ニンゲン夢主の名前
Only the saving grace.
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まるで水底に沈んでいくような心地が全身を包む。目を開いても閉じても景色は変わらない。暗く、暗く、どこまでも暗い。上も下も、左右にさえ終わりのない漆黒の闇の中に体を横たえれば、走馬灯にも似た記憶が揺蕩う。
ここは、死後の世界だろうか。
二度も機会があったのに初めて経験するから戸惑いの色が強い。ただ、まあ。無事に死後の世界に辿り着いたのなら、駆け抜けたあの一日の苦労は報われたも同然。フラウィになった瞬間から失われていた彼の心を補うことに成功した、と思っていいはず。
一仕事終えたかのような達成感が、身体を軽くする。
前世と今世の死に思うところがないわけではないけれど。でも。既に過ぎ去ったこととして割り切っている。特殊な事象を除き、時間は不可逆で巻き戻ることはないのだから。ボーナスステージみたいなこの時間も、きっとそろそろ終わるけどね。
しかし、意外なことに身体は思ったように動く。徐々に身体を動かすのが難しくなるものだと思っていたけど、そうはならない。指先を動かせば真白の骸が視界に収まった。輪郭は闇に溶けず、存在感を主張している。
まるで、まだ生きているかのような。いやいや、タマシイの力を使い果たしたはずだからそれはない。ないよね?
「ハロー!」
不思議に思いながら骨をじいっと眺めていると、ひとりぼっちの世界へ声が転がり込む。よく知る挨拶だ。そのまま誰何 を向け、声の方角へ視線を彷徨わせれば、闇の中でもしっかりと相手の姿が見える。私を覗き込むのは、別れたばかりで記憶に新しい白いもふもふ、アズリエルだ。記憶に違わぬ服装を身に纏い、彼は穏やかに頷き返してくれる。
「……どう、して…………」
彼は花の姿に戻ったはずだ。目の前で見届けたのだから間違いない。だから、仕方のないことだと感情を制御して。一目会いたいと思いながらも、所詮叶わない願いだと理解して。
なのに、目の前にアズリエルがいる。
幻かもしれない。瞬きの間に消えてしまいそうで、焼き付けるように目を見開く。
「ボクにも、よくわからないんだ」
申し訳さそうにアズリエルの目が伏せられた。ああ、また失言をしてしまった、と私が後悔する寸前、彼は続きを紡ぐ。
「ボクは結局、お花の姿に戻って、身体の主導権はフラウィが持ってる。ここにいるボクは、なんなんだろうって」
「……答えは、出てる?」
回答は否。柔らかそうな耳が釣られて揺れる。
「でも。もしかしたら。ほんのちょっとの間、みんなのタマシイを吸収していたから、その余韻が残ってるのかも」
「それって……」
余韻、に引っ掛かりを覚えた。それは私の置かれた状況に似通っている。彼も、死後のわずかな時間をここで過ごしているのだろうか。
「私と同じ状況ってこと?」
「うん、たぶんね」
返答に心強さを感じて口の端が釣り上がる。いや、些か場違いな感想だったかもしれない。気を取り直し、話を逸らすべく思考を回転させる。
ところで、アズリエルは最初からここにいたんだろうか? だとしたら、挙動を見守られていたことになる。誰もいないと思っていたので、ニンゲンの頃の名残りで頬が火照ったように熱くなった。誤魔化すように話の接穂 を探す。
「あー……、いまさらだけど、ここって死後の世界ってことで合ってる?」
「半分アタリ……かな。ここはフラウィの心の内側だよ」
「え」
たしかに空っぽを埋める手伝いをさせてほしいと願って、タマシイを使い果たす予定でいたけれど。そっくりそのままフラウィの内側に棲みつくことになるとは思ってなかったので、素っ頓狂な声が出た。
「不思議そうだね。たしかに、ボクと彼は同じ存在なんだけど……彼が繰り返す度に、性格はボクからどんどん離れていったんだ。不要なものとしてどんどん切り捨てられて……ボクがそれを大事にしているうちに、いまみたいに存在が分かれちゃったみたいだ」
「そ、そうなんだ……」
私は地底の全てを知っているわけではない。だから、アズリエルから明かされる内容は初耳だった。フラウィの変遷について、詳細まではわかっていない。経緯と、一部の過程、それから結果を知っているだけ。たったそれだけのことで知ったような気になるのは、彼に失礼だろう。
それにしたって、まさかフラウィの内側にいるとは思いもしなかった。
「そのときは、まだこんな空間はなかったんだけどね。きっと、キミのおかげだよ」
「自覚がないから……なんて返すのが正解かわからないけど……、うん。またアズリエルとお話ができてうれしいよ。あれで終わりだと思ってたから」
嘘偽りのない真実である。正直、別れの挨拶のつもりで交渉、もとい口約束を取り付けたので、若干気まずい。でも、それを上回って余りあるほど、予期せぬ会話が喜ばしいのだ。
「グレース、キミはフラウィを助けた。それはボクを助けたってことでもあるから……、こうしてお話できるんだと思う」
「アズリエルはこうなるってわかってたの?」
「ううん。ボクもいま驚いてるよ」
私の目には、先程から落ち着き払っているようにしか見えない。怪訝な眼差しを向けると、苦笑が伝わってきた。
「実を言うとね、話し相手がいてくれて助かってるんだ。……ボクは長い間、ひとりぼっちだったから」
「アズリエル……」
乾いた笑みを浮かべ、彼は恥じるように小さく零す。『長い間』というのが、一体どれほどの時間を指すのか、私には想像もできない。私の想像を遥かに超えるほど、絶するほどの時間を過ごしたのはわかる。
「ん? ……ってことは、いまはアズリエルと私で……ふたりぼっちなの?」
「……ハ、ハハ……! うん、うん。そうだねえ」
きょとん、と目を丸くしたアズリエルはすぐに破顔して笑顔を覗かせた。屈託のない笑みは、かつてキャラと一緒に写っていた家族写真で見たことがある。懐かしい心地に身が焦がされ、ふと、誰にもキャラの話をしていなかったことを思い出した。
「あー……、アズリエル? 私自身、話すのが遅いと思うんだけどね?」
前置きに予防線を張る。この先を話して、キャラとの再会を阻害されていたと誤解されるのは避けたかった。恐らく、彼なら怒らないという確証に近い予感はしたけれど、すこしばかり遠回しに話を始める。
「――キミの親友のキャラはね、地底にいたよ」
「えっ……? でも、キャラはずっと前にいなくなっちゃったよ? フラウィも見つけられなかったって……」
「事実だけ話すね? 私も理屈がよくわからないし。えーと、フリスクのLVが上がり切ると、最後にキャラが姿を現すんだ。……提案を掲げて」
「LVってLOVEのことだよね? あのフリスクがLVを上げるなんてボクには想像もつかないけど……、でも、キミが嘘を話してないのはわかるよ」
相変わらず、アズリエルはひとを真っ直ぐに見つめてくる。彼の癖なのだろう。
果たして、当時のキャラはアズリエルのそばで、何を思い、考えていたのだろうか。判明している限りのキャラの半生に想いを馳せる。少なくとも、ドリーマー一家と暮らした日々の中に幸せがあってほしい。そう願うのは、私のエゴに過ぎないのだろうけど。
「ボクに聞かせてほしいな。グレース、キミの知ってる冒険の記録。それに……、キャラのこと」
「……キャラについて、私が知ってることはそんなに多くないよ」
冒険の記録については多少語れるかもしれない。ただ、アズリエルが望むようなキャラの話題の引き出しはほとんど存在しないのだ。彼に過度な期待を持たせないよう、あらかじめ断る。……いや。相手を思いやるのなら、そもそも触れないほうが正解だったのかもしれない。彼が親友と会いたがっていたことは、わかりきっていたんだから。
でも、アズリエルは首を横に振った。
「共通の話題があるってことがうれしいんだ」
いくらでも話し相手になるよ、と叫び出したい気持ちを必死に堪える。大人げない、というのもあるけれど、私にどれほどの時間が残されているのかは未知数だ。伝え損ねることがないよう注意しないと。
虐殺の果てに出会うキャラは、取り返しのつかない要素だ。リセットしても逃れることはできない。――『見逃す』を打ち砕く王さまに似たのだろうか?
私は、この世界のフリスクに汚名を被ってほしくなかった。誰も傷付けずに、モンスターとニンゲンの架け橋になってほしい。なんて、私の偽善だけどね。いつの日か、フリスクの目を通して遊んだ地底世界で、アンダインからとんでもない言い掛かりをつけられたことがあるけど、案外的を射た発言だったのだ。腑抜けた偽善。その通り。
そして、私は自分が強欲であると自覚している。フリスクが平和な道を突き進むことを祈りながら、それと同じくらい私が犯した罪を誰かに聞いてほしいと願っていた。できることなら救われたかった。好奇心で世界を潰したくせに、なんとも虫のいい話だ。救うようのない悪党、まさしくである。
「わかった。話すよ。私の知ってるキャラのこと」
優しくて思いやりのあるアズリエルには聞くに堪えないに違いない。間違いなく心の痛みを伴うだろう。彼はキャラと親友なのだから、当然だ。
それでも。不謹慎ながら、私はいまこのときに居合わせた幸運を噛み締める。
かつてのキャラを覚えているのは、アズリエルだけに留まらない。けれど、有り得なかった未来で出会うキャラのことを知っているのは、地底において私だけだ。だって、この地底の物語はハッピーエンドで終わったんだから。いずれチリで満たされ、そのチリさえも消え、世界が終わる未来は、この地底には訪れなかったのだから。
「ありがとう、グレース!」
「お礼を言うのは私のほうよ。……ありがとう。
それから、私にも聞かせてくれる? アズリエルの知ってるキャラのこと」
「うん、いいよ!」
弾かれたように、アズリエルは表情を綻ばせる。伸ばされた手を掴めば、温もりとふわふわの感触が伝わってきた。暗闇に、光が広がっていく。
フラウィの心境の変化だろうか? いや、アズリエルか、はたまた私の起きた変化かもしれない。いずれにせよ、悪くない変化だ。ずっと暗闇というのも気が滅入るから。
「これはね、ボクとキャラがだいすきな花だよ」
アズリエルが話せば、何もなかったはずの空間に一輪挿しと花が現れた。水で満たされた一輪挿しを両手デ大事そうに抱えて、アズリエルは微笑む。
キャラがすきなチョコレート、ママの焼いたパイ、キャラと一緒に描いた絵、両親の真似をして書いた日記。彼が話す度に思い出の品が溢れていく。気が付けば、足元には床が広がっていた。徐々に子ども部屋が象られる。ソファはないから、ふたりで座るにはすこしばかり窮屈なベッドに座った。そうして互いに私たちは語り合う。
「グレース。来てくれて、ありがとう」
「……私こそ。きっかけは偶然かもしれないけど、私を呼んでくれて、ありがとう」
私だから選ばれたわけではない。きっかけは偶然に過ぎなくて、特別な理由なんてない。それでも、ここにいるのが私だったから、こうして土産話を披露できる。私にしかできないことだ。
ずいぶんと遠回りをして、寄り道もして、時間が掛かってしまったけれど。私がいる意味があった。夢にまで見た世界で、私の存在にも価値が与えられていたのだ。それがいかにかけがえのないことか、私はこれから何度でも思い知らされていくのだろう。
「フフ、どういたしまして!」
彷徨える私のタマシイは、寄り添うアズリエルの無邪気な言葉で救われたのだから。
ここは、死後の世界だろうか。
二度も機会があったのに初めて経験するから戸惑いの色が強い。ただ、まあ。無事に死後の世界に辿り着いたのなら、駆け抜けたあの一日の苦労は報われたも同然。フラウィになった瞬間から失われていた彼の心を補うことに成功した、と思っていいはず。
一仕事終えたかのような達成感が、身体を軽くする。
前世と今世の死に思うところがないわけではないけれど。でも。既に過ぎ去ったこととして割り切っている。特殊な事象を除き、時間は不可逆で巻き戻ることはないのだから。ボーナスステージみたいなこの時間も、きっとそろそろ終わるけどね。
しかし、意外なことに身体は思ったように動く。徐々に身体を動かすのが難しくなるものだと思っていたけど、そうはならない。指先を動かせば真白の骸が視界に収まった。輪郭は闇に溶けず、存在感を主張している。
まるで、まだ生きているかのような。いやいや、タマシイの力を使い果たしたはずだからそれはない。ないよね?
「ハロー!」
不思議に思いながら骨をじいっと眺めていると、ひとりぼっちの世界へ声が転がり込む。よく知る挨拶だ。そのまま
「……どう、して…………」
彼は花の姿に戻ったはずだ。目の前で見届けたのだから間違いない。だから、仕方のないことだと感情を制御して。一目会いたいと思いながらも、所詮叶わない願いだと理解して。
なのに、目の前にアズリエルがいる。
幻かもしれない。瞬きの間に消えてしまいそうで、焼き付けるように目を見開く。
「ボクにも、よくわからないんだ」
申し訳さそうにアズリエルの目が伏せられた。ああ、また失言をしてしまった、と私が後悔する寸前、彼は続きを紡ぐ。
「ボクは結局、お花の姿に戻って、身体の主導権はフラウィが持ってる。ここにいるボクは、なんなんだろうって」
「……答えは、出てる?」
回答は否。柔らかそうな耳が釣られて揺れる。
「でも。もしかしたら。ほんのちょっとの間、みんなのタマシイを吸収していたから、その余韻が残ってるのかも」
「それって……」
余韻、に引っ掛かりを覚えた。それは私の置かれた状況に似通っている。彼も、死後のわずかな時間をここで過ごしているのだろうか。
「私と同じ状況ってこと?」
「うん、たぶんね」
返答に心強さを感じて口の端が釣り上がる。いや、些か場違いな感想だったかもしれない。気を取り直し、話を逸らすべく思考を回転させる。
ところで、アズリエルは最初からここにいたんだろうか? だとしたら、挙動を見守られていたことになる。誰もいないと思っていたので、ニンゲンの頃の名残りで頬が火照ったように熱くなった。誤魔化すように話の
「あー……、いまさらだけど、ここって死後の世界ってことで合ってる?」
「半分アタリ……かな。ここはフラウィの心の内側だよ」
「え」
たしかに空っぽを埋める手伝いをさせてほしいと願って、タマシイを使い果たす予定でいたけれど。そっくりそのままフラウィの内側に棲みつくことになるとは思ってなかったので、素っ頓狂な声が出た。
「不思議そうだね。たしかに、ボクと彼は同じ存在なんだけど……彼が繰り返す度に、性格はボクからどんどん離れていったんだ。不要なものとしてどんどん切り捨てられて……ボクがそれを大事にしているうちに、いまみたいに存在が分かれちゃったみたいだ」
「そ、そうなんだ……」
私は地底の全てを知っているわけではない。だから、アズリエルから明かされる内容は初耳だった。フラウィの変遷について、詳細まではわかっていない。経緯と、一部の過程、それから結果を知っているだけ。たったそれだけのことで知ったような気になるのは、彼に失礼だろう。
それにしたって、まさかフラウィの内側にいるとは思いもしなかった。
「そのときは、まだこんな空間はなかったんだけどね。きっと、キミのおかげだよ」
「自覚がないから……なんて返すのが正解かわからないけど……、うん。またアズリエルとお話ができてうれしいよ。あれで終わりだと思ってたから」
嘘偽りのない真実である。正直、別れの挨拶のつもりで交渉、もとい口約束を取り付けたので、若干気まずい。でも、それを上回って余りあるほど、予期せぬ会話が喜ばしいのだ。
「グレース、キミはフラウィを助けた。それはボクを助けたってことでもあるから……、こうしてお話できるんだと思う」
「アズリエルはこうなるってわかってたの?」
「ううん。ボクもいま驚いてるよ」
私の目には、先程から落ち着き払っているようにしか見えない。怪訝な眼差しを向けると、苦笑が伝わってきた。
「実を言うとね、話し相手がいてくれて助かってるんだ。……ボクは長い間、ひとりぼっちだったから」
「アズリエル……」
乾いた笑みを浮かべ、彼は恥じるように小さく零す。『長い間』というのが、一体どれほどの時間を指すのか、私には想像もできない。私の想像を遥かに超えるほど、絶するほどの時間を過ごしたのはわかる。
「ん? ……ってことは、いまはアズリエルと私で……ふたりぼっちなの?」
「……ハ、ハハ……! うん、うん。そうだねえ」
きょとん、と目を丸くしたアズリエルはすぐに破顔して笑顔を覗かせた。屈託のない笑みは、かつてキャラと一緒に写っていた家族写真で見たことがある。懐かしい心地に身が焦がされ、ふと、誰にもキャラの話をしていなかったことを思い出した。
「あー……、アズリエル? 私自身、話すのが遅いと思うんだけどね?」
前置きに予防線を張る。この先を話して、キャラとの再会を阻害されていたと誤解されるのは避けたかった。恐らく、彼なら怒らないという確証に近い予感はしたけれど、すこしばかり遠回しに話を始める。
「――キミの親友のキャラはね、地底にいたよ」
「えっ……? でも、キャラはずっと前にいなくなっちゃったよ? フラウィも見つけられなかったって……」
「事実だけ話すね? 私も理屈がよくわからないし。えーと、フリスクのLVが上がり切ると、最後にキャラが姿を現すんだ。……提案を掲げて」
「LVってLOVEのことだよね? あのフリスクがLVを上げるなんてボクには想像もつかないけど……、でも、キミが嘘を話してないのはわかるよ」
相変わらず、アズリエルはひとを真っ直ぐに見つめてくる。彼の癖なのだろう。
果たして、当時のキャラはアズリエルのそばで、何を思い、考えていたのだろうか。判明している限りのキャラの半生に想いを馳せる。少なくとも、ドリーマー一家と暮らした日々の中に幸せがあってほしい。そう願うのは、私のエゴに過ぎないのだろうけど。
「ボクに聞かせてほしいな。グレース、キミの知ってる冒険の記録。それに……、キャラのこと」
「……キャラについて、私が知ってることはそんなに多くないよ」
冒険の記録については多少語れるかもしれない。ただ、アズリエルが望むようなキャラの話題の引き出しはほとんど存在しないのだ。彼に過度な期待を持たせないよう、あらかじめ断る。……いや。相手を思いやるのなら、そもそも触れないほうが正解だったのかもしれない。彼が親友と会いたがっていたことは、わかりきっていたんだから。
でも、アズリエルは首を横に振った。
「共通の話題があるってことがうれしいんだ」
いくらでも話し相手になるよ、と叫び出したい気持ちを必死に堪える。大人げない、というのもあるけれど、私にどれほどの時間が残されているのかは未知数だ。伝え損ねることがないよう注意しないと。
虐殺の果てに出会うキャラは、取り返しのつかない要素だ。リセットしても逃れることはできない。――『見逃す』を打ち砕く王さまに似たのだろうか?
私は、この世界のフリスクに汚名を被ってほしくなかった。誰も傷付けずに、モンスターとニンゲンの架け橋になってほしい。なんて、私の偽善だけどね。いつの日か、フリスクの目を通して遊んだ地底世界で、アンダインからとんでもない言い掛かりをつけられたことがあるけど、案外的を射た発言だったのだ。腑抜けた偽善。その通り。
そして、私は自分が強欲であると自覚している。フリスクが平和な道を突き進むことを祈りながら、それと同じくらい私が犯した罪を誰かに聞いてほしいと願っていた。できることなら救われたかった。好奇心で世界を潰したくせに、なんとも虫のいい話だ。救うようのない悪党、まさしくである。
「わかった。話すよ。私の知ってるキャラのこと」
優しくて思いやりのあるアズリエルには聞くに堪えないに違いない。間違いなく心の痛みを伴うだろう。彼はキャラと親友なのだから、当然だ。
それでも。不謹慎ながら、私はいまこのときに居合わせた幸運を噛み締める。
かつてのキャラを覚えているのは、アズリエルだけに留まらない。けれど、有り得なかった未来で出会うキャラのことを知っているのは、地底において私だけだ。だって、この地底の物語はハッピーエンドで終わったんだから。いずれチリで満たされ、そのチリさえも消え、世界が終わる未来は、この地底には訪れなかったのだから。
「ありがとう、グレース!」
「お礼を言うのは私のほうよ。……ありがとう。
それから、私にも聞かせてくれる? アズリエルの知ってるキャラのこと」
「うん、いいよ!」
弾かれたように、アズリエルは表情を綻ばせる。伸ばされた手を掴めば、温もりとふわふわの感触が伝わってきた。暗闇に、光が広がっていく。
フラウィの心境の変化だろうか? いや、アズリエルか、はたまた私の起きた変化かもしれない。いずれにせよ、悪くない変化だ。ずっと暗闇というのも気が滅入るから。
「これはね、ボクとキャラがだいすきな花だよ」
アズリエルが話せば、何もなかったはずの空間に一輪挿しと花が現れた。水で満たされた一輪挿しを両手デ大事そうに抱えて、アズリエルは微笑む。
キャラがすきなチョコレート、ママの焼いたパイ、キャラと一緒に描いた絵、両親の真似をして書いた日記。彼が話す度に思い出の品が溢れていく。気が付けば、足元には床が広がっていた。徐々に子ども部屋が象られる。ソファはないから、ふたりで座るにはすこしばかり窮屈なベッドに座った。そうして互いに私たちは語り合う。
「グレース。来てくれて、ありがとう」
「……私こそ。きっかけは偶然かもしれないけど、私を呼んでくれて、ありがとう」
私だから選ばれたわけではない。きっかけは偶然に過ぎなくて、特別な理由なんてない。それでも、ここにいるのが私だったから、こうして土産話を披露できる。私にしかできないことだ。
ずいぶんと遠回りをして、寄り道もして、時間が掛かってしまったけれど。私がいる意味があった。夢にまで見た世界で、私の存在にも価値が与えられていたのだ。それがいかにかけがえのないことか、私はこれから何度でも思い知らされていくのだろう。
「フフ、どういたしまして!」
彷徨える私のタマシイは、寄り添うアズリエルの無邪気な言葉で救われたのだから。