月光殺人事件
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一同は、再び月影島村役場へと集められた。目暮は集まった全員に、事件の全容を説明する。
この島で起きた、三つの事件。これらは全て、犯行現場に曲を流し、暗号メッセージを残すという同じ手口。そして、三件ともかなりの力業だ。
したがって、川島氏を海で溺死させ、公民館のピアノの部屋に運んだ第一の事件。この役場の放送室で黒岩氏を刺殺した第二の事件。公民館の倉庫で西本氏を自殺に見せかけて吊し上げた第三の事件は、紛れもなく同一犯。しかもそれ相応の力の持ち主だと考えられる。
成実は、西本の死亡推定時刻を恐らく午後10時から11時の間だと答えた。
「我々が、あなた方をこの役場から帰したのが午後10時。つまり第三の事件は第一の事件同様、容疑者は特定できないということになる」
目暮は、だが、と続けた。第二の事件は、死亡推定時刻及びかかっていたテープの頭の空白部分の時間から、黒岩令子と浅井成実医師のアリバイは成立し、容疑者はこの時役場にいてアリバイの無い、黒岩村長の秘書、平田和明と、黒岩氏、川島氏と共に村長選に立候補していた清水正人。今、診療所で休んでいる村沢周一の3人に絞られた。
蓮とコナンは、妙な違和感に眉をひそめた。第二の事件の現場の血の暗号を見てから…何か妙に引っ掛かっているのだ。
その時、鑑識が第二の事件現場の写真が焼き上がったと持ってきた。机に並べられた写真を見て、二人はあ、と声を揃えた。
「あの、すいません」
「おっ?どうした、蓮ちゃん」
顔馴染みの鑑識に、蓮はふわりと微笑むと、一枚の写真を指差した。黒岩さんの死体の首のそばで何かが光っている。
「これ、何のボタンでしょうか?」
「えぇ…?いや、ちょっとそこまでは分からないなぁ…」
「でも、死体をどかしたあとのこっちの写真を見てみてよ!」
今度はコナンが別な写真を指差す。そちらには光が写っていない。確かに…と唸る鑑識に、ね!っと得意気に笑う二人。実に微笑ましい光景なのだが…
ごんっ
「邪魔だ、あっち行ってろ!蓮、お前もだ!」
「…む」
額を小突かれ、蓮は不満げな声をあげてくるりと踵を返した。蘭と合流すると、彼女は辟易した様子で息をついていた。無理もない。立て続けに三件も殺人事件に遭遇し、しかも間近で遺体を見ているのだから。
「何だかとんでもないことになっちゃったね」
「ほんと…でも、お父さんがきっと解決してくれるわよね!」
「ふふっそうだね」
ぴったり寄り添ってにこにこ喋る双子に、場の空気が少し和む。まったく…本当に仲の良い兄妹だ。
「とにかく、あなた方には明朝、本署まで来ていただこう」
「そ、そんな…」
目暮は困惑した様子の平田に、仕方ないだろうと続けた。この島で起きた三つの事件。その三つの事件を通してアリバイがないのは、清水と平田、そして西本氏の死体が公民館で発見されたとき、同じ公民館のピアノの部屋で何者かに殴られて倒れていた村沢の三人だけ。
「彼は今も意識不明で診療所で手当てされているが、彼の意識が戻り、誰に殴られたかがわかればはっきりするかもしれん。三つの殺人を起こした犯人の正体が――」
≪わかりましたよ、警部殿!!≫
スピーカーから聞こえてくる小五郎の声。蘭は驚いたように目を白黒させ、蓮はやっとかと小さく微笑む。…さぁ、早く真実を聞かせて。
≪そう、ピアノの部屋で村沢さんを殴り倒した人物、それは…平田さん、あなたです!!≫
平田は左手に怪我をしている。それは恐らく村沢を殴ったあと、窓を破って逃げたときに出来たもの。そして昨夜、ピアノの部屋の様子を外から伺っていた、不審な人物の正体も平田だ。
無言で俯く平田を、蓮はじっと見つめた。彼は前から取引をしていたんだろう。第一の事件で殺された川島さんとあのピアノの部屋で、麻薬の取引を。
「ま、麻薬!?」
全員の顔が驚愕に染まる。
≪取引方法は多分、平田さんが外国から買い付けた麻薬をあのピアノの隠し扉の中に入れておき、川島さんが麻薬を受けとる代わりにその代金を隠し扉に入れ、平田さんに渡してたというものでしょう≫
「そうか…彼等が夜な夜な公民館で会っとったのはそのためじゃったか…」
「だが、本当にあのピアノにそんな隠し扉が?」
「僕も見ましたよ。ね、蘭」
「えぇ!私も見ました!ピアノの裏に隠し扉を!」
平田が「呪いのピアノ」と言って村人をピアノから遠ざけたのは、隠し扉の存在を知られたくなかったから。そして第一の事件後、二度に渡って彼がピアノの部屋に行ったのは、まだあの中に麻薬が残っていたからだろう。
そして、それを回収しようとしているところを村沢に見つかり、殴って逃げたのだ。
≪まー平田さんに話を聞けばはっきりするでしょう。彼の家から白い粉でも出てくればね≫
平田はがくりと膝をつく。目暮は取引が縺れて犯行に及んだのかと息巻くが、それはスピーカーから聞こえてくる小五郎の声に遮られる。平田が三つの殺人とは無関係だと言うその声に、二人は揃ってすっとんきょうな声をあげた。では、一体誰が…?
コナンは、彼が犯人なら川島さんを溺死させたあと、わざわざ死体をピアノの部屋に運ばないと指摘した。第三の事件の際、何故かピアノの部屋にいた村沢さんも、犯人ではないと断言する。
≪蓮たちが西本さんの死体を発見したとき、公民館の入り口は開いていたが、倉庫には外側から鍵がかかっていた。とすると、犯人は壊した倉庫の窓から侵入し、西本さんを殺し、再び窓から出たということになる≫
この時、遺書はあったにも関わらず、踏み台がなかった。そんな初歩的なミスを犯すのは、犯行当時に誰かが公民館に来たことに気づき、焦って逃げたと考えるのが自然だ。
「た、確かに…」
目暮はなるほどなと頷いた。では、犯人は誰なのか?
残るアリバイがない容疑者は、清水だけ。それは黒岩村長が殺された死亡推定時刻にかかっていたテープの頭に5分30秒の空白があることから、6時30分ごろに殺されたと考えた場合のもの。だが、とコナンは言った。
あのとき、コナンが血の暗号に倒れたのに、暗号は消えることはなかった。…そう、乾ききっていたのだ。
≪常温だと人間の血液は乾くまでに15分から30分はかかる。だが、あの暗号の血は乾ききっていた。≫
そう、あれは犯人のトリックによって操作された、偽りの死亡推定時刻だったのだ。
犯人は、リバース機能を使ったのだ。曲の入っていないテープの裏面から再生し、リバースによって曲が流れるのを30分以上延ばした。勿論、気づかれないようにパネルの上に死体を被せてボタンを隠し、警察の目を盗んでボタンを解除した…。
「あの時死体に近づけたのは、我々警察以外には…」
そこまで言いかけ、目暮ははっと息を飲んだ。そんな、まさか…
≪そうです!警察以外で自然に死体に近づけたのも、死亡推定時刻を偽れたのも、あの時検死をした…成実先生。あなたしかいないんですよ!!≫
その場にいた皆がどよめいた。彼女は神妙な面持ちでうつ向いている。次々とトリックを語るコナン。スピーカーに向い、だがなぁと目暮は難色を示した。それには、一つ大きな問題がある。今回の事件は全て力業だった。とてもじゃないが、彼女の細腕ではそれは不可能ではないだろうか。
≪成実先生が三つの殺人を起こした動機は12年前に遡ります≫
ピアニスト麻生圭二が焼身自殺をした、12年前のあの事件。だが、真実は違っていた。麻生さんは今回殺された四人の手によって殺されていたのだ。
彼らは麻生さんの海外公演の機会を利用して麻薬を買い付け、さばいていたのだ。だが、麻生さんがもう協力しないと言い出した。秘密が漏れることを恐れた四人は、彼を彼の家族共々、家に閉じ込め焼き殺したのだ。
その事は、彼が息子宛に書いていた暗号の楽譜…告白文に全てかいてあった。そう、彼には東京の病院に入院していた息子がいたのだ。―――「セイジ」という名の。
「せ、セイジって、まさか…」
≪そうです!成実先生の本当の名前は成実(せいじ)…麻生圭二の息子、麻生成実だったんですよ!≫
恐らく、浅井というのは彼の引き取り主の名字だろうとコナンは続けた。蓮は悲しげに眉を寄せる。全ては父親の仇討ちか。…心根の優しい方故だったのか…
その時、警官たちがざわついた。犯人がいない。蓮は、弾かれたように走り出す。行くさきは、きっと麻生圭二さんの寄贈したピアノの置いてある、月影島公民館に違いない。
燃え盛る公民館を見て、蓮は小さく舌打ちした。裏に回り込むと、海へ降り立ち、着ていたパーカーを海水に浸す。十分に濡れたそれを羽織り、蓮は建物の中に侵入した。
「蓮!」
「新一…今は成実さんを」
「ちっ、あぁ」
何でこんな危険なことをと言いたげな幼馴染を一瞥し、二人はピアノの部屋へと入った。中ではピアノに座り、寂しげな笑顔を浮かべた成実がいた。
「終わったよ、お父さん。…なにもかも」
「「まだ終わっちゃいないよ」」
聞こえるはずのない、他の人間の声に成実は驚いて身を起こした。見れば、戸口のところにすすだらけの蓮とコナンが立っている。コナンは楽譜を差し出した。…父の残した、楽譜を。
「ほら、お父さんが残したこの楽譜にも書いてあるじゃない!『成実、お前だけはまっとうに生きてくれ』ってね」
今ならまだ間に合うよ!というコナンの言葉に、成実はふっと自嘲した。そんな告白文が残ってたんなら、オレがあんなことをする必要はなかったかもな、と。
「これを読んでいなかったのに、麻生さんのことをどうやって…」
「自分で調べたんだ」
前々から父の死に不審を感じていた彼は、その真相を探るべく、医大卒業後、この島にやって来たのだという。麻生圭二の息子だとバレないよう、女医師として。
茶目っ気たっぷりに片目を閉じる成実に、明るい人柄を感じて蓮は悲しくなった。こんな人も復讐の炎に身を焼いてしまうのか。煙が充満し、炎の勢いが強くなる。成実はけほっと咳き込んだ。
「さぁ早く出るんだ成実さん…っ今ならまだ…」
コナンが懸命に成実の腕を引く。蓮も、早くと呼び掛ける。そんな二人を眩しげに見つめたあと、成実はすっと立ち上がった。
「もう遅いよ」
「え?っわ!?」
「な、何を…!?」
成実はコナンの胸ぐらを片手で軽々と掴み上げた。蓮が驚いたように止めにはいるも、成実は寂しげに呟いた。
「オレの手はあの四人と一緒…もう血みどろなんだよ」
そう言って成実はコナンを思いきり投げ飛ばした。コナンの体は宙を舞い、窓を突き破る。炎の中に二人だけ。成実は、ごめんね、と小さく笑った。
「流石に君のことは投げ飛ばせないかな。だから、早く逃げて」
「っ何馬鹿なこと言ってるんですか。罪を償わず死に逃げるだなんて、そんなこと許すはずが無いでしょう!?」
声を荒らげる蓮に、成実は視線をそらした。喉が焼ける。もう、長くは持たないだろう。
「オレは、もういいんだ。これを計画したときから、オレは麻生成実の命を捨てて、生きてきたんだ。だから、今更――」
「貴方が捨てた麻生成実の命、まるごと全部この僕が貰います!!!!」
「っ!?」
「逃げますよ!ほら!」
「あっ、ちょ!?うわ!?」
蓮は水で濡らしたパーカーを成実の頭に被せた。ついで目を白黒させる成実の手を引いて走り出す。火の粉が舞い、煙で喉が焼ける。これは暫く歌えないかもな…なんて何処か他人事のように思いながら、蓮は扉を蹴り飛ばした。
開いた扉へと投げ出すように成実の手を強く引いて先に公民館から外へ出した。ついで自分も飛び出す。肩で息をしながら、二人は冷たい地面の上に転がった。
「なんで…なんで君はオレを助けたんだ!オレには、もう…」
「生きる資格なんかないとか言ったら、蹴り飛ばしますよ…っ」
蓮はげほげほと咳き込みながら、ゆっくりと体を起こす。
「僕はね、僕の大切な人を人殺しにしたくなかった、ただそれだけです。」
探偵は推理で事件の真実を、数多の可能性の中から掬い上げる。だが、推理で犯人を追い詰めても、それで自殺させてしまうのは人殺しとかわらない。そんな思いを、あの幼馴染にはしてほしくなかったから。
「言ったでしょ、貴方の命は…僕が貰ったって」
だから、生きてください。
「生きることって、きっと死ぬことよりも辛いことがいっぱいあるんです。勿論嬉しいことだってあるけれど、そんなの人生のうちの一握りしかない。だから、貴方は殺してしまった人たちの分、きちんと罪を償って、苦しんでちゃんと生きてください。」
苦しんで苦しんで、それでもちゃんと生きないと、償いにはならない。
「……蓮くんは、不思議な子だな」
「誉め言葉として受け取っておきますね」
蓮と成実は、顔を見合わせてくすりと微笑んだ。