僕の好きな香り

ふわり、と、慣れ親しんだ香りが鼻をくすぐった。甘酸っぱくて華やかな、瑞々しい香り。いい匂い。僕は香りをたどって、「ある人」に近づいた。

「なに?るりね。急に来たかと思えば、気持ち悪い顔でこっちを見つめてくるなんて」

グサリ。いつもと同じように、「ある人」…ほのかちゃんの言葉は、刺々しく僕に刺さった。まあ、こんなことにも慣れっこだ。これが彼女の本心じゃないって、なんとなく気付いているから、痛くもなんともない。彼女の愛情表現ってそういうものだからね。僕はわかってるのさ。

「いや、美味しそうな香りがしたような気がしたから。いつも君からは桃の香りがするよね?今日は一段と強く感じるけれど」
「最近気に入って使ってるハンドクリームがピーチの香りで、今飲んでるのがピーチティーだからよ」

はあ、とため息をつき、ピーチティーをすする彼女を見やりながら、僕はにこっと笑う。

「へえ、桃好きなの?」
「うるさいわね、どうせ私には似合わないわよ。こんなに可愛らしい匂い」
「いいじゃないか。君はとってもかわいいんだからさ」

ぴくり。彼女の耳が少し動いた。
僕は、なにか気に障るようなことを言ってしまっただろうかと焦ったが、

「お世辞はよして頂戴、王子様?」

すぐにいつものような皮肉めいた返事が帰ってきたので、ほっとした。
ほっとしてしまって、僕は余計なことを言ってしまった。

「へえ、君はさしずめ僕のお姫様、といったところかな?今日はいつになく愛情表現が熱烈だね」

ごふっ。
僕が、あ、やばい、と思う間もなく、ほのちゃんの机に置いてあったプリントは見るも無惨なほどの染みができていた。
盛大にピーチティーを吹き出したほのちゃんは、ギロリと僕を睨みながら、

「そんな意味で言ったわけないじゃない、この脳内お花畑」

そう言ってそっぽを向いてしまったのだった。
うーん、こうなってしまうと、ほのちゃんは頑固だからなあ。
僕はできるだけ誠意を込めて謝ったが、その日のほのちゃんはかなり素っ気ない返事しかしてくれなかったとさ。
1/1ページ