沈黙の15分
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翌日、朝から子供たちは雪合戦に興じていた。最初は傍観者を気取っていたコナンと哀も巻き込んで5人は本気で雪玉を投げ合う。
「わ~!!」
「アハハハハ!!」
実に楽しそうな声が一面雪におおわれた、朝の冷たい空気のなかに響いていた。ふと、歩美はカーテンの隙間からこちらを見ている少年の姿に気づく。
「あっ!!誰か見てるよ!?」
「!」
少年は中学生くらいだろうか。所謂坊ちゃん刈りの髪型に、大きな目。りりしい眉。だが、その体は細く、あまり健康的とは言い難い。
不思議そうな顔で辺りを見渡す少年に、歩美たちは笑顔でおはよー!と声をかけた。少年はその声に安心したように笑みを浮かべると、静かに窓を開ける。あ…と声を出しかけ、思うように声が出せない自分に気づいたのか、困惑したように眉根を寄せる。
「…ボ、ボク…」
「すいません…勝手に敷地内に入ってしまって…」
コナンの言葉に、返事は帰ってこなかった。少年は一言一言、まるで話し方を思い出そうとしているかのごとく、確かめるように呟いた。
「ぼ、ボクも…い、入れて…」
「え?」
「ボクも…雪合戦、入れて…」
普通とは違う、幼げな様子に異変を感じとり、コナンと哀の顔がこわばる。この少年は、一体…?子供たちも気づいたのか、何かおかしくねーか?と困惑気味に呟いた。
その時、部屋の奥からバシャッという水音が聞こえた。少年が振り返ると、呆然とした様子の冬美が、お湯の入った洗面器を取り落としたまま、こちらを見つめて固まっていた。
「冬馬…気がついたのね…っ冬馬!!」
何度も名前を呼びながら、冬美は少年――冬馬を掻き抱いて泣きじゃくる。冬馬はそんな母を不思議そうに見つめ、ついで嬉しそうに声をあげた。
「あれ?お…お母さん?良かった…お、お母さんに会えたーー!」
子供たちはそのどこか異様な光景に、ただただ茫然と立ち尽くしていた。
冬美の息子である冬馬は、8年前のある朝、元の村から程近い崖下の沢へ転落して、気を失っているところを発見されたのだという。すぐに麓の病院へ運ばれ、一命はとりとめたのだが、その日以来意識が戻らないまま、8年という月日が経過していた。
そう語った武藤は、痛々しげに冬美の家を見つめた。彼女の苦しみを思うと、なんともかける言葉が見つからない。
「その日は丁度、山尾がひき逃げ事故を起こした日で…」
「!?…同じ日なの?」
コナンの言葉に、武藤はあぁ。と頷いた。のんびりとした平和そのものの村で、同じ日に2つの大きな事件が起きたんで、村中大騒ぎだったんだ…。
冬馬くんの方の事件性は?と質問する小五郎に、武藤は警察の調べで、事故と判断されたと答える。その崖は、冬馬の好きな白鳥のいる湖の近くで、発見当時首から双眼鏡を下げていたことから、誤って滑り落ちたものと。見つけてくれたのは、冬馬が可愛がっていた隣の家の犬だった。
冬美は未婚の母で、彼女は当時勤務していた麓の病院に急患が入ったとかで呼ばれていて、冬美の両親も昔の雪崩事故で他界。彼についているものは一人もいなかったのだ。
「雪崩に巻き込まれた場合、タイムリミットは約15分と言うからな…」
「15分ですか…」
「その15分が生死を分けるんだよ」
「15分じゃ短いね…」
あまり実感がわかないのか、ぐるぐる考え込む子供たちに、蓮はふっと淡く微笑む。君達が巻き込まれたら、絶対すぐに見つけてあげるから、安心してと言う彼に、子供たちの表情も明るくなる。
警察と診療所の医師が帰り、みずきと武藤は冬美に駆け寄った。二人の姿に、冬美の張りつめた表情が和らぐ。
どうやら、医師の見立てでは冬馬の体に問題はないそうだ。だが、心が…崖から落ちた日の記憶がないのだという。だから、何で自分が8年間も眠り続けていたのか、理解できないみたいだと。
「…でも、良かったね、冬美…。ほんとに良かった…」
眼鏡をはずし、みずきはそっと目元を拭う。小五郎は眼鏡をはずした彼女に暫し見とれたあと、失礼ですがコンタクトに変えてみては?と提案する。
「え?」
「貴女のような美人は、メガネよりもコンタクトの方がお似合いです。どうもメガネは冷たい感じがして、私、好かんのです…」
困惑したように俯くみずきに、ムフフと厭らしい笑みを浮かべる小五郎。それを厭うように、はぁ…とため息をついた蓮は、頬を赤らめて武藤を見上げるみずきと、その視線を微笑みを浮かべて受け止める武藤に気づいた。
(……なるほど。父さんのナンパは失敗って訳か)
だが、そんなことよりもだ。冬馬くんの事件と山尾さんの事故が同じ日だったことが引っ掛かる。ただの偶然なのか、それとも…
その時、中学生の男女四人が冬美を訪ねてきた。冬馬くんが目を覚ましたって本当?と言う口ぶりからして、恐らく彼の同級生か。蓮は隣に寄り添うようにして立つ成実をそっと見上げた。
「今、目覚めたばかりで記憶に混乱をきたしている冬馬くんに、8年たって成長したお友達を会わせるのは得策じゃないと思うんですが…」
「あぁ。8年間も眠り続けていたことを理解できていない冬馬くんに、今会わせるのは早すぎる。…だけど、冬美さんも一応医療従事者だ。あまり考えないでおこう」
腑に落ちない様子の蓮の頭をワシャワシャと撫で、成実は困ったように笑った。