マテールの亡霊編
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絶望と苦しみ。滅びに向かうこのマテールの街。その辛い日々を、ほんの一時だけ忘れさせてくれる人形を、彼らは作っていた。踊りを舞い、歌を奏でる人形を。
それから数百年。街が滅び、歌を聞く人が誰もいなくなっても、ただ一つの人形だけはずっと動いていた。
ある時、マテールの街に一人の少年が迷いついた。滅びた街に彼が来たのは、身寄りもなく放浪を続けた果てだった。
『ボウヤ…ウタハ、イかが?』
『っ!』
『ボウヤ、ウタハ、イかが?』
マテールの街が滅んでから500年。人間がこの街に迷い込むのは初めてではなかった。これまでに出会ったのは五人の大人。誰もがみんな、私が歌はいかがと聞くと襲いかかってきた。だからこの子も同じだと思っていた。
私を受け入れてくれなかったら殺すだけ。今までの大人と、同じように。私は人間に作られた人形。人間のために歌うのが存在理由。
(お願い…歌わせて…!)
『亡霊さん…僕のために歌ってくれるの?今まで、誰もそんなことしてくれなかったよ。僕、グゾルって言うの。ねぇ歌って、亡霊さん』
あの日から数十年、グゾルはずっと隣にいてくれた。
「だから、お願い…!」
心臓は、まだとらないで
「ダメだ」
神田の声に、レイはふっと目を開ける。AKUMAがいつくるかもわからない。今すぐ心臓を取れと言う神田。エクソシストとして、神田の言うことは尤もだ。今やらなければ、犠牲は大きくなるだろう。
「犠牲があるから救いがあんだよ、新人」
レイは悲しげに目を細めた。悲しいかもしれないが、それはれっきとした現実なのだ。
「犠牲ばかりで勝つ戦争なんて虚しいだけですよ!!」
神田は感情のままにアレンをぶん殴った。レイは成り行きを見つめ、目を細める。
「テメェに大事なものは無いのかよ!!」
「っ…」
『レイ。…そんな顔をするな。必ず、俺はお前のもとに帰ってくる』
かつて、かの黒髪の青年と交わした約束。護りたい者のもとへ、必ず帰るのだと彼は言った。
「本当に、ユウは馬鹿だな」
誰ともなしに呟いた言葉は、虚空へと消えて行く。
と、その時、爆音をとともにララとグゾルの悲鳴が響いた。砂煙に上体を伏せ、そっと下を確認して、レイは舌打ちした。
AKUMAがララの心臓であったイノセンスを手に弄んでいたのだ。
(面倒な事になったな)
神田はボロボロ。トマもダメージが大きい。アレンはまだまだ半人前だし、限界も近いだろう。助けに入ろうか、と腰を浮かしたその時、レイは澄んだ桜色の瞳を大きく見開いた。
「返せ…そのイノセンス。返せ!」
アレンの腕がメキメキと音をたてて変形していく。銃、剣へと姿を変えるその戦い方に、レイは新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせる。
(ほぅ…戦いの中で成長をしていくのか。ならば期待値は未知数。…だが、精神的にはまだまだ甘さが残る上、あそこまで強さが不安定では作戦なんか組めたものではないな。成る程…中々面白い)
レイはふっと小さく微笑んだ。圧倒的にアレンがAKUMAを圧している。リバウンドなんかもあるが、まぁまぁ今回で自分の戦い方に慣れてきたようだ。爆音に紛れ、そっとイノセンスを発動させる。
「風よ。俺の声を憐れなる者へ届けてくれ」
僅かに、風向きが変わった。
(面白いものが見られた礼に、今回は助けてやろう)
レイは実に楽しげに、歌うように命じる。
「"動くな"」
「っ!?な、なんだぁ!?」
「「!」」
リバウンドの隙をついて攻撃を仕掛けてきたAKUMAの動きが、急に止まった。その隙を逃さず、二人はイノセンスを発動し、ありったけの力で叩き込む。
「「消し飛べ!!!!」」
「エクソシストめェェエエエ!!!!!!!!」
断末魔をあげて文字どおり消し飛んだAKUMAを冷たく一瞥し、レイはふわりと一階へと飛び降りた。下ではアレンと神田が揃って倒れ伏している。
(まぁまぁ、頑張ったか。まだまだだけどな)
近寄ろうとして、アレンが落ちてきたイノセンスに手を伸ばすのを見て、足を止める。もう一度、もう一度…ララに…と呟いてイノセンスに手をかける。そのまま力尽きたアレンに、レイはふっと頬を緩めた。
(仕方ないな)
そっとその手からイノセンスを取り上げ、ララの胸に嵌め込む。ギコギコと、軋むような音をたててララは…否、マテールの人形は動き出した。
「ニンゲン、サマ…ウタハ、イかが?」
レイはすっと離れると、倒れたままのアレンと神田、トマの元へと歩みを進めた。傍らに膝をつき、簡単に傷の度合いを確認する。
(正解なんてものは、何処にも存在しない)
ララとグゾルの幸せを尊重した甘さを、今回は突かれた。結果として、ララはララであり、ララではないマテールの人形となり、グゾルとララの望む最期ではなくなった。だが、あの場で迷わず切り捨てていたら…
「ワたシは、ニンギョウ…ウタい、マスわ」
グゾルの目から、大粒の涙が流れ落ちた。
「ラ、ラ…大好きだよ…」
もう、届かない。最愛の人形を想い、彼は黄泉の旅路へと旅立っていった。人形は、倒れ伏し動かなくなったグゾルの側に這い寄り、首をかしげる。
「眠ルの、デスか?それナラ、子守リウタを…」