掬い上げられた出会い
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7年前、とある高層マンションでのこと…
「いいか~、蓮。行儀よくしてんだぞ!」
「はーいっ」
栗色の柔らかな髪を揺らし、実に可憐な美少女…にしかみえない可愛らしい美少年は、父の言葉ににこにこ笑いながら元気に返事をした。少年――蓮は父に預けられた電波妨害装置入りのテディベアを大事そうに胸に抱いている。
『いいか、蓮。この中には悪い電波を邪魔する機械が入ってるんだ。俺が合図したらスイッチを入れるんだぞ』
『うんっ。でも、どうしてくまさんなの?』
『俺がこれ見よがしに機械を持ってたら犯人に警戒されちまうだろ?ほら、お前が何でくまさん?って思ったみてーに、誰もこん中に電波妨害装置が入ってるなんて思わねーだろ。だからだ。出来るか?』
『うん!お父さんすごいねっ!』
無邪気に目を輝かせる蓮は、大好きな父の仕事の手伝いが出来るのだと誇らしげだ。いつもなら仕事に子供などつれてこないのだが、今日は双子の蘭は空手の稽古、母の英理は仕事で不在のため、今回は父の仕事についてきていたのだ。依頼人の子供も蓮の学校の友達だと言うし、子供同士で遊ばせている間に仕事をした方がいいと考えて。
父、小五郎はある部屋をノックした。ここはマンションの20階。今日はストーカー被害を訴える依頼人から、盗聴器が仕掛けられていないか点検してくれとの依頼を受けてきたのだが、返事がない。入り口のインターホンでは確かに応答があったのだが…まさか、行き違いか?
「蓮、俺はちょっと下に降りて依頼人を探してくる。お前は此処にいて待っててくれねーか?もしかしたら部屋から出てくるかも知れねーし」
「わかった!行ってらっしゃいっ**」
ぎゅっと熊を抱き締め、よいこのお返事をする蓮の頭をわしゃわしゃ撫でると、小五郎は下へと降りていった。
(お父さん、早く帰ってこないかな…)
気丈に構えていても、やはり一人は寂しくて、蓮はきょろきょろと辺りを見渡す。誰もいないロビー。と、何かが動くのが見えた。作業着を着た男二人が、中央ロビーの暖炉の中で何かしている。
(暖炉の点検?掃除…にしては荷物が少ないなぁ…あ、あれ電気系統に使う工具だ。…暖炉って電気系統入ってないよね?)
10才とは思えないほどの知識をフル活用して、謎の男二人が何者なのかを推理する。…所謂暇潰しである。
「あ、こんにちは~」
「!こんにちは…?」
男の一人と目があってしまった。にこにこ相好を崩してこんにちは~と手を振られ、つられてこちらも手を振り返す。もう一人の男がこちらに気づいて血相を変えた。何やってんだ馬鹿!!!!と片割れを殴ると、大股で蓮の方へ近づいてくる。
「っゃ!?」
咄嗟に逃げるも、大人と子供では歩幅に違いがありすぎる。バチンッと喉元で火花が散り、蓮の意識は闇にのまれた。スタンガンだ。本当はただ爆弾を設置してさっさと帰る予定だったが、見られてしまった以上仕方がない。
仲間の一人は蓮を抱き上げてまじまじとその面差しを眺めた。
「可愛いなぁこの子!俺こんな可愛い子初めて見たよ!」
「顔を見られたのはマズッたが…確かにこいつは上玉だな。売り飛ばせば大層な値がつくだろうな」
が、今回はガッツリ顔を見られてしまった。売り飛ばしたところで、警察に駆け込まれたら終わり。だからといって子供一人を連れて逃げ切ることは不可能だ。となれば…
「このガキには悪ィが、こいつには此処で警察を煽る材料になってもらうか」
「萩原。次の現場だが…」
「あぁ、はいはい」
爆弾の解体なんてお手のもの。自分で言うのもなんだが、俺たちはその道のプロだ。解体スピードも正確性も、そんじょそこらの同期とは頭ひとつ抜きん出た存在であることは、自他ともに認める事実。
だから、今回もスリルのない、単純な任務だと高を括っていた。
「これは…っ!?」
爆弾と首輪で繋がれた、10才ほどの少年をみるまでは。
「当マンションの住民、避難完了しました」
「了~解」
報告をもらった青年、警視庁 警備部機動隊 爆発物処理班の萩原研二は、携帯灰皿にタバコを捨てるとニヤリと笑った。
「んじゃま、ゆるゆると行きますか」
これから爆発物を処理するとは思えないほどの軽装。まぁ、爆風から身を守るための寸分の隙間もない構造の防護服は、冬でもサウナ状態。金属板等も入っている、一人じゃ着脱もできない重さ40キロの服なんて、5分も着てはいられない。
「っゃ、だ、れ…?」
少年が目を開けた。少年は細い首筋に首輪を嵌められ、その先は爆弾に繋がれている。厄介なのはこれがただの首輪ではなく、そこからのびるコードから推測して、首輪型の爆弾であると言うことだ。
少年はゆっくりと体を起こした。自身を取り囲む大勢の大人たちに怯えてしまっているようでカタカタと小さく震えているが、平静を保とうとしているらしく暴れる気配はない。
「これからなー?おにーちゃんがボクをちょちょいのちょいで助けてあげるから、ちょっとだけ待っててほしいんだ。…出来るか?」
「は、はぃ…」
「よし、にーちゃんとの約束だ。必ず助けてやるからな」
大きな宝石のような瞳は涙で揺れていて、きゅっと唇を噛むのがいじらしい。わざわざ顔も見えないような防護服で、この目の前で怯えた表情を見え隠れさせながらも大人しくしている幼気な少年を怖がらせる必要はないだろう。
少年の相手を部下に任せ、自分は爆弾に向き直る。
「よーし。いい子だ。ボク、お名前は?」
「きさき…妃 蓮、です…」
「蓮くんか。蓮くん今幾つ?」
「10才です」
受け答えもしっかりしている。躾の行き届いたいい子だ。利口そうで好感が持てる。こちらの話もきちんと理解できているようだ。
感光起爆装置用光電管。水銀レバーから白いコード。液晶パネルから…
分解しながら構造を確認していく。まずはこの子を解放してやらなては。蓮は、萩原の言葉にことりと小首を傾げる。「こうでんかん…?」と舌足らずに復唱するのが可愛らしい。
一同和みつつ順調に処理をしていると携帯に着信があった。同じ警視庁 警備部機動隊 爆発物処理班に所属している松田陣平だ。
「っ松田。何のようだ」
《萩原!お前何のんびりやってんだ!さっさとバラしちまえよ!》
「おいおい、そうがなりなさんな。タイマーは止まってんだ。そっちは終わってんのか?」
《あぁ、開けてみたら案外単純な仕掛けだったからな。あの程度なら…》
「三分もありゃ十分だ、だろ?」
《チッ…そっちはどうなんだ》
相変わらずぶっきらぼうな言い方に思わず笑いがこぼれる。あいつらしい言い方だ。この少年のもとに来るのが自分でよかったかもしれない。彼が来ていたなら、間違いなくあの少年は騒ぎこそしないが泣いていただろう。
「あぁ、こっちは3分って訳にはいかないようだな。基本的には単純なんだが、なにしろトラップが多くてな…どうやら、こっちが本命だったみたいだ」
《ところでお前、ちゃんと防護服は着てるんだろうな》
「あっははははwあんな暑苦しいもん、着てられっか!」
《馬鹿野郎!!死にてぇのか!!!!》
「ま、そん時は敵をとってくれよ。――と冗談の一つも言いたいところなんだが、今回は俺も本気だぜ」
天使が俺たちを煽る餌にされててな、と嘯けば、天使ぃ?と怪訝そうな声が返ってきた。わからなくて結構。それより電波が悪いのか、ガガッと雑音が入り、非常に聞き取りにくい。あいつ今何処で話してんだ?