銀翼の奇術師
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麗らかな昼下がり。毛利探偵事務所には、珍しい依頼人が訪ねてきていた。
「なるほど…これがキッドからの予告状ですか」
「はい。これが今朝自宅のマンションのベランダに、大きなバラの花束を添えて置いてあったんです」
コナンは頬杖をつきながら牧 樹里という女優を見つめた。蓮とは系統が違うが、女優だけあって確かに美人だ。バラの花束に相変わらず気障な野郎だと呆れたように目を眇る。
『Romeo Juliet Victor Bravo! 26の文字が飛び交う中、"運命の宝石"をいただきに参上する 怪盗キッド』
予告状に書かれていたのはそんな文と、二つに割れたスペードの2のトランプのイラスト。
父の後ろに控えた蓮は、対照的な依頼人たちをちらりと盗み見た。樹里がどこか高慢な笑みを浮かべながら堂々としているのに対し、マネージャーの矢口真佐代は、とても神妙な面持ちで控えめに座っている。
蘭がどうぞ、と珈琲を運んでくる。ありがとうと短く礼を言ってカップを口に運ぶ矢口を見てから、樹里も珈琲に口をつける。…が、すぐに眉根を寄せてかちゃんとカップを置く樹里に、矢口は焦ったように話を変えた。
(……あー…噂には聞いていたけど、思ったよりキツイ女性なんだな。牧 樹里さんって)
以前樹里の舞台で演奏したというオーケストラの団員に、蓮ちゃんとは合わないよ~と言われていたのを思い出す。成る程、確かに僕は苦手かもしれない。
「この、運命の宝石というのは?」
「あぁ、これです」
すっと出された宝石箱の中には、スターサファイアと呼ばれる大粒のサファイアと、それを縁取るように数多のダイヤで彩られた美しい指輪があった。表面に浮かぶ交差する三本の線は、それぞれ信頼、希望、運命を表していることから「運命の宝石」とも呼ばれている。
見事なもんですなと小五郎は感嘆の声をあげる。ブルーサファイアをこよなく愛したジョゼフィーヌにちなんで、今回の舞台でも使っているのだという。
「汐留に新しくオープンした劇場宇宙(そら)で、今ジョゼフィーヌという舞台をやってらっしゃるんですよね!」
ジョゼフィーヌとは、ナポレオンの最初の王妃であり、バラのコレクターとしても有名だった人物。エキゾチックな美貌の持ち主だが、大変な浪費家で夫のナポレオンのことも「つまらない男」と揶揄したり、浮気相手を何人も作るなどなかなか恋多き女性だったという。
(成る程。それでバラの花束か)
蓮とコナンは納得した様子で、顔を見合わせて頷いた。小五郎はRomeo Juliet Victor Bravo…なんて予告状を読みながら首を捻る。ロミオ、ジュリエット…?
「樹里さん。今あなたがお出になっているその劇場で、ロミオとジュリエットをやりませんでしたか?」
「えぇ、私は出ておりませんが、宇宙のこけら落としで…」
それが何か?と小首を傾げる樹里に、小五郎は分かりましたよ、と静かに告げる。えっ!?と顔をあげる皆に、小五郎は意気揚々とこの予告状には3つのWと1つのH…誰が(Who)いつ(When)どこで(Where)どうやって(How)が含まれているのだと語る。
まず誰が、これは言うまでもなくキッドだ。どこでとは、ロミオとジュリエットを上演した宇宙の舞台上で。犯行予定時刻はブラボーという単語から、観客から喝采を浴びるとき。最後のどうやってだが、征服者という意味のビクターからナポレオンに変装して犯行を行うことを示している。二つに割れたトランプは勝利のVサイン。つまり、キッドは劇場宇宙で、今樹里が出演しているジョゼフィーヌの舞台の、観客から喝采を浴びるまさにその時、ナポレオンの姿で現れるということ。
「ブラボー!ブラボー毛利さん!さすが名探偵ですわ!」
樹里は笑顔で賛辞を送り、拍手した。隣の矢口も、その姿を見て拍手を送る。なっはっは!と笑う小五郎を尻目に、蓮とコナンは予告状を覗きこんだ。それにしても……
(いつもは連絡くれるのに、今日はくれないんだ…快斗)
蓮はどこか寂しそうに予告状を見て目を細めた。いつもは今度はどこの宝石を狙う、なんて情報を逐一教えてくれる。それがないと言うことは、今回は何の目的で…?
「Romeo Juliet Victor Bravo…」
26の文字が飛び交う中…26と言えばアルファベットが一般的だ。それが飛び交い、そして先の4つはそれに関連する…
(航空無線用のアルファベット…?)
無線ではA,B,C,などとは言わず、AはAlpa, BはBravo,Cは Charlie等と言うことで出来るだけ誤解を防ぐようにしている。ということは、これらが飛び交う中とは飛行機内での犯行ということになる。…ダメだ。今はまだ不確実なことが多すぎる。
「蓮兄ちゃん分かった?」
「んー…取り敢えず、父さん。この26の文字が飛び交う中っていうのはどうやって解釈したの?」
「そこにかいてある英語の文字を数えてみろ!全部で26文字だろうが」
えぇー…と蓮は納得がいかなそうに柳眉を寄せた。コナンは子供らしく無邪気にそっか!と言うと文字数を数えていく。蘭も一緒になって覗きこみ、数を数える。
ジョゼフィーヌの舞台は今日までだという。ではキッドが狙うのは今日か…と小五郎は独り言ちた。何としてでも阻止しなくては。その時、コナンのあれれ~?というどこか間の抜けた声が聞こえ、拍子抜けする。
「今度はなんだ!?」
「だっておかしいよ?これ22文字しか無いんだもん」
「エクスクラメーションマークを入れても23文字…あと3文字足りないよ」
3人で数えたから間違いないよと言う蓮の言葉に、コナンと蘭も首肯く。小五郎はばつが悪そうにこほん、と小さく咳払いをすると樹里に向き直った。
「キッドが今夜、その宝石を狙ってやって来るのは間違いないでしょう」
「はい。わかりました…其処でご相談なんですが、もちろん警察にはこれから参りますけど、今夜劇場へ来ていただいてこの宝石を守っていただけないでしょうか?」
「良いでしょう。不肖この毛利小五郎。美人の頼みは断ったことがありません」
父の言葉に、蓮は困ったように微笑み、蘭はジト目で小五郎を見下ろした。まったく、美人に弱いったらありゃしない。ありがとうございます!と声をあげた樹里は、隣の矢口を肘で押して早くしろとせっつく。
慌てて取り出した封筒を引ったくるように奪い取ると、樹里はなに食わぬ笑顔で今夜のチケットだと差し出した。
「お知り合いの方も是非ご一緒に」
「ありがとうございます」
笑顔でチケットを受けとる小五郎を尻目に、コナンは手に取った予告状を険しい顔で見つめた。26の文字と言えばアルファベット…そしてこのトランプ。とてもVサインには思えないのだが…。
悩む蓮とコナンを窓の外からじっと見つめていた白い鳩は、誰にも気づかれることなく静かに飛び立って姿を消した。