はじまりの風は紅く
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一方その頃…
「あぁぁ!!なんてこと私引き受けちゃったんだろぉぉぉ!!兄様にもなんて言えばいいのぉぉ!?」
「即答でしたからね…」
頭を抱える秀麗に、静蘭は思わず苦笑した。恐らく、今頃兄へも連絡がいっている頃だろう。
「あーもーどうしよう!!静蘭何とかしてぇぇ!!」
「ひっ」
百官が揃って頭を垂れている光景に、秀麗は思わず息を飲んだ。緊張が酷い。…だが、何よりも見てしまったのだ、三師の隣でぱらりと扇を開きながら、それはそれは美しい氷の微笑なんて言われる笑みを浮かべた兄の姿を。
(ど…っどういう事だって顔してるぅぅぅ!!)
「お待ち申しておりました。紅貴妃」
霄太子の言葉に秀麗ははっとしたように気を引き締める。後宮筆頭女官の珠翠に貴妃らしく挨拶をしながら、何気なく兄へと視線を戻すと、目を瞠った。
綾は流れるように、それはそれは優雅に百官の前を通り、秀麗と静蘭の前へと歩み出た。気品と威厳のある姿に、自然と二人の背筋ものびる。
「ようこそお越しくださいました、紅貴妃様」
「!?」
「彩相の位を仰せつかっております、紅 綾でございます。慣れぬ事も多いでしょう。女官だけで動ける範囲には限りがあります。ご要望が御座いましたら何なりとお申し付けくださいませ」
ついと下げられた頭にぎくっとしながら「兄様…!?」と小声で呼び掛けると、綾は顔をあげ、ついでふわりと微笑んだ。
「この兄が、責任をもってお支え致します故」
(目が笑ってないわ兄様ーー!!!!)
今回この過保護な兄に心配をかけまくっているのは間違いないのでなんとも言えない。そりゃそうだ。仕事中に「お前の妹王様と結婚したんだってよ」何て言われて平然としていられる方が怖い。
恐らく、静蘭に関しても「主上付きなんて危険なことを…!」と内心気が気じゃないんだろう。元々公子として後宮にいた経験から、なかなか武官のなかでもその職が危険であることを分かっているがゆえに。
「仕方のない子だね。…頑張りなさい」
「うぅ、ありがとう兄様。…よし、行くわ」
小声で小さく気合いをいれ、キリッと顔をあげる秀麗を眩しげに目を細めて見つめながら、綾はこれからのことにそっとため息をついた。
紅貴妃となった秀麗を部屋へと送り、必要となりそうな彩雲国に関する本を手渡しながら、綾はこてんと小首をかしげた。そういえば……
「秀麗。府庫の本に興味はあるかい?一応、読みに来るかと思って、紅貴妃が府庫へ立ち入る許可は出してあるんだけれど…」
「本当に!?兄様ありがとう!!」
ぱぁっと表情の明るくなる秀麗に、綾はホッとしたように頬笑む。可愛い妹が喜んでくれたのなら何より。茶でもどうかと勧める秀麗と珠翠に仕事があるからと軽く手を振って、部屋を後にする。
「彩雲国国王 紫 劉輝。まず家庭事情。末の第六公子であったが、二人の第一公子のうち片割れの公子が、母の紅貴妃亡き後臣籍降下され、その後上五人のうち四人が8年前の王位争いで共倒れ。残りの一人は遥か昔に流罪にされていたため、予想外にも玉座につく」
綾は部屋のなかから聞こえてきた、国王について復習する秀麗の声にふっと笑みをこぼした。本当にしっかりした子だ。
「はぁ~ぁ。所謂棚ぼた即位ね。で、政は……」
(真っ正面から向き合ってくれる秀麗なら、きっと大丈夫だろう。私では"王"を変えることは出来ない)
庭へと降り立ち、十余年前に後宮を出ていったときと変わらぬ景色に目を細める。
『そなたはそなたの思うことを成せ。王なんぞ捨てて構わぬ。…仕事なぞ、そなたの代わりになるものなど、その気になればいくらでもいるのじゃ。だから、皆の唯一無二になどなることはない。だが、そなたがやりたいことを本当に出来るのはそなたしかいないのじゃ。……誰かの唯一無二になれるように生きよ』
「あの頃から、私も少しは成長出来たのだろうか…」
今は亡き母が、嘗てこの庭でそう言って微笑んでいる光景がありありと浮かんで、綾はふっと目を閉じた。
「閣下!ここにいらっしゃったのですか!?」
「御身に何かあったらと気が気でなかったんですよ!」
「おや、すいません」
暫くは何もないだろうか…今のところは王との接触もないから、貴族の過激派が動くこともないだろう。秀麗が後宮に来た意味を考えれば早く王に…劉輝に会ってもらいたいが、会わずにいてほしいと願うのは過保護が過ぎるだろうか。
紅貴妃入内から早5日…
綾は変わらずせっせと仕事をこなしながら、気分転換にと府庫に向かった。
「あーぁ、暇だねぇ、絳攸?」
(おや、先客が…あれは主上付きの藍将軍と吏部侍郎の絳攸…こんなところにいるとは、あの子達もまだ会えていないのか…)
若く才能溢れる有能な官吏、武官である彼らも、仕事が与えられなければただの窓際。心底つまらないだろう。これなら主上付きなんかにされず、バリバリ働いていた方がよっぽど二人の為になったかもしれない。
「その無駄口を閉じてさっさと失せろ!!藍楸瑛!!」
「おぅ、親友になんという言いぐさ」
綾は子供時代から見知っている…最早弟のように可愛がっている従弟と色男な将軍の口喧嘩にくすくすと小さく笑った。本当に、仲が良いったらありゃしない。
「誰が親友だ!!護衛なら護衛らしい格好をして、馬鹿王に張り付いてろ!!」
「だってねぇ、肝心の王は毎日ふらふらしていて所在が掴めないんだよ?ね?綾様」
「な…っ!?」
きゃんきゃん楸瑛に噛みついていた絳攸は、がばっと後ろを振り返った。綾の姿を見つけるとぶわっと耳まで紅くなる。
「あ、綾様!いつからそこに…っ////」
「えぇと…藍将軍の暇だねぇ辺りからかな。驚かせるつもりはなかったんだけれど、声をかける時を逃してしまってね…でも仲良しみたいで安心したよ**」
「いや、その違…っ」
絳攸はおっとりと頬笑む綾に諦めたように頭を抱え、あぁぁ…と情けない声を漏らした。楸瑛は憐れみを込めてその背を見つめる。
「綾様は主上がどの辺りを彷徨いているか見当つきませんか?…というか、探しに行かれたりは?」
「まぁ…見当は何となく。ただ、探しには行かないよ。弟はともかく、王を甘やかすつもりは毛頭無いからね」
毅然とそう言いきった綾は、ついでへにゃんと柳眉を下げた。
「それにしても…何だか申し訳ないね。本当はお前たちのような才能ある若者はバリバリ働いて出世街道をそのまま爆進してもらいたかったんだけれど…」
「!いえ!綾様が謝られることでは」
「そうですよ。というか、綾様軽く王様業務もこなしてるそうじゃないですか。…お体の方は大丈夫ですか?」
楸瑛の言葉に、軽く瞠目した綾は、すぐに表情をもとに戻すとふわりと笑みを浮かべた。先王の妃に似て、体が強くないことを知っている二人は、心配そうに眉根を寄せる。綾はそんな二人の頭を優しく撫でるとおっとりと続けた。
「ありがとう。今は大丈夫。お前たちのためにも、倒れるわけにはいかないからね」
「……無理はしないでくださいよ///」
「ふふっ絳攸は優しいね」
まるでぱたぱたと全力で振られる尻尾が見えるようだ。
「綾様にばかり負担がかかって…」
「ったく!!こんなことでいいのかこの国は!?」
憤慨したように怒鳴る絳攸に、綾も困ったように柳眉を下げる。言っていることは尤もだ。正直、この状態は国民に対しても、他の国に対しても…彩雲国の恥でしかない。
「流石に、霄太子が対策をたてたみたいだが」
「対策?」
胡乱げな顔の絳攸に綾は苦笑を浮かべた。楸瑛はそんな二人に流し目をくれながら続ける。
「王に嫁を与えるという」
「嫁!?そんなことで王が変わるのか!?」
「君の女性嫌いは…相も変わらず根深いね…」
呆れたようにげんなりと呟く。
「女なんぞと関わるとろくなことにならん!!」
「女性と過ごす夜の楽しさを知らないなんて勿体無い…。君、人生半分損してるよ。ね?綾様」
「そう、かねぇ…?でも藍将軍。火遊びは程々に」
ぺちんっと楸瑛の額を扇で軽く打つ。悪戯っ子のように笑う楸瑛と、仕方ないなとばかりに頬笑む綾に、二人の空間を作り出されたようで絳攸はまったくもって面白くない。結果苛立つ気持ちを当たるようにばんっと音をたてて机を叩く。
「そんなことより!!王の嫁というのは一体…」
「お、噂をすれば……」
楸瑛の視線の先に二人は目を向ける。丁度、沢山の本に目を輝かせながら秀麗が入ってきたところだった。本はお好きですかと声をかける楸瑛と、それについていった絳攸を見送りながら、綾はついと外に視線をやる。
(ここは、秀麗にとって残酷な場所なのかもしれない)
城に上がりたいという夢はあれど、こうして着飾って澄ましがおで王のを彩る華として存在したいなんて毛頭考えてなどいない。一番近くて、一番遠い存在がすぐ近くにいる。どれ程勉強して、力を積んで、血の滲むような努力を重ねても、決してなれることはない存在が、近くに。これほど心をえぐられることがあるだろうか。
「部屋まで戻るのなら、途中まで送るよ。外朝は男ばかりで危ないからね」
「!兄さ…ぁ、こ、紅彩相閣下」
そっと歩み寄り、ひょっこりと絳攸、楸瑛の後ろから顔を出した綾に、秀麗はぱあっと表情を明るくさせた。気安く兄と呼びかけ、二人の目を気にしてか、ぎこちなく呼び方を変える。
「ふふっ兄様で良いよ。可愛いお前に閣下と呼ばれるのは何だか距離を感じて悲しいからね」
「本当?…実はね、私も何だか慣れなくて…良かった」
ほっとしたように息をつく秀麗に淡く微笑むと、その肩を抱いて歩いていく。
「あれは…」
「あれが馬鹿王の嫁だよ。君が尊敬する邵可様の娘で、君の大好きな綾様の妹だ。噂には聞いていたけれど、あの二人よっぽど仲が良いようだね」