沈黙の15分
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コナンはロッジの氷川さんの部屋にそっと忍び込んだ。蓮は大人しくロッジの外で予備の探偵団バッジを片手に待機している。クローゼットを漁り、上着のポケットから以前見せてくれた新聞の切りぬきを取り出した。
「…これだ」
あったぞ、というコナンの声に、蓮は無言で続きを促す。
「宝石店、強盗…?」
15日夜11時頃、東京都新宿区矢追町のみすず宝石店に何者かが押し入り、残業中の三鈴栄子社長を鋭利な刃物で殺害。時価10億円相等の宝石類を奪って逃走した模様。
≪…その事件、たしか僕たちが小学校三年くらいの時に起きて、犯人はまだ捕まってないんじゃなかった?≫
「あぁ。だけど、何でこんな記事を氷川さんが…」
いいかけたところで二人はハッと気付いた。この日付けは、山尾さんのひき逃げ事故の前の晩のこと…。そういえば、切りぬきを見せられたときも、山尾さんは氷川さんの隣にいた。山尾さんはこちらが見せられたひき逃げ事故の記事ではなく、その裏側に印刷された面。つまりこちらの記事を見て顔をしかめたのだ。
(…もしかしたら)
その時、コナンの携帯が鳴った。哀からだ。光彦たちと連絡がとれないと言う彼女に、会話を聞いていた蓮は目を細める。…何だろう、嫌な予感がする。
その時、ドォンッと大きな爆発音がして、森の向こうから煙が上がった。彼処はたしか、携帯と固定電話の基地局。
「…モービル借りるか」
蓮はだっと駆け出した。管理人に二、三話をつけてモービルを颯爽と走らせる。ロッジの前で止まると、丁度哀とコナンが合流したところだった。
「乗ってく?」
「いや、俺たちはこっちで行く。…つーかお前も待ってろ」
「小学生だけなんてダメに決まってるで、しょ!!」
蓮とコナンはそれぞれスノーモービルとスノボーを発進させた。誰もいない雪原を突っ切り、林のなかに飛び込む。哀は内心、何でもないような顔で猛スピードで走るスノーモービルを乗りこなす蓮に舌を巻いた。…出来ないことなど無いんじゃないだろうか、この少年。
パァンッと一発の銃声が響く。蓮は音の方向に視線を向け、ついと目を細めた。新一、と前を見据えたまま、蓮はふっと口許を緩めた。稀に見る挑戦的な表情に、コナンは瞠目する。
「お前、まさか…」
「女の子連れて銃弾の前に飛び込むなんて言ったら、僕怒るよ?」
哀ちゃん、悪いけどお願いするね、ねんて可愛らしく微笑むと、一気にアクセルを踏んだ。
子供たちめがけ銃を構える人物の前に躍り出ると、蓮はモービルを器用に操って雪を舞い上がらせた。吹き上がった雪の壁。その隙間からちらりと見えた顔に、やはりなと納得して、蓮は再びモービルを加速させた。出来る限り子供たちから遠ざけなければ。
執拗に追いかけてくる銃弾に小さく舌打ちする。しつこい女性はモテないですよ、なんて軽口を叩きながらヒラリヒラリと銃弾をかわす。
(出来るだけ早く、ダムに着いてよ。新一)
コナンと哀は子供たちと合流し、狭い洞窟のなかを進んでいた。
「誰かに追われて逃げた?」
コナンの言葉に、冬馬はうんと頷いた。さっき追われているときに思い出したのだと言う。
(やっぱりそうか…これで真相が見えてきた。――!?)
コナンはひとつの真実にたどり着き、ヤバイと呟いた。この推理通りなら――!!
「急げ!!早く脱出してやつより早くダムにつかないと!!」
困惑した様子の子供たちを尻目に、コナンは皆を走らせる。まだ証拠はないし、あくまで自分の推理だが…すべての事件の犯人は、山尾さんだ。
彼が8年前東京で宝石店に押し入り、社長を殺害して、時価10億円相等の宝石類を盗み出した犯人だとしたら、全ての辻褄が合う。
「サラ金の借金取りに追われている山尾さんは、生まれ故郷の北ノ沢村の祖母の家へ向かった。そしてその途中、村の入り口でなつきさんをはねてしまったんだ」
山尾さんは焦った。今警察に捕まれば、強盗殺人もばれてしまう。何しろ車のなかには盗んだ宝石があったから。
「人を轢いちまったら、車を降りてその人がどうなってるか確認するのが普通だ」
崖下のなつきさんを見てたときに、恐らく出会ってしまったのだろう。――冬馬さんに。
「っ!僕に…?」
「冬馬さんはあの日、夜明け前に出掛けたお母さんを追ったんでしょう?」
病院まで会いに行こうとして、現場の道を通った。だから、目が覚めたとき、冬美さんに会えたときに言ったのだ。「よかった、お母さんに会えた!」と。
「あれは冬馬くんにとって、8年前の続きだったのね」
「あぁ。山尾さんにとって、冬馬さんを気絶させて車にのせるのは簡単だったはず。そのまま車を走らせていたのは、冬馬さんをどうするか決めあぐねていたから」
だが、その時見られちまったんだ。気がついた冬馬さんに、強奪したダイヤが飛び散るところを。宝石を見られた以上、山尾さんの気持ちは決まったはずだ。
ダイヤは元の家へ隠し、自首したのは数年で出てこられると思ったから。だが、思ったより重い罪になり、服役中に村はダムの底へ…
「宝石を取るには、ダムの水を全て抜くしかない」
水を!?と驚いたように声をあげる歩美たちに、哀は冷静にだからこの式典を狙ったのね、と呟いた。ダムの式典には、職員も参加する。留守番は二人だけ。爆破されるなんて、夢にも思っていないはず。
「彼より先にダムにつかないと…!」
「見て!明かりが…!」
子供たちは一斉に出口に向かって駆け出した。飛び出した先には、ダムの配水管がぽっかりと大きな口を開けて待っている。ダムに行くには、多少危険だがここを登っていくのが一番近い。
(##NAME1##、無事でいろよ…!)
コナンたちは意を決して暗闇のなかに飛び込んでいった。
「わー…っまだ追ってくるのか…っ」
蓮は蓮で、未だに追いかけては発砲してくる山尾からモービルでヒラリヒラリと逃げ回っていた。子供たちは今頃どの辺りだろうか。ダムに向かわなくては、子供たちだけでは危ない。
パシュッ
「っ…あはは…新一と成実さんに怒られちゃうな」
頬を銃弾が掠め、頬骨の辺りにうっすらと血が滲む。そろそろもうちょっと真面目に逃げようと、蓮は探偵団バッジのスイッチを入れた。
「今、どこ…!」
≪ダムの配水管の中だ。そっちは?≫
「順調に追っかけられてるよ…っわ!?」
≪蓮!?≫
「平気…っそれより、そこにいるならそろそろ僕もダムに向かうよ。モービルのガソリン、ちょっと不味いんだよね…!」
乗り捨てるか…いや、ちょっと面倒なことになりそうなんだよな…恐らく殺す気は無いんだろう。だが、銃を向けられている以上油断はできない。
「さて、そろそろダムに行かなきゃな…!」
蓮は不敵に微笑んだ。
蓮がやっとの思いでダムにつくと、そこではコナンが猟銃を持った山尾に追い詰められていた。
「ッハハハハ…!!バカなガキだ。大人しくスノーフェスティバルを楽しんでいれば、痛み無く死ねたのになぁ?」
さぁ吐け。仲間は何処だ!と猟銃を突きつける山尾に、仲間なんかいないとコナンは吐き捨てる。それを鼻で笑って一蹴すると、痛い目を見ねーとわからないようだなとスタンガンのスイッチを入れる。
逃げるコナンを銃で狙い、執拗に蹴りあげ、踏みつける。
「コナン君!!」
とっさに駆け寄り庇う蓮の腕を、銃弾が掠める。皮膚が裂け、血が滲む。山尾は気丈に睨み付ける蓮の腕をつかみあげる。お前もバカだよな、大人しくしてりゃ痛い思いなんかしなくてすんだのによ。とニタリと嗤う山尾に、蓮は不敵に笑って鼻を鳴らした。
「ハッ…!ばっかじゃないの?――大切な人のためなら、腕の一本くらい喜んで差し出すよ。そんなの当然でしょ?」
コナンはその言葉に目を見開いた。…本当に、どうしてこんなときにも男前なのか。――彼の大切な人に入れたことが、こんな状況で不謹慎だが、とても嬉しい。
蓮はふと山尾の後ろを見て、なにかに気付いた様子でふっと口許を緩めた。山尾は訝しげに眉根を寄せる。
「何がおかしい?」
「別に?――っ!」
蓮は素早く腹に一撃を叩き込むと、伏せて!!とコナンに覆い被さった。ついで鳴り響く銃声。肩を撃ち抜かれ、倒れ伏す山尾に銃を向けていたのは、みずきさんだった。
どうしてここに、と呆然と呟くコナンに、みずきは嫌な予感がしたからと言いながら尚も山尾に猟銃を向ける。蓮は射撃が得意だと言う彼女に、頬をぬぐいながらそうみたいだねと呟いた。
(まだ、終わっていない)
爆弾は解除していないし、まだ山尾をきちんと拘束していない。爆弾だけでも、早く何とかしないと…と考えていると、不意に山尾がみずきに飛びかかった。
「みずきさん、失礼します」
蓮は言うが早いか山尾の首筋に手刀を叩き込んだ。ふっと意識を失う山尾の下から這い出たみずきは、再び銃を構える。そんなみずきの姿に、後から追ってきた冬馬はひきつった悲鳴をあげた。
怯えたように後ずさりながら、あの時のお姉さんだと呆然と呟く。眼鏡はかけていたけど、間違いない――!
8年前、冬馬は見てしまったのだ。妹のなつきと口論になり、山道から突き飛ばしてしまったみずきを。…そして、突き飛ばされた先でなつきが車に跳ねられてしまった、その瞬間を。
「そうか…8年前、冬馬さんが見たのはみずきさんだったんだ」
みずきはコナンの言葉に肩を落とし、項垂れた。蓮は成る程、と目を細めた。だから、彼女は子供たちのいた洞窟に入ってこられなかったんだ。昨日、小五郎に暗くて狭いところがダメなのだと話していたし。執拗に自分を追いかけたのは、多分そういうことなんだろう。
みずき!と武藤はこちらに駆け寄ってきた。どういうことだよ!と声を荒らげる彼に、みずきは視線をそらす。
「さっき俺たちを襲ってきたのは、みずきさんだったんだ」
みずきさんは、事件を目撃した冬馬さんが意識を取り戻すのが怖かった。それで、新しい村の冬馬さんの家の前に建ったロッジに、フロント係として勤め、8年間それとなく冬馬さんの様子を監視していたんだ。
冬馬さんの意識が戻ったあと、眼鏡をコンタクトにし、髪型を少し変えたのも、冬馬さんが自分を見て事件を思い出させないようにするため。その甲斐なく、冬馬さんは順調に記憶を取り戻していった。
(だから、口封じに…)
蓮は嘆息した。一連の事件の真相は、犯人たちのあまりにも身勝手な理由ばかりとは。山尾といいみずきさんといい、子供たちの心の傷になったらどうしてくれるんだ。
殺すつもりなどなかった、そう言って泣き出したみずきを、蓮は静かに見つめていた。ただ冬馬を自分から遠ざけたくて、猟銃をつかんでいた。殺すつもりなどない。―――猟銃を手にし、それを人に向けておきながら、殺すつもりなどなかっただと?
「貴女が誰も傷つけたくなかったことは、分かっていますよ。あの距離から山尾さんの肩を撃ち抜き、落ちた猟銃を正確に弾き飛ばす腕があるなら、本気で狙ったら今頃僕の頭も吹き飛んでますから。……ですが、人に銃を向けたことに変わりはない。もうこれ以上、逃げるのはやめてください」
子供たちと、貴方をずっと待っていてくれた人のために。
コナンは、蓮の言葉にそっと目を伏せた。武藤は、そっと膝を折り、良かったじゃないか、と呟く。これでみずきは8年間苦しめた悪夢から解放される。
「気長に待ってるよ。お前が帰ってくるのを、ずっとな」
泣きじゃくるみずきを抱き締める。そんな武藤を見つめていた皆は、哀の悲鳴に似た声に息を飲んだ。爆弾のスイッチが点滅している。
ばっとダムの側面をのぞきこめば、爆弾のランプもまた点滅している。蓮はさぁっと蒼白になり、コナンは声を張り上げた。
「早く逃げろ!!爆発するぞ!!」