瞳の中の暗殺者
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その夜、蓮は自室で一人、机の上の写真を眺めていた。とても懐かしい気持ちになる彼は、一体何者なのか。僕とはどんな関係だったのか。…靄がかかったように思い出せなくて、もどかしい。
コンコンと扉をノックする音がした。その音が、物思いに耽る蓮を現実に引き戻す。
「…はい」
「蓮兄ちゃん、お風呂空いたよ…」
そっと遠慮がちに声をかけてきたコナンに、蓮はふわりと微笑んだ。
「ありがとう。ねぇ、コナンくん。工藤新一君って、どんな人…?」
「え?どんなって…た、多分…蓮兄ちゃんの事を一番に考えていて、でもそういう気持ちを素直に言えない人だと思うよ」
「へぇ…会ってみたいなぁ、その人に…」
そう言ってぼんやりと遠くを見る蓮に、コナンは何事か口を開きかけて逡巡した。と、そこに英理が声をかける。
「ねぇ、蓮。明日銀座へ行かない?」
「え?」
「どーもあの人と居るとイライラしちゃって…パァーッと買い物でもしてうさを晴らしましょ。蘭とコナンくんも!」
「うん!」
翌日、四人は米花駅のホームにいた。当たり前のように腕を絡める蘭に、歩いてるときはいいけどホームでは危ないから手を離そうかと促す。残念そうな蘭の頭をぎこちなく撫で、視線をホームにもどす。丁度電車がやって来る。
「来たわよ」
ドンッ
「っ!!??」
母の声に返事をしようかと言うとき、突然背中を強く押された。途端に線路に飛び出す体。
「!!!!」
「蓮!!!!」
皆の悲鳴が聞こえる。迫り来る電車も、落ち行く視界も、何もかもがゆっスローモーションの様に見える。受け身がとれなかったせいか、強かに体を砂利や枕木、レールにぶつけてしまい、体が思うように動かないことを感じて、蓮は死を覚悟した。
コナンが咄嗟に飛び込んで蓮を抱き起こし、抱えて線路脇の待避スペースへと飛び込む。母と妹の悲痛な悲鳴が遠くから聞こえる。間一髪で電車を避けられた二人。
蓮は隣で小さな体をはかはかと呼吸に合わせて上下させるコナンを、驚いたように見つめていた。
米花薬師野病院に、一台のタクシーが止まった。小五郎は転がるように病室に駆け込む。
「蓮ッ!!」
「しーーっ!今、鎮静剤を打ってもらったとこ…」
静かに、だがどこか憂いげな表情で眠りにつく蓮。
「蓮は無事なのか?」
「幸い、かすり傷程度よ…」
蘭は何も言わず、ただ優しくその柔らかな栗色の髪を撫でていた。また、守れなかった。今度は私が守ろうと思ったのに…蓮はいつも、自分に守らせてはくれない。
風戸はそんな蘭を一瞥し、蓮のカルテを書き上げる。
「ですが、この事件がきっかけで、記憶を取り戻すのを怖がるようになるのが心配ですね…」
「高木!!お前どこに目をつけてたんだ!!」
「すみません!!」
怒りに任せて高木を叱るが、小五郎はやるせない気持ちに拳を握りしめた。
「しかし、これではっきりした!!蓮くんは佐藤くんが撃たれたとき、犯人の顔を見ていると言うことがな…!!」
何がなんでも蓮くんを守り抜くんだ!!という目暮と高木に、コナンはぎっと手を握りしめた。
(守るだけじゃダメだ…!!こっちから攻めないと!!)
コナンは米花サンプラザホテルの15階へと来ていた。あのとき、ホテルに残っていた人たちは全員硝煙反応が出なかった。硝煙反応を出さずに拳銃を撃つのは、本当に無理なんだろうか…
「!?待てよ!!」
ばっとロビーの傘立てを振り返る。確かあのとき、傘のボタンは止めてあった。事件のあとは、若干骨が折れ、ボタンが外れて、しかも別な位置に。そして蓮が退院したとき…
『濡れるわ、蓮』
『ひっ!?』
「もしかして…!!」
コナンはフロントに駆けた。フロントの受付嬢にビニール傘について尋ねると、受付嬢はきょとんとした顔で小首をかしげた。
「…えっ?あの傘、坊やのだったの?」
「今、どこにあるか知ってる?」
「ごめんなさい…穴が開いてたしお姉さん捨てちゃった」
だよなぁ…今頃じゃ…
しゅんと肩を落とす。そんなコナンの目の前に、ずいっと傘が差し出される。捨てたのはウソ。ちゃんと取っておいたわよとウインクする受付嬢に、コナンは呆れたように笑った。事が事だけに本気で笑えない冗談である。
ありがとう!と手をふって、コナンはロビーの影で傘を開いた。…やっぱりそうだ…!!見つけたぞ!!硝煙反応を出さずに拳銃を撃つ方法を!!
(これで、友成真さんや仁野環さんだけでなく、敏也さんも…いや、パーティに来ていた全員が容疑者だ!!)
コナンがその足で環への接触を試みているころ、蓮は蘭、園子と一緒に米花薬師野病院の談話室にいた。怪我がなくて良かった!!と笑う二人に、ありがとうと力なく微笑む。 先生ももう退院していいと言っていた。
(コナンくんが、守ってくれたから…)
白魚のようなたおやかな手が、ぎゅっと握りしめられた。
「ねぇ、蘭ちゃん。園子ちゃん」
「やだ!園子でいいって!」
「私の事も蘭でいいよ!」
二人の言葉に淡く微笑むだけで返事を返さない。すべて思い出してから呼んであげたいのだ。だから、今はこのままでいい。
「コナンくんって、どういう子なのかな…?」
「え??」
「僕の事を、命がけで助けてくれたりして…」
一歩間違えたら、彼も死んでいたかも知れなかった。助けれくれたことは勿論感謝している。だが、あの小さな子供の命を、自分のために散らしてしまうのは彼の親御さんにも、彼自身にも申し訳が立たない。
「んーーー。そうねぇ…子供のわりには機転が利くというか…勘がいいというか…不思議な子!」
「蓮のこと大好きで、いつも一緒にいたりもしてたのよ」
「まっ!!私に言わせればただの生意気なガキンチョだけどね!」
「もー!園子ったら…」
ニシシっと笑う園子と、もーなんて言いながらつられて笑う蘭。楽しそうな二人に眩しそうに目を細めて、蓮は静かにそう、と呟いた。そして視線をぐるりと巡らせ、少し離れたテレビの画面に釘付けになった。
「あっ!?」
「え?」
「どうしたの?蓮?」
画面に写るのは青い空を背景にそびえ立つ白い壁に赤い屋根のお城。その前でにこにこと微笑みながら紹介を続けるアナウンサー。蓮は呆然としたように、あの場所を知ってると呟いた。
「トロピカルランド?…あ!そうだよ!!アンタ、蘭と新一くんと三人で行ったんだよ!!」
「ほら、写真飾ってあったでしょ?あのとき!」
「………!?」
心療科の診察室にて、風戸にトロピカルランドを覚えていたと告げると、風戸はやんわりと微笑んだ。
「…なるほど、蓮くんの記憶はかなり戻りかけていますね!」
「先生!!実際にトロピカルランドへいけば、記憶が戻るんじゃないすか?」
「うーーーん…確かにその可能性はあります…」
けたたましく椅子を蹴って立ち上がる小五郎の言葉に、風戸は眉根を寄せて考え込んだ様子だった。蓮は、きゅっと手を握りしめ、静かに風戸を見据えた。
「僕、明日行ってみます」
「え?」
弾かれたようにこちらを見て、目を見開く風戸。隣に座る英理が声をあげた。
「待って!!私は反対!!また犯人に命を狙われるかもしれないし、事件のことを思い出せば、貴方が苦しむことになるのよ!?」
「正直、僕も事件のことを思い出すのは怖いんです。…でも、このままではいけないと思う。僕から一歩踏み出さないと、この事件はいつまでも終わらないと思うから…」
「蓮…」
英理は、蓮の静かな意志に口をつぐんだ。優しくて誰にでも甘いこの子は、時として頑としてでも自分の意思を曲げないことがある。…まったく、誰に似たんだか。
「いやぁ、蓮くんは勇気がありますね。その気があれば、トロピカルランドへ行っても大丈夫でしょう」
「それじゃ、せめて明後日にしない?明日はどうしても抜けられない用事が…」
「心配するな!!俺がついていく!!俺が命を懸けても蓮を守る!!」
「あなた…」
小五郎の言葉に、僅かに瞳を揺らす英理。蘭と園子も声をあげる。
「蓮、私も行くわ!!」
「私も!!」
蓮は嬉しそうに微笑んだ。ついで、僅かに影のある表情を覗かせる。
「蘭ちゃん、園子ちゃん…ありがとう!でも、お願い。コナンくんには内緒にしてもらえないかな…?」
「「「?」」」
なぜ?と言いたげな皆に、蓮は困ったように、だがどこか悲しげな顔で笑う。…顔がこわばっている。ここ最近の蓮の精神的負担は大変なものだ。ちゃんと笑うのも、そろそろしんどくなってきたのかもしれない。
「あの子に言えば、必ずついてくると思うし…もう、二度と危険な目に遭わせたくないんだ」
「…わかった」
静かに答えた小五郎に、蓮は安堵したようにふわりと微笑んだ。