内に思い出した。ナプスタは『虐殺』できないキャラクターのひとりだ。そのことに救われた心地になった気持ちが蘇って、余計なことまで話したかもしれない。
「ニンゲンって……ホネでできてるんだネ……」
最初に私を見て「スケルトン?」と尋ねたのが、ナプスタブルークだった。記憶をなくしていた私は、その言葉を通して自分をスケルトンだと認識した。雛鳥がはじめて見た存在を親鳥と認識するような刷り込みが、頭の中で行われてしまったのだろう。さらに良くないのが、私が魔法が使えるニンゲンだったということ。魔法で骨を生み出してしまったので、疑う余地がなくなってしまった。
蓋を開けてみたら驚き、白骨遺体にタマシイが宿っているだけのゾンビだったのに。
自分で言っててむなしくなってきた。
地底世界にいるせいか、身体が腐らないから生粋のスケルトンたちにも気付かれなかったのだろう。そうでなければ説明がつかない。
「うんまあ……間違ってないけど……、ニンゲンがみんなスケルトンみたいな見た目ってわけじゃないからね……?」
わかっているのかいないのか。ナプスタはつぶらな瞳をさらに丸くしている。まあ、私の正体については余談だからよしとしよう。
本題はこの次だ。
「お願いがあるんだ。聞いてくれる?」
戸惑うナプスタは悩んで、悩んで、しばらく悩んで、でも最後には頷いてくれた。
「ありがとう。……でもそんな身構えなくてもいいよ。……次に私が来るとき、ここに長居させてほしいんだ」
「いいケド……おもてなしは……できないヨ……」
「私もまともな手土産用意出来なかったし、お構いなく」
「いいノ……?」
「もちろん!」
相談とお願いが円満に終わった帰り道。近くまで来たついでにアンダインの家の前に寄り道すると、窓ガラスを割って外に飛び出したパピルスの姿が見えた。中にはアンダインのほか、フリスクもいるらしい。
当のアンダインはモンスターに対しての情が深く、ニンゲンを見る目が厳しい。そのアンダインとニンゲンが家の中にいる……つまりデートをしている、ということは、フリスクはモンスターたちに対して不殺を貫いているらしい。期せずして確認が済んだ。ただ、あくまで現段階では、の話ではある。それでも、このまま一貫して誰も手にかけずに仲良くなるか、逃げ続けてくれるのならば。フリスクの道行きに無粋な助言は不要だ。
「へえ。ここじゃ見ない顔だね」
エコーフラワーの隣を通り、足取り軽くウォーターフェルを発とうとしたところで、一輪の花が現れて水を差す。金色の花びらに囲まれた中心に、豊かな表情が浮かんでいた。値踏みするようにこちらを見て、口角を上げている。お花のフラウィの登場だ。
すっかり安心しきって、脅威への警戒が薄れてしまっていたことを後悔する。
「……パピルスから話は聞いてたんじゃない?」
「ああ、居候のスケルトンってキミのこと?」
「……大変不愉快極まりない言い草だけど、そうでしょうね」
フラウィは、この世界を何度も周回している。恐らく、彼の周回した世界に私という存在はいない。目をつけられるわけにはいかなかったのに、捕まってしまった。
「パピルスならアンダインの家のほうにいたよ」
「知ってるよ。ニンゲンとアンダインを仲良くさせたいんだろ?」
「……きみ、パピルスに用があるんじゃないの?」
素知らぬ顔で嘯く。言葉選びは慎重に。でも、警戒していると伝わっては意味がないので行動は大胆に。
「ああ。オマエ、知ってるんだろ?」
「なにを?」
「だって、ボクが話してるのに不思議がらないからさ! エコーフラワー以外に喋る花を初めて見たなら、第一声はそうじゃないだろ?」
しくじった。
そこまで考えが巡らなかった。
「――喋る花の話はパピルスから聞いてたからね」
絡まる思考を必死にほどいて、縺れた口を動かす。妥当な言い訳のはずだ。
「ふうん。そういうことにしといてあげるよ。キミのへたくそな演技に免じてね」
骨の震えを見咎めて、花は高らかに笑う。神経を逆撫でするような声だ。
「……、そう」
「ま、ボクはあのニンゲンのことを見守ってるだけさ。邪魔さえしなければ、オマエのことを無視してやってもいいよ」
ありがたい申し出だった。逆に言えば、隠していたつもりの行動が筒抜けということでもある。その点については忸怩たる思いだ。しかし、よくよく考えを凝らせば、私がニンゲンであるということはバレていないようだ。フリスクにしたときのような騙し討ちをしないのがいい例。スケルトンだと思っているから、取るに足らないタマシイなんて奪う価値がないと思っているのだろう。少なくとも、いまのところは。
「……もとから、邪魔するつもりはないよ。キミの望みが叶うことを祈ってる」
「ハハ、会ったこともないのにボクの望みを知ってるって?」
「――知ってるよ。私は『救いようのない悪党』、だからね」
「はあ? つまんない自称を聞かせて、なんのつもり?」
旅路の果て。回廊に立ち、審判者と向き合った虐殺者。これ以上はないほどうってつけの称号である。尤も、裏側の事情を数多く知るフラウィでさえ知らなかったようだけど。
「………………?」
ふと、自分の思考に猜疑が向く。本当に、そうなのだろうか、と。
そこでフラウィの視線に気付き、緩く首を振る。
「ううん、深い意味なんてないよ。……ちょっと、からかっただけ」
「あっそう。オマエ、シュミが悪いね」
「うん、そうなんだ」
心をなくしてカラッポだという理由があるフラウィと違って、強い好奇心を以て武器を振り回した私はまさしく趣味が悪いだろう。甘んじてその言葉を受け入れた。
骨の絵画が飾ってある壁にある窮屈な隠し扉を開け、久方振りに自分の部屋へと帰還。隣の部屋にまだいるであろうサンズに悟られないよう、深く、細く、息を吐く。
「冗談じゃない……」
思い出した記憶は紙片のように曖昧で、連続的なものではない。それに、どうして『ゲーム』の記憶を持っている私がこの場にいるのかは判然としない。覚えているのは、その『ゲーム』の記憶と、地上で生活していた私がなぜか追われる身であったこと。最期には同胞の手で命を散らし、長い歳月をかけて朽ちた身体が川の氾濫によってゴミエリアに流れ着いた、ということだけ。
しかし、地上の記憶に『ゲーム』は存在しない。記憶喪失からの復帰がうまくいっていないのか。それとも、フリスクとの接触によって別の記憶も入り交じってしまったのだろうか。
不明瞭な記憶にも苛立ちが募るが、状況そのものも最悪だ。
私はモンスターではない。ニンゲンだ。
皮膚と肉は腐り、髪も剥がれ落ちて骨だけになった身体が檻となり、私のタマシイを逃さず、意志の力で動かしているのだろう。まるでゾンビじゃないか。吐き気がする。まさか、ものが腐らない地底世界で、腐りきった私のようなゾンビがいるなんて。
「……はー…………」
簡素な調度品のみしか置かれていない殺風景な自室は、無聊の慰めにもならない。ただ、独りで考える時間が必要だ。とにかく、今後の方針を固める必要がある。最重要事項として、隣の部屋にいる存在にだけはこのことを悟られてはいけない。
私がニンゲンのタマシイを持っていることもそうだけど、『救いようのない悪党』であることが露見するのは避けないといけない。
「いつかは、向き合わないといけないと思うけどさあ……」
この世界では『なかったこと』になっているのだろうけど。どこかの世界線での『虐殺』を、彼はどのように捉えるだろう?
自覚してしまったら自分のLOVEがこわい。私に確認する術はないので、なるべくサンズとは会わないほうが良さそうだ。……まあ、死にそうになったことがないので、ケツイのチカラ云々がどうなってるのかは保留だけど。試すには隣の障害が大きすぎる。私にそのチカラはないと仮定して話を進めよう。
幸いなことに、デートイベントが終わったのなら、サンズはフリスクを見守るために家を留守にするはず。顔を合わせる可能性は低い。
そこまで考えて、別の思考が脳裏を過る。
フリスクがいるということは、王さまはタマシイを六つ捕えている。本来の道筋では、七つ目のタマシイを持つのはフリスクだったはずだ。
ニンゲンは地上に戻るため。モンスターの王は地上に進出するため。互いのタマシイを巡って争いになる。互いに引き返すことはできない。
でも、ここにはもう一つの可能性があった。私が持つニンゲンのタマシイは、まだこの骸の内側に収まっている。地上で死した身なので、正しく運用できるかはわからないけれど、もしフリスクより先に王の城へ辿り着けたら? そこで七つ目のタマシイを差し出すことができたのなら、物語は変わる。フリスクも王も互いに命を奪い合うことはなく、バリアを突破して地上への進出が叶う。それは、ハッピーエンドになるのでは?
しかし、私が持つ記憶は『最高のエンディング』も知っている。
フリスクが多くの友人と培った絆の上に築かれるエンディングは、モンスターたちに根強く芽吹いたニンゲンへの憎悪が緩和されている。
モンスターとニンゲンの幸せを願うのなら、目指すべきはこの平和なルートだ。 そのために、まずフリスクがどの道を歩んでいるのかを知る必要がある。場合によっては、誘導する必要も。
尾行しているフラウィに存在を気取られないほうがいいのか。それとも、ある程度の素性を明かして、サンズにバレないように対策するべきか。
「……、…………はあ。だめだ。考えがまとまらない」
身近にラスボスがいると苦労する。今日までの私はよくここで生活できたものだと感心してしまう。
隣の気配を探っても、いるのかいないのか不明瞭だ。不在であればいいが、用事もないのにノックする訳にもいかない。
まさか我が家で気の休まらない時間を過ごす羽目になるなんて。なくした記憶を取り戻したらろくでもないことになってしまった。怠惰に過ごしていた日々が恋しい。
だけど。思い出してしまった以上、後戻りも、見ない振りも、できそうにない。隅々まで知ろうとした愛しい世界だ。……いまは大部分の記憶を失ってはいるけれど、それでも、この世界のことがすきな気持ちに偽りはない。
「久し振りに、会いに行こうかな」
本当ならこの家から一歩も出たくなかったけど、自分の正体を察してしまったいま、そうも言っていられない。このまま隠し通すか、たとえ明かすとしても身の危険がない状況でなければ。
だから、せめて礼を失しないうちに。私を初めて見つけてくれた友人に、意見を仰ごう。
そうして、ひっそりとスノーフルのまちから川へと向かい、ウォーターフェルまで舟を出すように頼む。渡し守が了承して発ってしまえば、人目にはつかない。対策になるかどうかさえ怪しいけど、思い出してしまったからには、なるべくモンスターに見つからないように立ち回りたかった。
川のせせらぎは穏やかで、落ち着かない胸の内に優しく語りかけてくるよう。渡し守は一方的に話すだけで、私の素性まで詮索しない。それがいまは救いのようだった。
私がモンスターだったのなら、同じモンスターに対しての思いやりがある。けれど、私の実態はニンゲンだ。いつ、モンスターに牙を剥くかわからない。ニンゲンは、思いやりの心がなくても存在できるのだから。
辿り着いたウォーターフェルは幻想的な風景で出迎えてくれる。スノーフルに比べてずいぶんと過ごしやすい。群生してる花が多いことからも明らかだ。雪景色よりも水場を好むのだろう。
さて、友人の家に向かおうとしたところで、土産を準備していなかったことに気が付く。パピルスはアンダインにホネの手土産を渡していたけど、さすがにそれは問題があるだろう。すこし考え、ガーソンの店に立ち寄る。店番のガーソンは好々爺然とした亀のモンスターだ。かつての戦争の折にも参加していたとかしていないとか。アンダインが尊敬する相手、という情報はかろうじて記憶から引き出せた。『正義の鉄槌』ガーソン。フリスクの前に立ち塞がるアンダインは正義の槍。師弟のような関係性が窺える。
ガーソンは、虐殺を繰り返すニンゲンに対して引導を突き付けた存在だ。おそらく『ゲームシステム』を逆手に取ったのだろうとは思う。店員に対してニンゲンは攻撃の手立てがない。それをガーソンが把握していたかどうかまではわからないけど。
ガーソンはウォーターフェルの住民が逃げる時間を稼ぎ、矢面に立った。その胆力には目を見張るものがある。そのせいか、身が竦む。このスケルトンの身体は特筆するような悪さはしていないのに。
意を決して店へと入る。
「グレース、久し振りじゃのう!」
迎えてくれたガーソンは記憶に違わぬ姿だ。歴史家と呼ぶより探検家といったほうが説得力のありそうな風貌で、ふるぼけた虫眼鏡の奥で目が細まる。目許に刻まれたシワは柔らかさを帯びた。味のあるシミは、そのまま彼の勲章のような印象を与えてくれる。長い眉毛と同色の顎髭、そしてその口調から住民に広く親しまれている存在だ。
意外なことに、ガーソンは私のことを覚えていたらしい。まさか名前まで覚えていてくれたとは思わず、大口を開けて呆然としてしまった。
「ワッハッハッ。不思議そうじゃな? ま、スケルトンの客は滅多に来んからのう」
あっさりと種明かしをするガーソンにほっと胸を撫で下ろしながら、友人への手土産について相談する。ふむ、と思案したガーソンは店内へ視線を向け、肩を竦めて見せた。
「土産なんて買うもんはおらんよ。リンゴならあるんじゃがの」
「……リンゴ食べられると思う?」
「ちぃとばかし難しいじゃろうて」
そりゃそうだ。しかし寄ったのに何も買わないのも気が引けて、取り敢えずビチャビちゃを購入する。パピルス謹製の小銭入れから代金を支払えば、ガーソンは笑顔で商品を手渡してくれた。
「気をつけてな!」
友好的な挨拶を背に聞きながら退店する。この手がチリに塗れていないからか、ガーソンには敵意がなかった。だからと言って、安心材料と断ずるのは早計だろう。
お茶を手にウォーターフェルを歩く。私の友人は牧場のそばに居を構えている。いまは音信不通だという従兄弟の住居の隣に建つ、青い建物の家主だ。
ノックをしてから中に入ると、出迎えてくれたのは浮遊する真っ白なシーツ……ではなく、この世界のゴーストだ。
「よく来たネ……。あんまり……お客さんこないカラ……なにもないケド……、ゆっくりしていっテ……」
「ありがとう、ナプスタ」
ゴミエリアで、滴り落ちる水にひたすら打たれていた私を最初に見つけてくれた命の恩人。ガーソン同様、覚えていてくれたらしい。
ちなみに手土産は断られた。切ない。腹いせに床に直置きする。
「そうだン……?」
「ちょっと、他には言えない話だから……」
ナプスタは焦ったよう涙を零す。内気なナプスタには荷が重すぎるかもしれないが、頼ったのには打算もある。
ナプスタは、アズリエルがモンスターのタマシイを吸収したとき、被害に遭わなかった唯一のゴーストだ。ナプスタがゴーストだからか、内気な性格だからか、この家が特殊なのか。理由はさっぱりわからないが、そこに希望がある。
「肝心の話をするね。……私、記憶をすこし取り戻したんだ」
「そうなノ……、おめでとう……良かったネ……」
「うん、ありがとう。でもおかげで厄介なことになってね」
洗いざらいは話せない。ただ、話せる範囲で本当のことを伝える。そして、話している内に思い出した。ナプスタは『虐殺』できないキャラクターのひとりだ。そのことに救われた心地になった気持ちが蘇って、余計なことまで話したかもしれない。
「ニンゲンって……ホネでできてるんだネ……」
最初に私を見て「スケルトン?」と尋ねたのが、ナプスタブルークだった。記憶をなくしていた私は、その言葉を通して自分をスケルトンだと認識した。雛鳥がはじめて見た存在を親鳥と認識するような刷り込みが、頭の中で行われてしまったのだろう。さらに良くないのが、私が魔法が使えるニンゲンだったということ。魔法で骨を生み出してしまったので、疑う余地がなくなってしまった。
蓋を開けてみたら驚き、白骨遺体にタマシイが宿っているだけのゾンビだったのに。
自分で言っててむなしくなってきた。
地底世界にいるせいか、身体が腐らないから生粋のスケルトンたちにも気付かれなかったのだろう。そうでなければ説明がつかない。
「うんまあ……間違ってないけど……、ニンゲンがみんなスケルトンみたいな見た目ってわけじゃないからね……?」
わかっているのかいないのか。ナプスタはつぶらな瞳をさらに丸くしている。まあ、私の正体については余談だからよしとしよう。
本題はこの次だ。
「お願いがあるんだ。聞いてくれる?」
戸惑うナプスタは悩んで、悩んで、しばらく悩んで、でも最後には頷いてくれた。
「ありがとう。……でもそんな身構えなくてもいいよ。……次に私が来るとき、ここに長居させてほしいんだ」
「いいケド……おもてなしは……できないヨ……」
「私もまともな手土産用意出来なかったし、お構いなく」
「いいノ……?」
「もちろん!」
相談とお願いが円満に終わった帰り道。近くまで来たついでにアンダインの家の前に寄り道すると、窓ガラスを割って外に飛び出したパピルスの姿が見えた。中にはアンダインのほか、フリスクもいるらしい。
当のアンダインはモンスターに対しての情が深く、ニンゲンを見る目が厳しい。そのアンダインとニンゲンが家の中にいる……つまりデートをしている、ということは、フリスクはモンスターたちに対して不殺を貫いているらしい。期せずして確認が済んだ。ただ、あくまで現段階では、の話ではある。それでも、このまま一貫して誰も手にかけずに仲良くなるか、逃げ続けてくれるのならば。フリスクの道行きに無粋な助言は不要だ。
「へえ。ここじゃ見ない顔だね」
エコーフラワーの隣を通り、足取り軽くウォーターフェルを発とうとしたところで、一輪の花が現れて水を差す。金色の花びらに囲まれた中心に、豊かな表情が浮かんでいた。値踏みするようにこちらを見て、口角を上げている。お花のフラウィの登場だ。
すっかり安心しきって、脅威への警戒が薄れてしまっていたことを後悔する。
「……パピルスから話は聞いてたんじゃない?」
「ああ、居候のスケルトンってキミのこと?」
「……大変不愉快極まりない言い草だけど、そうでしょうね」
フラウィは、この世界を何度も周回している。恐らく、彼の周回した世界に私という存在はいない。目をつけられるわけにはいかなかったのに、捕まってしまった。
「パピルスならアンダインの家のほうにいたよ」
「知ってるよ。ニンゲンとアンダインを仲良くさせたいんだろ?」
「……きみ、パピルスに用があるんじゃないの?」
素知らぬ顔で嘯く。言葉選びは慎重に。でも、警戒していると伝わっては意味がないので行動は大胆に。
「ああ。オマエ、知ってるんだろ?」
「なにを?」
「だって、ボクが話してるのに不思議がらないからさ! エコーフラワー以外に喋る花を初めて見たなら、第一声はそうじゃないだろ?」
しくじった。
そこまで考えが巡らなかった。
「――喋る花の話はパピルスから聞いてたからね」
絡まる思考を必死にほどいて、縺れた口を動かす。妥当な言い訳のはずだ。
「ふうん。そういうことにしといてあげるよ。キミのへたくそな演技に免じてね」
骨の震えを見咎めて、花は高らかに笑う。神経を逆撫でするような声だ。
「……、そう」
「ま、ボクはあのニンゲンのことを見守ってるだけさ。邪魔さえしなければ、オマエのことを無視してやってもいいよ」
ありがたい申し出だった。逆に言えば、隠していたつもりの行動が筒抜けということでもある。その点については忸怩たる思いだ。しかし、よくよく考えを凝らせば、私がニンゲンであるということはバレていないようだ。フリスクにしたときのような騙し討ちをしないのがいい例。スケルトンだと思っているから、取るに足らないタマシイなんて奪う価値がないと思っているのだろう。少なくとも、いまのところは。
「……もとから、邪魔するつもりはないよ。キミの望みが叶うことを祈ってる」
「ハハ、会ったこともないのにボクの望みを知ってるって?」
「――知ってるよ。私は『救いようのない悪党』、だからね」
「はあ? つまんない自称を聞かせて、なんのつもり?」
旅路の果て。回廊に立ち、審判者と向き合った虐殺者。これ以上はないほどうってつけの称号である。尤も、裏側の事情を数多く知るフラウィでさえ知らなかったようだけど。
「………………?」
ふと、自分の思考に猜疑が向く。本当に、そうなのだろうか、と。
そこでフラウィの視線に気付き、緩く首を振る。
「ううん、深い意味なんてないよ。……ちょっと、からかっただけ」
「あっそう。オマエ、シュミが悪いね」
「うん、そうなんだ」
心をなくしてカラッポだという理由があるフラウィと違って、強い好奇心を以て武器を振り回した私はまさしく趣味が悪いだろう。甘んじてその言葉を受け入れた。