沈黙の15分
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みずきの案内で、沢尻湖のスノーシュートレッキングをしていた一行は、休憩だと立ち止まった湖畔で、沢山の白鳥の姿に歓声をあげた。澄み渡る空気に、広大な自然。そして悠然と飛び立つ白鳥たちは、大変美しい。
コナンはみずきにダム一帯の地図を広げて見せた。
「ねぇねぇ、この湖ってここだよねぇ…」
「そうよ」
「冬馬さんが倒れてた崖ってどこ?」
「冬馬くん?えーっと…ここだわ!」
その様子を後ろから覗き見ていた蓮は、え?と目を丸くした。この道から来たのならちょっと方向が違う。本当に冬馬くんは白鳥を見に行ってたのか?
コナンは、あっちいってろ!と小五郎に投げ飛ばされた。苦笑しながら、実に不満そうな彼を抱き起こし、雪を払ってやる。どうやら彼も、自分と同じことを考えているらしい。
「あ、雪だ!」
「ほんとですね!」
これは積もりそうね…と呟く蘭に、みずきは大丈夫、じきにやむわと笑顔を向けた。彼女の言葉通り、暫くするとしんしんと降っていた雪はぱたりと止んでしまった。やはり地元の人はわかるんじゃのぉ…と博士も感心したように首肯く。
「みずきさん、今度東京に遊びに来ませんか?どこでも案内しますよ」
「じゃあ、スカイツリーに!」
「あっ…そこだけはちょっと…」
難色を示す小五郎に、高いところ苦手なんですか?とみずきは小さく笑った。ちなみに、そんな会話を後ろからジト目で見つめ、今にも鉄拳制裁を食らわしそうな蘭を、手を繋いで宥めることで##NAME1##が必死に止めている。
「みずきさんは、苦手なものは?」
「私は、暗くて狭いところが…」
そういいかけ、みずきは何かを見つけたようでゴーグルを外した。視線の先には、少し遠い雪原のど真ん中で踞っている氷川の姿が。
「おーーいっ!!氷川くーーん!!」
呼び声に、氷川はピクリとも反応しない。聞こえないのかしら?と首をかしげるみずき。蓮は氷川を見て目を細めた。様子がおかしい。そんなところで何してるのー?と呼び掛けながら氷川に歩み寄るみずきに、蓮は小五郎をせっついた。
「父さん…」
「あぁ、ちょっと見てくる」
蓮と成実、コナンはすかさず小五郎の後を追う。氷川は体育座りで座り込んでいた。俯き、微動だにしない。小五郎が大丈夫ですか?と呼び掛けた瞬間、その体はどさりと雪の上に崩れ落ちた。
「きゃぁあああ!!!!」
「……ダメだ。既に亡くなっています」
素早く手袋をはずして脈を確認した成実は、小五郎たちに向かい首を振った。見たところ外傷はない。時間的に凍死と言うより、心臓発作の線が濃厚か。
「そう言えば氷川くん、子供の頃から心臓が…」
「蓮、警察に」
「もう電話してる。それより父さん、氷川さんのスタンガンが無くなってるんだ」
蓮の言葉に、コナンはそっと首肯く。氷川さんは、護身用にいつもスタンガンをポケットに入れているといっていた。それがないと言うことは、誰かが一緒にいて持ち去った可能性がある。
「いや、それはねぇな」
「え、どうして?」
困惑した様子のコナンに、小五郎はあれを見てみろと指差した。氷川さんの遺体へと続く足跡は1つだけ。しかもそれは氷川さんの靴のものと見てまず間違いはなさそうだ。つまり氷川さんは、裏から一人で沢伝いに 歩いてきて、雪原を歩いているうちに、心臓発作に襲われ亡くなった…
「じゃあ、スタンガンは?」
「ロッジに置いてくる筈は無いからね。」
蓮とコナンの言葉に耳を貸さず、しかし、あの靴痕…と独り言ちる小五郎に、園子は犯人のトリックだったりして!と声をあげる。 よくあるじゃない!雪原に残された謎の靴痕…みたいな!と楽しそうな園子に、そうだねぇと蓮は困ったように笑う。小五郎は何かに気づいたようで、これは犯人のトリックだったんだと叫んだ。
「いいか?犯人は沢で毒物か何かで心臓発作に見せかけて殺害。用意していた氷川さんと同じ長靴に履き替え、背負ってここまでやって来る。そして、氷川さんを下ろし、スタンガンを奪い取った」
そこまで聞いたところで蓮は柳眉を跳ねあげた。小五郎はそんな視線に気づかず、犯人はそのまま後ろ向きで、自分が歩いてきた足跡を踏んで戻ったのだと推理する。
「後ろ向きに?」
「そんなことできるの?」
「……僕は無理だと思うなぁ…。ていうか、何で殺した後にスタンガンを奪い取る必要があったの?」
蓮は隣の成実を見上げた。検死をしようにも、道具も無ければ医師免許もない。お手上げだとばかりに肩を竦める成実に、ですよね…と肩を落とす。
蓮は氷川さんの遺体にそっと近寄る。フードのなかには大量の雪が…。
(雪?そうか、そういうことか)
ちらりと隣の幼馴染を見ると、彼にもわかったようでニヤリと笑う。コナンは、わかったよ!と声を張り上げた。このトリックは滅茶苦茶簡単かつ単純なものだ。
「ほら、さっき雪が降ってたじゃない?犯人は氷川さんと一緒に沢から歩いてきて、この場所で心臓発作に見せかけて殺害。その後降ってきた雪が二人の靴痕を消したんだよ!」
「そして雪がやむのを待ってから、犯人は用意していた氷川さんと同じ長靴に履き替え、逆向きに歩幅を気にしないで歩いて沢まで戻った…」
こうすると、一種類の靴痕だけが雪原に残る。その証拠に、氷川さんのフードのなかには大量の雪がつまっている。恐らく犯人は雪がやんだ後、頭や肩に積もった雪だけを払い除けたのだろう。――雪がやんだ後にここに来たように見せかけるために。
でも、と蘭は二人の推理に小首を傾げる。このトリックは、自分達がすぐに遺体を見つけないと成立しない。また雪が降ってしまえば、折角の足跡も消えてしまうのだから。
つまりその犯人は、自分達がここを通りかかるのを知っていた人物。もしくは―…
(僕たちをここへ連れてきた人物、か)
蓮はみずきへと視線を投げた。この時間にこの場所を通りすぎるのは、スノーシュートレッキングの案内を見れば誰でもわかると言う彼女に、そうだよなぁ…と困ったように笑う。
「ねぇねぇみずきさん、この足跡が向かっている先には何があるの?」
「武藤君の山小屋があるわ」
「武藤さんの?」
だが、山小屋へは村から車で通れる村道があるのだという。どうしてその道を行かなかったのか、と首を捻るみずきに、コナンは目を細めた。犯人と氷川さんはわざとその道を通らなかったのだ。人目につかない沢から雪原を通って山小屋へ。何故だ…?
夕方になり、警察が到着した。新潟県警の渡辺刑事は、氷川さんの遺体は大学施設で詳しく調べていると告げる。笹本刑事は、一応心臓発作であることは確認されたが、それが心因主なのか誰かの手によるものなのかは、詳しく解剖してみないとわからないという。
「誰かの手って…氷川は誰かに殺害されたって言うんですか!?」
「今の段階では、まだ…。山尾さん。今日の14:00頃、何処で何をしていました?」
渡辺刑事に促され、山尾は氷川とは別行動で東側の林を散策していたと答える。一人で行ったし、誰ともあっていないと言う山尾に頷くと、渡辺刑事は立原に向き直る。
「私は、午前中の検査で疲れて眠ってしまった冬馬について、自宅の部屋にいました」
「それを証明する人は?」
「…いません」
不安げに目を伏せ、肩を落とす。武藤は作業小屋で仕事をしていた、仕事中は誰とも会わないと話す。蓮は会話をこっそり聞きながら、ふと考え込んだ。
山尾さんが言うに、氷川さんは若い頃、みずきさんにプロポーズして断られたことがあるらしい。でも未だに彼女に未練があって、彼女の名前を出せば必ず行った筈だと。
(へぇ…てっきり武藤さんが彼女に気があるんだと思ってたんだけどな)
野暮な詮索はご法度ということか、と蓮は言い争う武藤と山尾に視線を向ける。ダムの件で色々あったようだから、氷川を殺害したのでは?と声を荒らげる山尾に、武藤は呆れて言い返す気にもなれんと吐き捨てた。
みずきさんのアリバイに関しては、当時トレッキングを共にしていた小五郎が、一緒だったと証言しその日の事情聴取はお開きとなった。
「あ~寒ぅ!何でこんな思いして日の出を見に行かなきゃなんないの~!?」
「いいからいいから!」
一行は身も凍るような寒空の中を歩いていた。ぼやく園子に蘭はさくさく前に進んでいく。その隣を歩きながら、蓮はくるりと後ろを振り返った。
「皆は大丈夫?寒すぎて具合悪くなっちゃったらちゃんと言うんだよ?」
「はーい!」
よいこのお返事にふふっと小さく笑う。
もし武藤さんなら、あの靴痕からみて山小屋ではなく雪原の途中で待っていたんだろう。そして殺害したあと、沢へ歩いていった…
(でも、どうして氷川さんは人目につかない沢と雪原を歩いていったんだろう…?仮に武藤さんからの指示だったとしたのなら、不自然には思わなかったのか?)
それに、爆破事件と今回の殺人についての関係。もし関係があるのなら、これで終わるとは思えない。必ずまた何かが起こる筈だ。
不意にパシッと手をとられた。びくりと肩を跳ね上げて振り返ると、きょとんとした様子の成実がいる。
「驚かせたかな。ごめん」
「いえ、あの…僕こそすいません…。どうかしましたか?」
「ん?いや。手が冷たそうだと思って」
にこやかに笑うと、成実は繋いだ手を自分のポケットに入れた。呆気に取られた様子の蓮に、にっこり微笑む。…これは、ほったらかしにしてずっと事件について考え込んでいたのを怒っているのかもしれない。
「あ゙ーーー!!!!」
「!?コナンくん?大声出したら危ないよ?」
雪崩が起きちゃうかもしれないから、なんておっとり小首を傾げる蓮に構わず、コナンはべりっと間に入って引き剥がした。無防備過ぎる…!と眦を吊り上げて小声で怒る幼馴染に、蓮は困ったように微笑んだ。自覚は無いのか―――!!!
内心卒倒しそうなほど荒れ狂うコナンと、それをニヤニヤと面白そうに見守る哀。…正直、哀も哀で蓮の隣を常にかっさらうかの青年を警戒してはいるが、この過保護な少年の小生意気でクールな面が剥がれるのを見ているのはとても愉快だ。阿笠はそんな哀に気づいて思わず苦笑した。まったく、賑やかなものだ。
「あれ、冬馬さんじゃないですか?」
光彦の声にそちらをみやると、クロの墓とかかれた柱の前で膝をついている冬馬の姿があった。蓮たちは駆け寄るも、あまりに悲痛な様子に言葉を見つけられず、口をつぐんだ。クロは、8年前冬馬くんを見つけた―――
「どうして…?クロは本当に死んじゃったの?」
「冬馬!?ダメじゃないこんなところで!!」
冬美は金切声を上げ、大股に冬馬へと歩み寄った。お母さん…と呆然と声をあげる冬馬の肩をがっと力任せにつかんで揺さぶる。
「どうして黙って出てったのよ!?」
「まぁまぁ、お母さん」
阿笠が宥めるように肩に手を置く。冬馬は目に涙をうかべて、母から逃げるように顔をそらした。
「どうしてなの!?僕、どうしてこうなっちゃったの!?」
「っ!?」
「わかんないよ…!友達はみんな知らない人だし、クロは死んじゃったし、僕、どうしたらいいのかわからない…!」
クロの墓に取り縋って泣きじゃくる冬馬に、蓮は悲しげに目を伏せた。無理もない、体は15才でも、心はまだ7才のままなのだから。
「現実を理解するのは、難しいんじゃろう」
「まるで、私たちの逆ね」
阿笠の言葉に、哀は小さく呟いた。
「見て!雪がキラキラ光ってる!」
「ほう、これは雪じゃなくて…」
「ダイヤモンドダストね」
ダイヤモンド、と聞いて子供たちはお宝が降ってくるのかと目を輝かせる。コナンは苦笑しながら、そうじゃないと説明した。大気中の水蒸気が寒さで凍って、小さな氷の結晶になる現象だ。
子供たちは未だ母の胸で泣きじゃくる冬馬に、冬馬君も見て?と無邪気に話しかけた。美しい光景に皆目を奪われる。冬馬はゆらりと立ちあがり、凍りついたようにその幾千もの輝きを見つめ、目を見開いた。
「うぁぁああぁあ!!」
頭を押さえて踞る。成実はその様子に目を細めた。あの少年は、逆行健忘ではないものの、事故当時から意識を失っていた為に記憶の混濁がみられた。恐らく、今のダイヤモンドダストを見て、記憶の一部が戻ったのだろう。
「思い、出せない…っ!」
「冬馬君。冬馬君?オレの声が聞こえるか?」
思い出せないんだ!と首を振る冬馬の前に跪き、そっとその肩に手を置く。呼び掛けに漸くこくりと頷いたことに安堵すると、成実は背中を撫でながら、無理はしなくていいのだと繰り返した。
「蓮くん」
病院へ連絡を、と言おうと顔をあげると、既に電話をしていたようで、しっと唇の前で人さし指を立てるポーズをされる。全く、仕事が早い。