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声で10題(お題元:睡ル蓮サマ)まだ5本

【驚いて振り返れば、あんたは大きく笑った】


 手にした覚え書きを頼りに、大倶利伽羅は賑やかな町まで頼まれた買い出しにきていた。
 基本的には万屋のみで買い物は終わるのだが、その他にも細々と頼まれたものがあった。それは日本号と次郎の酒であったり、駄菓子であったりと様々だ。
 種類は多かったが量としてはたいしたことがないと一人で出てきたのだが、早くも大倶利伽羅はそれを後悔していた。
 今日は近くの神社で祭りがあるらしく、町の賑わいは通常の五倍はあると思われた。大倶利伽羅は審神者がそんなことを言っているのを聞いたような気もしたが、ぼんやりと流してしまっていたようだ。
 出てくるのは溜息ばかりだ。
 前に進もうとすれば、人波に押し戻され、なんとか前に進んでも人だかりで進めなかったりとなかなか目的地に着けずにいた。
 裏道を歩いてみても、皆同じ事を思っているのかそちらも混んでいる。
 人混みに紛れての物取りも多く、大倶利伽羅の懐に手を伸ばしてくる者が多数居たが、足払いで転倒させその脇を通り過ぎた。物取りはそのまま人にもみくちゃにされており、大倶利伽羅はほんの少し可哀相だとは思ったが、やはり自業自得だろうと放置し先を急いだ。
 ようやく目的地の一つである万屋に辿り着き、注文をして一息吐く。
「お待ちいただく間、こちらでもどうぞ」
 店主に促され、大倶利伽羅は脇にあった縁台に腰掛けると、出された茶菓子と抹茶を楽しんだ。人混みで疲れ果てた体に、甘い茶菓子が染みる。ほんのりと広がる甘みに大倶利伽羅の頬が緩んだ。
 ひとまとめにされた荷物を担ぎ、大倶利伽羅は再び人混みの中へと足を踏み入れる。
 その時だった。
「良かった、見つけた!」
 聞き覚えのある声に驚いて振り返れば、そこにいた光忠は大きく笑った。
「あんた、どうしてここに……」
 大倶利伽羅の記憶では光忠は遠征に出ていたはずだった。確かに帰還していてもおかしくはなかったが、なぜ自分を探しているような事を言うのか理解できず、大倶利伽羅は首を傾げる。
「君がお祭りがあるのに一人で買い出しに行ったって言うのを聞いて、心配だから来てみたんだ」
 光忠の言葉に大倶利伽羅は眉を顰める。遠征で疲れているのにわざわざやってくるなど無謀すぎるではないか。
 大倶利伽羅の心中を察したのか、光忠は笑みを浮かべて安心させるように言う。
「僕の休憩も兼ねてだから。お祭りを二人で楽しんできて良いって、ちゃんと許可も貰ってきたし」
 そう言いながら、光忠は大倶利伽羅を人混みからさりげなく路地裏へと追いやる。行き止まりになっているそこは光忠が人混みに背を向けてしまえば人目から隠れてしまう。
「休憩って、人混みに来たら疲れるだろう」
「そうかな。僕は君とお祭り行けるし楽しいけど」
 もちろん大倶利伽羅も祭りというものは知っていても、実際に楽しんだことはないため、祭りには興味があった。
 だが光忠がそのために無理しているのではないかと不安になり、顔色を窺う。
「楽しくても疲れるものは疲れるだろう」
「じゃあ、君は僕と一緒にお祭り回るの疲れる?」
 逡巡した大倶利伽羅が出したのは、別に、という答えだった。
 その返答に光忠は苦笑する。
「だったら、行こう。残りの買い物も二人でしたらきっと楽しいよ」
 はい、と光忠は大倶利伽羅に手を差し出す。
「これはなんだ」
 その手と光忠を見比べた大倶利伽羅は、小さな溜息を吐き額に手を当てた。
「はぐれたら嫌だから、はい」
 子供か、と大倶利伽羅が吠えれば、光忠は有無を言わさず額に当てていた大倶利伽羅の手を取り路地を抜け出した。
 人混みに揉まれてしまえば、もうその手を頼りに進むしかない。
「ほら、あっちに酒屋があるよ」
 自分よりも背の高い光忠を見上げながら、大倶利伽羅は人の群れをかき分け進んだ。
 なんだか先ほどまでの鬱陶しかった人混みが、ただ光忠と一緒に歩いているだけだが楽しいものとなる。
「……悪くない」
 大倶利伽羅はそう呟いて、離れそうになった手をもう一度繋ぎ直した。

-FIN-
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