掬い上げられた出会い
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思わず雑音が多くて聞き取りにくい旨を伝えたら、それまで部下と何やら楽しそうに話していた少年がはっと目を見開いた。
「電話…」
「え?」
《おい、どうした萩原》
電話の向こうで松田の困惑したような声が聞こえるが、そんなのはまるっとその辺にぶん投げておく。少年は焦ったように辺りを見回した。
「僕のくまさんは…!?」
「くまさん?」
「ここにあるよ、落ち着いて」
部下がそっとテディベアを差し出す。10才といえど、まだ子供だものな、なんて微笑ましい気持ちにはどうも浸れず、少年が何を考えているのかに細心の注意を払う。
「くまさんの中の機械、スイッチを入れて!早く!!!!」
少年の声に驚いて固まる部下の手から人形を引っ手繰り、中の機械を引きずり出してスイッチを入れる。途端にぶつんと切れる携帯。…そうか、電波妨害装置か…
「どうしてこれを…」
「お父さんのお仕事で、使うから…盗聴されてると携帯の電波が繋がりにくくなるから、もし犯人に盗聴されてて遠隔操作で爆弾のスイッチを入れられたらと思って…」
その言葉に、ばっと慌ただしく電子パネルをはずすと、確かにあった。小型盗聴器と、遠隔操作用のスイッチだ。
「お父さん、なんのお仕事してるんだい?」
「探偵です。前は刑事さんだったんだけど、今は探偵さんだから前よりずっと一緒にいてくれるんですっ」
えへへ♡と無邪気に笑う顔が可愛い。部下たちもすっかり骨抜きにされているようで、でれでれした顔でそうか~なんて言っている。ったく…解体は俺に押し付けてこれか。ま、それが俺の仕事なんだけど。
この少年の人並み離れた知識は恐らく父親の仕事からだろう。まったく末恐ろしい…将来警察に来てくれないだろうか。ぷつんぷつんとコードを切り、着々と解体を進めていきながらぼんやりとそんなことを考える。いけない。妨害装置のバッテリーが何分持つのかは知らないが、それまでに早く終わらせなければ電波が復活して爆発してしまう。
「っし…大きい方は終わりな。じゃあ蓮くん、君の首のも今とってやるから、もうちょい待っててな」
「はいっ」
蓮くんはおとなしく首を差し出す。つくりは単純だがその分切らなくてはいけないコードが多い。大分時間をくっている。あと7本切れば終わる。あと5本、4本…3本…
ピピッピッ…
「「「!!!!」」」
液晶画面にカウントダウンが表示された。何故だ、さっき遠隔操作用のスイッチは止めた筈…まさか、首輪にも別に仕掛けられていたということか…!?
時間はあと6秒。落ち着け、焦って別なものを切ればすべてがおじゃんだ。コードの中から切らなくてはいけないものを見つけて引き出し、またプツリと切っていく。あと2本。残り時間は4秒。
(間に合え、間に合ってくれ…!!!!)
カンウトを刻む電子音と焦る自分の脈動が頭の中に木霊する。嗚呼五月蝿い、やめろ、集中力が途切れる…!
ぷつんっと1本のコードが切られた。残るは1本。時間は、残り1秒。
(これだ…!!!!)
間に合え、間に合え間に合え間に合え間に合え
間に合ってくれ…!!!!
ぷつんっ
コードが切られた。ばっと画面を確認すると、カウントダウンが0.02で止まっている。爆発の危険は、無い。
「お、わった…」
「止まった、のか…?」
わあっと歓声が上がる。皆緊迫した雰囲気が一気にとけた様だった。しゅるっと首輪を外してやると、一番怖かっただろう蓮くんは、意外にも涙一つ見せずに、ありがとうございましたとしっかり頭を下げた。
「怖くなかった?」
「……怖かった、けど…お兄さんが助けてくれるって信じてたから、へいきです」
約束したもんっと笑う蓮くんは、安堵からか花の咲くような満面の笑みを浮かべていて。
「――――っ…」
胸の奥を何かに鷲掴みにされたような感覚に襲われた。なんだこれ、こんな感情今までにあったか?名前の分からない感情で、ただ一つハッキリとしていることは、この子を守りたいという意思か。
「お兄さんが来てくれて、よかっ、たぁ…」
「あ、ちょっ!?」
ぐらりと華奢な体が傾いだかと思うと、蓮くんは気を失ってしまった。……やはり、ずっと気を張っていたんだろう。俺達に迷惑をかけないようにと、感情も懸命にコントロールして。
(あー…参ったな、こりゃ)
細い肢体を壊れ物を扱うようにそっと抱き上げ、下に降りていく。
柄にもなく本気になった相手がまだ10才の子供なんて、俺も末期だ。…ま、恋に年齢なんて関係ないし。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。誰にも文句は言わせない。
(そういや、蓮くんにはまだ俺の名前教えてなかったか)
さて、まずはどうやって彼との距離を詰めようか。
そんなことを考えながら、萩原はマンションを出ていった。
【萩原編 完】→【松田編】