ニンゲン夢主の名前
花逍遥と種明かし
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最高のエンディングを迎えた地底世界は、残念なことに、伝わっている予言の内容とは少しばかり違う結果になった。無人にはならなかったんだ。
モンスターで有名なのはギフトロットだろうね。せいせいする、やっと静かに暮らせる、と息巻いていたから。予言者もティーンエイジャーたちの蛮行とその結果までは見通せなかったみたいだね。
遺跡のフロギーはまだ地底の世界を堪能中で、地上を旅する心の準備ができていないらしい。スノーフルの森の雪だるまも、まだあの場所にいる。フリスクが雪だるまのかけらを大事に持っているから、旅そのものはできているらしいけど。
でも、それ以外にも無人にならない理由があった。モンスターたちが地上に希望を抱いたように、地上のニンゲンも地底世界に興味を示した。もちろん、全員ってわけじゃない。ただ、大勢が押し寄せても困るから、数を絞って観光ツアーが組まれているらしいよ。地底にないものが地上にあるように、地上にないものが地底にはあるんだって。物好きはどこにでもいるってわけだね。
そんなこんなで、地底世界を往復するのはモンスターのほかにニンゲンもいる。地上から持ち込まれた種はあちこちで芽吹いた。おかげで、ニューホームからラボまでの道程にはすっかり金色の花が咲き乱れている。
でも、誰もが花の世話をしてくれるわけじゃない。観光目的の客は素通り。仮に見たとしても、水遣りなんてまずしない。種だけ運んでそのあとは無視。無責任なやつらさ。
地上での生活が忙しいはずなのに、あのおじさんやおばさん、それからフリスクは、地底に来る度に水遣りをしてくれる。地上に帰りたがってたのに地底に戻ってくるなんて、本当にバカだね。
バカは他にもいた。そう、ナプスタブルーク。あいつが通り過ぎたあとはすこし濡れてた。涙は酸性雨とか言ってた気がしたけど、少量だったからほとんど影響はなかったな。
つまり、花の世話をしてくれるのは、たまに地底に戻ってくるモンスターだけってこと。地底に残ったモンスターで、定期的に世話をする物好きはいない。残ってる面子を考えるなら、それも無理はないけどさ。
だから、仕方なく。仕方なく、ボクが世話を引き受けた。誰にも言わなかったけどね。だって、ジョウロのふちまでいっぱいに水を汲んで運ぶのは重労働だ。誰かに見られるなんて御免だね。みんなが寝静まった早朝に花の世話をするのは、そのためだ。
今日だってそう。誰にも見られないよう、行動は慎重かつ大胆に。
ニューホームの褪せた風景に彩りを添える花々を見渡す。鮮やかな刺繍のようでもあった。咲き誇る彼等は物言わぬまま、世話をされるのが当然だと主張してるように思えて、腹立たしい。弾で散らしてやろうかと一瞬考えたくらいだ。憂さ晴らしにもならないから、しないけどさ。
重たいジョウロには、縁までしっかりと水を注いだ。水面は簡単にボクを映す。浮かない顔だ。零さないように移動してるのがバカバカしく思えてくる。勢い任せに揺らせば、水鏡も波打って掻き消せるかな。
「あーーーーっ!!」
「……いきなり大声出して、なに?」
つんざくほどの大声だった。あまりの騒音に、根元深くからその場に縫い付けられる有様だ。
声には聞き覚えがある。忘れようがない。そこそこ付き合いがいのある相手、パピルスだ。
声の方角へ視線を投げる。お馴染みのバトルボディを纏ったスケルトンは背が高い。見上げた先にはためく赤いマフラー。その上に据えられた頭蓋骨は、相変わらず腑抜けた表情。
夢が叶って地上に行ったのに、なんで戻ってきたの、と訝しんで、すぐに解答が出る。パピルスは抜けてるから、忘れ物でもしたんだろう。サンタさんからもらったフィギュアとか。
「オレさま、お花さんに会いたかったんだ!」
「ボクに?」
屈託なく話すパピルスの言葉は、嫌ってほどまっすぐ向けられている。
それが、“おひさま”みたいに眩しいから、思考が白く塗り潰されそうになった。
――たしかに、ボクはパピルスからは信頼されていただろう。
ボクに与えられていた時間はほぼ無限。その時間を使えば、次第に切れる手札も増えていった。興味を持ちそうな話題は既にボクの手の中。何を言えば機嫌が良くなるか、手に取るようにわかる。パピルスが相手なら勝負にすらならない。
褒めて、アドバイスして、励まして、たまに予言を授けて。ボクが誘導すれば思い通り。まあ、ボクの予想の埒外で行動するのがパピルスでもあるけど。それでも、大筋では予想通りに動いてくれる。便利な駒だ。
能天気で友達想いでもあるから、地上にボクの姿が見えないことを気にして探しに来たのかもしれない。パピルスは底なしのお人好しで、薄情とは無縁だからね。
まあ、どうでもいいけど。
「で? なんの用事?」
ボクが思っていた以上に不機嫌な声が出た。それでも、パピルスは気にした素振りを見せない。だけど、目線を合わせるように屈んだ。目と鼻の先にいるパピルスは、長い足を巧みに畳み、これまた長い手で抱えるようにしてしゃがみこむ。たしかに見上げるのは骨が折れると思ってたところだけど、気を遣われるのも好ましくない。……花に、骨なんてないけど。
「オレさまは重大な事実に気付いてしまった! オレさま、お花さんの名前を知らなかったのだ……。念のために聞くけど、フラワリー……って名前じゃないよね?」
「は? そのふざけた名前を言ったのは誰だよ」
「エッ!? ふざけてないよ!」
「……、…………オマエか」
大真面目なパピルスを見返す。吐き捨てた言葉は届いていないらしい。都合のいい耳だ。スケルトンに耳なんてないけど。
「だから、オレさまに名前教えてほしいな!」
「……………………は?」
そんなことのために、帰ってきたのか。
こいつは相変わらずバカだ。名前なんて知らなくても困らないって言うのにさ。
いつものようにバカにしようとして、口を開く。
「……お花のフラウィ、だよ」
罵倒を紡ぐ直前で、気が変わった。ただ名乗るだけならしてやってもいい。“アイツ”が『あの力』を使わず、今後一切のリセットが起きないのなら、ボクの名乗りはこれで最後になるはずだ。
「オハナノフラウィさんッ?」
「……フラウィ」
「フラウィ!」
余計なことは伝えずに削ぎ落として、名前を告げる。鸚鵡返しのパピルスは、なぜかとてもうれしそうだった。
……いまのボクには。その気持ちがわからないわけでも、ない。
「うん、覚えた! 忘れないよッ!」
この身体は、またカラッポに戻ったはずなのに。
すこし前までタマシイを取り込んでいたからか。まるで心があった名残りのように、身体の中に感情が満ちる。
生きたい、という意思とはちがう。
タマシイもないのにくすぐったい。
掴めそうで掴めない感覚がもどかしく、苦悩に苛まれる。泣き虫のアズリエル・ドリーマーめ。いなくなるなら、こんな置き土産をせず、まるごと持って行けば良かったのに。
「それで? 用事が済んだならもういいだろ? ボク、花の世話したいんだけど」
「待ってッ! まだ話は終わってないよ!」
こほん、とわざとらしい咳払いへ胡乱げな視線を向ける。パピルスは得意げな表情。しゃがんだ体勢のまま、精一杯背を反らして誇らしそうに胸へ手を当てる。
「オレさまはひらめいた! お花さ……、フラウィのファンクラブを作ったら、きっと、兄ちゃんもアンダインもフラウィのこと信じてくれるって!」
「……信じる、って?」
「それが……、兄ちゃんはオレさまが何度話しても、ほーんとか、へえとかしか言わないんだ。エコーフラワーのことだと思ってるみたいだし、アンダインもマユツバって言うんだ。まったく……、フラウィはここにいて、こうしてお話ができるのにね?」
不思議そうに首を傾げたパピルスは、ボクの蔦についた泥を丁寧に拭い去った。……握手のつもりなのかもしれない。
「そのファンクラブ。オマエの兄貴は入るの?」
「うん! 強制加入! 逃げ場ナシッ! フラウィのこと、しっかり覚えてもらうよッ!」
「……まあ、退屈しのぎにはなるか」
幸いなことに、フリスクはあの兄貴に[[rb:本気 > ・・]]を出させなかった。もしかしたら、アイツはフリスクが持つ力を悟っていないのかもしれない。……いや。楽観視はやめよう。何度もリセットする羽目になったのは苦い記憶だ。
「あ、そうだった……、アルフィーから“しょーぞーけん”があるって聞いたんだった……。アルフィーはそういう、グッズ? に詳しいんだって! 本人から許可をもらわないとグッズ作成はできないって言われてるよ!」
「ボクがやめろって言ったらやめるの?」
「もちろんッ! ともだちが嫌がることはしないよ!」
「ふうん」
パピルスは熱弁する。だけど、ボクの心は対岸の火事を眺めるみたいに冷ややかだ。薄ら寒ささえ覚える既知のやり取りをなぞって、ため息に結ぶ。
「まあ、いいよ。作ったら?」
「ホントッ!? ありがとう! 出来たら最初に伝えるねッ、フラウィ!」
「あっそう。好きにすればいいよ」
「うん! オレさまのすきにするね!」
冷たい言葉も、刺々しい言葉も、パピルスの前では全部輝かしい言葉に変換されるらしい。本当にバカだ。学習能力もゼロ。そんなんだから、笑ったまま殺されるんだ。
いまさら、フリスクの幸せを奪うような真似はしないけどさ。
「そうだ! 伝えることがあったんだ!」
立ち上がったかと思えば、パピルスは勢いよくしゃがむ。高速屈伸に花の身体は耐えきれなくて、巻き起こった突風に花弁が揺れた。
「まだ用事あるの?」
葉っぱで花弁をおさえ、半眼でパピルスを睨む。
「あのね、フラウィ! もう『予言』はいらないよッ!」
「は?」
「フラウィは、オレさまを励まそうといろんな言葉を掛けてくれたけど、オレさま、もう大丈夫ッ! 心配ご無用ッ!」
「……べつに、オマエの心配なんてしてないよ」
最初から心配なんてしてない。心がないんだから当たり前だ。都合が良かったから利用しただけ。思いつく限りの方法で足掻いても、カラッポの心が満たされることはなかったから。つまらないこの世界で、数少ない退屈しのぎをした。それだけ。
「頼まれなくたって、もう予言はできないよ」
ボクだって、こんな未来が来るなんて予想もしなかった。
フリスクが皆に優しくしたから、皆は決戦の場に駆けつけた。おかげでボクは皆を取り込めて、本当の姿を取り戻すことができたけど。アズリエル・ドリーマーはどこまで行っても泣き虫だった。結局、キャラにもフリスクにも勝てずじまい。自分のことながら、バカだね、と罵ってやりたくなる。
でも、皆の力を借りてバリアを壊したのは、アズリエルの意思だ。ボクが取り込んだだけじゃ、ニンゲンのタマシイたちに反撃されておしまい。
今回、ニンゲンのタマシイたちは反撃しなかった。違いはなんだ? モンスターたちのタマシイが束になったって、ニンゲンのタマシイひとつ分程度にしか匹敵しないのに。ニンゲンたちのタマシイが、モンスターを構成する思いやりの心に触れたのかな? それとも、モンスターたちのタマシイを吸収した影響で、アズリエル・ドリーマーの昔話でも知った?
ニンゲンには仲間意識があるみたいだからな。前回、無関係のはずのフリスクのたすけを呼ぶ声に応えたのも、その仲間意識によるものなんだろ? かつてのニンゲンの所業、同胞の悪行に胸を痛めて反撃できなかったのかな。まあ、モンスターとニンゲンのどっちが最初に争いを始めたかなんて、どうだっていいよ。
平和的にバリアを壊して、地上に出て、そしてモンスターとニンゲンが仲良く暮らすなんて、御伽噺にも描かれていない。
ボクだけじゃ、できなかった。
きっと、フリスクだけでも叶わなかった。
この世界に欠けていたのは、ニンゲンのタマシイに換算して、たったのひとつ分。それを埋めるためだけのピースだった[[rb:ニンゲン > フリスク]]は、多くのモンスターが抱いていたニンゲンへの不信感を払拭して、優しく接して、トモダチになった。育まれた絆はみんなを決戦の場所へ導く。強い思いやりの気持ちは、足りないタマシイひとつ分を補った。絶望的な状況下、逆境にいたはずなのに、それでもフリスクのケツイは強かった。友達を[[rb:SAVE > すくって]]、アズリエルにまで手を伸ばして、そして、ひとつになったみんなの気持ちは、アズリエルへと届いた。
その果てに訪れたのは、予言でさえ描かれていない未来。当事者であるはずのボク自身の実感は薄いけど、事実がそれを証明する。
この功績についてだけは、泣き虫なあいつを認めてやってもいい。ほんの少し、そう、なかよしカプセルくらいのサイズなら、認めてやるよ。
これから先はボクの知らない物語だ。『あの力』が失われたいま、予言なんて出来るはずもない。
けど、予想はできる。
アズリエル・ドリーマーが友達だと伝えたフリスクには、きっとボクが繰り返した時間よりも濃厚な日々が待っているに違いない。ついでに、目の前のパピルスにも。
パピルスは読書家だし、努力家だ。すぐにニンゲンの世界に馴染むだろう。娯楽の少ない地底世界に比べたら地上は魅力が多いだろうし、満喫できるんじゃない? きっと、地底世界でひとり落ち込んでいた頃よりも。
「うん? そうなのッ!?」
「……期待してたの?」
パピルスが大袈裟なほど驚くから、思わず聞き返してしまった。すぐに思い直したけどね。こいつはボクの最初の想定を裏切る奴だ。人並み、いやモンスター並みの思考回路をしていない。
「ううんっ、ぜんぜん!」
案の定の返答だ。
そんなことだろうと思ったけどさ。
「オレさまは思うのだ。パズルの解き方はひとつじゃなくてもいいって!」
「はあ?」
「えっとね、オレさまはジャンプで飛び越えるし、兄ちゃんは気付いたら向こうにいるけど、フリスクは真面目にパズルを解いたんだ」
スノーフルの森のパズルを指しているんだろう。突発的な話題で脈絡がないけど、見当をつけて相槌を打つ。ボクが言うのもなんだけど、フリスクはよくこいつの相手をしたものだ。別の意味で感心するよ。
「オレさまはその斬新さに胸を打たれたのだ……!
つまり、何が言いたいかって言うと、前代未聞は楽しいってこと!」
「……で?」
「だから……、その……、」
歯切れの悪いパピルスの態度には苛立つけど、根気よく続きを待ってやる。話の続きぐらいは聞いてやろうと思っただけ。深い意味なんてないよ。
「フラウィが予言できないって言ったのが、オレさまはうれしい! 見るものが新鮮でデンジャラス! 当たって砕けるッ!!」
突っ込む気力も失せた。当たって砕けたらしんでるじゃないか。ひとの家の窓を割って外に出るようなスケルトンの考えは、ボクには到底読めそうにない。
――それは、ちいさいけど、たしかな変化だった。
隅々まで探索し尽くしたはずの地底世界、その中のモンスターのひとりに過ぎなかったパピルスの考えが、『読めそうにない』。
地上からやってきたフリスクは、この地底世界に風穴を開けたんだ。新しい風が吹き荒ぶ。今度は花弁をおさえない。茎の芯を這い上がるのは、不快な感情ではなかった。それを認めるのは癪だから、言ってやらないけどね。
「代わりに、オレさまがひとつ予言を授けるよッ! 星占いは解けないけど、オレさまが占えば問題ナシッ!」
よくわからないパピルスの理論に突っ込む気力はとうに失われていた。ボクの反応も待たずに、パピルスは顔を近付けて、あのにやけ面を披露する。
「フラウィには友達が必要なのだ! それも、カルシウムがたっぷり詰まってる友達がねッ! だから、ラッキーアイテムも用意したよ!」
差し出されていたのは、丁寧に赤いリボンが巻かれた骨だ。
「……どうも」
いつかイヌに持っていかれそうだと思いながら、ボクはその骨を受け取った。パピルスのにやついた顔がうるさい。
「キミ、ずいぶん暇なんだね」
「うん! 今日はお休みの日だからねッ! フリスクもあとから遊びに来るって!」
皮肉が通じないのはいつものことだ。
「それからオレさまの番号も教えるねッ! いつもフラウィに来てもらってたけど、お互い忙しいもんね! これならいつでも話ができるよッ! ニャハハ!」
これぞ最高のおもてなしだ、と豪語するパピルスは、意味ありげにポーズを決めてみせた。スケルトンのオブジェクトは無視して、渡された番号を見る。こうして番号を渡されるのは、いつ振りだろう。僅かに懐かしさを覚えたけど、悟られないように装う。退屈していた過去の記憶を懐かしんでいたなんて、自分でも信じられなかったから。
「話はおしまいッ! オレさま、そろそろ帰らなきゃ。それじゃあ、フラウィ! またにーッ!」
その後もパピルスは余計な雑談ばかりを繰り広げていた。聞きたくもなかったけど、みんなの近況はだいたい把握できた。あとでやってくるらしいフリスクに、いまの暮らしを聞いてみるのも悪くない。
会話に満足したらしいパピルスは上機嫌にステップを踏み、……踏み外して、大きく手を振る。
そして、現れたときと同じように、騒がしく去っていった。
モンスターで有名なのはギフトロットだろうね。せいせいする、やっと静かに暮らせる、と息巻いていたから。予言者もティーンエイジャーたちの蛮行とその結果までは見通せなかったみたいだね。
遺跡のフロギーはまだ地底の世界を堪能中で、地上を旅する心の準備ができていないらしい。スノーフルの森の雪だるまも、まだあの場所にいる。フリスクが雪だるまのかけらを大事に持っているから、旅そのものはできているらしいけど。
でも、それ以外にも無人にならない理由があった。モンスターたちが地上に希望を抱いたように、地上のニンゲンも地底世界に興味を示した。もちろん、全員ってわけじゃない。ただ、大勢が押し寄せても困るから、数を絞って観光ツアーが組まれているらしいよ。地底にないものが地上にあるように、地上にないものが地底にはあるんだって。物好きはどこにでもいるってわけだね。
そんなこんなで、地底世界を往復するのはモンスターのほかにニンゲンもいる。地上から持ち込まれた種はあちこちで芽吹いた。おかげで、ニューホームからラボまでの道程にはすっかり金色の花が咲き乱れている。
でも、誰もが花の世話をしてくれるわけじゃない。観光目的の客は素通り。仮に見たとしても、水遣りなんてまずしない。種だけ運んでそのあとは無視。無責任なやつらさ。
地上での生活が忙しいはずなのに、あのおじさんやおばさん、それからフリスクは、地底に来る度に水遣りをしてくれる。地上に帰りたがってたのに地底に戻ってくるなんて、本当にバカだね。
バカは他にもいた。そう、ナプスタブルーク。あいつが通り過ぎたあとはすこし濡れてた。涙は酸性雨とか言ってた気がしたけど、少量だったからほとんど影響はなかったな。
つまり、花の世話をしてくれるのは、たまに地底に戻ってくるモンスターだけってこと。地底に残ったモンスターで、定期的に世話をする物好きはいない。残ってる面子を考えるなら、それも無理はないけどさ。
だから、仕方なく。仕方なく、ボクが世話を引き受けた。誰にも言わなかったけどね。だって、ジョウロのふちまでいっぱいに水を汲んで運ぶのは重労働だ。誰かに見られるなんて御免だね。みんなが寝静まった早朝に花の世話をするのは、そのためだ。
今日だってそう。誰にも見られないよう、行動は慎重かつ大胆に。
ニューホームの褪せた風景に彩りを添える花々を見渡す。鮮やかな刺繍のようでもあった。咲き誇る彼等は物言わぬまま、世話をされるのが当然だと主張してるように思えて、腹立たしい。弾で散らしてやろうかと一瞬考えたくらいだ。憂さ晴らしにもならないから、しないけどさ。
重たいジョウロには、縁までしっかりと水を注いだ。水面は簡単にボクを映す。浮かない顔だ。零さないように移動してるのがバカバカしく思えてくる。勢い任せに揺らせば、水鏡も波打って掻き消せるかな。
「あーーーーっ!!」
「……いきなり大声出して、なに?」
つんざくほどの大声だった。あまりの騒音に、根元深くからその場に縫い付けられる有様だ。
声には聞き覚えがある。忘れようがない。そこそこ付き合いがいのある相手、パピルスだ。
声の方角へ視線を投げる。お馴染みのバトルボディを纏ったスケルトンは背が高い。見上げた先にはためく赤いマフラー。その上に据えられた頭蓋骨は、相変わらず腑抜けた表情。
夢が叶って地上に行ったのに、なんで戻ってきたの、と訝しんで、すぐに解答が出る。パピルスは抜けてるから、忘れ物でもしたんだろう。サンタさんからもらったフィギュアとか。
「オレさま、お花さんに会いたかったんだ!」
「ボクに?」
屈託なく話すパピルスの言葉は、嫌ってほどまっすぐ向けられている。
それが、“おひさま”みたいに眩しいから、思考が白く塗り潰されそうになった。
――たしかに、ボクはパピルスからは信頼されていただろう。
ボクに与えられていた時間はほぼ無限。その時間を使えば、次第に切れる手札も増えていった。興味を持ちそうな話題は既にボクの手の中。何を言えば機嫌が良くなるか、手に取るようにわかる。パピルスが相手なら勝負にすらならない。
褒めて、アドバイスして、励まして、たまに予言を授けて。ボクが誘導すれば思い通り。まあ、ボクの予想の埒外で行動するのがパピルスでもあるけど。それでも、大筋では予想通りに動いてくれる。便利な駒だ。
能天気で友達想いでもあるから、地上にボクの姿が見えないことを気にして探しに来たのかもしれない。パピルスは底なしのお人好しで、薄情とは無縁だからね。
まあ、どうでもいいけど。
「で? なんの用事?」
ボクが思っていた以上に不機嫌な声が出た。それでも、パピルスは気にした素振りを見せない。だけど、目線を合わせるように屈んだ。目と鼻の先にいるパピルスは、長い足を巧みに畳み、これまた長い手で抱えるようにしてしゃがみこむ。たしかに見上げるのは骨が折れると思ってたところだけど、気を遣われるのも好ましくない。……花に、骨なんてないけど。
「オレさまは重大な事実に気付いてしまった! オレさま、お花さんの名前を知らなかったのだ……。念のために聞くけど、フラワリー……って名前じゃないよね?」
「は? そのふざけた名前を言ったのは誰だよ」
「エッ!? ふざけてないよ!」
「……、…………オマエか」
大真面目なパピルスを見返す。吐き捨てた言葉は届いていないらしい。都合のいい耳だ。スケルトンに耳なんてないけど。
「だから、オレさまに名前教えてほしいな!」
「……………………は?」
そんなことのために、帰ってきたのか。
こいつは相変わらずバカだ。名前なんて知らなくても困らないって言うのにさ。
いつものようにバカにしようとして、口を開く。
「……お花のフラウィ、だよ」
罵倒を紡ぐ直前で、気が変わった。ただ名乗るだけならしてやってもいい。“アイツ”が『あの力』を使わず、今後一切のリセットが起きないのなら、ボクの名乗りはこれで最後になるはずだ。
「オハナノフラウィさんッ?」
「……フラウィ」
「フラウィ!」
余計なことは伝えずに削ぎ落として、名前を告げる。鸚鵡返しのパピルスは、なぜかとてもうれしそうだった。
……いまのボクには。その気持ちがわからないわけでも、ない。
「うん、覚えた! 忘れないよッ!」
この身体は、またカラッポに戻ったはずなのに。
すこし前までタマシイを取り込んでいたからか。まるで心があった名残りのように、身体の中に感情が満ちる。
生きたい、という意思とはちがう。
タマシイもないのにくすぐったい。
掴めそうで掴めない感覚がもどかしく、苦悩に苛まれる。泣き虫のアズリエル・ドリーマーめ。いなくなるなら、こんな置き土産をせず、まるごと持って行けば良かったのに。
「それで? 用事が済んだならもういいだろ? ボク、花の世話したいんだけど」
「待ってッ! まだ話は終わってないよ!」
こほん、とわざとらしい咳払いへ胡乱げな視線を向ける。パピルスは得意げな表情。しゃがんだ体勢のまま、精一杯背を反らして誇らしそうに胸へ手を当てる。
「オレさまはひらめいた! お花さ……、フラウィのファンクラブを作ったら、きっと、兄ちゃんもアンダインもフラウィのこと信じてくれるって!」
「……信じる、って?」
「それが……、兄ちゃんはオレさまが何度話しても、ほーんとか、へえとかしか言わないんだ。エコーフラワーのことだと思ってるみたいだし、アンダインもマユツバって言うんだ。まったく……、フラウィはここにいて、こうしてお話ができるのにね?」
不思議そうに首を傾げたパピルスは、ボクの蔦についた泥を丁寧に拭い去った。……握手のつもりなのかもしれない。
「そのファンクラブ。オマエの兄貴は入るの?」
「うん! 強制加入! 逃げ場ナシッ! フラウィのこと、しっかり覚えてもらうよッ!」
「……まあ、退屈しのぎにはなるか」
幸いなことに、フリスクはあの兄貴に[[rb:本気 > ・・]]を出させなかった。もしかしたら、アイツはフリスクが持つ力を悟っていないのかもしれない。……いや。楽観視はやめよう。何度もリセットする羽目になったのは苦い記憶だ。
「あ、そうだった……、アルフィーから“しょーぞーけん”があるって聞いたんだった……。アルフィーはそういう、グッズ? に詳しいんだって! 本人から許可をもらわないとグッズ作成はできないって言われてるよ!」
「ボクがやめろって言ったらやめるの?」
「もちろんッ! ともだちが嫌がることはしないよ!」
「ふうん」
パピルスは熱弁する。だけど、ボクの心は対岸の火事を眺めるみたいに冷ややかだ。薄ら寒ささえ覚える既知のやり取りをなぞって、ため息に結ぶ。
「まあ、いいよ。作ったら?」
「ホントッ!? ありがとう! 出来たら最初に伝えるねッ、フラウィ!」
「あっそう。好きにすればいいよ」
「うん! オレさまのすきにするね!」
冷たい言葉も、刺々しい言葉も、パピルスの前では全部輝かしい言葉に変換されるらしい。本当にバカだ。学習能力もゼロ。そんなんだから、笑ったまま殺されるんだ。
いまさら、フリスクの幸せを奪うような真似はしないけどさ。
「そうだ! 伝えることがあったんだ!」
立ち上がったかと思えば、パピルスは勢いよくしゃがむ。高速屈伸に花の身体は耐えきれなくて、巻き起こった突風に花弁が揺れた。
「まだ用事あるの?」
葉っぱで花弁をおさえ、半眼でパピルスを睨む。
「あのね、フラウィ! もう『予言』はいらないよッ!」
「は?」
「フラウィは、オレさまを励まそうといろんな言葉を掛けてくれたけど、オレさま、もう大丈夫ッ! 心配ご無用ッ!」
「……べつに、オマエの心配なんてしてないよ」
最初から心配なんてしてない。心がないんだから当たり前だ。都合が良かったから利用しただけ。思いつく限りの方法で足掻いても、カラッポの心が満たされることはなかったから。つまらないこの世界で、数少ない退屈しのぎをした。それだけ。
「頼まれなくたって、もう予言はできないよ」
ボクだって、こんな未来が来るなんて予想もしなかった。
フリスクが皆に優しくしたから、皆は決戦の場に駆けつけた。おかげでボクは皆を取り込めて、本当の姿を取り戻すことができたけど。アズリエル・ドリーマーはどこまで行っても泣き虫だった。結局、キャラにもフリスクにも勝てずじまい。自分のことながら、バカだね、と罵ってやりたくなる。
でも、皆の力を借りてバリアを壊したのは、アズリエルの意思だ。ボクが取り込んだだけじゃ、ニンゲンのタマシイたちに反撃されておしまい。
今回、ニンゲンのタマシイたちは反撃しなかった。違いはなんだ? モンスターたちのタマシイが束になったって、ニンゲンのタマシイひとつ分程度にしか匹敵しないのに。ニンゲンたちのタマシイが、モンスターを構成する思いやりの心に触れたのかな? それとも、モンスターたちのタマシイを吸収した影響で、アズリエル・ドリーマーの昔話でも知った?
ニンゲンには仲間意識があるみたいだからな。前回、無関係のはずのフリスクのたすけを呼ぶ声に応えたのも、その仲間意識によるものなんだろ? かつてのニンゲンの所業、同胞の悪行に胸を痛めて反撃できなかったのかな。まあ、モンスターとニンゲンのどっちが最初に争いを始めたかなんて、どうだっていいよ。
平和的にバリアを壊して、地上に出て、そしてモンスターとニンゲンが仲良く暮らすなんて、御伽噺にも描かれていない。
ボクだけじゃ、できなかった。
きっと、フリスクだけでも叶わなかった。
この世界に欠けていたのは、ニンゲンのタマシイに換算して、たったのひとつ分。それを埋めるためだけのピースだった[[rb:ニンゲン > フリスク]]は、多くのモンスターが抱いていたニンゲンへの不信感を払拭して、優しく接して、トモダチになった。育まれた絆はみんなを決戦の場所へ導く。強い思いやりの気持ちは、足りないタマシイひとつ分を補った。絶望的な状況下、逆境にいたはずなのに、それでもフリスクのケツイは強かった。友達を[[rb:SAVE > すくって]]、アズリエルにまで手を伸ばして、そして、ひとつになったみんなの気持ちは、アズリエルへと届いた。
その果てに訪れたのは、予言でさえ描かれていない未来。当事者であるはずのボク自身の実感は薄いけど、事実がそれを証明する。
この功績についてだけは、泣き虫なあいつを認めてやってもいい。ほんの少し、そう、なかよしカプセルくらいのサイズなら、認めてやるよ。
これから先はボクの知らない物語だ。『あの力』が失われたいま、予言なんて出来るはずもない。
けど、予想はできる。
アズリエル・ドリーマーが友達だと伝えたフリスクには、きっとボクが繰り返した時間よりも濃厚な日々が待っているに違いない。ついでに、目の前のパピルスにも。
パピルスは読書家だし、努力家だ。すぐにニンゲンの世界に馴染むだろう。娯楽の少ない地底世界に比べたら地上は魅力が多いだろうし、満喫できるんじゃない? きっと、地底世界でひとり落ち込んでいた頃よりも。
「うん? そうなのッ!?」
「……期待してたの?」
パピルスが大袈裟なほど驚くから、思わず聞き返してしまった。すぐに思い直したけどね。こいつはボクの最初の想定を裏切る奴だ。人並み、いやモンスター並みの思考回路をしていない。
「ううんっ、ぜんぜん!」
案の定の返答だ。
そんなことだろうと思ったけどさ。
「オレさまは思うのだ。パズルの解き方はひとつじゃなくてもいいって!」
「はあ?」
「えっとね、オレさまはジャンプで飛び越えるし、兄ちゃんは気付いたら向こうにいるけど、フリスクは真面目にパズルを解いたんだ」
スノーフルの森のパズルを指しているんだろう。突発的な話題で脈絡がないけど、見当をつけて相槌を打つ。ボクが言うのもなんだけど、フリスクはよくこいつの相手をしたものだ。別の意味で感心するよ。
「オレさまはその斬新さに胸を打たれたのだ……!
つまり、何が言いたいかって言うと、前代未聞は楽しいってこと!」
「……で?」
「だから……、その……、」
歯切れの悪いパピルスの態度には苛立つけど、根気よく続きを待ってやる。話の続きぐらいは聞いてやろうと思っただけ。深い意味なんてないよ。
「フラウィが予言できないって言ったのが、オレさまはうれしい! 見るものが新鮮でデンジャラス! 当たって砕けるッ!!」
突っ込む気力も失せた。当たって砕けたらしんでるじゃないか。ひとの家の窓を割って外に出るようなスケルトンの考えは、ボクには到底読めそうにない。
――それは、ちいさいけど、たしかな変化だった。
隅々まで探索し尽くしたはずの地底世界、その中のモンスターのひとりに過ぎなかったパピルスの考えが、『読めそうにない』。
地上からやってきたフリスクは、この地底世界に風穴を開けたんだ。新しい風が吹き荒ぶ。今度は花弁をおさえない。茎の芯を這い上がるのは、不快な感情ではなかった。それを認めるのは癪だから、言ってやらないけどね。
「代わりに、オレさまがひとつ予言を授けるよッ! 星占いは解けないけど、オレさまが占えば問題ナシッ!」
よくわからないパピルスの理論に突っ込む気力はとうに失われていた。ボクの反応も待たずに、パピルスは顔を近付けて、あのにやけ面を披露する。
「フラウィには友達が必要なのだ! それも、カルシウムがたっぷり詰まってる友達がねッ! だから、ラッキーアイテムも用意したよ!」
差し出されていたのは、丁寧に赤いリボンが巻かれた骨だ。
「……どうも」
いつかイヌに持っていかれそうだと思いながら、ボクはその骨を受け取った。パピルスのにやついた顔がうるさい。
「キミ、ずいぶん暇なんだね」
「うん! 今日はお休みの日だからねッ! フリスクもあとから遊びに来るって!」
皮肉が通じないのはいつものことだ。
「それからオレさまの番号も教えるねッ! いつもフラウィに来てもらってたけど、お互い忙しいもんね! これならいつでも話ができるよッ! ニャハハ!」
これぞ最高のおもてなしだ、と豪語するパピルスは、意味ありげにポーズを決めてみせた。スケルトンのオブジェクトは無視して、渡された番号を見る。こうして番号を渡されるのは、いつ振りだろう。僅かに懐かしさを覚えたけど、悟られないように装う。退屈していた過去の記憶を懐かしんでいたなんて、自分でも信じられなかったから。
「話はおしまいッ! オレさま、そろそろ帰らなきゃ。それじゃあ、フラウィ! またにーッ!」
その後もパピルスは余計な雑談ばかりを繰り広げていた。聞きたくもなかったけど、みんなの近況はだいたい把握できた。あとでやってくるらしいフリスクに、いまの暮らしを聞いてみるのも悪くない。
会話に満足したらしいパピルスは上機嫌にステップを踏み、……踏み外して、大きく手を振る。
そして、現れたときと同じように、騒がしく去っていった。
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