純黒の悪夢
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作戦開始を待っていたベルモットは、突然の着信に瞠目した。ディスプレイに表示されているのは蓮ではない。…誰だ。
まさか…
「――誰?」
《久しぶりね。ベルモット》
声の主は今現在ゴンドラの中で迎えを待っているキュラソー。ベルモットは、やはり記憶は戻っているのかと小さく息をつく。
《それより迎えはいつ来るのかしら?外には公安が山のようにいるようだけど》
「問題ないわ。じきにジンが迎えに行くから」
《ジンが?》
「えぇ。ところで、いつ記憶が戻ったの?ラムに、貴女のスマホから連絡があったと聞いたけど。もしもそれが、貴女の送ったメールじゃないとすれば…」
キュラソーの頭に、記憶を失っていた時に出会った少年たちが過った。眼鏡をかけた小学生の男の子と、高校生くらいの栗色の髪の少年。今思えば、蓮と呼ばれていたあの高校生は、ジンやベルモットたちがお熱だというあの少年のことか。
《――あのメール?もちろん送り主は私。何か問題でも?》
ベルモットはキュラソーの返事に、そう。とだけ返した。だとしたら、バーボンとキールは白。理不尽に殺されたくないから逃げたという事だろうか。
…なんにせよ、あの二人と仲の良かった蓮には教えられない事だ。勘違いで殺しかけたなんて知ったら、悲しそうな顔をして怒った後、暫く口をきいてもらえないだろうから。
組織の人間が、あんな少年一人にここまで入れ込んでしまうのは滑稽かもしれない。だが、それだけの魅力が蓮にはあるのだ。
ベルモットはモニターを確認して、僅かに目を見開いた。作戦決行まで、あと10秒。
「そろそろ時間よ、シンデレラ。その場でカボチャの馬車を待ってなさい。」
《OK》
電話を切る。作戦決行まで、あと5秒。
「3、2、1…」
発電システムが破壊された。あっという間に水族館と遊園地は暗闇に包まれる。解体をしていた安室は暗くなった手元に思わず手を止めた。
「何!?」
「っ始まったか…大丈夫。明かりなら僕が」
蓮はスマートフォンのライトを翳した。ここは上空からヘリで降りてきたとしても見えはしないから、明かりをつけてもバレはしないだろう。…こんなところ、ジンたちに見られたら僕は即射殺されそうだななんてどこか他人事のように考えながら、安室を促す。
外は異変に慄く人々で大混乱だ。蓮は徐々に大きくなるヘリの音に小さく舌打ちした。スマホのライトだけでは明るさに限界がある。こう暗くては配線の見分けがつかない。もう少しで解除できるというのに…!
「肝心なところで視界を奪われたな…」
「…ここまで、ですかね」
安室の言葉に、蓮は悔しそうに歯噛みする。…こうなったら。
「…秀一さんには申し訳ないですが、爆薬をこのライフルバッグに詰めてヘリにぶつける…とかどうですか?」
「……………………うん?」
安室は目を瞬かせた。この子は突然真顔でとても脳筋な発想を口にするから面白い。いつもはとても理知的なのに。思わず吹き出せば、暗闇でもわかるほどかあっと顔を赤くした蓮が、もう!と頬を膨らませた。
「た、たまには力業で解決するのだって大事なんですよ!」
「っくく、あはは…!そうだな。その通りだ」
ポンポンと頭を撫でる。うん、癒された。…大丈夫。今ので落ち着いたから、まだ頭は回る。
その時、蓮はぱっと顔をあげた。ついでミシミシと硝子の割れる音がする。…とうとう来たか。
「僕、上に行ったコナンくんを探してきます」
「わかった。…気を付けて」
「はい」
蓮は闇の中を駆け出した。ゴンドラはヘリのアームによって持ち上げられていく。と、その時、アームはゴンドラを手離した。
「!?どうして…!?」
あれにはキュラソーが乗っていたのではないのか?まさかミス…?いや、彼らがそんな初歩的な間違いを犯すはずはない。…となると、あのゴンドラに目的のキュラソーが乗っていなかったということか。
(ってことは、確かゴンドラには風見さんが…!?)
蓮はたんっと軽く勢いをつけて飛び降りた。くるりと空中で回転してバランスを保つと、スタッと猫のように階下に降り立つ。蓮はそこで手摺に凭れ、小さく呻く幼馴染に気づいて息を飲んだ。
「新一…!?」
大きな外傷はない。頭からも血が出ているわけではなさそうだ。…どうやら軽い脳震盪を起こしているだけらしい。ほっと息をつきながら、再度呼び掛けて頬を撫でると、コナンは漸く目を覚ました。
「っ!蓮!」
「良かった…。あ、そんなことより風見さん!」
そんなことよりって…と内心ため息をつきながらも、コナンも風見に駆け寄る蓮を追いかける。蓮はそっと風見の傍の床を叩いて、大丈夫ですか?と呼び掛けた。
「風見さん?風見さん!?大丈夫ですか!!…新一、彼は僕が何とかするから」
呻いてはいるから、命に別状はない。だが体を動かすことは難しそうだ。コナンはパラパラと降り注ぐ破片に頭上を見上げ、瞠目した。先程のゴンドラが、今にも自分達の上に落ちてきそうだ。
「蓮!!早くしねーと!」
「…折れていない。これなら僕がおぶっても平気そうだね」
失礼しますね、なんて小さく断りを入れて、蓮は風見を背負って駆け出した。途端に銃弾の雨が降り注ぐ。まずはなんとしてでも風見を他の公安の人のもとに送ってあげなければならないのに。
「っこんな、時に…っ!!」
意識の無い大人一人はやはり重い。銃弾を避けつつ、下へ下へと飛び降りるが、自分一人なら軽々飛び下りられる高さも、二人となると足に負担がかかる。
(風見さんが無事なら、名誉の負傷ってところかな)
ボロボロになると分かっていて、自分から首を突っ込んだのだ。これくらい何でもない。むしろ、自業自得。
銃弾は的確に自分達を狙いに来ている。…熱センサーでもつけているんだろうか。組織の事だから、それくらいあり得そうだが。でも暗視スコープで無い限りは、まだ望みはある。今ここに自分がいることがばれてしまっては不味いのだから。
蓮は勢いよく外へ飛び出した。足が酷く痛む。ヒビでも入ってしまったのだろうか。だが、そんなことには構っていられないとばかりに、そのまま観覧車の周りを取り囲む公安の人々の中に飛び込む。公安のなかでも見知った人たちが蓮くん!?と驚いたように声をあげた。
「この方をよろしくお願いします!!」
「か、風見さん!?」
意識の無い風見もさることながら、蓮もなかなかにボロボロだった。端整な顔は所々切り傷や擦り傷ができ、血がにじんでいるし、服も体も、土埃や何やらで汚れてしまっている。何でもない風を装ってはいるが、細いしなやかな足には血がにじみ、痛むのか僅かに痛む足を庇うように立っている。
(攻撃が一ヶ所に集中している…?誰かが狙われているのか…!)
蓮は観覧車に戻ろうと歩き出しかけ、誰かに手をとられた。…佐藤刑事だ。後ろから高木刑事らも駆け寄ってくる。
「待ちなさい蓮くん!そんなボロボロでどこに行くつもり?」
「っ…まだ、中にコナンくんと安室さんや、子供たちがいるんです!…お願い、します…」
こんなの我が儘だ。負傷した自分が行けば、足手まといになるのは目に見えている。それでも、自分だけのうのうと手当てを受けるなんて、そんなの耐えられない。
佐藤はだめよ、と静かに首を振った。
「大人しく手当てを受けなさい」
「…はい」
今にも泣き出しそうに揺れる瞳に、年相応な反応を垣間見た佐藤と高木は小さく笑った。いつもは年のわりにとても大人びた様子だったから。とても不謹慎だけれど、少し安心した。