寄り道、アイス、夏の華。

「ねえ、ほーのちゃん?」
「黙りなさい、ナンパ魔。気色悪い声で話しかけないで」
「相変わらず冷たいなあ、僕はほのちゃんと仲良くなりたいんだよ」
「可哀想に…自分が嫌われていることを分かっていないのね」

まったく、素直じゃないんだから~などと言いながら私の後ろをついてくる背の高い貴方は、どうして私の心を全て見透かしたようなことばかり言うのだろう。いちばん大事な、深いところはわかっていないくせして。
嫌になるほど整った顔立ちをした彼奴…るりねという名前の狐娘は、私の顔を見ながらいつものように笑った。そして、すっと近くに来た他の生徒に気付くと、そちらに顔を向け、「あ、久しぶりだね!君、しばらく見ないうちにまた可愛さが増してない?あははっ」なんてまた笑った。貴方は、昔から笑顔を崩さないのね。私がどんな気持ちだろうと、笑顔笑顔、なのね。

「ーうん、また!今度カラオケに一緒に行ってくれると嬉しいな!…って、うん?ほのちゃん、君、すごい顔してるよ」

私は、無意識に顔がこわばっていることを自覚した。昔から感情が顔に出やすいと評価されがちだから、できるだけ気を付けてはいるのだけれど…やっぱりダメなときはダメね、とか頭の中で独り言を言いながら、平静を装いなおして、向き直った。

「別に。どこかの誰かさんが、まーたナンパしてるな、と思っただけよ」
「ナンパだなんて失礼だなあ、僕は知り合いと少し話していただけだよ」
「あら、そう」

心に渦巻くもやもやしたものが、口から言葉となって溢れてくるようだった。刺々しい声色になっていることを、なんとなく感じながら、でもどうすることもできないでいた。こういうことをして、貴方を傷つけてしまいたくはないのに。貴方の優しさに、鈍感さに甘えてしまう自分が嫌いだった。でも、私が大切にしているものを分かってくれない貴方も嫌いだった。
何もかも嫌いだ、と叫んで、子どものように逃げ出してしまいたい気持ちに、いつだって駆られていた。

「さて、これから下校するというわけだけれど、君は誰かと帰る予定は?」
「ないって分かってて言っているでしょう、貴方。悪かったわね陰キャぼっちで」
「別にそんな風に思ってるわけじゃないよ!ただ、僕が君と一緒に帰りたかったからね。先約があるならそちらを優先すべきと思ったまでだよ」

るりねが、私と一緒に、帰りたい?
一瞬私はフリーズした。口の中で言葉を反芻した。飲み込むまでに少し時間がかかってしまった。
だって、彼女はこの学園内でそこそこ人気者だ。毎日のように、一緒に帰りたいと思う子たちが集まってくるだろう。先輩からも後輩からも同級生からも、一緒に帰りたいというお願いはたくさん来るだろうということは、基本的にぼっちな私でも想像に難くない。
なのに、なんで…

「残念だけど、私と下校したところで、なにも楽しいことはないわよ。だってどこにも寄らずに、ただ家に帰るだけだもの」
「それでいいのさ、少しゆっくり歩いてくれさえすれば、それだけで。お願いだよ、プリンセス」

駄目押しのつもりなのか、ウインクをしながらそう言う彼女を見ていると、魔法にかかったようにOKしてしまいそうになる。ちょろい自分がほとほと嫌になるが、結局負けてしまって、私はこう言った。

「なら、勝手についてきなさい。もたもたしていると置いてくわよ」
「…!! ありがとう!」

ああ、本当に、この人には敵わない。

ーーー

「ほのちゃん、見て、駄菓子屋さんに新しい味のアイスが入荷されたみたいだよ!」

小さな子どものように、るりねははしゃぎながら言った。通学路に面した駄菓子屋さんの古ぼけた看板には「しんさくアイスクリームがにゅうかしたよ!」と、小さい子でも分かるように、ひらがなとカタカナのみで書かれていた。
味は…「ドラゴンフルーツシーソルトキャラメル味」と、「カリカリクランチがけ3種のチョコレートミックス味」か。後者はともかく、前者は絶対食べたくないわね。どうしてドラゴンフルーツに塩とキャラメルをかけようと思ったのかしら。企画した人誰よ。アイスの冒涜じゃない。色々つっこみたいところだらけね…

「どこにも寄らないって、私、言ったような気がするのだけれど」
「まあまあ良いじゃないか、僕が奢るよ」
「ふうん、絶対にドラゴンフルーツシーソルトキャラメルは食べないわよ」

私がそう宣言すると、るりねは気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべた。いや、いつも気持ち悪い気持ち悪いと言いがちだけれど、これはいつもの比じゃなく、もう変顔と言って差し支えないくらいだった。

「へぇ?ほのちゃん、これ食べられないのー?未知の味に挑戦する勇気、持ち合わせてないのか~い??」
「ドラゴンフルーツシーソルトキャラメル味、ひとつください」

私は食い気味に、駄菓子屋さんのおばちゃんに注文した。
駄菓子屋さんのおばちゃんは、苦笑しながらアイスを売ってくれた。

ーーー

公園のベンチに座ってひとくち食べてみると、雷が落ちるようだった。死ぬほど不味い、そういう表現が今まで食べたすべての食べ物の中で一番似合っていた。折角ドラゴンフルーツがジューシーでさっぱりしているってのに、とろりと濃厚な甘いキャラメルソースがぶち壊しにかかっている。おまけに塩味が強すぎる。なんでこんなにしょっぱいんだ。ドラゴンフルーツの酸味と相まって、お口がきゅーってなりそうだ。しかしキャラメルソースはハチャメチャに甘ったるい。何よこれ…何なのよこれ…。

「えーと、大丈夫?ほのちゃん。2月はとっくに過ぎたよ?」
「…節分の鬼の真似をしているわけでは、ないのだけど…げほっ」

不味すぎるアイスを食べた私は、きっと鬼のような顔をしていたのだろう。心配そうにるりねが顔を覗き込んできた。
るりねは困ったように笑いながら、「はい、これ」と目の前にもう一つアイスを差し出した。

「僕のと交換しようよ、ほら、お詫び兼口直しにさ」
「今だけは感謝するわ…」

私が受け取ってまた食べると、今度はチョコレートの味がした。ビターチョコレート、ミルクチョコレート、ホワイトチョコレートの3種の味。そして、カリカリしたトッピングもかかっている。おそらくこれは、さっき見た「カリカリクランチがけ3種のチョコレートミックス味」だろう。
いつの間に買っていたんだろう。もしかしたら初めから、私の反応を見て残りは自分で食べて、チョコレートのほうを差し出すつもりだったのかもしれない。そういう思惑があったにしろ無かったにしろ、準備がいいのね、と私は少し彼女を見直した。

「じゃあ、いただきまーす………うげっ!!」

るりねは、涙目になりながらドラゴンフルーツシーソルトキャラメル味を完食した。
私は美味しいチョコレートアイスを食べれて満足した。

ーーー

「はあ、不味かったね…あれは生き物が食べていいものじゃないよ」
「私が食べてあげる、と言ったのに。自分が全部食べるんだって聞かなかったのは貴方よ」
「だって、そんなのカッコ悪いじゃないか」
「やっぱり見栄をはってたの…」

私の話を遮るように、突如ドーンというものすごい音が響いた。まるで耳元で大太鼓を叩かれたような音に、私はひゃっと情けない声を上げてしまった。今度は私のほうが涙目になりながらるりねを見ると、彼女の瞳には小さな光の花が咲いていた。
私は寄り道したせいですっかり墨色に染まった空を慌てて仰いだ。

…ひゅー、どーん。ぱらぱらぱら…どーん。次々と大きな花火が、真っ黒な空を赤やオレンジに染め上げて、咲いては消え、咲いては消えを繰り返していた。ここで、私は家の近くにあった掲示板に貼り付けられていた「花火大会」の開催が今日であったことを思い出した。どうせ友達もいないし、親も仕事で忙しいから、誰とも行けない。どうでもいい、関係ないと目を塞いでいたそれを、私はるりねと共に見ていた。

「このためだったの?私と帰りたいだなんて言って、寄り道させて時間稼ぎをしていたのは」
「素敵なサプライズだろう?」
「…馬鹿」

それからしばらく、私たちは空に咲く美しい花火を、ただ見つめていた。花火のほうから流れる流行りの歌は、底抜けに明るく場違いに辺りを包んでいた。

今なら、伝えられるだろうか。花火の音に紛れて、私の本心を曝けることができるだろうか。
馬鹿みたいな考えが、頭をよぎった。私はゆるゆると首を振り、その考えを追い出そうとしたけれど、いちど浮かんでしまったその考えはどうにも頭の中に居座って、どこにも行ってくれなくなってしまった。
口の中が乾いて、上手く声が出ない。
いつも言いたかった綺麗な台詞はすべて喉の奥で砕けてしまって、代わりに出たのは聞くに堪えない罵倒の言葉だった。
どうにも素直になることができなかった。意地を張ってしまっていた。引っ込みがつかなかった。このままではいけないと、理解はしているのに。…今だけなら、素直になれるだろうか?本当に?

…聞き返されたら、聞き間違いじゃない?と返して逃げよう。そうすれば大丈夫。
姑息な考えを頭の中央に乗っけて、私は口を無理やり開いた。

「るりね…




すき、よ」





ーーー

どーん、ぱらぱらぱら…
花火の音に隠されて、私の言葉は彼女に届くことはなかった。

「ん?なにか言ったかい?」

にこっと笑う彼女を、私は少し滲んだ視界で捉えた。そして俯いて、「なんでもないわ」と誤魔化した。ぴんと緊張したように張っていた尻尾が、だらりと垂れ下がるのが感覚でわかった。
わかっていた。だって、届かなくていいと、届かないでほしいと願っていた思いだったから。だけど、きっと心の何処かには「気付いてほしかった」という気持ちも確かに存在していて、自分でも分からないくらいに深いところで、それを望んでいたのだから。

「ほのちゃん!」

私の名前を呼ぶ声と、ふわりと香る柑橘系のいい匂いとともに、突然もふもふとした感触に包まれた。
え、と言いかけた口の形のまま体をこわばらせて、カチンコチンになってしまったまま、私は目の前にある満面の笑みを浮かべたるりねの顔にしばらく見惚れた。
するり、と私の手をごく自然な動きで優しく握った彼女は、

「また来年に来ようよ。その時には、さっきなんて言ったのかを教えてくれるかい?」

音にかき消されまいと大きく声を上げた。
花火はもうフィナーレだ。るりねの瞳にはさっきよりたくさんの花火が映り、気高く美しく咲き誇っていて、私は今にも感情を溢してしまいそうだった。絶対に絶対に絶対に、隙なんて見せるもんかと力いっぱい結んだ口元が、わっと緩んだのを体で感じた。

「もちろん」

さっきとは比べ物にならないくらいに大きく声を上げて、私は応えた。
私はどんな顔をしているのだろうか、なんて、そんな些末な考えは捨て置いた。
好きよ、とまた口の中で呟いて、すこしだけ強く彼女の手を握りしめた私を、花火たちは明るく照らし続けた。

ーーー

「ああああああああああっ!!」

私は、さっき家に帰ってきた。
お母様はまだ家に帰っていなくて、慣れっこな一人の食事を始めようと、台所に冷凍食品を取りに行くついでにアイスのカップを捨てようとしたときに、とんでもないことに気がついてしまったのだ。

(よくよく考えたら、私が食べたあとのアイス、るりねに渡しちゃったわよね…!?それって、間接…き………!!)

…と、そういうことに気付いて、誰もいない家でジタバタしているのである。

「私、明日から、どんな顔してるりねに会えばいいのよ…!!あー私のバカバカバーカ!!!!」

結局、その次の日は彼女を避け続け、「どうして避けるのさ!」といつもよりさらにしつこく付きまとわれることになりましたとさ。

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