マテールの亡霊編
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マテールの近くの、小さな診療所
レイは神田の眠る寝台に腰かけた。わざと乱雑に腰掛けると、神田は眉間にシワを寄せて目を開ける。レイは無表情で、静かにその顔を見下ろした。
「心配をかけるな」
「…心配しろと言った覚えはない」
「俺が心配したとは言ってないが?」
さらりと返された台詞に、神田は目に見えて不機嫌になる。子供のような仕種に、レイは僅かに目を見開くとクスクス笑った。
「冗談だ。そうあからさまにぶすくれるな。…お前は死なない。そう信頼はしているが、心配なのは変わらん」
包帯だらけの腕がレイの頬を撫でる。三人を運ぶのは中々骨がおれるんだぞ、と嘯くレイはホッとしたように微笑んだ。
広場へと続く階段に、アレンは膝を抱えて座り込んでいた。神田はアレンの少し前に座り込む。
「何寝てんだ。しっかり見張ってろ」
「あれ、傷は?」
「俺は治るの早いんだ」
「どう見ても全治5ヶ月は…」
「うるせぇ」
下を向き、膝を抱えたままのアレンは、憔悴しきった声でそう、と呟いた。神田はアレンの方を見ずに階段に腰掛ける。レイはそんな神田の優しさにくつりと小さく笑う。
「さっき、教団と連絡がとれた。コムイからの指令だ。俺はこのまま次の任務に行く。お前は本部にイノセンスを届けろ」
「…はい」
「ほぅ、俺と一緒に帰るのは不満か。アレン」
「っレイさん…!?」
アレンは弾かれたように顔をあげた。レイはアレンの目の前に跪く。驚きに満ちた顔のアレンの頬に手を這わせると、アレンは急に吐息のかかる距離まで近づいたレイの顔に、ぶわっと真っ赤になった。
「傷はまぁまぁ…それにしても隈が酷い。眠れなかったのか」
「え、っと…ま、まぁ////」
「っレイ…!!」
神田の焦ったような声音に、ふっと笑みをこぼす。…なるほど、こうして人の焦る様を見るのもまた一興か。
「あまりに浮かない顔をしていたものでついな。…きちんと見ていたから知っている。三日前、ここの歌劇場で何があったのか」
「っ…」
「グゾルの最期もな。…まぁ、初めての任務にしてはよく頑張ったな」
アレンの瞳が泣きそうに揺れる。「ララに心臓をいれてくれたのは、レイさんですね」なんて震える声で呟くアレンに、「お前がそう望んだんだろう」とそっけなく返す。
「辛いなら止めてくるといい。なんなら止まれと命じてやろうか」
「それは出来ません。…約束ですから」
「俺達はエクソシストだ。破壊者であって、救済者じゃないんだぜ」
神田の声に、アレンは納得がいかないように暫く間が空いてから分かっていますと答えた。
その時、歌が止まった。
歌劇場に入ると、ララだった人形は止まっていた。崩折れる人形をアレンが抱き抱えた時、アレンとレイの耳に、あの優しい人形の声がした。
『壊れるまで歌わせてくれて、ありがとう。これで約束が果たせるわ』
(ある意味、これも一つの物語の終局か)
レイはふっと微笑みを浮かべて、それを見つめた。声が聞こえていない神田とトマは訝しげに首をかしげる。
「どうした」
「神田、レイさん…っ」
ぐすっと鼻をすする音がする。泣いているのか、と気づいてレイは目を閉じた。
この少年は、戦闘力も正直まだまだ半人前だし、精神面も甘ちゃんだがその気になればとんでもなく成長をするかもしれない。
(エクソシストは、救済者ではない。千年伯爵の兵器を壊す、破壊者だ。では俺は…エクソシストでありながら神の兵器(イノセンス)を…生きとし生けるものを、死せるものさえも、言霊で縛り操るこの俺は、化物か)
エクソシストである以上、己は生きる兵器だ。立ち止まることなど許されない。ふっと脳裏に浮かんだ想いを馬鹿馬鹿しいと一蹴し、レイは壊れた人形を抱いて肩を震わせる少年の、頼りなげな背中を見つめた。
「それでも僕は、誰かを救える破壊者になりたいです」
涙に濡れた声で、アレンはそう呟いた。