掬い上げられた出会い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
最初に爆弾事件に巻き込まれてから早7年。毎年1月6日には狙われるんじゃないかと研二さんや陣平さん達をはじめとするあの事件を知っている面々、成実さんや新一、お父さんたち親しい人が凄く緊張感を漂わせていたけれど、直接な被害は受けないまま3年が経とうとしている。
「え、何で僕が新しい携帯買ったって分かるの?」
《バーロー。ここ最近、お前携帯ショップ見てたりしたろ?で、蘭も今日買いにいって嬉々として誰かとメールしてたとなりゃぁ、お互いに一番にメールする、とかなんとか約束してたんだろうなと想像はつくよ》
「むぅ…折角ビックリさせようと思ったのに…って、わ!?何この写真!?」
メールで送られてきたのはいつ取ったのか、勉強してるときに寝落ちしちゃった時の寝顔の隠し撮り。『寝顔はいただいた 探偵キッド』なんてメッセージつき。
「もー…」
《寝落ちするくらいならちゃんとベッドで寝ろよ。風邪引くだろ》
「…そしたら新一がベッドまで運んでよ」
《はっ…!?///》
「冗談だよ、コナンくん**ふふっ今の新一に運んでもらおうとしたら潰れちゃうでしょ」
電話の向こうから舌打ちが聞こえてくる。からかいすぎちゃったかな?でも、新一も勝手に寝顔の写真とっちゃうんだからおあいこだよね。
ふっと時間を確認すると、もう遅い時間。いけない、明日は蘭たちと全国模試の勉強会をするんだった。
「そろそろ寝るね。おやすみ、新一」
《お、おう…おやすみ》
ピッと通話を切る。さて、明日の準備は終わってるし、早くベッドに入ろう。パジャマの上に羽織っていたカーディガンを机の椅子にかけ、ベッドに入る。また其処で着信。
「はい、妃です」
《よっ蓮くん》
「研二さん!お仕事お疲れ様です」
電話の主は萩原研二さん。よく一緒に出掛けようって誘ってくれる、7年前の爆弾事件で僕を助けてくれた命の恩人。非番な時は、よく色んな所につれ回されたり、ポアロで一緒にお茶したりするんだけど、こんな時間にどうしたんだろう。
《明日、なんか予定ある?》
「え?あ、図書館で、妹たちと明後日の全国模試の勉強会をしようと思ってました。何かありましたか?」
《いや、そうか…明日は1月6日だろ?君のナイトをかって出ようかと思ってね。気になるなら影からこっそり護衛しよう。それとも、俺も勉強会参加していーい?》
「ナイト、ですか?ふふっありがとうございます。でも、去年も一昨年も何もなかったし、今年も大丈夫なんじゃ…」
《こーら!おにーさんの言うことちゃんと聞きなさい。何かあってからじゃ遅いだろ?…それと、俺が蓮くんに会いたいのもあるから、断んないでくれると嬉しいんだけど》
研二さんって、明るくてノリが軽くて、なんかお兄ちゃんって感じがする。…お兄ちゃんにしては、子供っぽい気もするけれど。
「もぅ…わかりました。よろしくお願いします」
「……って会話したような気がするんですけど、どうして陣平さんまでいらっしゃるんですか?」
「あ?居たらわりぃのかよ」
「いえ、単純に吃驚しただけですけど…」
大人の男の人二人も連れて歩く高校生って、物凄く謎過ぎる…。玄関を開けて、おはよーなんて能天気にひらひら手を振る研二さんと、煙草を吹かす陣平さんに固まりながらぼんやりと考える。…ま、いいか。
「今日は勉強会なので、お二人にも先生役してもらいますからねっ」
「二人に"も"?」
「僕は今回先生役も兼ねてますから」
成る程、確かに全国模試の1位をずっとキープし続けている天才は自分より他人だよな。松田は目の前で鞄を抱いて「よしっ」と小さく気合いを入れる蓮を見ながら、ぼんやりと思った。
ポアロで店前を掃除している成実に軽く挨拶をして、ぱたぱたと階段をかけ上がる。
「蘭ー?もう行ける?…ありゃ、皆もしかして寝起きだった?」
朝っぱらからうるせーなぁとぼやく父ともさもさ動く幼馴染みの姿を見て、今日は休日だもんなぁと困ったように柳眉を下げる。規則正しい生活しないと体壊しちゃうよ、と頬を膨らませると、お前益々英理に似てきたなーと小五郎に頭を撫でられた。
「(こっちはお客さん二人いるし、家にあげるのは無理かな…)僕、下のポアロにいるから準備終わったら声かけてね」
「はーい!」
ポアロで珈琲を頼み、他愛ない話に花を咲かせる。勉強の話題を振っても、流石は元医者の頭脳を持つ男と爆弾処理班の頭脳部とも言える男二人。淀みなくすらすらと返ってくる答えに、蓮は無邪気に目を輝かせた。
「すごく分かりやすい説明ですね…!そっか、そう教えればいいんだ…。…あの、成実さん、ここでお勉強会してもいいですか…?もし良かったら、成実さんにも先生になってほしいんですけど」
「俺が?あぁ、蘭ちゃんと園子ちゃんに教えればいいんだな、良いよ。梓さんにも伝えておこう」
成実の言葉によしっと内心ガッツポーズをきめる。勉強を教えるに当たって、圧倒的に不足していたのが先生役だ。蘭は国語はなんとかなるとして、他の点数が延びない。園子に関しては問題外。とても一人じゃ手に負えないのだ。
一方、大人3人は珍しく頼りにされていることに頬を緩ませた。何でもかんでも一人でできてしまうこの少年に頼られるのは、とても気分がいい。本来ならもっと甘えてくれれば、甘やかしがいがあって嬉しいのだけど。
その時、蓮の携帯が鳴った。相手は非通知。訝しみながらも電話に出ると、電話の相手は低く笑った。
《久しぶりだな、憐れみの天使》
「!!」
機械的な音声。蓮は美しい瞳を見開いて凍りついた。様子のおかしい蓮に、大人たちは目を眇める。
《あぁ、お前は相も変わらず美しい。その怯えた顔も愛らしいが、絶望に歪む様もまた一興だろう》
近くてこちらを監視しているのか。それも、表情の変化が分かるほど近くで。蓮は窓の外へ視線を投げた。こちらを監視しているような怪しい人影は見つからない。どこだ、どこから…
電話の主は低く笑うと、まるで歌うように続けた。
お前には知り合いの警察が多いようだから、順番に吹っ飛ばしてやろうか。さぁ、誰から行こうか。お前の周りで人が吹っ飛ぶ。お前に近づいたばかりに消されていくんだ。良い気味だよなぁ?警察なんて、目障りな羽虫の分際で天使を拐かしているんだから。
「や、めて…」
カタカタと手が震えている。怯えたように強張る繊細な面差し。松田は険しい顔でしなやかな手から携帯を取り上げようとした。その際に指がスピーカーモードのボタンを押してしまう。
《俗世に染まりすぎた天使はもう二度と天上へ帰ることはできない。地獄の底で、お前が落ちるのを待っている》
その言葉を最後に、通話はプツリと途切れる。蓮は、呆然とテーブルの上に落ちた携帯を見つめた。僕のせいで、人が死ぬ?僕と仲良くなったがために?そんな理不尽、絶対に許さない…!
でも、数年前もそうだったろう
どこかで冷たい自分の声がした。
あの時だって、最初の爆弾事件で僕が死んでいれば、3年前に観覧車で事件なんて起きなかった。周りにいた人で、怪我をした人もいただろう。何より、松田さんと米花中央病院にいたたくさんの人の命を危険にさらした。
僕が、いるから…?
「おい、何を言われた」
「蓮くん、ゆっくりで良いから、落ち着こう」
成実が背中を摩る。そっと抱き締められて、心音を聞けと促される。人間の心音は、本能的に心を落ち着けさせる効果がある。心音に合わせて息を吸う、吐くを繰り返していると、漸く手の震えも収まった。
「さっすがは元医者だな」
「そりゃあな。蓮くん、水飲むかい?」
「…いらないです」
軽口を叩きあう萩原と成実をよそに、蓮は甘えるように成実の胸に顔を埋めた。温もりを失うのが怖くて、離れたくない。まるで子供みたいな思考。
(馬鹿みたい。さっさと元気になろうよ、僕)
頭の上でずるい!代われ!嫌だ!と子供のように応酬する成実と研二にくすりと小さく笑う。松田は面白くなさそうな顔で、早く話せと煙草を揉み消した。
(蘭と園子に、勉強会無理って言わないと…)
あの二人は巻き込めない。頭のなかでこれからのことについて算段をたてる。ぎゃんぎゃん騒ぐ二人をうるせぇ!!!!と一喝する松田をぼんやりと眺めて、心のなかで大丈夫、と呟いた。
こうして、最悪の二日間がゆっくりと幕を開けたのだった。