瞳の中の暗殺者
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人混みに疲れたと、蘭と蓮は連れだってロビーに出ていた。ふと思い立って、蓮は化粧室にいる蘭に声をかける。
「蘭、ちょっと来てもらえるかな?」
「えー?なぁに?ちょっと待って!」
「ふふ、焦らなくても大丈夫。支度はゆっくりで構わないよ」
蓮は内ポケットに入れた可愛らしい包みを確認し、ふ、と口許を緩めた。ウィーンで、片割れに似合いそうなネックレスを見つけて、思わず買ってしまったのだ。
「あら、蓮くんも来てたの?」
「えっ?佐藤刑事?…あ、すいません…」
「ふふっいいのよ!どうせ二人しかいないし!」
化粧室に外から話しかけるなんてはしたなかったな、と蓮は顔を赤らめた。やってしまった…。すっかり気を抜いていた。
「それにしても、二人とも、警察官ばっかでおかしなパーティでしょ?」
「いえ、それより佐藤刑事も気を付けてくださいね」
「え?」
蘭のセリフにきょとんとしたようにすっとんきょうな声をあげる佐藤刑事に、蓮も心配そうにあとを続ける。
「だって刑事さんが次々撃たれてるから…」
「大丈夫よ!私タフだから!」
二人ともありがと!なんて言っている佐藤刑事に苦笑していると、突然後ろから肩を叩かれた。とっさにばっと飛び退けば、きょとんとした顔の風戸という男が立っていた。
「か、風戸先生…!?すいません!///」
「いえ…僕の方こそ驚かせてしまってすいません」
姿が見えたのでつい声をかけてしまいました。なんて困ったように笑う風戸に、蓮ははぁ、と困惑したように微笑みを返す。気まずくてしょうがない。何故この人は自分に話しかけて来たのだろうか?
フッと、電気が落ちた。突然訪れる暗闇に、蓮は驚いたように声をあげた。
「えっ、停電?蘭、佐藤刑事、大丈―――っ!!??」
ゴッ
頭を強い力で殴られた。意識が朦朧とする。何だ、何が起こった?風戸先生の声がしない。この距離で気づかれずに間合いに入って襲えるのは…
「っ蘭ッッ!!」
ドシュッ
鈍い銃声が響く。目の前が真っ赤に染まった。言うことを聞かない体を引き摺るようにして立ちあがり、化粧室へと飛び込む。後ろから蹴りを食らわせて拳銃を叩き落とす。蹴り飛ばし、転がるように着地したとき、何かが足に引っ掛かった。硬くてほそい、鉄のようなものとビニールの膜…?
だが、相手もすぐに拳銃を拾い直して発砲する。殴られて朦朧とする意識のなかで動いている自分と、拳銃を持った相手では勝ち目は明白。パシュッと顔のそばをかする弾丸。
「蓮ッ!!」
庇うように飛び出した蘭の肩に弾丸が当たる。その瞬間、宙を舞っていた懐中電灯の光が犯人の顔を映し出した。
(――――!!!!)
パシュッと放たれた弾丸が、頬にかすって切り傷を作る。どさりと倒れる蘭の下敷きになるようにして、蓮は倒れた。舌打ちをして立ち去る犯人と入れ替わるように、パチリと電気がつく。
「ら、ん…?」
ズキズキと痛む頭。ぐらぐらと目の前が揺れる。 ぬるりと濡れた感触がする。殴られたところから出血しているらしい。そんなことをぼんやり思いながら蓮は体を起こし、瞠目した。空色の瞳に映る両手は、赤、朱、アカ…
「蘭、佐藤刑事…ぁ、あ…っ」
僕が、僕が…
守れなかった…
蓮は震える手で片割れを掻き抱き、自身のネクタイをほどいて止血をする。早く、早く止血しなきゃ…止まらない。血が、止まらない…!
水が溢れて床に溜まっていく。水中では傷口から血液が流れ出す速度が速まってしまう。二人をネクタイで傷口を圧迫しながら、傷口を水から遠ざけるために壁に寄りかからせる。
タタタ…と外から何人かが走ってくる足音がする。良かった。これで、なんとか、助かる…かも…
「蓮!?」
「と、さ…ごめん、なさい…」
「蓮!!蓮ーーー!!!!」
蓮の意識はぶつんと途切れた。
米花薬師野病院の、とある病室。
蓮の長い睫毛がふるりと揺れ、空色の澄んだ瞳がそっと開かれる。硝子玉のようなその瞳は、見知らぬ天井を不思議そうに見つめたあと、己を心配そうに見る面々に、怯えたように瞠目した。
「っ……!」
「蓮!気が付いたんだ!よかった…!」
ここはどこ?皆は誰?知らない人。誰のことも知らない。何をするの?何をされるの?
「だ、れ…?」
「ッッ!!!!」
その場にいた園子は悲鳴のような声をあげてカタカタと震えていた。脱兎のごとく部屋を出ていく園子を呆然と見送りながら、蓮は視線をさ迷わせた。栗色の髪を高い位置で纏めた美しい女性が、悲しげな顔でこちらを見ている。居心地が悪くて、蓮はそっと視線をそらした。
「ここは病院よ。貴方、自分の名前。わかるかしら?」
「なまえ…」
僕は…僕は、誰?
わからない…
そっと首を横に振る。女性は、そっと寄り添って僕の背を撫でてくれた。そっと頭に手をやると、ざらついた感触があった。包帯でも巻かれているんだろうか。
バタバタとけたたましい足音と共に沢山の大人と子供が一人、部屋に入ってきた。誰だろう。…でも、何でかこの子供は不思議な感じがする。
「坊や…誰だい…?」
「ッッ!!」
入ってきた人達が僕の顔を凝視する。駄目だ。頭がいたくて考えがまとまらない。ぐらぐら揺れているような、目眩の酷い視界。
オールバックにちょび髭の男性が、信じられないという顔で僕を凝視して、ひきつった声をあげた。女性が庇うように大丈夫よ、と小さく呟いた。
「…この子…私たちのことばかりか、自分の名前さえ思い出せないの…」
「んな馬鹿な!!お前の父親の毛利小五郎!母親の妃英里だ!」
「申し訳…ありません…何も、思い出せない…」
ぎり、とシーツを握る手に力がこもる。白い手は、血の気が引いて青白くさえあった。申し訳なくて、でも本当に分からなくて。皆が知っている"蓮"という人物になれない自分が歯がゆい。
「蓮…っ」
「…ぁ、」
看護婦さんに連れられてやって来た、長い黒髪の女の子を見たとき、ずきっと胸の奥が傷んだ。誰だか分からない。でも、忘れてはいけない人だったはずなんだ。英理さん…母さんが、そっと彼女を紹介してくれる。
「貴方の双子の妹、蘭よ」
「蘭、さん…ごめんなさい…思い出せない…」
「いいの。…蓮が、思い出してくれなくても。」
びくりと、細い肩が揺れた。美しい顔が怯えたように強ばっている。ちゃんと、分かっているのだ、蓮も。忘れられた者の気持ちを。今にも泣き出しそうな、はりつめた表情の蓮を見て、一瞬悲痛な顔をしたものの、すぐに蘭はにこっと笑った。
「それでも私は、蓮の双子の妹だし、これからまたいっぱい想い出作って仲良くなればいいんだから!」
「…ありがとう」
蓮はぎこちなく微笑んだ。
「っぅ、う…っ」
壁にずるずると寄りかかり、床に座り込む。あぁは言ったけれど、大好きだった兄に忘れられて、平気なはずはない。…正直、記憶を無くしたと聞いたとき、双子である自分は覚えていてくれるのではと淡い期待を抱いた。
それは他の人達にとても失礼で、身勝手な期待だったけれど、それほどまでに双子の絆は強かったから。…期待した分だけ、帰ってきた痛みは大きかったけれど。
(私が、懐中電灯を見つけて、手に取ってしまったから…)
佐藤刑事が撃たれた。その報いなのかもしれない。肩を撃たれた痛みよりも、大好きな兄に忘れられてしまったことの方がずっとずっと痛かった。