業火の向日葵(連載中)
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先日行われたニューヨークのオークションで、アルルで発見されたフィンセント・ファン・ゴッホの芦屋の向日葵を模した2枚目の「向日葵」が出展された。
ゴッホはアルルにいたころ、7枚の向日葵を書いたと言われていた。その2枚目と言うのがこの向日葵だ。1945年に日本の芦屋で戦火に焼かれたと言われていたが、昨年アルルで同じ構図のものが発見されたのだ。
《本物だと思う?》
<んー…どうかなぁ?>
蓮は、一緒に来れば良かったのにと言う海外の"お友だち"に、本物が間近で見れない上に買わないショッピングに興味は無いよとしれっと断った。
聞くところによれば、鈴木次郎吉さん…まぁ通称鈴木相談役が3億$という高額で落札したんだとか。3億$といったら、日本円にして339.750849億円。ざっと340億円だ。相変わらずすごいお人だなとかの老人を思い起こし、蓮はふっと微笑んだ。
ピンポーン
<ごめん、お客さん来たから切るね>
蓮はぴっと通話を終えると、ぱたぱたとインターフォンの前に行く。
(…あれ?蘭だ)
蓮~!なんてにこにこ笑っている片割れの姿が。何かあったんだろうか。いや、何かなければ来てはいけないなんて事はまったく無いんだけど。エントランスのロックを解除して、蓮はぱたぱたとお茶の用意をする。
「で、どうしたの?」
「あのね?鈴木財閥でゴッホの向日葵を買い付けちゃったんだけど…知ってるよね?」
「そりゃぁまぁ…約340億で買ったんでしょ?僕も詳しくは知らないんだけど。それがどうかしたの…?」
優雅に紅茶を口に運びながら、蓮は心配そうに眉を下げる。蘭はううん、と困ったように笑った。
「お父さんがね?次郎吉さんの考える「向日葵を守る七人の侍」の中に入っちゃってるのよ。でも、正直お父さんだけじゃ…だから蓮も来てくれないかなって」
「父さんが!?」
父のことは尊敬しているし、ちゃんと好きだ。だが実力はちょっと首をかしげるものがある。確かに、今回の大仕事は父さんだけではキツいかもしれない。…責任重大すぎて。
「わかった…僕も行くよ」
「本当!?良かった~!じゃ、行きましょっ」
「へ?行きましょって…」
「空港に!」
「ええぇぇ!?今日なの!?」
とんでもない爆弾発言に思わず目を剥く。蘭は気にした様子もなくにこにこ微笑んでいる。…あぁ。そういえば昔から唐突な奴だったな…なんて諦めたように息をつく蓮は、ズルズルと蘭に引きずられていった。
向日葵が描かれた派手な飛行機。飛行場からそれを見ていた小五郎は思わず目を眇めた。なんだあれは。
「おいおい、キッドに狙われてるかも知れねーってのに、何でこんなド派手な飛行機にしちまったんだ!?」
「我々警察も目立たないようにしろと言ったんだが、単なる輸送ではなく宣伝もかねているらしい」
そいつを止めるのがあんたの役目だろうが!と言う小五郎に、中森も負けじとあのじーさんが今さら俺の言うことを聞くと思うか?と反論する。…確かにな。
蓮はぐるりと辺りを見回した。今ここに呼ばれているのは、捜査2課の中森とその部下。そして今回、向日葵を護衛する「7人の侍」の一人として選ばれた小五郎と、是非ついてくるようにと呼ばれた蓮とコナン、その保護者役の蘭だ。
ふと、蓮は携帯に連絡が来ていることに気がついた。番号は知らないもの。…誰だ?
「はい、妃です」
《あ、蓮ー?もうすぐ着陸なんだけど、いいこと教えてあげようと思って電話したのよ!》
「良いこと?」
声の主は園子だ。蓮は皆に唇の動きで園子からだと伝えると、どうしたの?と続きを促す。工藤くんがねーという園子の言葉に、蓮は思わずいぶかしげに柳眉を寄せた。
「新一が来てるの…?」
コナンはその言葉に血相を変えると、テーブルによじ登って蓮の手から携帯を引ったくる。園子は、そこに新一兄ちゃんがいるの!?と言うコナンに、さっきまでいたんだけど…と困惑したように辺りを見回す。
直後、受話器から聞こえた爆発音と悲鳴。蓮は息を飲むと、冷静に父に向き直った。蘭に電話を変わってもらい、自身は父に状況を説明する。
「爆発音のあとに悲鳴が。…恐らくキッドかと」
「何だと!?」
蓮は走り出すコナンのあとを追いかけた。この飛行機が緊急着陸するのはA滑走路。ここからでは見ることが出来ない。…まったく、探偵と言うのはどうしてこうも野次馬根性に満ちているのか。
エンジンが破損した飛行機は止まらない。着陸した後も止まることなくズルズルと前に進んでいく。空港の建物、ガラス張りのロビーで、コナンは呆然と立ち尽くした。蓮はそんなコナンを見つけて、僅かに瞠目する。
(ぶつかる…!!)
突っ込んできたら…なんて考えたくない。逃げ惑う人混みを掻き分け、蓮はコナンに駆け寄った。
(止まって!!)
建物の寸前で止まった飛行機。まさに紙一重の回避だ。コナンは安堵から後ろに尻餅をついた。腰が抜けた…。
「あっぶねぇ…」
「本当にね。このお馬鹿さん」
蓮はこつんとコナンの頭を小突く。一歩間違えれば大惨事に巻き込まれて命は無かっただろう。
「大丈夫か!?小僧!蓮!」
「僕らは平気だよ」
「それにしてもギリギリだな…」
一歩間違えればとんでもないことになっていたとぼやく小五郎に、蓮とコナンは眉根を寄せた。キッドがこんなことをするなんて。
(!あれは…!)
蓮はガラス窓に駆け寄った。向日葵を抱えて空を舞うのは、確かにあの怪盗だ。彼が降り立ちそうな場所を頭のなかで瞬時にあげていく。
「キッドが向日葵を抱えて飛んでる!」
「何だと!?本当か!?」
中森たちの声を意識の彼方に追いやって、蓮は走っていた。追い付いたコナンは、あてはあるのか?と声を張り上げる。勿論だよと言いながら、蓮ははぐれないようにコナンに手を差しのべた。
「僕の周りのホームズさんたちは、どうもワトソンが何とかしてくれるってつめが甘いところがあるからね」
ぱちんと可愛らしくウィンクする蓮に、グッと言葉につまる。…言い返す言葉もない。
「ここから階段を上っていけば、屋上に出られる。…あとは上手くやってね」
「お前は?」
「僕は別ルートからいくよ。じゃあ、また後で」
蓮は再び駆け出した。現在の風向きを考慮すると、彼が降り立つ可能性が最も高いのは、コナンが向かった屋上から少し離れた場所にある建物。恐らくキッドが向日葵を隠すならそこだろう。
「いた…っ!」
「よぉ?そんなに息切らしてまで、必死に会いに来てくれたのか?」
嬉しいねぇなんて嘯きながら、快斗は蓮に歩み寄る。頬は上気し、全力疾走した為か表情はどこか苦しげで、寄せられた柳眉やはくはくと喘ぐように息をつく唇が艶っぽい。ぎくっとしつつ、快斗は蓮の頬に手を滑らせる。息を整えながら、蓮はじっと目の前で微笑む男を見つめた。
「今回の爆破。あれは、快斗がやったんじゃ無いんでしょ…っ?」
「ふぅん?どうしてそう思うんだ?」
「僕の親友が乗っているのに、その命を危険にさらすヘマはしないでしょ」
自惚れではなく確信。この怪盗が心優しい少年だと知っているから。そして、自分にすこぶる甘いことも。
快斗はその言葉に僅かに目を見開くと、参ったな…と目元を手で覆い上を向いた。その口許は緩みきっていて、信頼してくれるのが嬉しいとしっかり顔に書いてあった。
「そうだ。あれは俺がやったんじゃねーよ。…ほら、向日葵ならそこだ」
「向日葵を狙う誰かから、それを守ろうとしたんでしょ?…違う?」
蓮は向日葵を一瞥して快斗に向き直った。快斗は思わず口笛を吹いた。ここまで読まれていたとは、流石蓮。侮れない。
「さぁて、今回は趣向を変えて、お前も名探偵と一緒に考えてくれよ。…たまには追いかけられるのも、悪くねぇからな」
軽く額に口付けて、快斗はばっと飛び出した。少し離れたビルの屋上にコナンの姿が見える。…漸く来たか。少し遅かったかな。
蓮はふっと飛び降りる快斗とコナンの攻防を見ながら、向日葵に駆け寄った。すすけてはいるが、目立った外傷はない。ホッとしたその時、コナンが放ったボールを快斗がトランプ銃で撃ち抜いたことによる爆発が蓮を襲った。
「っ!?」
爆風から向日葵をかばう。…あーあ。すっかり僕まで煤だらけになってしまった。
(向日葵もあるんだから、もうちょっと考えてくれないかな…)
あの二人に何を言ったところで無駄な気もしてくるんだけど。なんかこう…攻防や駆け引きを楽しんでて、お互いしか見えてません、みたいな。こんなことを本人たちに言ったら、誤解を生むような発言をするなと怒られそうだから言わないけれど、でもやはり回りはきちんと見てほしい。
一方コナンは、キッドが立ち去ったあとの屋上に人影を見つけて瞠目した。誰だ、彼処にいるのは…まさか共犯者か?
拡大してみると、蓮が向日葵を確認しているところだった。随分と服も顔も煤けてしまっている。…まさか、さっきの爆発に…?
煙の被害だけですんでよかった…とホッと胸を撫で下ろす。本当に、アイツは自分でも無意識に無茶をする。無茶を無茶だと思わずにやり遂げてしまうのだから恐ろしいのだ。怪我をしない安全なところにいてほしい、という願いは恐らく一生聞き入れてくれない気がする。
「向日葵は…どうやら無事のようだな」
蓮がホッとしたような顔をしているのを見てコナンは疲れたように息をついてその場に座り込んだ。さて、蓮を迎えに行って、ぷんすか怒っているだろう彼を宥めてやらないとな…。