掬い上げられた出会い
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蓮と松田、萩原は成実と別れ、町中をぶらついていた。このまま家に帰ったとしても、恐らく犯人は蓮の家まで特定しているだろう。さて、どこへ行こうか。
「あ、皆…」
この店に爆弾を仕掛けたと言う妙な垂れ込みがあり、駆けつけたという高木刑事と白鳥刑事。そして傍を通りかかったらしい少年探偵団、阿笠、佐藤刑事の姿に蓮は目を瞬かせた。
「ケーキ食べ放題に行くんだぜ!」
「ふふっそうなの?」
「蓮くんも甘いもの好きよね?一緒にどう?」
「え?ぁ、そうですね…」
『お前には知り合いの警察が多いようだから、順番に吹っ飛ばしてやろうか』
先の電話の声が脳裏に甦る。逡巡する蓮を庇うように前に出た松田は、これからコイツと飯だから無理、とキッパリ言い放った。
「デートの邪魔すんなよ」
「で、デートぉお!?」
「蓮お兄さんの恋人さんだったんですか!?」
「このおっかねーにーちゃんが!?」
子供たちの驚きように思わず吹き出す。それにしても、この人も柄にもなく何を言い出すんだか。佐藤はにやにやとそんな松田を見ながら思い出したようにあ、と声をあげた。
「そうだ。夜9時から由美とカラオケやるんだけど、あんたたちも来なさいよ!」
「え、あぁ。いいですね~!」
「ん~俺は蓮くんと居たいからパスで!」
「俺もパス」
(蓮が絡むとほんとポンコツもいいとこだよな、この二人…)
蓮の腰を抱き、にこにこしながらも蓮に見えないように、影で攻防を繰り広げている萩原と松田に、コナンは思わず目を眇めた。いや、この二人がポンコツというか、周りのやつらは大抵蓮が絡むとポンコツになるので、なんとも言えないが。
ところで、気になるのは蓮のことだ。表情はどこか憂いを帯びていて、隣の二人は何かから守るようにベッタリと張り付いている。…いや、張り付いているのはいつものことか。だが、何かあったのは間違いない。
突如響き渡る爆発音。白鳥と高木の乗ってきた車があっという間に炎に包まれる。
「ぁ…っ」
犯人は、僕の身の回りの人を把握している。さぁっと血の気が引いて、足がすくむ。すぐにこの道を封鎖しろと言っている佐藤刑事の声が遠くに聞こえる。
コナンは誰がこんなひでぇ事を…と眉をひそめる子供たちに、冷静に分析する。
「犯人は誰だか分からねぇが、狙いが警察官であることは確かだぜ。この店に爆弾を仕掛けたとガセネタを流して警察官を誘きだし、店内を探している間に車に爆弾を仕掛けたんだよ。店の前にできた人だかりの影に隠れてな」
そして、恐らく犯人は蓮の事も狙っている。コナンは白鳥から1枚の紙を手渡された蓮を見やり、駆け寄った。
「それを、早く君に…見せたくて…」
「え…?」
「君に付きまとう暗い影と…決着をつける、チャンスだから…」
『俺は剛球豪打のメジャーリーガー さあ延長戦の始まりだ
試合開始の合図は明日の正午 憐れみの天使の悲鳴が開幕を告げる
終了は午後3時 出来のいいストッパーを用意しても無駄だ
最後は俺が逆転する
試合を中止したくば 俺のもとに来い
血塗られたマウンドに 貴様ら警察が登るのを
鋼のバッターボックスで待っている』
「こ、これは…っ!」
蓮の手から紙を奪い取った松田も、思わず絶句する。この文章、忘れるはずもない。3年前のかの予告文と酷似している。警戒してはいたが、また、この少年を爆弾の驚異に晒してしまうのか。
「んの野郎…!!!!」
「おい、落ち着けよ松田」
「ッ…チッ」
蓮の手は小さく震えていた。 きゅっと拳を握ると、震える吐息を無理矢理押さえつける。
(僕は、負けない)
大丈夫。だって僕の周りにいる人は、みんな強い人だから。気持ちで負けたらそこで終わり。
「…僕の前から、居なくならないでくださいね」
誰にともなく呟かれた言葉は、静かに虚空へと消えていった。
救急車で運ばれる白鳥刑事を見送ったあと、蓮は佐藤刑事の車にいた。助手席にはコナン、両隣には松田と萩原が座っている。
そもそも、この爆弾犯が必要に警察官を狙っているのは、7年前に遡る。
あの時、爆弾犯は二人いた。爆弾が仕掛けられたのは都内の二つのマンション。要求は10億円で、住人が一人でも避難したら即爆破するという条件だった。
「一つはなんとか解体できたけど、もう一つは色々あって手間取って、仕方なく爆弾犯の要求を飲むことにしたの」
「色々?」
「僕が、爆弾の首輪をつけられてたからだよ」
爆弾のタイマーは、犯人によって止められた。住民はすべて避難し、事件は終わったかに見えた。そして、その30分後に突然犯人から連絡があったのだ。爆弾のタイマーがまだ動いているって、どういうことだと。
恐らく事件を振り返るVTRだけをみてそう勘違いしたんだろうけれど。警察は爆弾犯を逮捕する絶好のチャンスだと思い、話を引き伸ばして逆探知に成功し、電話ボックス内で犯人を発見。だが、犯人は逃走中、運悪く走ってきたトラックに牽かれてそのまま…
「じゃあ、どうして爆弾犯がもう一人いるって分かったの?」
「僕が、犯人の顔を見てたからだよ。それと、止まったはずの爆弾が再び動き出したから」
事故死した爆弾犯の住所はすぐ突き止めたけど、分かったのは誰かと二人でそこにすんでいたということだけ。恐らく、爆弾犯は警察が嘘の情報を流し、仲間を罠にはめて殺したと思っているんだろう。
「それで、憐れみの天使…」
「うん。僕が警察の罪を代わりに償って死ねって言いたいみたいだね」
爆弾を玩具のように扱うたちの悪い子供みたいな犯人に、捧げる命なんて欠片もないけどね
ふんっと鼻を鳴らす蓮に、松田は思わず吹き出した。3年経って丸くなったかと思ったが、思いのほか変わっていない。
「く、はははっお前、そういう負けず嫌いなとこは昔から変わらねぇな」
「な…っ何で笑うんですか!もう…てか、別に負けず嫌いってわけじゃ…」
「負けず嫌いだろ。…3年前もおんなじこと言ってたぞ、お前」
『僕は、絶対に生きるって覚悟で今ここにいるんです』
(あん時と同じ顔だよ、お前は)
凛として強く美しい、気高さの象徴のような…
柄にもなく守りたいと思ってしまった、あの時と。
蓮はぱらっと地図を開き、爆弾の仕掛けられるであろう場所を推理する。…恐らく、場所は南杯戸駅だろう。3年前の事件で爆弾が仕掛けられたのは、杯戸ショッピングモールと米花中央病院。それらが面している道で延長線上にあるのが、東都中央線の南杯戸駅だ。
道が交差している所に駅、となれば、当然あるはずなのが踏み切りの遮断機。鋼のバッターボックスとは、恐らく電車のことか。血のマウンドに登れ、ということは赤い車体の上り電車。
(と、いうのがパッと見で考えた即席の推理。…恐らく、犯人は南杯戸駅をフェイクとして扱うはず)
ストッパー、上に登る鉄の箱、赤…?
佐藤は高木に爆発物処理班の手配を指示している。蓮はふっと隣の二人を見上げた。そういえば、いくら非番とはいえこんなところにいていいのか?この人たち。
「ん?どうした?蓮くん」
「あ、いえ…いいんですか?お仕事…」
「警部から直々に、お前の護衛を指示されている。…爆発物解除くれぇ俺達抜きでも出来んだろ」
護衛って…と困惑したような蓮の顎を持ち上げて、自分の方に向けさせると、松田はぐっと顔を近づけた。吐息がかかるほどの距離に、蓮は目を見開いて固まる。
「なんだ、今度は言わねーのか?「貴方がいるなら怖くない」って」
「な…っ///」
「お前は必ず俺が守る。…大人しく守られてろ」
端正な顔が近づき、蓮は思わずぎゅっと目を瞑る。唇が触れあう、その瞬間ドゴッと鈍い音が響いた。そろそろと目を開けると、松田は空いている手で萩原の拳を受け止めている。
「あれ~手が滑っちゃった」
「何が手が滑っちゃっただ。本気だろ今のは」
ギリギリと音がしている。いったいどんな力で攻防戦を繰り広げているんだろう。そんなことより、頭の上でバチバチするのはやめてほしい。座りにくい。
蓮は前方に身を乗りだし、コナンと佐藤刑事の間にひょっこりと顔を出した。
「南杯戸駅はフェイクだと思うんだけど、どう思う?」
「フェイク!?ちょっと蓮くん、どう言うこと?」
「本当にここしかないのかなと思いまして…あまりに安直過ぎるから。本当に他にもないのかな、赤くて上に登る鉄の箱って」
コナンは顎に指を当ててふむ、と考え込んだ。成る程、確かにそうだ。その時、佐藤の無線に南杯戸駅に仕掛けられていた爆弾が偽物だったと報告が入った。
「やっぱり…」
犯人の狙いは金ではなく、警視庁への復讐。それも、都民1200万人を人質にとった、大それた博打。
「必ず、この勝負に勝ってみせる…」
蓮は静かに手を握りしめた。