ニンゲン夢主の名前
Only the saving grace.
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慌ただしい足音が玄関の扉越しに聞こえてくる。ふと視線を持ち上げると、家に侵入したイヌが目に入った。イヌは私のホネには見向きもせず、パピルスのホネを咥えて部屋の中を縦横無尽に駆け抜ける。当のパピルスは嫌がるけど、イヌに愛されているのは羨ましい。まるで私のホネに魅力がないと言われてるみたいだ。すこしへこむ。まあ、別にいいけど。
嗅覚がするどいとされるイヌは扉には目もくれず。ただただホネに夢中。仕方なく私はソファから身体を起こす。帰宅が早いなあ、などとぼんやり考えながら、出迎える準備に取り掛かった。
「グレース! 聞いて!」
「お帰りパピルス、お疲れさま」
「うん、ありがとう!」
ブーツをひっくり返して雪を排斥するパピルスを労う。ロイヤル・ガードのイヌたちはホネがだいすきだから、外でまた付き纏われたのかも。外に出なければ負う必要の懸念に心から賛美を送る。私にはとても真似できない。外は寒いし、働くのは面倒だし、家で自堕落に過ごすのは最高なんだ。たとえば、ほら、部屋の隅でホネに齧り付いてるイヌみたいな生活って最高でしょ?
「それどころじゃないよ、ニンゲンが来たんだッ!」
「へー」
残念ながら、今日のパピルスはいつもよりしっかりしてた。普段なら何の話をしていたか思い出せずに流す場面なのに。これが成長なのかもしれない。遠いところに行ってしまいそうで、複雑な心境だ。胸がざわめく。
「もう! ちゃんと聞いてるッ? グレースは記憶を落っことしたって言ってたから、オレさまの話、ちゃんと聞いてねッ!」
「ご心配痛み入るよ」
どうやら、私が記憶喪失ということはちゃんと覚えていたらしい。ちょっと安心した。そうだね、パピルスはかわいげがあるし、ただのバカではないのだ。
ただし、記憶喪失に関しては普段の生活に困っていないからこのままで構わない。私が的外れなことを言うとパピルスが口を挟むから、それを避けるべく説明したに過ぎないのだから。
事情を汲んである程度は静かになるかと思いきや、彼の性格上、見過ごせなかったらしい。使える時間の限りを使って、どんな些事だろうと懇切丁寧に解説してくれたときもあったな。家事に仕事に特訓に、使える時間は限られているだろうに。思いやりのある良い子である。早めに料理の腕前が上達することを祈るばかりだ。
「それで、えーとニンゲンが来たからには、捕らえて、都に連れて行って! そしたらオレさまは人気者! だから、まずはパズルでお迎えしなきゃいけないんだぞ」
「ロイヤル・ガードの一員は大変だなー」
「二ェへへ、まだ一員にはなれてないけどねッ」
慌ただしく骨を掻き集めるパピルスは浮かれている。ここのところ落ち込んでいた空気が払拭されたのはいいことだけど。……パズルに攻撃用のホネって必要? トラップでも仕掛けるの? 危なくない?
「すこし前に、スパゲティと電子レンジを持って行ったときもニンゲン用の罠って言ってなかった?」
「しぃー! どこでニンゲンが聞いてるかわからないなら内緒にしてッ!」
「パピルスの声のほうが大きいって」
ニンゲンの年齢を聞いてなかったけど、素性もよく分からない相手が出したスパゲティを食べるとは思えない。野生動物じゃあるまいし。イヌだってパピルスのスパゲティは食べない。おめでとう、パピルス。キミの作ったスパゲティは夫婦喧嘩と同格だ。
でも、考えてみたら相手の年齢にもよるのかも。子どもが相手なら確率は上がるのかもね。子どもが極寒の森に耐えられるかのほうが心配だけど。
「それで今回は? また何か作るの?」
「うん。ニンゲンが中々来ないから、待ってる間にオレさまたちの雪像を作ってるんだ。兄ちゃんも一緒に!」
「へぇ〜」
サンズは仕事をサボりたいだけなのでは、と言いかけて、彼の尊厳のために控える。そもそも、ニンゲンを捕まえる仕事ってよくわからないし。あれ、見張りだったっけ? 目的のニンゲンが来たっていうのに雪像作りに励んでいていいのかな。まあ、私には関係ないからいいか。遊べる仕事なら私も歓迎だし。
「オレさまのイケてる雪像にはマフラーが必要で、兄ちゃんの雪像の完成には赤いマーカーが必要なんだ」
「ふうん……?」
パピルスにマーカーを取ってきてもらう時間を休憩に当てているのでは、と思ったけど、変につつくのはよそう。……しかし、マーカーの必要性がよくわからない。サンズに赤要素ないじゃん。偉大な弟の像でも量産してるんだろうか。いや、面倒くさがり屋のサンズに限ってそれはないでしょ。
あ、もしかして。ニンゲンを見つけた報告をしたそのさきの面倒事を危惧してるとか? どう転んでも厄介なことになりそうだし、それを回避したくて回りくどい方法を取ってる、とか? 正直、その気持ちはわかる。これも私の推測だけど。沈滞してるほうが楽だったりするのだ。退屈で平凡な日常バンザイってね。たしかに地底はちょっとどん詰まりではあるけど、住めば都。何故か私が居候扱いされてるのは解せぬ。
「というわけでオレさま森に行ってくるけど、留守番しっかりしてね! もしニンゲンが来たらウォーターフェルのほうに誘導ッ、いい?」
「はいはい」
「よろしくねッ」
嵐のように過ぎ去ったパピルスを見送って、身体をソファに沈める。小銭のないソファは中々の寝心地を誇るのだ。快適さに骨を埋めながら二度寝を決め込もうと画策する。どうせニンゲンはこの家には来ないだろう。なんの根拠もない、ただの希望的観測だけどね。まあ。仮に来たとしてもこれから眠る私には関係のない話だ。
視界を閉ざせば心地好い闇が迎え入れてくれる。身を委ねると、眠りはすぐに訪れた。
――天国、というものは、地上のはるか上空に存在するらしい。
話題に出したパピルスは、その内容が描かれた絵本を指差す。表紙にはイヌみたいな白いふわふわが揺蕩い、七色に光る橋が架かって輝きに満ちていた。まるで絵空事のような世界。けど、パピルスの骨の指先は愛おしそうに表紙の絵をなぞる。いつか地上に出たら見たい景色のひとつなのだと語っていた。
私は、パピルスとは違う。
ほかのモンスターとも違う。
地上への憧れはあまりなくて、ただ、こうして家の中に閉じこもって、あの骨の兄弟と面白おかしく会話できればそれで十分。
日差しの少ない地底に残された希望はほんの僅か。モンスターだけの力では底が見えているし、地上への展望を持てば、必ずニンゲンのチカラが必要になる。どの道を選ぶにせよ、モンスターたちにニンゲンは不可欠で、言い換えれば障害となる存在だ。
それがわかっていて、わざわざニンゲンと関わり合いになんかなりたくない。
「天国が遙か上空にあるなら、ここは一番遠いな」
天にまします、かの国は、地底とは対極にある。かつてのニンゲンたちは、それがわかっていてモンスターを地底へ閉じ込めたのだろうか。
我々を天国へ行させないために。
しばしば楽園とも呼ばれる天国は、この地底世界から程遠い。
「――そこで寝てるスケルトンがグレース! オレさまたちのイソーローさんだよッ」
話し声に意識が浮上する。目蓋を開けると帰宅したパピルスの背中が遠くに見えた。
変な夢を見た。パピルスがニンゲンの話をしていたせいだろうか? 夢は夢に過ぎないのに、なんだか不吉を暗示しているようで、骸の中のタマシイが疼く。起きたての頭がうまく働かないので、寝たふりを続けながら、パピルスの話し相手に目を向けることにした。気付くのが遅れたが、パピルスがサンズへ私を紹介する必要はない。同じ理由でアンダインにもだ。だから、家にいるのは第三者だろう。
パピルスがだれかを招くのは珍しい。滅多にないことだ。べつに友人が少ないという意味ではない。アンダインが来たこともあるし。
パピルスと向き合っているのは、全く見覚えのない客だった。
淡い水色のシャツに桃色の横じまが二本走っている。遠巻きに見ているので細かな表情はわからないが、顔の筋肉はあまり動いていない気がした。
全く見覚えがない。そのはずなのに、なぜか目を奪われる。夢の残滓のせいだろうか。胸骨の内側が騒がしい気がする。
「………………そこにいるのは、ニンゲン?」
初めて見るのに、こんなにも落ち着かない。おかしい。ニンゲンハンターを自称しているのはパピルスだけで、私にその気は全くないのに。
「あ! グレース、おはよう! 昼寝も程々にしないとダメだぞ」
「いまそういう話の流れだったっけ?」
「コホン。説明すると、こちらがオレさまがみつけたニンゲン! いまからデートするのだ!」
「デッ……!? そ、それはサンズは知ってるの?」
「うん? どーだろ……でも兄ちゃんは部屋にいるし、何かあったら降りてくると思うよ」
いつも以上に上機嫌だけど、彼は私がよく知るパピルスに違いない。私の質問に対し、首を傾げて不思議そうにしている。
「あ! はじめましての挨拶が抜けてたッ! こっちがニンゲン、そっちはグレース! よろしくね!」
パピルスが手を引くので、仕方なくニンゲンの前に立つ。やっぱり、初対面だ。なのに既視感があった。骨が軋んで、胸のざわめきが肥大化する。
パピルスが改めて紹介する声を聞き流しつつ、視線が泳ぐのが自分でもわかった。しかし、ニンゲンは無防備に手を差し出す。
「……パピルスが全部言ってたけど、私はグレースね。……認めてないけど、彼らのほうが居候だから。そこ、間違えないでね?」
苦し紛れに話せば、ニンゲンの表情がいくらか緩和される。無表情ではないらしい。知らなかった。
皮と肉のついた手のひらに、骨だけの手を重ねる。すると、触れた瞬間、全身へ電撃が駆け抜けた。襲ってきた衝動は、パピルスがパズルに使うと豪語していたオーブに誤って触れたとき以上のビリビリである。
そのせいか、脳裏に強く蘇ったのは名状し難い映像の数々。切れ端のように断片的な映像は、いまこの瞬間に刻まれ、焼き付けられ、タマシイが焦がされる。
まるで火傷を負わされたかのようだ。反射的に手を引っ込めるが、ニンゲンは私を不思議そうに見つめている。どうやら、ニンゲンが意図したものではないらしい。パピルスもいまの状況を見ていながら、口を挟まない。これは、私の内側で発生した問題なのだろう。
「……デート、するんだっけ。くつろいでいってね」
なんとか、当たり障りのない言葉を紡いでソファに戻る。寝起きで助かった。不自然な足取りも、寝惚けていると誤魔化せるから。
その後も、ニンゲンとパピルスは順調に家の中を見て回っているらしい。しかし、サンズが奏でたトランペットの音楽も、それに向けられたパピルスの怒声も、いまは私の耳をすり抜ける。……いや、スケルトンに耳なんてないけど。
我が家の喧騒を遠くに捉えながら、思考は深く深く沈んでいく。
ああ。なんてことだろう。まさか、フリスクに会ったことで、思い出してしまうなんて。
――この世界が、ゲームの世界だということを。
ああ。まさしくここは天国から一番遠い場所だった。少なくとも、最後の回廊で幾度も挑戦を続けた『救いようのない悪党』である私には。
嗅覚がするどいとされるイヌは扉には目もくれず。ただただホネに夢中。仕方なく私はソファから身体を起こす。帰宅が早いなあ、などとぼんやり考えながら、出迎える準備に取り掛かった。
「グレース! 聞いて!」
「お帰りパピルス、お疲れさま」
「うん、ありがとう!」
ブーツをひっくり返して雪を排斥するパピルスを労う。ロイヤル・ガードのイヌたちはホネがだいすきだから、外でまた付き纏われたのかも。外に出なければ負う必要の懸念に心から賛美を送る。私にはとても真似できない。外は寒いし、働くのは面倒だし、家で自堕落に過ごすのは最高なんだ。たとえば、ほら、部屋の隅でホネに齧り付いてるイヌみたいな生活って最高でしょ?
「それどころじゃないよ、ニンゲンが来たんだッ!」
「へー」
残念ながら、今日のパピルスはいつもよりしっかりしてた。普段なら何の話をしていたか思い出せずに流す場面なのに。これが成長なのかもしれない。遠いところに行ってしまいそうで、複雑な心境だ。胸がざわめく。
「もう! ちゃんと聞いてるッ? グレースは記憶を落っことしたって言ってたから、オレさまの話、ちゃんと聞いてねッ!」
「ご心配痛み入るよ」
どうやら、私が記憶喪失ということはちゃんと覚えていたらしい。ちょっと安心した。そうだね、パピルスはかわいげがあるし、ただのバカではないのだ。
ただし、記憶喪失に関しては普段の生活に困っていないからこのままで構わない。私が的外れなことを言うとパピルスが口を挟むから、それを避けるべく説明したに過ぎないのだから。
事情を汲んである程度は静かになるかと思いきや、彼の性格上、見過ごせなかったらしい。使える時間の限りを使って、どんな些事だろうと懇切丁寧に解説してくれたときもあったな。家事に仕事に特訓に、使える時間は限られているだろうに。思いやりのある良い子である。早めに料理の腕前が上達することを祈るばかりだ。
「それで、えーとニンゲンが来たからには、捕らえて、都に連れて行って! そしたらオレさまは人気者! だから、まずはパズルでお迎えしなきゃいけないんだぞ」
「ロイヤル・ガードの一員は大変だなー」
「二ェへへ、まだ一員にはなれてないけどねッ」
慌ただしく骨を掻き集めるパピルスは浮かれている。ここのところ落ち込んでいた空気が払拭されたのはいいことだけど。……パズルに攻撃用のホネって必要? トラップでも仕掛けるの? 危なくない?
「すこし前に、スパゲティと電子レンジを持って行ったときもニンゲン用の罠って言ってなかった?」
「しぃー! どこでニンゲンが聞いてるかわからないなら内緒にしてッ!」
「パピルスの声のほうが大きいって」
ニンゲンの年齢を聞いてなかったけど、素性もよく分からない相手が出したスパゲティを食べるとは思えない。野生動物じゃあるまいし。イヌだってパピルスのスパゲティは食べない。おめでとう、パピルス。キミの作ったスパゲティは夫婦喧嘩と同格だ。
でも、考えてみたら相手の年齢にもよるのかも。子どもが相手なら確率は上がるのかもね。子どもが極寒の森に耐えられるかのほうが心配だけど。
「それで今回は? また何か作るの?」
「うん。ニンゲンが中々来ないから、待ってる間にオレさまたちの雪像を作ってるんだ。兄ちゃんも一緒に!」
「へぇ〜」
サンズは仕事をサボりたいだけなのでは、と言いかけて、彼の尊厳のために控える。そもそも、ニンゲンを捕まえる仕事ってよくわからないし。あれ、見張りだったっけ? 目的のニンゲンが来たっていうのに雪像作りに励んでいていいのかな。まあ、私には関係ないからいいか。遊べる仕事なら私も歓迎だし。
「オレさまのイケてる雪像にはマフラーが必要で、兄ちゃんの雪像の完成には赤いマーカーが必要なんだ」
「ふうん……?」
パピルスにマーカーを取ってきてもらう時間を休憩に当てているのでは、と思ったけど、変につつくのはよそう。……しかし、マーカーの必要性がよくわからない。サンズに赤要素ないじゃん。偉大な弟の像でも量産してるんだろうか。いや、面倒くさがり屋のサンズに限ってそれはないでしょ。
あ、もしかして。ニンゲンを見つけた報告をしたそのさきの面倒事を危惧してるとか? どう転んでも厄介なことになりそうだし、それを回避したくて回りくどい方法を取ってる、とか? 正直、その気持ちはわかる。これも私の推測だけど。沈滞してるほうが楽だったりするのだ。退屈で平凡な日常バンザイってね。たしかに地底はちょっとどん詰まりではあるけど、住めば都。何故か私が居候扱いされてるのは解せぬ。
「というわけでオレさま森に行ってくるけど、留守番しっかりしてね! もしニンゲンが来たらウォーターフェルのほうに誘導ッ、いい?」
「はいはい」
「よろしくねッ」
嵐のように過ぎ去ったパピルスを見送って、身体をソファに沈める。小銭のないソファは中々の寝心地を誇るのだ。快適さに骨を埋めながら二度寝を決め込もうと画策する。どうせニンゲンはこの家には来ないだろう。なんの根拠もない、ただの希望的観測だけどね。まあ。仮に来たとしてもこれから眠る私には関係のない話だ。
視界を閉ざせば心地好い闇が迎え入れてくれる。身を委ねると、眠りはすぐに訪れた。
――天国、というものは、地上のはるか上空に存在するらしい。
話題に出したパピルスは、その内容が描かれた絵本を指差す。表紙にはイヌみたいな白いふわふわが揺蕩い、七色に光る橋が架かって輝きに満ちていた。まるで絵空事のような世界。けど、パピルスの骨の指先は愛おしそうに表紙の絵をなぞる。いつか地上に出たら見たい景色のひとつなのだと語っていた。
私は、パピルスとは違う。
ほかのモンスターとも違う。
地上への憧れはあまりなくて、ただ、こうして家の中に閉じこもって、あの骨の兄弟と面白おかしく会話できればそれで十分。
日差しの少ない地底に残された希望はほんの僅か。モンスターだけの力では底が見えているし、地上への展望を持てば、必ずニンゲンのチカラが必要になる。どの道を選ぶにせよ、モンスターたちにニンゲンは不可欠で、言い換えれば障害となる存在だ。
それがわかっていて、わざわざニンゲンと関わり合いになんかなりたくない。
「天国が遙か上空にあるなら、ここは一番遠いな」
天にまします、かの国は、地底とは対極にある。かつてのニンゲンたちは、それがわかっていてモンスターを地底へ閉じ込めたのだろうか。
我々を天国へ行させないために。
しばしば楽園とも呼ばれる天国は、この地底世界から程遠い。
「――そこで寝てるスケルトンがグレース! オレさまたちのイソーローさんだよッ」
話し声に意識が浮上する。目蓋を開けると帰宅したパピルスの背中が遠くに見えた。
変な夢を見た。パピルスがニンゲンの話をしていたせいだろうか? 夢は夢に過ぎないのに、なんだか不吉を暗示しているようで、骸の中のタマシイが疼く。起きたての頭がうまく働かないので、寝たふりを続けながら、パピルスの話し相手に目を向けることにした。気付くのが遅れたが、パピルスがサンズへ私を紹介する必要はない。同じ理由でアンダインにもだ。だから、家にいるのは第三者だろう。
パピルスがだれかを招くのは珍しい。滅多にないことだ。べつに友人が少ないという意味ではない。アンダインが来たこともあるし。
パピルスと向き合っているのは、全く見覚えのない客だった。
淡い水色のシャツに桃色の横じまが二本走っている。遠巻きに見ているので細かな表情はわからないが、顔の筋肉はあまり動いていない気がした。
全く見覚えがない。そのはずなのに、なぜか目を奪われる。夢の残滓のせいだろうか。胸骨の内側が騒がしい気がする。
「………………そこにいるのは、ニンゲン?」
初めて見るのに、こんなにも落ち着かない。おかしい。ニンゲンハンターを自称しているのはパピルスだけで、私にその気は全くないのに。
「あ! グレース、おはよう! 昼寝も程々にしないとダメだぞ」
「いまそういう話の流れだったっけ?」
「コホン。説明すると、こちらがオレさまがみつけたニンゲン! いまからデートするのだ!」
「デッ……!? そ、それはサンズは知ってるの?」
「うん? どーだろ……でも兄ちゃんは部屋にいるし、何かあったら降りてくると思うよ」
いつも以上に上機嫌だけど、彼は私がよく知るパピルスに違いない。私の質問に対し、首を傾げて不思議そうにしている。
「あ! はじめましての挨拶が抜けてたッ! こっちがニンゲン、そっちはグレース! よろしくね!」
パピルスが手を引くので、仕方なくニンゲンの前に立つ。やっぱり、初対面だ。なのに既視感があった。骨が軋んで、胸のざわめきが肥大化する。
パピルスが改めて紹介する声を聞き流しつつ、視線が泳ぐのが自分でもわかった。しかし、ニンゲンは無防備に手を差し出す。
「……パピルスが全部言ってたけど、私はグレースね。……認めてないけど、彼らのほうが居候だから。そこ、間違えないでね?」
苦し紛れに話せば、ニンゲンの表情がいくらか緩和される。無表情ではないらしい。知らなかった。
皮と肉のついた手のひらに、骨だけの手を重ねる。すると、触れた瞬間、全身へ電撃が駆け抜けた。襲ってきた衝動は、パピルスがパズルに使うと豪語していたオーブに誤って触れたとき以上のビリビリである。
そのせいか、脳裏に強く蘇ったのは名状し難い映像の数々。切れ端のように断片的な映像は、いまこの瞬間に刻まれ、焼き付けられ、タマシイが焦がされる。
まるで火傷を負わされたかのようだ。反射的に手を引っ込めるが、ニンゲンは私を不思議そうに見つめている。どうやら、ニンゲンが意図したものではないらしい。パピルスもいまの状況を見ていながら、口を挟まない。これは、私の内側で発生した問題なのだろう。
「……デート、するんだっけ。くつろいでいってね」
なんとか、当たり障りのない言葉を紡いでソファに戻る。寝起きで助かった。不自然な足取りも、寝惚けていると誤魔化せるから。
その後も、ニンゲンとパピルスは順調に家の中を見て回っているらしい。しかし、サンズが奏でたトランペットの音楽も、それに向けられたパピルスの怒声も、いまは私の耳をすり抜ける。……いや、スケルトンに耳なんてないけど。
我が家の喧騒を遠くに捉えながら、思考は深く深く沈んでいく。
ああ。なんてことだろう。まさか、フリスクに会ったことで、思い出してしまうなんて。
――この世界が、ゲームの世界だということを。
ああ。まさしくここは天国から一番遠い場所だった。少なくとも、最後の回廊で幾度も挑戦を続けた『救いようのない悪党』である私には。