天空の難破船
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ダイニングでは、リーダーの男が再び聞こえた鈍い音に、トランシーバーに向かって吠えていた。
「何があった!?キャットB!!」
《キャットBなら屋根の上で伸びちゃってるよ。おかしいね、猫は背中から落ちたりしないのに…》
子供達は、コナンの声にわっと歓声をあげた。コナンだ!!戻ってきたんですね!!キッドさんと蓮お兄さんも一緒ね♡という声に、思わず不満げにキッドさんはいねーよと返す。
リーダーの男は、キャットC、D、E、Fにコナンを見つけ次第殺せと命じる。蓮はさて、とそっと隠れていた客室を後にした。そして、ダイニングからなるべく離れた場所、喫煙室の辺りをそっと窺う。…いた、一人。
蓮はばっと目の前に躍り出ると、一気に間合いを詰めて上段蹴りを放った。声もなく昏倒する男に、失礼しますね、なんて可愛らしく微笑むと、蓮はその腰から拳銃を抜き取る。
「これ、お借りしますよ」
勿論、後々面倒なことにならないように手袋をはめてはいるけれど。球数は6。まぁまぁというところか。蓮はそのままダイニングの方へと移動し様子を窺う。
《残りの人、聞いてる?リーダー、やっつけちゃったよ。他の3人も》
「な、何?いい加減なことを…」
コナンの声に、一瞬動揺した様子を見せた男に、うりゃ~~!!と中森が飛びかかる。行け!!ルパン!!と命じられ、ルパンは激しく吠えながら男の腕に噛みつき、爪を立てる。
「イデ~~~~!!」
堪らず悲鳴をあげる男。裏切り者のウェイトレスは、次郎吉に向かって銃を発砲するも、小五郎に背負い投げられる。
(これは僕の出る幕無くなっちゃったなぁ…)
蓮は苦笑して、物陰からスッと姿を現した。その時、ルパンに噛まれていた男が、ルパンを振り切り、腰元のナイフを片手に襲いかかってきた。子供達は悲鳴をあげて固まってしまい、園子たちも恐怖のあまり動けない。男は一番奥の無防備に歩いてくる蓮に狙いを定める。
皆は男の狙いの先を見た時初めて、蓮の姿を確認した。帰ってきたのかもへったくれもない、行くときも帰ってくるときも命の危機に晒されている少年に灰原は半ば呆れたようにため息を漏らした。…それは、蓮がナイフごときで立ち向かってきても、勝てる人間だと知っているからだけれど。
「はぁっ!!」
蓮は振り上げられたナイフを避けるように身をかがめ、その低い姿勢のまま、相手の腹に思いきり蹴りを叩き込んだ。今度こそ昏倒する男に、蓮は困ったように柳眉を下げる。
「もー、危ないですよ」
襲いかかってきた男を蹴り一発で沈めたお前が何を言うか。
老若男女問わず、その場にいた皆の心が一つになった。本当にくるくる表情が変わって可愛らしいこの少年は、どうしてこうも戦闘民族に育ってしまったのか、それは毛利家一生の謎である。
「蓮くん!!」
「成実さん…っふわ!?」
蓮は成実に痛いくらい抱き締められた。その肩が僅かに震えているのを感じて、蓮はそっと目を閉じる。おずおずと白魚のようなたおやかな手を背中にまわし、ポンポンと背中を撫でる。
「ふふっ**…ただいま、成実さん」
「……無事で、良かった」
ぐりぐり首筋に顔を埋められ、くすぐったそうに笑いながら蓮はその黒髪を撫でる。仲睦まじい再会の様子に、蓮が居ないときの成実の荒れっぷりを知っている面々は、もう少し待っていてやろうと目をそらした。
飛行船を使ったバイオテロは陽動作戦。本当の目的は皆を避難させ、もぬけの殻となった寺で国宝の仏像をいっぺんに盗み出すこと…
(随分とダイナミックな犯罪だよなぁ…)
多数の県を、それこそその県民のことを考えると巻き込まれた人間の数は半端な数じゃ収まらない。あ、と呟いた蓮は実に面白くなさそうな顔をしたコナンに手招きした。
「なぁーに?蓮兄ちゃん?」
それはそれはいい笑顔を浮かべて、コナンは二人を引き剥がした。幼馴染の、軽々しく他の男に抱かれてんじゃねぇと言わんばかりの顔に、蓮はおっとり微笑んで誤魔化す。
正直、外国の友人が多いこともあって、ハグすることに抵抗が無いせいなんだろう。だが、それはそれ、これはこれ。一人の男として、想い人が別な男の腕の中に収まっていることほど面白くないことはない。コナンは見せつけるように、蓮の手をとってしっかりと繋いだ。
「皆さんに伝えた?殺人バクテリアの正体」
「あぁ、っと、そうだった。」
今回のバイオテロ。誰も細菌になど感染していないという旨を告げると、皆は訝しげに二人を見た。でも、発疹が…と呟く蘭に、コナンはにこっと微笑んだ。
「あの発疹はただのかぶれ!多分、漆にかぶれたんだと思うよ!さっき倒した中に、手の爪が黒くなっている人がいたから、もと漆職人か何かで、彼は漆の耐性があっただろうし。」
つまり、犯人達は最初から細菌なんか盗んでなかった。ただ、実験室を爆破して、今回のバイオテロを本当っぽく見せただけだよ。
その証拠に…とコナンはポケットからアンプルを取り出した。皆は思わず息を飲む。蓮はやんわりと微笑むとそれをコナンの手から受け取った。
「リーダーの前で、コナンくんこのアンプルの蓋を開けようとしたけど、リーダーは騒ぎもせずに平気な顔してたみたいだよ」
もし本当に細菌が入っているのなら、みなさんみたいに見るだけでも恐怖を覚えるでしょう?
恐らく犯人達はこの喫煙室の至るところに漆を吹き付けたのだ。ソファ、ドアの取っ手、壁…だから、感染したとされたウェイトレスの女性や水川さんの掌や腕に発疹が出たのだ。彼処は色んな所に触れやすい場所だから。
蓮がそう説明したとき、コナンは何かに気づいたように瞠目した。ついで、弾かれたように医務室めがけて走り出す。ばっとドアとカーテンを開けるも、中にいたのは手足を縛られ、猿轡を嵌められたウェイトレスの女性だけ。
「蓮、お前は皆を頼む」
「分かった」
コナンは、蓮に一つ頷くと屋根の上を目指して走り出した。藤岡が未だ船内に潜伏しているとは考えにくい。となると、残るはこの飛行船の屋根の上。
上に上がると、いた。藤岡だ。
「待てよ…」
コナンの声に、藤岡はゆっくり振り返った。
「…部下達を置いて一人で逃げようなんて、卑怯だと思わないか?ハイジャックグループのボスの―――――藤岡隆道さん!!!!」
「小僧…よく俺の正体を見抜いたな?」
「あんたが最初の感染者を装ったことで、すっかり騙されちゃったよ」
恐らく、離陸してすぐあの女の部下が喫煙室内に漆の液を撒き、アンプルを置いたんだろう。勿論、この男の指示で。その後、この男は喫煙室に入ってわざと漆にかぶれた。細菌に感染した様に、皆に信じ込ませる為に。
「スカイデッキでアンタが小五郎のおっちゃんを喫煙室に誘ったのも、蓮の体を掴んだのも、邪魔になりそうな人物を感染者にして、動きをとれなくするため…」
生憎と蓮は携帯を弄っていて腕をつかむことはできなかった様だから、部下に窓から突き落とすように言ったんだろ?おっちゃんの方はビールに睡眠薬でも仕込んだんだろうが、蓮はまだ未成年だからな。
元医者の成実さんも邪魔だと言えばそうだが、正直余計なことをされる前に制圧し、人質がいれば彼は動けない。
藤岡は、余裕な笑みを浮かべて黙って推理を聞いていた。
「水川さんとウェイトレスさんの発疹は、掌や腕の後ろがわ。喫煙室で何かに触れたんだろう。反対に、元太は喫煙室を覗いただけで、何にも触らなかったから発疹が出なかった」
つまり藤岡だけなのだ。何かに触れにくい顔や喉にまで発疹が出たのは。それに、リーダーは絶えず誰かと電話していたみたいだし。だから、分かった。
「アンタが喫煙室に吹き付けられた漆を身体中に塗りつけて発疹を作り、細菌感染の恐怖を煽って自らを隔離させ、誰にも見られないところでテログループに指示を出していた大ボスだってことがな!」
藤岡はフンッと鼻を鳴らした。なかなか見事な推理だが、大事な点を見落としている。――そう、俺は別に一人で逃げようなんて思っちゃいないのだ。金で雇った部下は全員捕まったが、まだ元からの部下がいる。
そう、まだ切り札は残っているのだ。