銀翼の奇術師
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そろそろ室蘭か。高度を2000フィードまで下げて…
其処で蓮は瞠目した。暗い。想像したよりも明るさが足りない。何処だ、何処に着陸すれば良い?隣の蘭も暗闇に目を凝らして、暗くてなにも見えないよ?と不安そうに呟く。
地図を頭のなかに描く。だが、勘で着陸できるほどこの機体は小さくもないし、乗客乗員の命も軽くはない。
「蓮君」
「…何ですか、新庄さん」
新庄は蓮の頬に手を添えて顔をこちらに向けると、その目元に優しく唇を寄せた。テメェ!!!!とコナンは新庄の服に掴みかかり、蘭と園子はぇええええ!!!!????と目を剥く。蓮は緊張でいっぱいいっぱいな為に瞳をゆらゆら揺らしてハテナマークを飛ばす。
「お前なら出来る。俺を信じろ」
「ぇ…」
新庄は、なんか墜落しそうだし俺は降りるぜ、と笑った。呆気に取られる皆を残し、油圧をさげるスイッチを押してキャビンへと歩いていく。園子はそのあとを追いかけた。
ついでけたたましい警戒音が鳴る。狼狽える蘭に、蓮は冷静に大丈夫だよと言って警報スイッチを切った。今のは扉が開いたことを知らせるもの。…飛び降りたのか。なるほど、それで油圧をさげるスイッチを…。
「コナンくん…ううん。なんでもない」
蓮はそう言って唇を噛み締めた。徐々に少なくなる燃料。一向に明るくならない視界。このままだと着陸に挑戦しようがしまいが墜落してしまう。
(蓮…)
出来ることなら、新一として傍にいて声をかけてやりたいが、蘭と園子がいる今、下手なことをしては正体がばれてしまう。本当は相当不安で堪らないんだろうに、ここまで弱音一つ吐かなかったのは、隣で座っている片割れが動揺しないように。
戻ってきた園子は神妙な顔つきで操縦桿を握る二人に、大丈夫よ!と明るく笑った。蓮には私も蘭もついてるじゃない!とにかっと笑う彼女に、蓮は目を瞬かせる。
「それに、3人寄れば真珠の知恵って言うじゃない!?」
「ふふっそれを言うなら文殊の知恵でしょ?」
くすくす笑いながら蘭が突っ込みをいれる。蓮もつられて小さく笑い、少し元気出た、と呟いた。コナンは僕ちょっとトイレ!と席をたつ。園子に自分がつけていた予備のヘッドセットを手渡して。
行っちゃうの?と言わんばかりに一瞬不安げな色を閃かせた蓮に罪悪感が募るが、今はこれしかない。コナンはキャビンの機内電話を拝借すると、コックピットに向かって無線をかけた。蘭は管制と繋がったのかともしもし!?と声をかけるが、聞こえてきたのは久方ぶりの幼馴染の声。
《蓮、聞こえるか?蓮!?》
「新一…」
《今札幌コントロールからかけてんだ》
俺の言う通りにすれば絶対無事に着陸できる
《ぜってー守ってやるから、心配すんな》
新一の声に、蓮は返事を返さない。蘭と園子が、返事してあげなよと小声で促す。
「…んだよ」
《え?》
「何なんだよ…もう。勝手な期待ばっかり押し付けてさ。僕の両腕には乗客みんなの命がかかってるんだよ。いい加減なこと言わないで…!」
蓮の声は震えていた。それは理不尽な現実と、重大な使命による恐怖。蓮は、泣きそうな声でごめん。今のは八つ当たりだった、と呟いた。
「声をかけてくれなくて良い。…ただ、そばにいて欲しいんだって、少しは分かってよ。ばか」
(蓮…)
可愛らしい小さな我が儘。いつも皆に頼られ、孤高の天才と言うべき存在だった蓮が、寄りかかりたいときに限って、自分は傍にいられていない。己の間の悪さと、甲斐性の無さに新一は悔しげに唇を噛んだ。後で思いきり甘やかしてやろう、と心に決め、半ば拗ねているような蓮の機嫌をとろうと声をかけようとしたとき、蓮は明かりだと呟いた。
明かりが見える。赤い帯状の明かりが大量に連なっている。コナンもばっと開いたドアから身を乗り出して明かりの正体を確認する。…パトカーだ!恐らく先に飛び降りたキッドが引き付けてくれたんだろう。
《いけるな、蓮》
「言われなくても…!蘭、左に旋回するよ」
「わかった」
蓮は操縦桿を左に倒した。機体は左にゆっくり旋回していく。赤い光は埠頭を縁取るように並んでいる。…彼処を目掛けて降りれば…
「蘭、ギアレバーを下げて、フラップを引いて」
「う、うん」
これだよ、と片手で指差し説明する。失敗は許されない。一発で決める…!!!!
機体は容赦なくパトカーを踏み潰す。蓮は機首を下げ、ブレーキレバーに手をかけた。その手に、園子と蘭が手を重ねる。三人は顔を見合わせ、ふっと微笑むとブレーキレバーを下げた。
けたたましい音をたてて車輪にブレーキがかかる。目の前に迫るのは巨大なクレーン。このままでは突っ込んでしまう。
とまれ、止まれ止まれ!!!!
《ラダーだ!!!!右足でラダーペダルを押せ!!!!》
蓮はラダーペダルを全力で踏んだ。ラダーペダルとは飛行機の方向舵だ。機体は左右に首を振りながらズリズリと前に進んでいく。そして、火花を散らしながらクレーンに突っ込む寸前でピタリと止まった。
「と、まった…」
蓮は呆然と呟いた。ふっと隣に目を向けると、蘭と園子はその場で気を失っていた。力が抜けたんだろう。キャビンからは歓声が聞こえてくる。
(終わったんだ…良かった…)
蓮の意識はふっと遠退き、其処でプツリと途絶えてしまった。
「やったね蓮兄ちゃん!…蓮兄ちゃん?」
キャビンから駆け込んできたコナンは、返事のない蓮に血相を変えて運転席を覗きこんだ。細いたおやかな腕はだらりと力なく垂れ、最悪の想像が過る。
「蓮!!!!」
蓮は機長席で気を失っていた。視線を巡らせれば、園子と蘭もぐったりと目を伏せている。どうやら3人とも気を失っているだけのようだ。…無理もない。大分無理させてしまったからな…。
(よくやったな、蓮)
コナンは蓮の栗色の柔らかな髪をそっと撫でて、ふっと淡い笑みを浮かべた。
「中々派手なランディングだったな」
「快斗…」
救急車で貰ったココアを飲んでいた蓮は、ぽんぽんと頭を撫でてきた救急隊員の顔を見て、花が咲くように笑った。僕頑張ったでしょ?なんて茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せる蓮は、何処か幼げで可愛らしい。
「怪我無いか?」
「特には無いよ。ありがとう」
「…ごめんな、最後まで一緒にいられなくて」
蓮はしょんぼりと肩を落とした快斗に、アクアマリンの宝石のような瞳を瞬かせた。暫しきょと、としていたが、すぐに困ったように微笑んで小首をかしげる。
「どうして?体張って滑走路が見えるようにしてくれたんじゃないか。快斗のお陰でちゃんと着陸できたんだよ。本当にありがとう**」
「蓮…」
快斗は荷台に腰かける蓮に覆い被さるように片ひざをついた。状況が読み込めないようで不思議そうな表情の蓮に妖しく笑うと、そっと顎を持ち上げ、顔を傾けた。今にも唇が触れ合う寸前…
スコーーンッッ
実に小気味良い音が響いた。見ればペンが一本転がっている。え?と蓮が目を白黒させていると、成実が蓮君!!!!と叫んで快斗を押し退けるとがばりと抱きついてきた。
「え?成実さん、ペン…え?」
「大丈夫か!?」
快斗はヘルメットにペンが直撃した衝撃に、いってー…と涙目で呟いている。何するんですか、と頬をひきつらせると成実はぎろりと快斗を睨んだ。
「コソ泥風情がオレの蓮君に気安く触るな」
今は怪盗キッドがいると騒がないでおいてやるから早く散れ、と腕の力を強めた。そんな取りつく島もない成実に肩をすくめると、快斗はじゃあなと蓮に投げキスをして姿を消した。
「成実さん、痛い…」
「…ごめん。でも今は、もうすこしこのままで」
成実の肩は小さく震えていた。すっぽりと自分の腕に収まってしまうほど華奢な体に、乗客乗員全員の命を背負っていたのだ、この少年は。
蓮はそっと目を伏せると、すり、と控えめにその胸にすり寄った。また心配をかけてしまった。毎度毎度、厄介事に巻き込まれては彼に多大なる心配と心労をかけている。
「ちゃんと帰ってきましたよ」
「うん。…おかえり、蓮君」
こつんと額を合わせ、視線を絡める。どちらともなくふっと笑みを浮かべて、蓮と成実は穏やかに笑いあった。