天空の難破船
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念のためにと消毒用アルコールを、二人が倒れこんでいた床やテーブル、手すりなどに吹き掛け、消毒する。一旦落ち着こうと、消毒済みのダイニングで状況を整理する。一体いつ、殺人バクテリアがばらまかれたのか。犯人は今のこの船内に潜伏しているのか。
蓮は廊下を走るようなパタパタという音に顔をあげた。…誰かいる、しかも複数人。まさか……。
そこまで考えたとき、けたたましい音をたててドアが破られる。ついで全身黒ずくめの武装したテロリストが雪崩れ込んできた。
「動くな!!」
銃口を向けられ、一同は凍りついた。ついで、顔を隠していない髭面で鼻の頭に傷のあるがたいの大きい男が悠々と入ってきた。
「アンプルは見つかったか?」
蔑んだように笑う様は、まるでネズミを狩る時の猫の様。赤いシャム猫のリーダー格らしき男は銃口を突き付けながら不敵に笑った。
この船内に爆弾を仕掛けた。おとなしく言うことを聞いていれば爆破したりはしない。
吠えたてるルパンを、次郎吉が嗜める。カメラマンの石本がそろそろとビデオカメラに手を伸ばしかけたとき、リーダー格の男は容赦なくカメラを撃ち抜いた。
「大人しくしろと言った筈だ」
男は船内放送でクルーを全員ダイニングに集めるよう指示を出した。蓮は心のなかで小さく舌打ちする。子供たちがまだ船内にいることを悟られてはいけない。
恐らく、飛行船内部の爆弾に関してはコナンが解体出来るだろう。人質の中に、奴等の仲間が複数人いる可能性は十分にある。誰かが余計なことさえ言わなければ、コナンの機転で子供たちは逃げ切れる筈だ。
「蓮くん」
「っ、成実さん…」
守るように肩を抱かれる。相手が持っているのは銃であり、その上此処には武術が出来ない者や子供もいる。…明らかに、こちらは分が悪い。
「この飛行船は、我々赤いシャム猫がハイジャックした!!!!」
リーダー格の男が声高に叫んだ。袋が差し出され、携帯等の通信機器を全て奪われる。灰原は博士の影に隠れ、探偵団バッジでコナンに連絡を取った。飛行船がハイジャックされたことを告げると、やっぱりなと返ってくる。内部に侵入する姿を確認したのだろう。
ハイジャック犯の要求は、服役中の仲間の解放でも、金でもない。男は中森に携帯を投げ渡した。飛行船はこのまま大阪へ向かう。但し、少しでも妙な動きを見せたら飛行船を爆破すると伝えろと。
それと…と、男はアンプルを取り出した。緑色の液体が入ったアンプルを揺らして見せる。
「これは例の殺人バクテリアだ。間違っても俺たちを捕まえようなんて思うなよ」
喫煙室だけでなく、このキャビン全体に殺人バクテリアが飛び散ることになるからな!
男の言葉に、蓮は思案を巡らせた。確かに、この飛行船を爆破すれば、ばらまかれた細菌は船外へ流出する。だが、何故爆弾と細菌の両方を使っているんだ?片方だけでも十分にハイジャックは可能だろうに…。
二重の保険にしては、要求が明確ではなく上に大阪へ行くという。しかも、それを警察に伝えろと。一体何が狙いなんだ?大阪に何が…
リーダー格の男は次郎吉と共にスカイデッキへ向かった。ダイニングで銃口を光らせるのは二人。カメラマンの石本は、隠れるようにして両手の平を掻き毟る水川を見咎めた。
何でもないと手のひらを隠す水川の手を、ハイジャック犯の一人がつかつかと歩み寄り、ばっとその手を捻りあげる。掌には先程の感染者二人と同じような発疹が。必死にこれは蕁麻疹だと言い募る水川に、レポーターの西谷はさっき喫煙室に言ったんだと声をあげる。
「行ったけど、感染なんかしちゃいない!!現に、他の場所には…ゴホッゲホゲホっ」
咳き込む水川に、皆が口許を押さえて蒼白になる。水川を押さえ込もうと近付く男二人を見て、今ならこの二人を押さえ込めるかと中森と蘭は構える。その時、一発の銃声と天井のライトが壊れる音が響いた。
(戻ってきたか…)
蓮は視線を巡らせる。次郎吉は怪我がないようだ。今のところ、感染者を除いて負傷者はいない。リーダー格の男は水川のうなじ辺りを銃の持ち手で殴り、気絶させた。
「喫煙室に放り込んどけ!!」
(喫煙室……そう言えば、先に感染した藤岡さんとあのウェイトレスの女性はどうしたんだ?)
先程、制圧したと連絡を受けていたが、報告に医務室は入っていなかった。鍵をかけてあるとはいえ、制圧するためには破るくらいするだろう。喫煙室に送ったのか?いや、連絡はなかった。ということは……
(まさか、リークしていたのか?)
あの二人のうちどちらかが奴等の仲間で、隔離されたことで監視を逃れ、奴等に情報をリークしていたとしたら…。それなら、あまりにもすんなりいきすぎた制圧も、説明がつく。だが、そうなると、この殺人バクテリア自体がフェイクということになる。
「ねぇ、そういえば子供たちが居ないんじゃない?」
西谷の声に、蓮は弾かれたように顔をあげた。このリポーターの女性、先程水川のこともしきりに声をあげていた。まさか…
「子供?」
「あ、えぇ…確か、あの子と同じくらいの男の子が3人と、女の子が一人いた筈…」
「捜せ!!」
男二人は探しに向かった。阿笠はぎりっと奥歯を噛んだ。余計なことを…。
灰原は必死に探偵団バッジに呼び掛ける。
「江戸川くん!貴方たちが居ないのがバレたわよ!男が二人、探しに――!!!!」
ばっとバッジを奪われる。顔をあげれば、ウェイトレスの女性が酷薄な笑みを浮かべていた。
「洒落たことするじゃない」
君!?と皆が驚愕に目を見開く。女はフンッと鼻で笑った。さっと手を振り上げたのを見て、蓮は焦ったように手を伸ばした。
「っ哀ちゃん!!」
蓮は咄嗟に哀を抱き寄せて庇う。ついで頬に熱い痛みが走り、パンッと乾いた音がする。口の中に鉄の味が拡がる。…少し切れたか。
何をするんじゃ!と止める阿笠の声や、大丈夫!?と飛んでくる蘭や園子、そっと背中を支えてくれる成実の気配にホッとする。さて、現状を変えるには、とりあえずこの裏切者に屈するわけにはいかない。
今殴られたのは所謂見せしめ。ここで折れたらそこまでだと、蓮はわざと生意気な笑みを浮かべて鼻をならした。
「子供を殴るとか、おねーさんサイテー」
「今度妙な真似をしたら、殺すわよ!?」
拳銃を見せる女は、めげた様子の無い蓮に舌打ちした。成実は、赤くなった頬をそっと手で包み込みながら、ホッとしたように息をつく。
「まったく…無茶をするな、蓮くんは」
「心配かけてすみません。…哀ちゃん、平気?」
「えぇ、大丈夫。…ありがとう」
灰原の言葉に良かったぁと笑顔を浮かべる。頬が少し腫れてしまっているが、それでも美しさを損なわない辺り、美人ってすごいな、なんて園子たちは現実逃避した。恐怖やら何やらで頭がおかしくなりそうだ。
「おい。お前」
リーダー格の男は、蓮に銃口をむけて声をかけた。びくりと一瞬その細い肩が慄くも、蓮は気丈に相手を見据えて立つ。
「僕が何か?」
「…お前だけ、こっちにこい」
傍に寄れ、との指示に蓮は訝しげに目を細めた。心配そうな皆に、大丈夫と微笑むと蓮はしっかりした足取りで男に歩み寄った。
男は蓮の細い顎を持ち上げると、値踏みするように見た。
「お前が、あの噂の"妃 蓮"か」
「どの噂だか知りませんけど、気安く呼ばないでください」
「頭が切れ、数々の組織と繋がりがある情報戦のwinner。…おまけにその器量と体術、美貌。はっきり言うなら俺達はお前がほしい」
どういうことだ、という視線が飛んでくる。そう、僕はお友達しているんであって、決して裏社会の人間ではない。そもそも、そんなことすら知らない人間が殆どなのに、皆の前で公言するとは、余計なことを言ってくれる男だ。
「―――買い被りすぎですよ。どの妃 蓮くんの話をしているのか分かりませんが、僕はただの一般人です」
「…………フン。そうか」
その時、コナンたちが男たちにつれられて、前に引きずり出された。解除された爆弾を手に取り、リーダーの男は子供たちをじろりと見回した。
「お前らがやったのか?」
「やったのはボクさ。コイツらは関係ないよ」
コナンは男を真っ向から見据える。
「良い度胸だ」
男は蓮の細い手首を掴み上げ、コナンの襟首をガッと引っ付かんだ。まるで猫の子を扱うように持ち上げて窓へ近寄り、そーれ!!とコナンを窓から放り捨てる。
「コナンくん!!!!」
蓮の悲痛な悲鳴が響く。手を伸ばしても届かない。そんな蓮の顎を無理矢理持ち上げ、男はきっと睨み付ける蓮をなめるように見る。舌舐りをする男に、蓮はその手をパンッと払いのけた。
「ほぅ?勝ち気な顔よりその絶望に染まった顔の方が美しいな」
安心しろ、お前も同じとこにいかせてやるよ
ドンッ
痛いくらい体を押され、ついで身体中を襲う浮遊感。
「――――ッッ!!!!」
「蓮!!!!」
皆が窓に駆け寄る。それを制止して、一人のウェイターが後を追って窓から飛び出した。落ち行く三人に、皆は顔面蒼白になる。
成実は目の前が深紅に染まった。冷水をかけられたかのように全身が冷たく強ばり、ひゅっと息が止まる。感情のままに蓮を突き落とした男の横っ面に拳を叩き込む。
渾身の力で殴っても、相手もがたいの良い戦いなれていそうな男。一発で堪える訳もなく、口許から流れる血を拭き取り、ニヒルな笑みを浮かべた。
「なんだ、お前あのガキの保護者か?――それともなんだ、恋人だったのか?」
「ッッ!!」
声なく激昂する成実の肩を、誰かが引き留めた。…阿笠だ。今ここには子供たちや老人がいる。今、暴れて皆を危険にさらしてしまうのは避けたい。
「キッド!!」
子供たちの歓声に、成実たちも窓へと駆け寄る。蓮が空中でコナンを受け止め、そんな蓮をキッドがキャッチして、ハンググライダーで降下していた。
ホッとすると同時に、成実はぎりっと手を握る。爪が食い込み、掌に血が滲んだ。…何も、出来なかった。オレは、何も。止めることも出来なかった上に、落ち行く彼をキッドのように救うことも出来ていない。
滑空しどんどん小さくなる白い翼に目を細め、成実は悔しげに唇を噛んだ。