月光殺人事件
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公民館の外から、人々の喧騒が聞こえる。現村長の横暴を許すな!!農地返せ!!漁場を汚すな!!と怒声や罵声が飛んでくる。
ちらりと窓の外を一瞥した月影島村長の黒岩辰次は、法事だというのに無礼な奴等だと、うんざりしたように呟いた。村長の一人娘の黒岩令子も、眉をつり上げ、憎々しげにうるさい連中だと吐き捨てる。
「平田!何をしてるの!あの者共を黙らせなさい!!」
「は、はいお嬢様…」
ヒステリックに叫ぶ令子に、村長秘書の平田和明はオドオドと頭を下げる。その様子に、令子の婚約者である村沢周一はからかうように声をかけた。
「さっき村のやつに聞いたら、今度の村長選、お前の親父旗色悪いって話じゃねぇか」
「その通り!どうやら私が村民の支持を一番得ているようだ」
島一番の資産家で、今期の村長選立候補者である川島秀夫は、自信たっぷりに笑った。お前は金の使い方が上手いからなと悪態をつく黒岩に、川島はお前に倣ったんだとさらりとかわす。
奥に引っ込んでいた平田は、再びオドオドしながら姿を見せた。村長に会いたいという人がいるとの言葉に、こんなときに誰だと黒岩は眉をひそめる。誰だ、この忙しいときに…。
「そ、それが…東京の探偵の方でして…」
「「た、探偵!?」」
黒岩親子は驚愕に目を見開いた。その焦りともとれる表情に隠されたものは何なのか、探られたくないものでもあったのか…それはまだ、定かではない。
一方、蓮たちはロビーで黒岩を待っていた。コナンは何気なく、近くにあったガラスの扉をあけた。蓮も好奇心に負けて、ひょこっとその部屋をのぞきこむ。
「ピアノ…?」
広い部屋の片隅にポツンと置かれたグランドピアノ。それ以外に家具や装飾品等は特になく、がらんとした印象を受ける。
「でけー部屋だなぁ…ん?」
小五郎は窓の外に視線を投げた。公民館のすぐ裏は海となっていて、窓からは砂浜に降りる小さな階段などを見ることができる。蘭はそんな小五郎を尻目に、ピアノへと近づいた。
「でもこのピアノきったないわねー!少しは掃除すればいいのに…」
「うーん…この調子だと調律はどうなってるんだろう…?」
蓮は柳眉を下げる。音楽をやっている身としては、楽器が蔑ろにされてしまうのが悲しくて仕方がない。埃まみれのピアノに、小さくため息をついて手を伸ばしたとき、後ろから平田の大声が響いた。
「ダメですそのピアノに触っちゃ!!!!」
「!!!!」
蓮は吃驚したのか、華奢な肩を跳ね上げるとぴゃっと手を引っ込めた。あぁ、心臓に悪い…
「それは麻生さんが死んだ日に、ここで行われた演奏会で弾いていた呪われたピアノ!」
そんな呪いだなんて…と乾いた笑いを浮かべる小五郎に、平田は必死にそれだけじゃないのだと言い募る。前の村長の亀山勇の身にも、同じようなことが起こったのだと。
2年前の、麻生の事件の時と同じ満月の夜のこと。たまたまこの近くを通った平田は、明かりが消えて誰もいないはずの公民館の中から美しいピアノの音色を聞いた。誰かいるのかと声をかけたら、音はぴたりとやみ、中に入ると鍵盤の上でうつ伏せになって死んでいる亀山を発見したのだ。
死因は心臓発作。そして、彼が死に際に弾いていた曲もまた「月光」だったのだ。それ以来この島の住民はそのピアノに触れるのを恐れ、いつしか「呪われたピアノ」と呼ばれるようになった。
蓮はそっとコナンに視線を向けた。いいかな?ダメかな…?とまるで捨てられた仔犬のようにこちらを見ている蓮に、コナンははーーっと息をついた。可愛い。…無意識のこれはずるい。
「やってみたらいいじゃねぇか」
「!だよねっ!」
蓮の細い白魚のような指が鍵盤を滑る。即興で音階を確かめるように高低満遍なく弾いているため、この場で作ったオリジナルの曲なのだが、中々様になっている。
突然のことに固まっていた小五郎たちは、焦ったように蓮を止めようと手をのばす。けれどそれより、平田の感激したような声が早かった。
「君は、いや貴方は妃 蓮くんですか!?あの有名な!」
「え?あ、はい…っ!?」
平田は困惑した様子の蓮に構わず、その繊手を握った。TVでよく見る…本当に美人でピアノが上手いんだ…本物だ…なんて恍惚とする平田と、若干怯えたように乾いた笑いを浮かべて手を引っ込めようとする蓮。コナンはぶすくれた顔をしながら、平田の服を引いた。
「ねぇねぇおじさーん。村長さんはー?」
「ハッ!と、兎に角貴方たちは法事が終わるまで玄関で待っていてください!」
我に返った平田に促され、四人は部屋を後にする。と、廊下の向かい側から歩いてきた成実の姿に、蓮と蘭は揃って声をあげた。成実の隣には、村長選立候補者の清水正人が並んでいる。成実も気づいたようで、キョトンとしながら首をかしげた。
「あら、貴方たちまだいたの?」
「成実さんこそどうしたんですか?二人で…」
「ああ、清水さんとはたまたま道で一緒になったのよ!」
「はじめまして、清水です!」
にこやかに話す二人に、蓮もふわりと笑ってお辞儀した。
「亀山さんはね、私がこの島に来て最初に検死した死体だったの。だからお焼香ぐらいはと思ってね!」
「へぇ…そうだったんですね」
検死か、嫌な仕事だよな…なんて蓮は心のなかでひとりごちた。誰だって死体なんて見たくないものだ。しかも、死体がいつも綺麗な状態にあるとは限らない。腐乱していたり、切断、焼尽されていたりと、むごいものだってある。仕事とはいえ、大変だよなぁ…
「じゃあ、また後でね!」
ひらりと手を振る成実と分かれ、小五郎たちは公民館の玄関の外に出てきた。蓮はしゃがみこんで煙草を吹かす小五郎の隣で、考え込む。
おかしい…あのピアノは、何年も使っていないはずなのにどの音も正確に出ていた。鍵盤も錆び付いていないようだったし、恐らく誰かがこっそり調律しているんだろう。…だが、なんのために…?
思案を巡らせていたとき、何処からかピアノ曲が流れてきた。切なく物悲しい、繊細な調べ……―――「月光」が。
((しまった!!))
蓮とコナンは走り出した。靴を脱ぐのも構わず、先のピアノ部屋に駆け込む。そこにあったのは、全身ずぶ濡れでピアノに倒れ伏す川島の姿だった。
(遅かった……!)
蓮はそっとその首もとに手を当てる。…脈はない。既に死亡している。後から駆け込んできた小五郎に、だめだと首を振ると、小五郎はすべてを察したように息を飲んで蘭に駐在所へ連絡をさせる。
「他の人はこの場から動かないように!成実先生、検死をお願いします」
「は、はい!」
コナンはぎりっと悔しさに歯噛みした。一週間前、小五郎に届いたあの手紙。「影が消える」とは光に包まれるという意味。光とは今流れているベートーベンのピアノソナタ「月光」のこと…
そう、12年前ピアニストだった麻生圭二さんが焼身自殺をしたときに炎の中で弾き続けていたという曲であり、2年前に心臓発作でなくなった前村長の亀山さんが死ぬ直前まで弾いていた曲でもあるというこの月光…
(その曲が再び奏でられるということはつまり…あの手紙は満月の夜、再びこの月影島で人が死ぬということを予告していたんだ!)
くそっ…もっと早くこの手紙の意味に気づいていればこの殺人は止められたかもしれないのに。