ニンゲン夢主の名前
中編
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アズリエルから前もって予告されていた夜の散歩は、家事が押してすこしだけ遅くなってしまった。そろそろ日付も変わりそうな時分。子どもはもう寝てなきゃダメだよ、と言いたい気持ちをそっと閉じ込める。
「してみたいことがあるんだ」
私の手を引いて前を歩くアズリエルを見遣る。トレードマークのような、頭のてっぺんの逆立った毛は、風を浴びて歩く度に愉快に揺れ動いた。自己主張の強さが愛らしい。
一度は諌めようと思ったものの、ワクワクを抑えきれていないアズリエルの表情を見たらその気持ちは薄れていた。挙動から喜びが滲み出ているし、何より、興奮したままだと寝付けないだろう。
子ども、とは言ったけど、あくまで見た目の話だ。誰も――彼自身も、彼の年齢を正確に把握はできないだろう。彼の生い立ち、と言うより享年以降が少々特殊で、どこまでを彼の年齢として数えていいのかわからないから。
「どこまでいくの?」
「目的地はウォーターフェルだよ」
「あ、教えてくれるんだ?」
「隠してるわけじゃないからね」
行き先は伏せているのかと思いきや、アズリエルはあっさりと明かした。楽しそうな口調が夜風に泳ぐ。川のせせらぎは静けさの中に揺蕩い、突然の訪問者である私たちを迎え入れてくれた。
目的地に近付けば、遠くに見知ったモンスターの姿が揺らめいた気がした。場所は、ウォーターフェルの中でも一際暗いクリスタルの間。遠くに、モンスターの影が見えた。けど、鉱石が放つ淡い光のもとでは、予想と同じかどうか自信がない。
「アルフィー博士!」
名前を呼べなかった私と違い、アズリエルは躊躇しない。彼が呼んだのは、私が想像した通りの名前で、手を大きく振ってどこかうれしそうだ。繋がったままの手を通して振動が伝わってくるから、こそばゆくて、隠れて笑う。こんなに暗かったら、きっとわかりっこない。
遅れて目を凝らせば、反応したのはアルフィーで間違いなかった。アズリエルほどではないものの、彼女もうれしそうに手を振り返してくれた。遠くからだとわからなかったけど、近くには三脚が立っている。アルフィーは、乗せられたカメラを覗き込んでは右往左往。落ち着きのない仕草は彼女らしい。
簡単な挨拶を交わせば、アズリエルはあっさりと繋いだ手を離して、アルフィーと小声で会話を始める。……隠すつもりがないのか、うっかりなのかわからないけど、一部始終が筒抜けだ。聞こえない振りをしたほうがいいのかな。
「ア、アズリエル。彼女には話したの……?」
「ううん。これから」
なるほど。どうやらアルフィーとの遭遇は偶然じゃないみたい。それに、アズリエルが何かを企てていることまで判明した。キャラやフリスクを巻き込んでいないのは、もう夜も遅いからか。それとも、どこかで見ているのかな。忙しなく周囲に視線を配っても、不慣れな薄暗闇の中では人っ子一人見つけられそうにない。
普通に会話してるふたりは、恐らく夜目が利くか、地底での生活に慣れっこで順応しているのだろう。羨ましい限りだ。
「じゃあ、ブラン! こっち! 記念に写真撮ろ?」
「え? ああ、うん。いまいくよ」
三脚がある時点で予想はできていたけど、やはり写真を撮るらしい。散歩のつもりだったから、寒くないように上着を羽織っただけ。ちょっとだけ恥ずかしい。お気に入りの服にしてくれば良かった。
「何が起きても、絶対にカメラのレンズから目を離さないでね」
「えっ、それってどういう……」
「いくよ!」
アズリエルがアルフィーに合図を送る。そんな急に、と言う暇もなく、空中に炎が出現した。アズリエルの魔法だというのはすぐにわかったけれど、突拍子もない事態に頭の中が混乱する。
シャッターの切られる音が、遠くで響く。
「急にどうし、」
「レンズから目を離さないでね?」
「う、うん……」
シャッターは切られたはずなのに、動いてはいけないらしい。満足に頷くこともできないまま、視線はレンズに固定する。
視界の端で、いくつも浮かび上がった炎が動いていることだけがわかった。視線を動かせないのがもどかしい。
時間がとても長く感じられる。焦燥は募るばかり。終わったら文句を言っても許されると思う。
「ふたりとも。もう、動いて大丈夫だよ」
どこか意味深な笑みを浮かべたアルフィー博士の発言で、肩の力が抜ける。
「……それで、説明してくれるんだよね、アズリエル?」
「うん、もちろん! でも、その前に……、見たほうが早いと思うな」
アズリエルの手のひらの上で踊らされている気がするけど、それもそうだ。手招きするアルフィーのそばに歩み寄り、促されるままカメラを覗き込む。そこには。
「…………っ!」
「誕生日、おめでとう!」
宙に浮かんだ炎の軌跡は『HAPPY!』の文字を綴っていたのだ。
「花火文字って言うんだよね? これなら、ボクの魔法で再現できそうだったから……」
はにかむアズリエルは、柔らかい頬を爪で掻く。照れ隠しの仕草さえも可愛らしい。
「お誕生日おめでとう! 一番にお祝いしたかったんだ」
「じ、事前に言ってよ……!」
「ごめんね、サプライズしたくて……」
「何も知らなかったから私の表情硬いし……っ、え? というかひとりで……この文字を……いま書いたの?」
「うん、いま撮ったばかりの写真だよ」
通常、ニンゲンの腕は二本しかない。最大でも二文字しか書けないところ、二倍以上の文字を綴ったというのだから驚きだ。私は魔法が使えないから感覚がわからないけれど、それってものすごく大変なことなんじゃないだろうか。
きっと、大変な思いをしたであろうアズリエルの気持ちを無下にはしたくない。だから、言うべきか悩んで、意を決して口を開く。
「ありがとう。気持ちはうれしいよ。……でも、撮り直したいな。花火文字ってことは……ペンライトでも作れるんだよね? 私も参加させてほしいな! こんな楽しそうなこと、黙って見てるだけなんて勿体ない!」
つぶらなひとみを瞬かせた驚いているアズリエルは、反応が遅れていた。その隙に、話を聞いていたアルフィーばずずい、と割って入る。
「そう言うと思って……ペンライトを用意したの!」
「えっ、準備がいいね」
「ちゃんと打ち合わせもしてたの!」
「……打ち合わせ?」
アズリエルと、かな?
打ち合わせしていたにしては、さっきのアズリエルの反応がちぐはぐな気がして、違和感を覚える。
「それって、」
「みんな! 一緒に撮ろう!」
小さな呟きはアルフィーに拾われることはなく。続けられた言葉が気になって、彼女が振り返った動きに釣られて視線を投げた。
「……みんな……? あっ!」
暗闇に薄らと光る道標を頼りに、向こう側からやってきたのはスケルトンの兄弟だった。
「サンズ、パピルス! 参加してくれてありがとう!」
「しつこく誘われたからな」
「夜更かしってワクワクするねッ」
アズリエルと仲良く話をしているから、恐らくここまで企画していたんだろう。彼らの後ろからは、ママの許可を得たというフリスクが、キャラを連れ立ってやってきた。アズリエルの夜更かしを心配していたけど、結局みんな来てしまったようだ。いらない心配だったみたい。
ちなみに、あとから聞いた話では、アズリエルが提案した夜の散歩を、私が断ったらどうしよう、と相談していたそうだ。フリスクとキャラは口を揃えて、断るはずがない、と強く言って聞かせたらしいが。
閑話休題。
許可を出したママ――トリエルも、保護者として参加し、すこしだけ距離を置いて、アズゴアも引率として参加するみたい。ドリーマー一家勢揃いだからか、アズリエルは一層締まりのない表情で笑っている。その横顔を盗み見た私も、似たような表情をしているのだろう。キャラがどこか呆れたような眼差しで私たちを見ていた。
「呼ばれたってことは、サプライズは失敗か!? な? 言った通り、爆発のないサプライズは成功しなかっただろ!?」
「そ、そそそ、そうなの! やっぱりスタンバイしてもらって正解だったわ……!」
「フ、私たちの力が必要みたいだな」
快活に笑うアンダインに対し、アルフィーはすごい勢いで頷いている。見慣れた光景に合いの手を入れるのは、消費電力を抑えた状態の箱型のメタトンで、彼のファンであるパピルスが身を乗り出す形で目を輝かせていた。
「みんなも、ペンライトを使うの?」
「ううん。モンスターのみんなは魔法が使えるから、ペンライトを使うのはブランとキャラとフリスクだけだよ」
アルフィーからペンライトを受け取りながら、隣のアズリエルの説明に耳を傾ける。ボタンを押す度に色が変わる仕様らしい。
魔法が使えなくても、みんなで協力して一緒に何かを表現できる。それが無性にうれしい。化学の力ってすごいんだなあ。
手元のペンライトのスイッチを切り替えながら、色味を確認していく。簡単な説明は受けた。あとは実践あるのみ!
「えっと、書く文字って決まってる?」
「うん! ブランには「P」の文字を書いてもらいたいんだ。場所はいまのままで大丈夫だよ」
「peaceのpだねッ」
屈んだパピルスが、顔をこちらに向けて笑う。言われてみればたしかに。HAPPYの中には平和のPが紛れている。
「そう、パピルスの言う通り! ラブとピースは仲良しだから、ブランに書いてもらえたらうれしいな」
「何気に恥ずかしいこと言ってない?」
「え? そうかな……?」
アズリエルには自覚がないらしい。たとえ思っていたとしても、私は気恥ずかしくてラブアンドピースなんて言えないのに。さらっと言うんだから、すごい。
「えーと。みんなで撮影するのはわかったけど、シャッターはどうすれば?」
聞けば、ずっと押していなければいけないらしい。先程撮影してくれたアルフィーもこちら側――撮られる側にいるから、他の誰かに頼むしかない。それも打ち合わせしてあるのかな?
「……それなら、頼んである」
キャラはそう言うけれど、カメラの奥には人影がない。キャラの目を見て聞こうとしたら、キャラは言葉に代えて人差し指で地面を指す。カメラじゃなくて三脚を見ろ、と仰せらしい。
意図を汲んで三脚の近くに目を凝らすと、不自然に蔦が巻きついているのが見て取れた。人工物に植物がくっついて、不和を生み出す。私の知る限り、これができるのはたったひとり。
「フラウィ!」
「……キャラのお願いじゃなきゃやらないよ、こんなこと」
悪態を吐くのは、お馴染みお花のフラウィ。表情豊かな顔はいまは呆れ一辺倒で、不承不承といった体なのがよくわかる。仕方ないから協力してくれるらしい。素直じゃないけれど、以前に比べたらすこしは丸くなっている。
「なに言ってるんだ、おまえもこっち」
キャラがそう言うと、フラウィのそばに見覚えのある炎が咲く。あっという間もなく、火炎はフラウィを吹き飛ばした。哀れなフラウィはキャラとトリエルの間に迎え入れられて、キャラに言いくるめられる形で収まる。
並びは二列。前列はカメラから見て左からサンズ、フリスク、キャラ、フラウィ、トリエル、アズゴアと並ぶ。隣にアルフィーとメタトン、それからパピルスとアンダインが続く。
後列中央に、アズリエルと私がいるわけだけれど。前列にいる高身長のみんなが、私とアズリエルを気遣って身を縮めたり屈めてくれたりしている優しさが、気を遣わせすぎてるようで忍びない。かと言って、私もそこまで身長が高いほうではないから、良い代案は浮かばないんだけれど。
「……やるならさっさとするよ」
「あ、まって!」
フラウィの声で我に返る。はっとしてペンライトを握り直したところで、隣のアズリエルが言葉で制した。
「は? なに?」
身を捩って見上げるフラウィは不満そうにアズリエルを睨んでいる。私もまさか待ったがかかるとは思ってもみなかったし、きっと、みんなも同じ気持ちだろう。注目を集めたアズリエルは、こほん、とひとつ咳払いをして。
「このままだと、みんなと文字が重なっちゃうから……、」
「あ、そっか。高さがあったほういいよね。この近くに乗っても大丈夫な箱とか岩ってあったっけ?」
「それよりも、手っ取り早い方法があるよ!」
「えっ?」
魔法で足場を作るのかな、と思っていたら、目の前のアズリエルが一瞬にして姿を変える。頭身は高まり、自然と見上げる形となって、そこで、大きいほうのアズリエルの赤い瞳とかち合った。まだまだ見慣れない姿なのに、白目が反転して黒目になった眼に惹き込まれそうになって、慌てて視線を逸らす。それさえ、読んでいたかのように。大きな手のひらは私をまるごと抱えてしまう。突然の浮遊感に、手元のペンライトと、近くのアズリエルの服を強く掴んでしまった。
「それじゃあ、フラウィ、お願いするね」
「おまえに言われなくてもやってやるよ」
勝手に話が進んでいて困る。しかし、困惑しているのは私だけのようで、みんながみんな魔法やペンライトを構えて臨戦態勢だ。知らない間にアズリエルも魔法の炎を出している。前回と違って私を抱えているのに、難なく炎を操作できるみたいだ。彼の負担が大きくなるからおろして、という方向でお願いしても、恐らく受理されないだろう。そもそも、一緒にやりたい、と言い出したのは私だ。ここで何もしないわけにもいかない。腹を括るしかない。
フラウィの魔法、なかよしカプセルは、整理のついていない私の心境なんてスルーして、シャッターのボタンを押す。とうとう、撮影が始まってしまった。
うるさいくらいの鼓動を必死に無視して、やけっぱちで腕を振る。そうしないと、アズリエルの腕の中にいることを意識してしまいそうだったから。
撮影が終わったら、アズリエルの腕の中から抜け出して、一目散にカメラに駆け寄る。
苦労して撮った一枚には、私とアズリエルが書いた「HAPPY」の文字と、皆が書いた「BIRTHDAY!」の文字が組み合わさった印象深いものとなった。ペンライトも魔法も、暗闇の中を鮮やかに彩る文字を綴り、みんなで協力して撮ったという事実がさらに胸を弾ませる。それに、フラウィも魔法で協力してくれたみたい。キャラの書いた「R」のそばには、小さくお花が描かれている。
ただ、問題点もあった。身振り手振りで文字を書いたニンゲン組は、魔法を使ったモンスター組と比べると表情がブレていた。逆に言うとモンスター組は微動だにせず魔法を使っていることになるので、それはそれですごいことなんだけれども。
実際に体験して初めて突き当たる問題に、不思議と嫌な気持ちはなかった。うれしさが滲む感慨を覚えて、身体が震える。ただ、傍らのキャラはそうではなかったようで、カメラを覗き込んだ直後、納得のいかない様子で息を吐いた。抗議の声こそ挙げていないけれど、不満があるのだろう。
新しく撮ることを提案して、みんなの承諾を得る。夜は始まったばかりだ。時間はまだある。
その後も、列や並びを替えて何パターンも撮影は続いた。その中には、キャラを満足させる出来のものもあって、歳相応に表情が綻んでいた。たぶん、フラウィにとっても良い出来だったのだろう。いつもより饒舌になっていたから。
ペンライトの電池が切れてからは、集合写真以外の写真も撮った。みんなの魔法を活かして、翼や星、骨や槍、チョコやケーキを書こうともしていたっけ。最終的に、文字を撮るために使っていた機能から切り替えて、通常通りの写真も撮った。みんなで円陣を組んで、それぞれの指や蔦を一本ずつ突き合わせて六芒星を描きもした。十二人いたから、一辺ずつ担当すればちょうどいい。それぞれの指の特徴が如実に表れた一枚になった。
「たくさん撮れたねえ」
途中からいつもの大きさに戻ったアズリエルは、いままで撮影した写真を振り返りながら、心底うれしそうに呟く。
「ねえ、ブラン、この中にお気に入りはある?」
「……ぁい、しょ」
「えっ?」
「聞こえなかった? ナイショって言ったの」
「えー? 教えてくれないの?」
「……、…………、さいしょに撮ったやつ」
「え! ほんと?」
「嘘は、言ってないよ」
ふたりだけで最初に撮った写真と。
みんなで一緒に撮った最初の写真。
この二枚が特にお気に入り……なんだけれど。その理由を話すのは恥ずかしいので、胸に秘めておくことにする。
「教えてくれてありがとう、ブラン。ボク、すっごくうれしいよ!」
「あー……、うん。どういたしまして」
むしろ、このサプライズを用意してくれたことにお礼を言うべきなのは私のほうだと思うんだけれども。無邪気なアズリエルの笑顔を見たら、思わず内緒を口走ってしまいそうになって、言い淀む。つまらない意地を張った自分が情けなく思えた。
だから。
「ううん。私のほうこそありがとう、アズリエル。忘れられない誕生日になったよ!」
嘘偽りのない本心を伝えると、アズリエルは涙目になりながら喜びを滲ませて、恥じらいを見せながら、今日一番の最高の笑顔を見せてくれた。
「してみたいことがあるんだ」
私の手を引いて前を歩くアズリエルを見遣る。トレードマークのような、頭のてっぺんの逆立った毛は、風を浴びて歩く度に愉快に揺れ動いた。自己主張の強さが愛らしい。
一度は諌めようと思ったものの、ワクワクを抑えきれていないアズリエルの表情を見たらその気持ちは薄れていた。挙動から喜びが滲み出ているし、何より、興奮したままだと寝付けないだろう。
子ども、とは言ったけど、あくまで見た目の話だ。誰も――彼自身も、彼の年齢を正確に把握はできないだろう。彼の生い立ち、と言うより享年以降が少々特殊で、どこまでを彼の年齢として数えていいのかわからないから。
「どこまでいくの?」
「目的地はウォーターフェルだよ」
「あ、教えてくれるんだ?」
「隠してるわけじゃないからね」
行き先は伏せているのかと思いきや、アズリエルはあっさりと明かした。楽しそうな口調が夜風に泳ぐ。川のせせらぎは静けさの中に揺蕩い、突然の訪問者である私たちを迎え入れてくれた。
目的地に近付けば、遠くに見知ったモンスターの姿が揺らめいた気がした。場所は、ウォーターフェルの中でも一際暗いクリスタルの間。遠くに、モンスターの影が見えた。けど、鉱石が放つ淡い光のもとでは、予想と同じかどうか自信がない。
「アルフィー博士!」
名前を呼べなかった私と違い、アズリエルは躊躇しない。彼が呼んだのは、私が想像した通りの名前で、手を大きく振ってどこかうれしそうだ。繋がったままの手を通して振動が伝わってくるから、こそばゆくて、隠れて笑う。こんなに暗かったら、きっとわかりっこない。
遅れて目を凝らせば、反応したのはアルフィーで間違いなかった。アズリエルほどではないものの、彼女もうれしそうに手を振り返してくれた。遠くからだとわからなかったけど、近くには三脚が立っている。アルフィーは、乗せられたカメラを覗き込んでは右往左往。落ち着きのない仕草は彼女らしい。
簡単な挨拶を交わせば、アズリエルはあっさりと繋いだ手を離して、アルフィーと小声で会話を始める。……隠すつもりがないのか、うっかりなのかわからないけど、一部始終が筒抜けだ。聞こえない振りをしたほうがいいのかな。
「ア、アズリエル。彼女には話したの……?」
「ううん。これから」
なるほど。どうやらアルフィーとの遭遇は偶然じゃないみたい。それに、アズリエルが何かを企てていることまで判明した。キャラやフリスクを巻き込んでいないのは、もう夜も遅いからか。それとも、どこかで見ているのかな。忙しなく周囲に視線を配っても、不慣れな薄暗闇の中では人っ子一人見つけられそうにない。
普通に会話してるふたりは、恐らく夜目が利くか、地底での生活に慣れっこで順応しているのだろう。羨ましい限りだ。
「じゃあ、ブラン! こっち! 記念に写真撮ろ?」
「え? ああ、うん。いまいくよ」
三脚がある時点で予想はできていたけど、やはり写真を撮るらしい。散歩のつもりだったから、寒くないように上着を羽織っただけ。ちょっとだけ恥ずかしい。お気に入りの服にしてくれば良かった。
「何が起きても、絶対にカメラのレンズから目を離さないでね」
「えっ、それってどういう……」
「いくよ!」
アズリエルがアルフィーに合図を送る。そんな急に、と言う暇もなく、空中に炎が出現した。アズリエルの魔法だというのはすぐにわかったけれど、突拍子もない事態に頭の中が混乱する。
シャッターの切られる音が、遠くで響く。
「急にどうし、」
「レンズから目を離さないでね?」
「う、うん……」
シャッターは切られたはずなのに、動いてはいけないらしい。満足に頷くこともできないまま、視線はレンズに固定する。
視界の端で、いくつも浮かび上がった炎が動いていることだけがわかった。視線を動かせないのがもどかしい。
時間がとても長く感じられる。焦燥は募るばかり。終わったら文句を言っても許されると思う。
「ふたりとも。もう、動いて大丈夫だよ」
どこか意味深な笑みを浮かべたアルフィー博士の発言で、肩の力が抜ける。
「……それで、説明してくれるんだよね、アズリエル?」
「うん、もちろん! でも、その前に……、見たほうが早いと思うな」
アズリエルの手のひらの上で踊らされている気がするけど、それもそうだ。手招きするアルフィーのそばに歩み寄り、促されるままカメラを覗き込む。そこには。
「…………っ!」
「誕生日、おめでとう!」
宙に浮かんだ炎の軌跡は『HAPPY!』の文字を綴っていたのだ。
「花火文字って言うんだよね? これなら、ボクの魔法で再現できそうだったから……」
はにかむアズリエルは、柔らかい頬を爪で掻く。照れ隠しの仕草さえも可愛らしい。
「お誕生日おめでとう! 一番にお祝いしたかったんだ」
「じ、事前に言ってよ……!」
「ごめんね、サプライズしたくて……」
「何も知らなかったから私の表情硬いし……っ、え? というかひとりで……この文字を……いま書いたの?」
「うん、いま撮ったばかりの写真だよ」
通常、ニンゲンの腕は二本しかない。最大でも二文字しか書けないところ、二倍以上の文字を綴ったというのだから驚きだ。私は魔法が使えないから感覚がわからないけれど、それってものすごく大変なことなんじゃないだろうか。
きっと、大変な思いをしたであろうアズリエルの気持ちを無下にはしたくない。だから、言うべきか悩んで、意を決して口を開く。
「ありがとう。気持ちはうれしいよ。……でも、撮り直したいな。花火文字ってことは……ペンライトでも作れるんだよね? 私も参加させてほしいな! こんな楽しそうなこと、黙って見てるだけなんて勿体ない!」
つぶらなひとみを瞬かせた驚いているアズリエルは、反応が遅れていた。その隙に、話を聞いていたアルフィーばずずい、と割って入る。
「そう言うと思って……ペンライトを用意したの!」
「えっ、準備がいいね」
「ちゃんと打ち合わせもしてたの!」
「……打ち合わせ?」
アズリエルと、かな?
打ち合わせしていたにしては、さっきのアズリエルの反応がちぐはぐな気がして、違和感を覚える。
「それって、」
「みんな! 一緒に撮ろう!」
小さな呟きはアルフィーに拾われることはなく。続けられた言葉が気になって、彼女が振り返った動きに釣られて視線を投げた。
「……みんな……? あっ!」
暗闇に薄らと光る道標を頼りに、向こう側からやってきたのはスケルトンの兄弟だった。
「サンズ、パピルス! 参加してくれてありがとう!」
「しつこく誘われたからな」
「夜更かしってワクワクするねッ」
アズリエルと仲良く話をしているから、恐らくここまで企画していたんだろう。彼らの後ろからは、ママの許可を得たというフリスクが、キャラを連れ立ってやってきた。アズリエルの夜更かしを心配していたけど、結局みんな来てしまったようだ。いらない心配だったみたい。
ちなみに、あとから聞いた話では、アズリエルが提案した夜の散歩を、私が断ったらどうしよう、と相談していたそうだ。フリスクとキャラは口を揃えて、断るはずがない、と強く言って聞かせたらしいが。
閑話休題。
許可を出したママ――トリエルも、保護者として参加し、すこしだけ距離を置いて、アズゴアも引率として参加するみたい。ドリーマー一家勢揃いだからか、アズリエルは一層締まりのない表情で笑っている。その横顔を盗み見た私も、似たような表情をしているのだろう。キャラがどこか呆れたような眼差しで私たちを見ていた。
「呼ばれたってことは、サプライズは失敗か!? な? 言った通り、爆発のないサプライズは成功しなかっただろ!?」
「そ、そそそ、そうなの! やっぱりスタンバイしてもらって正解だったわ……!」
「フ、私たちの力が必要みたいだな」
快活に笑うアンダインに対し、アルフィーはすごい勢いで頷いている。見慣れた光景に合いの手を入れるのは、消費電力を抑えた状態の箱型のメタトンで、彼のファンであるパピルスが身を乗り出す形で目を輝かせていた。
「みんなも、ペンライトを使うの?」
「ううん。モンスターのみんなは魔法が使えるから、ペンライトを使うのはブランとキャラとフリスクだけだよ」
アルフィーからペンライトを受け取りながら、隣のアズリエルの説明に耳を傾ける。ボタンを押す度に色が変わる仕様らしい。
魔法が使えなくても、みんなで協力して一緒に何かを表現できる。それが無性にうれしい。化学の力ってすごいんだなあ。
手元のペンライトのスイッチを切り替えながら、色味を確認していく。簡単な説明は受けた。あとは実践あるのみ!
「えっと、書く文字って決まってる?」
「うん! ブランには「P」の文字を書いてもらいたいんだ。場所はいまのままで大丈夫だよ」
「peaceのpだねッ」
屈んだパピルスが、顔をこちらに向けて笑う。言われてみればたしかに。HAPPYの中には平和のPが紛れている。
「そう、パピルスの言う通り! ラブとピースは仲良しだから、ブランに書いてもらえたらうれしいな」
「何気に恥ずかしいこと言ってない?」
「え? そうかな……?」
アズリエルには自覚がないらしい。たとえ思っていたとしても、私は気恥ずかしくてラブアンドピースなんて言えないのに。さらっと言うんだから、すごい。
「えーと。みんなで撮影するのはわかったけど、シャッターはどうすれば?」
聞けば、ずっと押していなければいけないらしい。先程撮影してくれたアルフィーもこちら側――撮られる側にいるから、他の誰かに頼むしかない。それも打ち合わせしてあるのかな?
「……それなら、頼んである」
キャラはそう言うけれど、カメラの奥には人影がない。キャラの目を見て聞こうとしたら、キャラは言葉に代えて人差し指で地面を指す。カメラじゃなくて三脚を見ろ、と仰せらしい。
意図を汲んで三脚の近くに目を凝らすと、不自然に蔦が巻きついているのが見て取れた。人工物に植物がくっついて、不和を生み出す。私の知る限り、これができるのはたったひとり。
「フラウィ!」
「……キャラのお願いじゃなきゃやらないよ、こんなこと」
悪態を吐くのは、お馴染みお花のフラウィ。表情豊かな顔はいまは呆れ一辺倒で、不承不承といった体なのがよくわかる。仕方ないから協力してくれるらしい。素直じゃないけれど、以前に比べたらすこしは丸くなっている。
「なに言ってるんだ、おまえもこっち」
キャラがそう言うと、フラウィのそばに見覚えのある炎が咲く。あっという間もなく、火炎はフラウィを吹き飛ばした。哀れなフラウィはキャラとトリエルの間に迎え入れられて、キャラに言いくるめられる形で収まる。
並びは二列。前列はカメラから見て左からサンズ、フリスク、キャラ、フラウィ、トリエル、アズゴアと並ぶ。隣にアルフィーとメタトン、それからパピルスとアンダインが続く。
後列中央に、アズリエルと私がいるわけだけれど。前列にいる高身長のみんなが、私とアズリエルを気遣って身を縮めたり屈めてくれたりしている優しさが、気を遣わせすぎてるようで忍びない。かと言って、私もそこまで身長が高いほうではないから、良い代案は浮かばないんだけれど。
「……やるならさっさとするよ」
「あ、まって!」
フラウィの声で我に返る。はっとしてペンライトを握り直したところで、隣のアズリエルが言葉で制した。
「は? なに?」
身を捩って見上げるフラウィは不満そうにアズリエルを睨んでいる。私もまさか待ったがかかるとは思ってもみなかったし、きっと、みんなも同じ気持ちだろう。注目を集めたアズリエルは、こほん、とひとつ咳払いをして。
「このままだと、みんなと文字が重なっちゃうから……、」
「あ、そっか。高さがあったほういいよね。この近くに乗っても大丈夫な箱とか岩ってあったっけ?」
「それよりも、手っ取り早い方法があるよ!」
「えっ?」
魔法で足場を作るのかな、と思っていたら、目の前のアズリエルが一瞬にして姿を変える。頭身は高まり、自然と見上げる形となって、そこで、大きいほうのアズリエルの赤い瞳とかち合った。まだまだ見慣れない姿なのに、白目が反転して黒目になった眼に惹き込まれそうになって、慌てて視線を逸らす。それさえ、読んでいたかのように。大きな手のひらは私をまるごと抱えてしまう。突然の浮遊感に、手元のペンライトと、近くのアズリエルの服を強く掴んでしまった。
「それじゃあ、フラウィ、お願いするね」
「おまえに言われなくてもやってやるよ」
勝手に話が進んでいて困る。しかし、困惑しているのは私だけのようで、みんながみんな魔法やペンライトを構えて臨戦態勢だ。知らない間にアズリエルも魔法の炎を出している。前回と違って私を抱えているのに、難なく炎を操作できるみたいだ。彼の負担が大きくなるからおろして、という方向でお願いしても、恐らく受理されないだろう。そもそも、一緒にやりたい、と言い出したのは私だ。ここで何もしないわけにもいかない。腹を括るしかない。
フラウィの魔法、なかよしカプセルは、整理のついていない私の心境なんてスルーして、シャッターのボタンを押す。とうとう、撮影が始まってしまった。
うるさいくらいの鼓動を必死に無視して、やけっぱちで腕を振る。そうしないと、アズリエルの腕の中にいることを意識してしまいそうだったから。
撮影が終わったら、アズリエルの腕の中から抜け出して、一目散にカメラに駆け寄る。
苦労して撮った一枚には、私とアズリエルが書いた「HAPPY」の文字と、皆が書いた「BIRTHDAY!」の文字が組み合わさった印象深いものとなった。ペンライトも魔法も、暗闇の中を鮮やかに彩る文字を綴り、みんなで協力して撮ったという事実がさらに胸を弾ませる。それに、フラウィも魔法で協力してくれたみたい。キャラの書いた「R」のそばには、小さくお花が描かれている。
ただ、問題点もあった。身振り手振りで文字を書いたニンゲン組は、魔法を使ったモンスター組と比べると表情がブレていた。逆に言うとモンスター組は微動だにせず魔法を使っていることになるので、それはそれですごいことなんだけれども。
実際に体験して初めて突き当たる問題に、不思議と嫌な気持ちはなかった。うれしさが滲む感慨を覚えて、身体が震える。ただ、傍らのキャラはそうではなかったようで、カメラを覗き込んだ直後、納得のいかない様子で息を吐いた。抗議の声こそ挙げていないけれど、不満があるのだろう。
新しく撮ることを提案して、みんなの承諾を得る。夜は始まったばかりだ。時間はまだある。
その後も、列や並びを替えて何パターンも撮影は続いた。その中には、キャラを満足させる出来のものもあって、歳相応に表情が綻んでいた。たぶん、フラウィにとっても良い出来だったのだろう。いつもより饒舌になっていたから。
ペンライトの電池が切れてからは、集合写真以外の写真も撮った。みんなの魔法を活かして、翼や星、骨や槍、チョコやケーキを書こうともしていたっけ。最終的に、文字を撮るために使っていた機能から切り替えて、通常通りの写真も撮った。みんなで円陣を組んで、それぞれの指や蔦を一本ずつ突き合わせて六芒星を描きもした。十二人いたから、一辺ずつ担当すればちょうどいい。それぞれの指の特徴が如実に表れた一枚になった。
「たくさん撮れたねえ」
途中からいつもの大きさに戻ったアズリエルは、いままで撮影した写真を振り返りながら、心底うれしそうに呟く。
「ねえ、ブラン、この中にお気に入りはある?」
「……ぁい、しょ」
「えっ?」
「聞こえなかった? ナイショって言ったの」
「えー? 教えてくれないの?」
「……、…………、さいしょに撮ったやつ」
「え! ほんと?」
「嘘は、言ってないよ」
ふたりだけで最初に撮った写真と。
みんなで一緒に撮った最初の写真。
この二枚が特にお気に入り……なんだけれど。その理由を話すのは恥ずかしいので、胸に秘めておくことにする。
「教えてくれてありがとう、ブラン。ボク、すっごくうれしいよ!」
「あー……、うん。どういたしまして」
むしろ、このサプライズを用意してくれたことにお礼を言うべきなのは私のほうだと思うんだけれども。無邪気なアズリエルの笑顔を見たら、思わず内緒を口走ってしまいそうになって、言い淀む。つまらない意地を張った自分が情けなく思えた。
だから。
「ううん。私のほうこそありがとう、アズリエル。忘れられない誕生日になったよ!」
嘘偽りのない本心を伝えると、アズリエルは涙目になりながら喜びを滲ませて、恥じらいを見せながら、今日一番の最高の笑顔を見せてくれた。
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