愛について。
愛なんて、あほらしい。私はそう思っている。
私の目の前であんなに仲睦まじくしていた母と父が、よく交わしていた合言葉。それが「愛」だった。愛してる、だとか。そういう、なんだかちょっとクサいと言われがちな台詞。昔の私はそれも好きだったけれど、今となってはただ苦みを伴う違和感でしかない。あの人たちの愛について考えていると、ため息が出そうになる。勿論嫌な方の。
父はあんなに愛がなんだの言っていた癖に、あっさり別の女性との新しい愛を見つけて去っていった。母と私を置いていって、だ。幸い母は仕事ができる方で、生活は困窮することはなかった。むしろふたりが別れてから母は仕事で成功を収め、いい生活はさせてもらっている。そこへの感謝はある。
けれど、あんなに愛、愛、愛と言い合っていたふたりが、こんなにも容易く離れてしまうのかと落胆した。
そんなとき、私が希望を見出す方法は、「るうちゃん」を思い出すことだった。るうちゃんというのは、私の幼馴染だ。けれど、引っ越してからもう連絡もとれない。本名だって知らない。おままごと遊びやお姫さまごっこで重ねられた私たちの思い出を、私は後生大事に心のいちばん奥底に仕舞い込み、たまに思い出しては道標としていた。
「おとなになったら、ぼくが、ほのちゃんのおうじさまになるよ」
「いつかかっこよくなって、ぜったいにむかえにいく。まっててね。〈あいするぼくのおひめさま〉!」
「…ねえ、だからもう、だいじょうぶだよ。なかないで」
るうちゃんのその言葉を信じることで、私はしばらく愛を信じることができた。
…でも。
「やあ、はじめまして。僕の名前はるりねだよ。こんなに可愛い子と出会えるなんて、今日の僕はツイてるみたいだ!」
「もし良かったら君の名前を教えてくれるかな」
何度も引っ越しを経て、出会った貴女はこう言った。
「はじめまして」、だってさ。
愛なんて、あほらしい。
すぐに消えてしまう、幻みたいなものだ。
「ほのちゃん」
「愛してるよ」
ああ、でも
もういちど信じたくなっちゃうわ。
私の目の前であんなに仲睦まじくしていた母と父が、よく交わしていた合言葉。それが「愛」だった。愛してる、だとか。そういう、なんだかちょっとクサいと言われがちな台詞。昔の私はそれも好きだったけれど、今となってはただ苦みを伴う違和感でしかない。あの人たちの愛について考えていると、ため息が出そうになる。勿論嫌な方の。
父はあんなに愛がなんだの言っていた癖に、あっさり別の女性との新しい愛を見つけて去っていった。母と私を置いていって、だ。幸い母は仕事ができる方で、生活は困窮することはなかった。むしろふたりが別れてから母は仕事で成功を収め、いい生活はさせてもらっている。そこへの感謝はある。
けれど、あんなに愛、愛、愛と言い合っていたふたりが、こんなにも容易く離れてしまうのかと落胆した。
そんなとき、私が希望を見出す方法は、「るうちゃん」を思い出すことだった。るうちゃんというのは、私の幼馴染だ。けれど、引っ越してからもう連絡もとれない。本名だって知らない。おままごと遊びやお姫さまごっこで重ねられた私たちの思い出を、私は後生大事に心のいちばん奥底に仕舞い込み、たまに思い出しては道標としていた。
「おとなになったら、ぼくが、ほのちゃんのおうじさまになるよ」
「いつかかっこよくなって、ぜったいにむかえにいく。まっててね。〈あいするぼくのおひめさま〉!」
「…ねえ、だからもう、だいじょうぶだよ。なかないで」
るうちゃんのその言葉を信じることで、私はしばらく愛を信じることができた。
…でも。
「やあ、はじめまして。僕の名前はるりねだよ。こんなに可愛い子と出会えるなんて、今日の僕はツイてるみたいだ!」
「もし良かったら君の名前を教えてくれるかな」
何度も引っ越しを経て、出会った貴女はこう言った。
「はじめまして」、だってさ。
愛なんて、あほらしい。
すぐに消えてしまう、幻みたいなものだ。
「ほのちゃん」
「愛してるよ」
ああ、でも
もういちど信じたくなっちゃうわ。
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