掬い上げられた出会い
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杯戸ショッピングモールでは、観覧車の制御盤が爆発し、人々がパニックに陥っていた。丁度降りてきた72番のゴンドラに駆け寄り、中をのぞきこむと、中学生くらいの少年とも少女ともつかない中性的な容貌の子供が奥の窓枠に手錠で繋がれていた。膝を抱え、俯いている。その座席の下には、爆弾が。
「松田くん!」
「来るな!」
さてと、とりあえずコイツに乗り込むしか無さそうだ。どうしたもんかと頭のなかで算段を立てる。
「円卓の騎士は待ってなかったが、憐れみの天使と妙なものがお出迎えしてくれたぜ」
「妙なものって…まさか爆弾!?」
「人質もいたのか!」
わいわいガヤガヤ五月蠅い外野を残し、さっさとゴンドラに乗り込む。手錠は簡単に外せそうもないし、下手に衝撃を加えて爆弾が爆発しても困る。これは、爆弾を先に解除してゴンドラを止め、人質を降ろすのが妥当だろう。
「こういうもんは、プロに任せな」
「で、そこで狸寝入りしてねぇで教えてくんねぇか?憐れみの天使さんよ」
これバラしたのテメェだろ
ガキはびくっと肩を跳ねあげた。そろそろと顔をあげ、此方をうかがっている。栗色の柔らかな髪に、アクアマリンの瞳。華奢な体に、まだ可愛らしさの残る美しい面差し。
恐らくコイツは、拘束されていない片手で器用に解体していたんだろう。半分ほどとはいえ、解体が進んでいて、あとは難なく終わらせることができそうだ。
が、問題なのはそこじゃない。何でこいつが爆弾の仕組みを知っているのかという話だ。
「……たまたま遊びに来たら、ナイフを突きつけられて観覧車に乗るように脅されたんです。で、乗ったら片手を拘束されて、爆弾を置いていったんで解体してました」
本当は脅された時点で確保も可能だったが、観覧車に爆弾があると言われ、それなら捕まって解体した方がいいと踏んだのだという。大の大人を確保だ?と眉を跳ねあげれば、空手の有段者なのだとか。…成る程。
「何で解体の仕方をしってんだ」
「知り合いが教えてくれました」
勝手にやるな、とか危ねぇだろうが、とか言いたいことは山ほどある。爆弾の解除を進めながらくどくど説教をすると、最初はごめんなさい、はい、と従順に相槌を打っていたのが聞こえなくなった。
聞いてんのか、と語気を荒くすれば、つんとすました顔でふいっとそっぽを向かれた。
「このガキ…っ」
「僕は妃 蓮です。よかれと思って頑張ったのに、初対面のお兄さんにそこまで不躾に言われると思いませんでしたっ」
ガキ…蓮は抱えていた膝を下に下ろした。着ていた服は、上半身がナイフで切り裂かれており、そこから見える白い肌と体つきで、華奢ながらも少年であることが窺える。
「おま、それ…」
「犯人に切られました。眺めるだけで満足したのか、貞操は無事ですけど。折角の洋服が台無しですよ、もう…」
「…なんでめかし込んでまでこんなとこ来たんだ。お前どう見ても中学生だろ?一人でこんなとこ来んのか、最近の中学生は」
「デートですよ。…相手が忙しくてすっぽかされかけてますけど」
デート…
斜め上の回答に思わず手を止める。
「へぇー、お前みたいな生意気な奴が好きって物好きもいるんだな」
「お兄さんがもっと優しい人だったら、僕だってつんけんしませんよ」
ぴきっと額に青筋がたつのがわかる。このガキ…可愛いのは顔だけか。無言で作業を進めていると、蓮はクスクスと小さく笑った。
「デート、っていうのは冗談です。相手が今日ここに遊びに誘ってくれたんですよ。相手の方はデートだって言いますけど、別に恋人とかじゃありませんし」
そもそも大人の人ですから、なんてあっけらかんと笑う。…いや、待て。それはそれでダメだろう。大人と中学生で、相手の口ぶりからして本気なんだろうし、これは犯罪ではないのか。
「大体お前、解体云々は置いといて、なんで逃げれるのに逃げなかったんだ?犯人さっさと確保するなり逃げるなり、出来るならやりゃぁ良かったじゃねぇか」
「…だって、観覧車にはまだ人が乗っているんですよ。その上、もし犯人が見せしめなら誰でも構わないって考えていたとしたら、別な人が犠牲になるかもしれませんし」
だったら、解体も出来る自分が乗ってた方がいいでしょう?
(……驚いたな)
優しくないどころか、優しさと慈愛の塊みたいな精神だ。生意気なだけのガキかと思えば、そんな一面もあるのか。いや、そっちが本心か?この短時間でコイツのことを理解できはしないことは良く分かっているが、ますますわからなくなってくる。
その時、下で激しい爆発音がして、ぐらりとゴンドラが揺れた。
「チッ…今ので厄介な事になっちまった」
「っ…」
蓮は不安げに瞳を揺らした。…漸く見せた「不安」の表情。が、それもすぐに先程までと同じつんとすました顔にかわる。…子供ながらに、完璧に感情をコントロールしてるのか。大人顔負けの世渡り能力に舌を巻きつつ、五月蝿く鳴り響く携帯をとる。佐藤だ。
《もしもし松田くん!?大丈夫!?》
「あぁ、だが今の衝撃で妙なスイッチが入っちまった」
水銀レバーのスイッチが作動してしまった。わずかな振動でも中の玉が転がり、それが線に触れればお陀仏。それが水銀レバーだ。
蓮もそれを知っているのか、水銀レバーが作動したと聞いて、呼吸すら潜めるようにして身を固くした。
佐藤にゴンドラを動かすなと伝えて、液晶パネルに視線を戻す。この程度の仕掛け、あと三分もあれば…と考えたところで、画面を流れてきた文字に瞠目した。
「……『勇敢なる警察官よ、君の勇気を称えて褒美を与えよう。』」
「!」
《ちょっと?何言ってんのよ!?》
『もう一つの、もっと大きな花火の在処を表示するのは爆発三秒前。健闘を祈る』
つまり、爆弾を解体してパネルの電源が落ちると、二度とそのヒントは拝めなくなるらしい。最初から犯人は警察の誰かをこのゴンドラに閉じ込めて、このヒントを見せるつもりだったらしい。
《じゃあ、さっきの爆発は、松田くんがゴンドラに乗ったのを見て犯人が…?って、それより人質は?無事なの!?》
「人質ぃ?あぁ、くそ生意気なガキが一人。服をナイフで裂かれてはいるが外傷は無し。本人もピンピンしてるぜ」
ほらよ、と携帯を蓮に渡せば、蓮は困ったように柳眉を下げた。なんだ、ここにいるとバレてはまずいのか?それとも、佐藤と知り合いか。
「え、と…もしもし…?」
《蓮くん!!!!????なんで蓮くんがそこにいるの!!!!》
「っっ……なんでっていうか…捕まっちゃって…?」
涙目でキーンとした耳を押さえながら小首を傾げる仕草は、中々に可愛らしい。…まぁ、俺にとってはどんな仕草をしようとくそ生意気なガキに変わりはねぇが。