業火の向日葵(連載中)
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空港の一室で、回収された向日葵の検査が行われていた。煤を被ってしまったが、それくらいならすぐに落とせる。問題はキズなのだ。少しでもキズがついてしまえば、展覧会を行うことは不可能になる。
「中森警部!!見てください!やはり屋上の監視カメラにキッドが映っていました!」
「1時間15分ほど前に丁度この上を通過したようですね…」
中森は写真を見ながら唸る。この時点ではまだ「向日葵」を持っているようだ。だが、何故キッドはあのビルに「向日葵」をおいていったんだ?
「2枚目の「向日葵」は98×69センチと思いのほか大きい。ハンググライダーで逃げるには空気抵抗が大きすぎたんだろう」
「ほとぼりが冷めてから回収に来るつもりが、蓮くんと鉢合わせしてしまった…」
蓮は捕まえるに至らなくてすいませんと柳眉を下げた。次郎吉は構わん、大手柄じゃと笑う。チャーリーというニューヨーク市警の男は、しかし…と未だ険しい顔で続けた。
「あの高校生はどこにいるんだ?キッドが現れたときに必ずいないなんて…まるであの少年が怪盗キッド――」
「その可能性はないと思いますよ」
蘭は携帯を開いた。その着信履歴を覗きこんで、園子も本当だ…と呟いた。
「1時間15分前に工藤くんとの通話履歴がある…」
「え?蘭、新一に電話してたの…あ、ほんとだ」
蓮も蘭の携帯を覗きこんで首肯く。なるほど、写真の時間と同時刻。これで新一=キッドという疑念は払拭されたわけか。
(やべぇ…ホントにアメリカ行ってたことになっちまった)
当のコナンは思いがけない展開に乾いた笑いを浮かべたが。小五郎はそんな下らないことよりもと目を眇めた。問題は何故、キッドがこの空港を通っていったのか…
「自分が爆破した飛行機が、どうなったのか気になったんだろう」
殺人鬼は何食わぬ顔で現場に戻ってくるというからな、なんて皮肉るチャーリーに、園子はムッとしたように反論した。蓮も笑顔を消してふっと目を細める。キッドは決して殺人鬼などではない。
一緒にしないでもらいたいと言いたいところだが、キッドが飛行機を爆破して墜落させようとしたように見えている現在、そんなことを言ったところで意味はない。むしろ何故そんなことが言えるのだとこちらが疑われてしまうだろう。…真実を知っているのになにもできずそのような言葉を聞くのは、歯痒い。
「お待たせしました!大量の煙を浴びて汚れてはいましたが、修復の必要はありません」
「おぉ!そうか、これで首の皮一枚繋がったわ!お主らもご苦労じゃった!これから忙しくなるぞ!」
次郎吉の言葉に、スタッフは各々に安堵したような表情を見せる。早めに見つからなかったら、炎天下の中、紫外線と熱に晒されてただではすまなかっただろう。
「でかしたぞ!蓮くん!小童!それでこそキッドキラーじゃ!」
「あ、あはは…」
蓮は乾いた笑いを浮かべた。僕もキッドキラーにされちゃったのか…今回は真っ向勝負みたいだし、頑張って捕まえるしかないかなぁ…。
その後、向日葵は鈴木邸へと運ばれた。鈴木家の地下、大金庫・鉄狸改に入れておけば大丈夫だと豪語する次郎吉。以前キッドに破られた鉄狸だが、既に改良済みで今度こそ大丈夫だと息巻いている。
これで輸送時の護衛は終了。あとはひまわり展の開催を待つばかりとなったはず、だったのだが…。
翌日、蓮はマンションのリビングで新聞を広げていた。今日は子供たちと一緒に日本にあるもうひとつの向日葵を見に行くのだ。付き添いの成実は迎えに来たついでだと食後の珈琲を淹れている。
新聞の1面には「日本に憧れた向日葵展、開催危うし!?」の文字が。どうやらゴッホの向日葵展を企画するも、所蔵先のオーナーが貸し出しを渋っているようだ。
「蓮くんは、会議には呼ばれなかったのか?」
「んー、まぁ一応声をかけられてはいたんですけど、先約があるんで断っちゃいました」
てへっと笑う蓮に、成実は珈琲のカップを置きながらふっと口許を緩めた。大人社会の中にぽんと放り込まれる事の多いせいで、蓮は大人びた表情が多いのだが、こうして年相応の顔が見られるのは嬉しいし、可愛らしい。それだけ信頼されているということか。
ふと、蓮の携帯に着信があった。相手は非通知。
「もしもし。…?」
《今夜、「ラ・ベルスーズの左、最初の模写」を頂きに参ります》
「!…僕に対する挑戦状と受け取っても?」
《貴方が私を追いかけてくださるなんて光栄ですね。…お待ちしてますよ、私の愛しい人》
ぷつんと通話が切れる。ラ・ベルスーズの左の向日葵とは、5番目に描かれた向日葵のこと。そしてそれは、これから子供たちと見に行く美術館に所蔵されている。そう、損保ジャパン日本興亜の本社ビルにある美術館に。
「誰からだ?」
「あなたの嫌いな、キザな怪盗さんですよ」
からかうようにそう軽口を叩けば、あからさまに不機嫌そうに成実は眉根を寄せた。蓮は困ったように笑うと、成実の頬に手を伸ばす。
「ほら、拗ねないで下さい。子供たちを迎えに行きますよ」
「私美術館はじめてー!」
「私も私も!」
はしゃぎ回る子供たちの声がする。それは歩美たちも例外ではないようで、子供たちは窓に駆け寄った。高いところからの景色に感動した様子で声をあげる歩美や光彦、元太に、コナンは向日葵を見に来たんじゃねーのかと目を眇める。その言葉に、忘れてた!と子供たちはバタバタ駆け出した。成実は転びかけた歩美を寸前で抱き上げる。
「おっと…ここは美術館だからな、あんまり騒ぐんじゃ無いぞ?」
「はーい、ごめんなさい。成実お兄さん」
コナンははーっと呆れたようにため息をついた。まったくどいつもこいつも…
「あいつら本当に向日葵に興味あんのか?」
「あら、向日葵を見たがってるのはあの子達じゃないわよ」
ね?博士。阿笠は哀の言葉にあぁと首肯く。日本に憧れた向日葵展の前にしっかり予習しとかんとな!と意気揚々と歩いていく阿笠に、コナンは呆れたように目を眇め、蓮と成実は苦笑した。ミーハーか。
「オレ達はオレ達で見て回ろうか」
「良いですよ。じゃあ、また後でね、コナンくん、哀ちゃん」
3人に小さく手を振って別れる。姿が見えなくなったところで、蓮は成実にぽんぽんと頭を撫でられた。
「で、なに考えてるんだ?」
「え」
「蓮くんの事だから、今朝の予告状についてなんだろうけどな」
蓮は驚いたように成実を見つめた。相も変わらずにこにこと、ん?なんて言葉を促す成実。…バレてたのか。
「キッドが宝石以外の物を盗むなんて、今までに例がないんです。ってことは、今回のも前回同様誰かから向日葵を守ろうとしているか、本来の獲物から目をそらさせるためのカモフラージュかなと…まぁ、彼は予告状通りに犯行を進めますからその線は薄いですけど。」
「となると、向日葵を狙う輩はいったい誰なのか、ってところか」
「えぇ」
まぁ、今は考えていても仕方ない。大人しく向日葵を鑑賞することにしようと思い直し、二人は奥へと歩いていく。先に走っていった子供たちの後ろ姿が見えた。
「あっ!ありましたよ!」
パタパタと駆けていく子供たちに、お守りも中々楽じゃないなと成実は苦笑した。蓮は他のお客さんの迷惑になっちゃう…とハラハラしているが。
「うわ~っ」
「綺麗ー!」
「どれだっ?どれが向日葵だ!?」
向日葵の入ったガラスケースに貼り付く子供たちの頭をぽんぽんと軽く撫でると、成実は子供たちの目線の高さに膝をおった。静かにしてないと追い出されちゃうぞ、と忠告すると、子供たちはしまった…と言わんばかりの顔ではーいと良い子のお返事をする。
「すみません、騒がしくて…」
蓮は向日葵の前に座る和服の女性に、申し訳なさそうに頭を下げた。女性はいいえ、と優しく微笑む。ついでこれが5番目に描かれたという向日葵かとガラスケースに貼り付く阿笠に、子供たちは呆れ顔だ。クスクス笑う声に阿笠も我にかえる。
「いや~、これは申し訳ない…」
「御構い無く…」
ころころと上品に笑う女性。子供たちはお土産を買いにいこうと阿笠の手を引いて走っていく。コナンは本日幾度目かわからぬため息をついた。
「あいつらなにしに来たんだよ…」
「まぁまぁ、ほら、向日葵見よう?哀ちゃんも」
「えぇ」
3人は仲良く向日葵の前に歩み寄る。成実はふっと小さく笑うと女性の座る長椅子の端に足を組んで座った。女性は成実を見ると、あらあらと微笑む。
「お兄さんは、向日葵よりも別なことに興味があるようね」
「え?」
女性の視線の先に蓮がいることに気づいて、そこまであからさまだったかと気恥ずかしくなる。まさか初対面の女性に見抜かれてしまうとは。
「ごめんなさいね、突然。昔の自分を見ているようでほっとけなくて…」
「いえ…」
蓮は実に楽しそうに鑑賞している。感嘆の声を小さくあげながら、目を輝かせているのが可愛らしくて思わず口許が緩む。と、隣の女性の視線を感じて成実はこほんと咳払いをして誤魔化した。
「貴女はよくこの向日葵をご覧になるんですか?」
「えぇ、毎日ね…」
「毎日…よほどゴッホの向日葵がお好きなんですね」
成実の言葉に、女性はそうね…と向日葵を見据えた。ついで酷く寂しそうな顔で呟いた。
「でも、この向日葵じゃない」
「!」
この向日葵ではない?意味を図りかねて、成実は口を開きかけた。その時、スーツ姿の男たちがぞろぞろと向日葵の絵の方に近づいてくる。
「こちらです」
「どうやらまだ向日葵は無事なようだな」
小五郎と次郎吉の姿を見つけてコナンと蓮は目を瞠った。
「おじさん!?どうしてここに!?」
「次郎吉さんまで…。!キッドの予告状ですか」
「おぉ、蓮くん、小童!丁度良いところに!左様。キッドの次の獲物は…」
言いかけた次郎吉を、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館館長の原田秀男が制止した。ここでそういった話をするのは他のお客様の迷惑となってしまう。詳しい話は応接室でと話す原田を尻目に、蓮はこそっと成実に耳打ちした。
「成実さん、すいません。僕はコナンくんや父さんたちとここに残ります。成実さんたちはみんなと一緒に先に帰っててください。それと…」
「わかってるよ。このことは、子供たちには内緒だろ?…気を付けて」
「!はい。行ってきますっ」
パタパタ駆け出す背中を見送る。信頼されているのね、と言われ、成実は困ったように曖昧に微笑んだ。
「貴方は70年前の私と同じ目をしている…」
それはまるで、向日葵の花言葉「私はあなただけを見つめる」。
「でもね、見つめているだけでは、いつかきっと後悔する。私のようにね」
女性の目には涙が浮いていた。人は、失ってはじめて大切なものに気づく。あの「向日葵」の様に…
「成実お兄さん!帰るよ!」
「あ、あぁ」
成実は土産物を持って駆けてきた子供たちに、今行くよと返事をした。ついで、立ち上がりながら、女性にそれではと声をかける。
「ご忠告、ありがとうございます」
悔いが残らないようにしますよ、と笑って、成実は皆を追いかけた。