瞳の中の暗殺者
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二日後、ざあざあと雨の降る中蓮と蘭は退院した。玄関で蓮は風戸と数人の看護婦に見送られる。
「蓮君。くれぐれも無理して思い出さないように。いいですね?」
「はい」
「少しでも記憶が戻ったら連絡してください」
「わかりました」
車に乗り込み、雨の町を走る。17年間過ごした町。そういわれても見覚えがない町並みに、不思議な気持ちでその景色を眺めた。暫くして、毛利探偵事務所という建物の前で止まった。英理が濡れるわ、と傘を差し出す。その姿を何気なく見上げて、蓮は息を飲んだ。
「ひッ!!」
「どうしたの?蓮」
隠れるように身を縮め、怯えきった様子でかたかたと震えている。蘭は心配そうに肩を抱いた。小五郎は水溜まりが嫌なのだろうと判断して、車を前に出すよう指示を出した。
建物の中にはいると、2階は事務所、3階は居住スペースなのだと説明を受ける。小五郎は「蓮の部屋」と表札のかかった部屋の扉をがちゃりと開けた。
「ここはお前の部屋だ。つっても、お前は専ら英理と暮らしていて、この部屋にはあんまり帰ってこねぇけどな」
「僕の、部屋…」
きちんと整理整頓されていて、逆に生活感がない。机の上には辞書や楽典、そして一枚の写真が飾られていた。
「!この、写真…」
「あっ!この写真、蓮も飾ってくれてたんだ。私の部屋にも飾ってあるの。ふふっお揃いね」
そこにあったのは、城をバックに笑顔でポーズをきめる三人の姿。一人は自分、もう一人は蘭、だけど一緒に写っているこの青年は誰だろう?
「こいつは工藤新一と言ってな、お前のことを誑かそーとしているとんでもねーやつだ!」
ぱたんっと写真を倒される。工藤新一君。皆の口からよくその名前を聞くけれど、そんなに親しい人物なのか。先日きた手紙や見舞いの品の差出人に、その名前はなかった。どういう繋がりの人なのか、未だに見えない。
(誰が誑かしてんだよ!!)
コナンは一人不満そうにブスくれていたけれど。
蓮はぐるりと部屋を見渡して、戸棚に入れられた沢山のトロフィーや楯、賞状に目を止めた。
「あ、蓮兄ちゃん空手と柔道と合気道やってるんだよ!あと声楽とかピアノも凄いんだ!!」
「僕が、武道と音楽を…?」
信じられないといった表情でそれらを見渡す。机の上の楽譜を手に取り、眺めてみる。…読める。音楽をある程度嗜んでいたのは事実なのか。
蘭はコンクールで最優秀賞を貰ったときの写真を指差しながら、まるで自分の事のように誇らしげに笑った。
「声楽とピアノなんか特に、外国の大会で何度も優勝してるのよ!」
あとバイオリンも得意だったわね。吹奏楽部のスケットでサックスもやってたわ!と教えてくれる。…そんなに音楽大好きだったのか。それなのに忘れてしまうなんて、何だか悲しい。
「柔道は高校の全国大会で優勝したのよ!覚えてない?」
「…いえ…」
「そう…」
しゅんと肩を落とす両親に、蓮は焦ったように言葉を探した。
「ぁ、でも、心配いりませんっ。そのうちに全部思い出しますよ!」
その言葉に、小五郎はぱっと明るく笑った。
「そうだな!!今夜は二人の退院を祝って何かうまいもんでも食うか!!」
「じゃあ、久しぶりに私が腕をふるっちゃおうかしら♡」
途端にげっと牽かれた蛙のような声を出す小五郎とコナン。こてんと不思議そうに小首を傾げて見守る蓮。蘭はその様子を見てあー…と苦笑した。
食欲が無い、麻雀の約束が…となにかと理由をつけて逃げようとする二人。英理は「子供がこんな大変な時に麻雀ですって!?」と小五郎に詰め寄った。
「それともなぁに?私の料理が食べられないとでも?」
冷や汗をだらだら流す小五郎。蓮は堪えきれずに小さく吹き出した。
「っ、ふふっ」
「「「「!!!!」」」」
「ふふふっ」
つられて皆で大笑い。くすくすと口許を隠して笑う上品な笑い方も変わらない。コナンはそんな蓮を見てホッと息をついた。
(良かった…蓮のやつ思ったより明るいぞ。これなら大丈夫だ!)
明くる日、毛利探偵事務所の前に、明るい子供たちの声が響いた。少年探偵団の子供たちの目線の高さに膝を折り、話を聞いていた蓮はこてんと小首をかしげた。
「ボディーガード?僕の?」
「高木刑事から犯人に狙われてるかもしれないって聞いてよ!」
ふっと車に待機中の高木刑事をみると、困ったように笑いながら頭をかいていた。本当になんというか、お人好しで子供から好かれる人だな。別に不都合なことは何もないので、軽く微笑んで会釈する。
「私たち少年探偵団で蓮お兄さんを守ることに決めたの!名付けて、」
「「「蓮兄ちゃんを守り隊ーーー!!!!」」」
練習してきたのか、きちんと三人でポーズまできめる。唐辛子入り水鉄砲、ブーメラン、手錠と、それぞれ武器を持ってきたらしい。呆れたような顔でため息混じりに「お前らなぁ」と呟くコナンとは対照的に、蓮はふわりと優しく微笑んだ。
「皆ありがとう…!とっても心強いな**」
嬉しそうな柔らかな笑みに、子供たちは顔を見合わせてえへへと笑った。蓮は流れるように立ち上がると、「お礼に冷たいものでもご馳走しようか!上がっておいで」と促す。
はーい!!!!と元気な良い子のお返事を響かせる子供たちを事務所に入れ、蓮は台所で固まった。…そもそも何がどこにあるのかが思い出せない。今日は蘭が外出してるため、誰かに聞くこともできない。…探すか。
何となく見当をつけてここか、と戸棚を開ける。あった、かき氷の機械だ。…意外と勘は信用していいのかもしれない。
「シロップはオレンジかメロン…えっと、皆ー?かき氷なんだけど、オレンジかメロンだったらどっちがいい?」
「歩美オレンジー!」
「俺メロン!」
「僕もメロンがいいです!」
「…私も、メロンでいいわ」
元気な声にわかった、と微笑む。微笑みを絶やさない蓮だが、ここ最近の笑みはどこか覇気がなく、憂いのある表情が目立つ。
「やっほー蓮!今日はね、良いの持ってきたわよ!」
「おや、園子ちゃん。待って、今飲みもの持っていくから」
お盆にアイスティーとかき氷をのせて応接間へと向かう。蓮と園子は、しゃぐしゃぐとかき氷を頬張る子供たちを見ながら、アルバムに視線をおとした。
「ほら、これは全国大会で優勝した時の写真。覚えてない?」
「ううん…」
次のページを捲ると、蓮と蘭、園子、そして工藤新一君という人が四人で写っている写真だった。
「この人…」
「あぁ、工藤くんね!あんたの旦那!!」
(旦那じゃねーって!!!!)
心のなかで吠えているコナンを尻目に、蓮は眩しそうに目を細めた。覚えていない。だけど、この人を見ていると胸の真ん中がじんわり暖かくなって、酷く懐かしい気分になるのだ。
(きっと、大好きだったんだろうなぁ…)
今となっては、当時の僕の気持ちなんてわからないけれど。
「見覚えあるみたいね?」
「えっ!?ホント?蓮兄ちゃん!?」
「…ううん。でも、すごく懐かしい気持ちがするんだ…。それがどうしてなのかは、わからないけど…」
白魚のような指が、愛しげに写真をなぞる。コナンはそれを驚いたように見つめた。本当は、俺が新一なのだと名乗り出てやりたい。だが、記憶なき今そんなことを言っては蓮を混乱させるだけだ。…それに、いっそ黒の組織も裏世界の知り合いのことも、なにも知らずに生きていく方が蓮にとっては幸せかもしれない。
「ねぇ、新一さんに会えば思い出すんじゃない?」
「そうだよ、連れてこいよ!」
「それができれば苦労しないの!!」
子供たちの言葉に、園子がムッとしたように答える。そういえば高校生探偵で、全国の難事件を解決しているんでしたね、と思い出したように言う光彦に、蓮が大変なのにどこをほっつき歩いているのかと園子がぷりぷり怒る。
コナンはその声を聞きながら、やるせない想いを抱えて窓の外を眺めていた。