ニンゲン夢主の名前
Only the saving grace.
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吾輩は骨である。名前はまだ無――……。
「あーー!! グレース、また寝て! もうお昼だよッ、起きて!」
「……パピルス、声の音量下げて」
物思いに耽ることもできないのがこの家である。いや、家の中は広く、十分なスペースが確保されている。四方を雪に囲まれたスノーフルのまちでは、ごくごく一般的な温もりのある住居だ。なによりまちの端っこにあるのがいい。家人が出払うと、帰ってくるのに時間がかかるから。そこがお気に入りでもある。
つまり、問題は家ではなく、居候のほう。
瞑想を邪魔されて酷く気分を害された私は、ソファに横になったまま恨めしく視線を向ける。頭身の高い骸骨がこちらを見下ろし、肘を直角に曲げて骨張った手を腰に当てていた。骨張ったというか、骨そのものである。私も彼も、スケルトンなのだから。
「グレースはイソーローさんなんでしょ? 兄ちゃんが言ってたぞ」
彼の影が覆い被さるように落っこちたおかげで、暖かな間接照明が緩和される。霞がかった視野では僅かな明るさでさえ目に毒なのだ。彼の腑に落ちない発言には怒りが込み上げてくるが、眩しい光を中和してくれたことには感謝している。なので寛大な心で聞き流そう。もう一眠りさせてほしい。
「……ところでイソーローさんって?」
「居候は他の家に住んで食べさせてもらってる他人のこと」
「グレースのことだね!」
「ちがう!」
つい声を荒らげてしまったが、パピルスは気にした素振りを見せない。いつも溌剌と大声を出してるから、相手の声にも鈍感なのかもしれない。
しかし、横になったままだと説教もうまくいかないので、仕方なく身体を起こすことにする。
「いい? パピルス。元々私が住んでたこの家に、お前たち兄弟がやってきたんだ。つまり、居候はお前たちで、私は敬われるべき存在なんだぞ」
身体を起こしたついでに身体を反らして威張り散らす。いくら骨を反らしたところで、あまり威厳には繋がらなかった。切なくなったのでやめる。
「えッ? でも、家賃を払ってるのは兄ちゃんだよ、[FN:グレース]は仕事してないよね?」
「ぐ……っ、い、いや……自宅警備員をしてる…………」
しかし、パピルスから返ってきたのはハートを突くような衝撃的な言葉だった。正論なんてどこで拾ってきたんだろう。いますぐゴミエリアにポイしてきなさい。
「はあ。そんなことを言う子に育てた覚えはないのに……」
思わず独り言も零れるというものだ。
いや、意外と以前からこうだったかもしれない。やれやれ、なんと嘆かわしい。もっと相手を慮る優しい子だと思っていたのに、言葉の刃が鋭利だ。
「べつにアンタに育ててもらった記憶もないけどな」
会話に割って入り、合いの手を入れたのは、パピルスよりも数等身小さい背丈の、これまた骸骨である。目を惹く鮮やかな青のパーカーに骨の手を入れて落ち着いた様子で戸口に立っていた彼は、ゆっくりと家に踏み入った。
「兄ちゃん!」
「サンズ!? いまって仕事の時間じゃなかった?」
「忘れもんがあってな。取りに戻った」
突然の出現に驚いたが、一足先にパピルスが反応してくれたおかげで平静を装って対応できた。内心の驚きを拾われていないことを祈る。未だに慣れてないことを知られたら悔しいので。パピルスはすんなり受け入れているようだが、サンズと兄弟なだけあって、やり取りにすっかり慣れているのだろう。
ちなみに彼らの身長はデコボコだが、サンズが兄でパピルスが弟だ。私? ただスケルトンという共通項があるだけの赤の他人である。血の繋がりはない。骨も皮もないスケルトンがどうやって血の繋がりを証明するかはわからないけど。ここにいるのは兄弟が一組と、他人のスケルトンの組み合わせだ。
「……さっきのは、ただの言葉の綾だから」
「そーかい」
私の言い訳じみた弁解を流し、サンズの足は階段へと差しかかっていた。家でも外でもスリッパ履きなので、インソールの底が床に叩きつけられる度に、ぺたん、ぱたん、と乾いた音が鳴る。足取りが緩やかなのはいつものことだけど、どことなく、何かを待っているような気配を感じさせた。
もしかして、と思ったちょうどそのとき、パピルスはいつものように大口を開ける。
「今日はニンゲンきた!?」
「いまのところはまだだぜ」
サンズは足を止め、振り返って告げる。恐らく、このやり取りを待っていたのだろう。
私が勝手に納得する傍らで、パピルスは拳を握っていた。そこには、未来への展望溢れる高揚があった。期待と異なる事実だろうに、パピルスはへこたれない。いつかやってくると信じているニンゲンに対し、期待と希望を注いでいる。
その在り方は疲れないのだろうか。時折心配になる。弟想いの兄が口出しをしない以上、他人の私が突っ込むべきではないのだろう。
思考に釣られて、階上のサンズの部屋に視線を向ける。サンズはとっくに部屋の中に入ったらしく、あの足音も、後ろ姿も見えない。
「うーん、やっぱりニンゲンが興味を持つような……パズルとかッ? 準備したほうがいいのかもしれないぞ」
「たしかに、パズルがあったら気になって足を止めるニンゲンが多いかもね」
「やっぱりッ? グレースもそう思う?」
迫る頭蓋骨を手で押えながら肯定する。パピルスは距離感が近い。これを良しとしていると外で迷惑をかけるんじゃないかと不安はある。けど、出不精の私には関係のない話だ。自宅最高。一歩も出ないことを誓う。
「よーし、お昼のあとの仕事中にパズルを考えるぞッ! 仕事のかけもち……、オレさますごい!」
「あー……そうね、すごいすごい」
骨の手と手を合わせて拍手を贈る。パピルスには喝采に聞こえているようで、照れたようにはにかんでいた。
取り敢えず、距離を置かせることと話を逸らすことに成功した。ぐうたら過ごして生活できるならそれがいい。サンズはなんだかんだ言いながら仕事をしていてえらい。私には真似できない。
……一応。『仕事をしない』という仕事をしているんだ、という言い訳は準備していたけど。幸いなことに、今回は言及されなかったので、次聞かれたときのために胸の内で温めておく。
「それじゃあ、オレさまはパスタを作るぞ! グレース、その間に掃除してッ!」
「ああ、ソファに挟まっていたお金はタワーにして積んでおいたよ」
掃除、というワードに一早く反応した私は、既に実行済だと示してやる。小銭がソファに詰まってると寝心地が悪くて仕方ないのだ。快適な睡眠のためには、ある程度の寝床の整理整頓くらいこなしてみせる。そう、これも掃除のうち。
ちなみに、ソファの隠し財産はテレビの高さに匹敵するくらい積み上がっている。よくもまあそんなに溜め込んだものだと感心するレベルだ。
「ホントッ? ウヒョウ! 小銭がいっぱい! アンダインの槍の長さにも負けないな!」
「いや、さすがに負けるんじゃない?」
アンダインとの面識はある。パピルスの話によく出てくる相手だし、何度か宿泊したこともある。いや、途中からスノーテルのほうを利用していたけど。
彼女の武器は見たことがないが、ロイヤル・ガードの隊長さまが扱う槍が、まさかこんなちんちくりんな長さではなかろう。
「あれ? グレースってアンダインに会ったことあった?」
「……それってギャグ?」
「違うよッ」
「なんだ、会ったとあったをかけたんじゃないんだ」
からかうとぷんぷん怒って骨がカタカタ言う。可愛げがあって大変良い。兄のほうはからかい甲斐がないのだ。
「グレースはしばらく外に出てないからアンダインのこと知らないよね?」
「家に泊まっていったことあるでしょ、会ってるよ。それはそれとして、外は寒いから出たくない」
「オレさまたちヒフがないから寒くないでしょッ」
「ソウルの奥深くが寒いって訴えるんだ……。きっと私はほかの誰よりも繊細なんだよ」
スケルトンだってソウルを持っているのだ。そして寒いと思うのも、たぶんソウルに関係してる。身体が感じなくても心で感じるというやつだろう。パピルスが借りてきたとしょんかの本に載ってた。
「えッ? そんなことないよ、安心してッ! グレースは誰より図太いから!」
「ケンカ売られてる? 買おうか?」
「グレースお金あるのッ?」
「も〜〜っ、さっきから! いーい? 私だって寒いって思うの! パピルスだってサンズのギャグ聞いたら寒いって言うでしょ!? それと一緒!!」
「心外だな」
「うわあ!? ビックリした!」
本人がいないところで噂話をしていたせいか、本人が登場すると身体が跳ね上がる。神出鬼没なのはいまに始まったことじゃないけど未だに慣れない。深呼吸を挟んで、サンズに視線を移す。
じ、とこちらを見上げてくる表情には、発言以上の感情が見受けられない。一応事実に基づいた発言だったはず、だけど。まさか傷付けてないよね……?
「あ、兄ちゃん! ごはん食べていく?」
「せっかくの誘いだが、屋台に昼飯があるんでな。代わりにグレースに食べさせてやってくれ」
「まかしといてッ!」
「待て待て待て、私を置いていかないでサンズ!」
「寒いから外に出たくないんだろ? それならしょうがない。連れていけないな」
天に向けて骨の手のひらを広げたサンズは、含むところはないとでも言いたげだ。いや、絶対にウソだ。どうせ、さっきの意趣返しをしてるんだ。
「そんじゃ、居候 のグレース。ごゆっくり」
無情にも玄関の扉が閉まる。残されたのは私とパピルスのふたりだけ。わざわざ居候を強調してくれたおかげで、パピルスがやっぱり、と言いたげに頷いている。許すまじ。
「兄ちゃんがいなくても大丈夫だよ!」
「いや全く大丈夫じゃない!」
弟想いのサンズが残っていれば、まだスパゲティを押し付ける逃げ道もあったのに退路を断たれた。いかに回避するかを思案する私に関係なく、パピルスは懲りずに話しかける。
「掃除を頑張ったグレースには、このマスターシェフ、パピルスさまがご褒美にスパゲを御馳走するぞ!」
「話を聞けえええええ!!」
厚意を全面に出したパピルスの気持ちはうれしいが、受け取るわけにはいかない。彼の料理の腕は現段階では壊滅的だ。かと言って、ロイヤル・ガードの皆に振る舞ったら、などと提案して被害を拡大させるわけにもいかない。
「うん、ちゃんと聞くよ。スパゲを食べながらねッ」
可愛げのあるウィンクがいまばかりは腹立たしい。腹を括るしかないのだろうか。
咄嗟に魔法で生み出した骨で「no」を主張しようとするが、すんでのところで堪える。以前同じことをしたとき、パピルスは文字探しの練習と解釈したのだ。オレさまの口癖のnだね、とうれしそうに続け、張り切ったパピルスに押し切られる形でその夜は文字探しに付き合わされた。苦い記憶だ。骨文字の主張はパピルスには通じないと思ったほうがいい。
「……………………あぁ……」
肋骨の内側で、ないはずの臓物が疼くような感覚がする。思わず漏れた声を返事と受け取ったパピルスは、悪気のない背を向けてキッチンへまっしぐら。考え込む余裕もなく、私は覚悟を決めるしかなかった。
「あーー!! グレース、また寝て! もうお昼だよッ、起きて!」
「……パピルス、声の音量下げて」
物思いに耽ることもできないのがこの家である。いや、家の中は広く、十分なスペースが確保されている。四方を雪に囲まれたスノーフルのまちでは、ごくごく一般的な温もりのある住居だ。なによりまちの端っこにあるのがいい。家人が出払うと、帰ってくるのに時間がかかるから。そこがお気に入りでもある。
つまり、問題は家ではなく、居候のほう。
瞑想を邪魔されて酷く気分を害された私は、ソファに横になったまま恨めしく視線を向ける。頭身の高い骸骨がこちらを見下ろし、肘を直角に曲げて骨張った手を腰に当てていた。骨張ったというか、骨そのものである。私も彼も、スケルトンなのだから。
「グレースはイソーローさんなんでしょ? 兄ちゃんが言ってたぞ」
彼の影が覆い被さるように落っこちたおかげで、暖かな間接照明が緩和される。霞がかった視野では僅かな明るさでさえ目に毒なのだ。彼の腑に落ちない発言には怒りが込み上げてくるが、眩しい光を中和してくれたことには感謝している。なので寛大な心で聞き流そう。もう一眠りさせてほしい。
「……ところでイソーローさんって?」
「居候は他の家に住んで食べさせてもらってる他人のこと」
「グレースのことだね!」
「ちがう!」
つい声を荒らげてしまったが、パピルスは気にした素振りを見せない。いつも溌剌と大声を出してるから、相手の声にも鈍感なのかもしれない。
しかし、横になったままだと説教もうまくいかないので、仕方なく身体を起こすことにする。
「いい? パピルス。元々私が住んでたこの家に、お前たち兄弟がやってきたんだ。つまり、居候はお前たちで、私は敬われるべき存在なんだぞ」
身体を起こしたついでに身体を反らして威張り散らす。いくら骨を反らしたところで、あまり威厳には繋がらなかった。切なくなったのでやめる。
「えッ? でも、家賃を払ってるのは兄ちゃんだよ、[FN:グレース]は仕事してないよね?」
「ぐ……っ、い、いや……自宅警備員をしてる…………」
しかし、パピルスから返ってきたのはハートを突くような衝撃的な言葉だった。正論なんてどこで拾ってきたんだろう。いますぐゴミエリアにポイしてきなさい。
「はあ。そんなことを言う子に育てた覚えはないのに……」
思わず独り言も零れるというものだ。
いや、意外と以前からこうだったかもしれない。やれやれ、なんと嘆かわしい。もっと相手を慮る優しい子だと思っていたのに、言葉の刃が鋭利だ。
「べつにアンタに育ててもらった記憶もないけどな」
会話に割って入り、合いの手を入れたのは、パピルスよりも数等身小さい背丈の、これまた骸骨である。目を惹く鮮やかな青のパーカーに骨の手を入れて落ち着いた様子で戸口に立っていた彼は、ゆっくりと家に踏み入った。
「兄ちゃん!」
「サンズ!? いまって仕事の時間じゃなかった?」
「忘れもんがあってな。取りに戻った」
突然の出現に驚いたが、一足先にパピルスが反応してくれたおかげで平静を装って対応できた。内心の驚きを拾われていないことを祈る。未だに慣れてないことを知られたら悔しいので。パピルスはすんなり受け入れているようだが、サンズと兄弟なだけあって、やり取りにすっかり慣れているのだろう。
ちなみに彼らの身長はデコボコだが、サンズが兄でパピルスが弟だ。私? ただスケルトンという共通項があるだけの赤の他人である。血の繋がりはない。骨も皮もないスケルトンがどうやって血の繋がりを証明するかはわからないけど。ここにいるのは兄弟が一組と、他人のスケルトンの組み合わせだ。
「……さっきのは、ただの言葉の綾だから」
「そーかい」
私の言い訳じみた弁解を流し、サンズの足は階段へと差しかかっていた。家でも外でもスリッパ履きなので、インソールの底が床に叩きつけられる度に、ぺたん、ぱたん、と乾いた音が鳴る。足取りが緩やかなのはいつものことだけど、どことなく、何かを待っているような気配を感じさせた。
もしかして、と思ったちょうどそのとき、パピルスはいつものように大口を開ける。
「今日はニンゲンきた!?」
「いまのところはまだだぜ」
サンズは足を止め、振り返って告げる。恐らく、このやり取りを待っていたのだろう。
私が勝手に納得する傍らで、パピルスは拳を握っていた。そこには、未来への展望溢れる高揚があった。期待と異なる事実だろうに、パピルスはへこたれない。いつかやってくると信じているニンゲンに対し、期待と希望を注いでいる。
その在り方は疲れないのだろうか。時折心配になる。弟想いの兄が口出しをしない以上、他人の私が突っ込むべきではないのだろう。
思考に釣られて、階上のサンズの部屋に視線を向ける。サンズはとっくに部屋の中に入ったらしく、あの足音も、後ろ姿も見えない。
「うーん、やっぱりニンゲンが興味を持つような……パズルとかッ? 準備したほうがいいのかもしれないぞ」
「たしかに、パズルがあったら気になって足を止めるニンゲンが多いかもね」
「やっぱりッ? グレースもそう思う?」
迫る頭蓋骨を手で押えながら肯定する。パピルスは距離感が近い。これを良しとしていると外で迷惑をかけるんじゃないかと不安はある。けど、出不精の私には関係のない話だ。自宅最高。一歩も出ないことを誓う。
「よーし、お昼のあとの仕事中にパズルを考えるぞッ! 仕事のかけもち……、オレさますごい!」
「あー……そうね、すごいすごい」
骨の手と手を合わせて拍手を贈る。パピルスには喝采に聞こえているようで、照れたようにはにかんでいた。
取り敢えず、距離を置かせることと話を逸らすことに成功した。ぐうたら過ごして生活できるならそれがいい。サンズはなんだかんだ言いながら仕事をしていてえらい。私には真似できない。
……一応。『仕事をしない』という仕事をしているんだ、という言い訳は準備していたけど。幸いなことに、今回は言及されなかったので、次聞かれたときのために胸の内で温めておく。
「それじゃあ、オレさまはパスタを作るぞ! グレース、その間に掃除してッ!」
「ああ、ソファに挟まっていたお金はタワーにして積んでおいたよ」
掃除、というワードに一早く反応した私は、既に実行済だと示してやる。小銭がソファに詰まってると寝心地が悪くて仕方ないのだ。快適な睡眠のためには、ある程度の寝床の整理整頓くらいこなしてみせる。そう、これも掃除のうち。
ちなみに、ソファの隠し財産はテレビの高さに匹敵するくらい積み上がっている。よくもまあそんなに溜め込んだものだと感心するレベルだ。
「ホントッ? ウヒョウ! 小銭がいっぱい! アンダインの槍の長さにも負けないな!」
「いや、さすがに負けるんじゃない?」
アンダインとの面識はある。パピルスの話によく出てくる相手だし、何度か宿泊したこともある。いや、途中からスノーテルのほうを利用していたけど。
彼女の武器は見たことがないが、ロイヤル・ガードの隊長さまが扱う槍が、まさかこんなちんちくりんな長さではなかろう。
「あれ? グレースってアンダインに会ったことあった?」
「……それってギャグ?」
「違うよッ」
「なんだ、会ったとあったをかけたんじゃないんだ」
からかうとぷんぷん怒って骨がカタカタ言う。可愛げがあって大変良い。兄のほうはからかい甲斐がないのだ。
「グレースはしばらく外に出てないからアンダインのこと知らないよね?」
「家に泊まっていったことあるでしょ、会ってるよ。それはそれとして、外は寒いから出たくない」
「オレさまたちヒフがないから寒くないでしょッ」
「ソウルの奥深くが寒いって訴えるんだ……。きっと私はほかの誰よりも繊細なんだよ」
スケルトンだってソウルを持っているのだ。そして寒いと思うのも、たぶんソウルに関係してる。身体が感じなくても心で感じるというやつだろう。パピルスが借りてきたとしょんかの本に載ってた。
「えッ? そんなことないよ、安心してッ! グレースは誰より図太いから!」
「ケンカ売られてる? 買おうか?」
「グレースお金あるのッ?」
「も〜〜っ、さっきから! いーい? 私だって寒いって思うの! パピルスだってサンズのギャグ聞いたら寒いって言うでしょ!? それと一緒!!」
「心外だな」
「うわあ!? ビックリした!」
本人がいないところで噂話をしていたせいか、本人が登場すると身体が跳ね上がる。神出鬼没なのはいまに始まったことじゃないけど未だに慣れない。深呼吸を挟んで、サンズに視線を移す。
じ、とこちらを見上げてくる表情には、発言以上の感情が見受けられない。一応事実に基づいた発言だったはず、だけど。まさか傷付けてないよね……?
「あ、兄ちゃん! ごはん食べていく?」
「せっかくの誘いだが、屋台に昼飯があるんでな。代わりにグレースに食べさせてやってくれ」
「まかしといてッ!」
「待て待て待て、私を置いていかないでサンズ!」
「寒いから外に出たくないんだろ? それならしょうがない。連れていけないな」
天に向けて骨の手のひらを広げたサンズは、含むところはないとでも言いたげだ。いや、絶対にウソだ。どうせ、さっきの意趣返しをしてるんだ。
「そんじゃ、
無情にも玄関の扉が閉まる。残されたのは私とパピルスのふたりだけ。わざわざ居候を強調してくれたおかげで、パピルスがやっぱり、と言いたげに頷いている。許すまじ。
「兄ちゃんがいなくても大丈夫だよ!」
「いや全く大丈夫じゃない!」
弟想いのサンズが残っていれば、まだスパゲティを押し付ける逃げ道もあったのに退路を断たれた。いかに回避するかを思案する私に関係なく、パピルスは懲りずに話しかける。
「掃除を頑張ったグレースには、このマスターシェフ、パピルスさまがご褒美にスパゲを御馳走するぞ!」
「話を聞けえええええ!!」
厚意を全面に出したパピルスの気持ちはうれしいが、受け取るわけにはいかない。彼の料理の腕は現段階では壊滅的だ。かと言って、ロイヤル・ガードの皆に振る舞ったら、などと提案して被害を拡大させるわけにもいかない。
「うん、ちゃんと聞くよ。スパゲを食べながらねッ」
可愛げのあるウィンクがいまばかりは腹立たしい。腹を括るしかないのだろうか。
咄嗟に魔法で生み出した骨で「no」を主張しようとするが、すんでのところで堪える。以前同じことをしたとき、パピルスは文字探しの練習と解釈したのだ。オレさまの口癖のnだね、とうれしそうに続け、張り切ったパピルスに押し切られる形でその夜は文字探しに付き合わされた。苦い記憶だ。骨文字の主張はパピルスには通じないと思ったほうがいい。
「……………………あぁ……」
肋骨の内側で、ないはずの臓物が疼くような感覚がする。思わず漏れた声を返事と受け取ったパピルスは、悪気のない背を向けてキッチンへまっしぐら。考え込む余裕もなく、私は覚悟を決めるしかなかった。