このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

キメツ

 その日はとても青空が高く、紅葉した葉の隙間から眺めるとそれが一層鮮やかに美しく見える。風は少し冷たくなってきているが、日差しのあるところは上着を羽織らなくても良いくらいで、肩にかけた厚手のショールで十分防ぐことができた。
 甘露寺蜜璃は空を眺めながら満足そうな笑みを浮かべ、先ほど買ったばかりの焼芋の袋から、本日二個目の焼芋を手にする。焼芋を口にした蜜璃が美味しいと顔を綻ばせ、それを優しく見つめた胡蝶しのぶは、蜜璃に釣られて柔らかく微笑んだ。
「本当に幸せそうに食べますね」
「だってこの焼き芋、ほくほくして美味しいわ。ほっぺたが落ちてしまいそう」
 そうですねぇ、としのぶも口に焼芋を運びながら、ふと思いついたことを口にする。
「……昔も並んで空を見上げながら、色々な話をしてましたね」
 しのぶの言う『昔』とは前世のことだ。しのぶも蜜璃も共に鬼と戦った前世の記憶がある。転生した者の中には覚えていない者も居たが、二人は今も昔と同じような歳の離れた友人関係にあった。蜜璃は芸術大の学生で、しのぶは高校生だ。たまに暇を見つけては、のんびりと過ごすのが二人の楽しみだった。
「私、しのぶちゃんとまたお話ができて嬉しいわ。今も昔もしのぶちゃんとこうして笑えるのが幸せ」
 幸せの定義は人それぞれだが、蜜璃は過酷な戦闘を強いられた過去に絶望していなかった。
『私たち、精一杯生きたもの。胸を張れるわ』
 現世で出会った当初、蜜璃が言っていた言葉をしのぶは思い出す。確かに精一杯生きたのだ。しかし、それを口にできる蜜璃は強いとしのぶは思う。
 蜜璃が三個目の焼芋を手にした時、鞄に入れていた蜜璃のスマホが音を立てた。あ、と蜜璃は慌ててスマホを取り出すと確認して笑みを浮かべる。
「あら、嬉しいことでもありましたか」
「そうなの。伊黒さんからメールがきたの」
「今は手紙ではなくメールのやり取りをしているんでしたっけ」
 伊黒さんからのメールは音変えてるから分かるんですね、としのぶは胸の内で笑いつつ先を促す。
「今はどちらに?」
 伊黒は空や動物を撮るカメラマンをしており、あちこちを飛び回っていると聞いていた。
「さっきまで北海道にいたらしくて、今日帰ってくるんですって」
「そうなんですか。忙しそうですね」
「本当に。でもね、伊黒さんの撮る写真、見る度にとってもきゅんとするし素敵だなって思うし、たくさん写真を見せてくれるのが楽しみで仕方ないの」
 ほんのりと頬を赤らめて話す蜜璃の表情が輝いて見えて、しのぶは恋してる顔はいいですねぇと思いながら温かな焼芋を口に運ぶ。
「早く帰ってくると良いですね」
 頷いた蜜璃は少しだけ返信してもいいかをしのぶに尋ねる。しのぶがにこりと笑みを向ければ、ありがとう、とメールを打ち始めた。その間にしのぶも自分のスマホを眺める。音を消していて気付かなかったが、一通メールが届いていた。誰からだろうと開いてしのぶは苦笑する。百面相をしながらメールを打つ蜜璃の隣で、しのぶも素っ気ない文章を返信した。

 買い込んだ焼芋が最後の1つになった時、しのぶは蜜璃に尋ねた。
「伊黒さんは昔のことを覚えていないそうですけど、やっぱり少しは淋しいんじゃないですか」
 その言葉にハッとした表情をした蜜璃だったが、すぐに首を横に振る。ボリュームのある髪が背中の方でゆったりと揺れる。
「確かに覚えていてくれたら文通していて楽しかったこととか、当時は恥ずかしくて伝えられなかったことも話せるかもしれないけど……私は今のままで十分幸せ。伊黒さんが好きなことを仕事にして、一緒に笑える今が大事」
「本当に伊黒さん、愛されてますねぇ」
「えぇ、まだ内緒だけどす……」
 しのぶは言葉を紡ぐ蜜璃の唇に人差し指をそっと当てた。
「それは直接、伊黒さんに伝えてあげてください」
 スッとしのぶが手の平を向けたのは蜜璃の背後に向けてだった。驚いた蜜璃は振り返りそこに伊黒の姿を見つけ、声にならない声を上げるとベンチに突っ伏した。
「……その、すまない。内緒というのは……」
「伊黒さん、待って。ごめんなさい、待ってもらえるかしら」
 耳まで赤くなった蜜璃の背をしのぶはそっと宥めるように軽く叩き、すみません、と耳元で囁いた。先ほどしのぶに届いたメールは伊黒からで、今どこにいるのかを尋ねたものだったのだ。驚かせるつもりというのが分かり、しのぶもそれに乗ったというわけだ。
「しのぶちゃんと伊黒さん、グルだったのね!」
「初めから示し合わせたものではありませんよ。ね、伊黒さん」
 しのぶは笑みを浮かべていたが、このまま友情に亀裂でも入ったらゆるしませんよ、という心の声が聞こえてきそうで伊黒は詰まった声を上げる。
「俺が甘露寺を驚かせたくて、一緒に居ると思った胡蝶に連絡した。その、全面的に俺が悪かったから謝罪させてくれ。甘露寺に恥をかかせるつもりはいっさいなかった。許してくれるならこれから食事でも一緒にどうだろうか」
「行きます」
 間髪入れずに返答した蜜璃は、意を決したように顔を上げると伊黒を見つめた。しかし、その瞬間再び顔に朱を上らせると突っ伏した。
「ダメだわ。伊黒さん、もう少しだけ待ってくれるかしら」
「あぁ、いくらでも」
 しのぶは伊黒を手招きし、自分が座っていた席を譲る。
「あとはお二人でどうぞ。私、そろそろ帰らないと」
 冷えてきましたし、としのぶは蜜璃の頭を一撫でして落ち葉の絨毯の上を歩き始める。さくっと乾いた音を立てながら歩くしのぶの後ろ姿に密璃は叫ぶ。
「しのぶちゃん、またね」
「ええ、また」
 振り返ったしのぶは艶やかな笑みを残し去って行った。

 ひらりと落ち葉が静かな空間に降り注ぐ。
「甘露寺、あとでまた今回撮ってきた写真を見てくれるか」
「もちろん。今回のもきっときゅんとする写真がたくさんあるんだろうなと思って楽しみにしてたのよ」
 まだ蜜璃は伊黒と向き合い話せる状態には無かったが、隣に座って話すほどには復活していた。
 とりとめなく些細なおしゃべりをしながら、二人はいつもの距離を取り戻していく。伊黒は幸せそうに笑う密璃の横顔を見つめて口許を緩める。

 二人がもう少し距離を縮めるのは先の話。
2/2ページ
スキ