黄金の約束
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
秀麗が内心吠えていた頃、燕青は塀をよじ登って登場した旧友の姿に、ふっと頬を緩めた。
「やっぱり来てくれたんだな~、静蘭。でも、こんな大人数で来るとは思わなかったけど」
「お前が燕青か」
むすっとした顔で何故私の邪魔をする、と憤慨した様子の青年に、燕青は新顔か?て眉をあげた。なかなか良いとこの出の坊っちゃんみたいだが、誰だこいつ。
楸瑛は、今にも食って掛かりそうな王を羽交い締めにした。うっかりこぼれた"主上"という言葉に、燕青はついと目を細める。そうか、こいつが…
「うわっ…い、てて…」
どさっと着地に失敗したらしい音に視線を巡らせれば、絳攸が腰を強かに打ち付けたらしく、小さく唸っていた。
「あぁ、悪いんだけど李侍郎さん。あっちの離れに綾様と姫さん、それから黄尚書がいるから、事情説明宜しく」
「…わかった」
やれやれと離れへ歩いていく絳攸に、綾と秀麗の名に反応した劉輝は途端にそわそわし始める。
「わ、私も、兄上と秀麗の顔を見に…」
がっと痛いくらいに肩を掴まれる。怖すぎて振り返れない。静蘭はジト目でじいっと劉輝を睨めつけた。
「君、何しにここに来たんです?」
「……………お手伝いですぅ…」
情けなく声が小さくなっていく。この兄、どんどん容赦がなくなっている気がする。いや、確かに二人に会いたいからと夜這い状を認め、参上したのは自分だけれども。
(なんで余がこんなこと…)
まぁ、言っていても始まらない。燕青をおってきた賊どもを撃退しなくては。深々とため息をつきながら、劉輝もすらりと剣を抜いた。
鳳珠は、綾が淹れた茶を飲みながら、絳攸の報告に固まっていた。
「今何と言った」
「庭で暴れているのは、邵可様家人の茈 静蘭、左羽林軍将軍藍 楸瑛、あと主上です、と…」
「…馬鹿王め」
呆れ果てたようにぼそりと呟く。勝手に後宮の外に出やがって何してんだあの馬鹿。朝議で次の国試から女人受験を導入する、なんて発言したときも思ったが、筋金入りの考えなしなのかもしれない。
「絳攸、向こうのお部屋に秀麗がいるから、行っておあげ」
「綾様…」
綾は、静かにブリザードが吹き荒れる鳳珠と、それに怯えたように冷や汗をだらだら流す絳攸を見るに見かねて助け船を出した。
助かったとばかりに顔をあげる絳攸に微笑み、鳳珠に宥めるように小首を傾げる。ため息を一つついた鳳珠は、##NAME1##に促されて戸口へと向かう絳攸を呼び止めた。
「李侍郎。…あの二人、なかなか役に立った」
「!それはようございました」
秀麗と燕青の実力を認める言葉に、絳攸は安堵の色を浮かべた。特に秀麗。国試の女人受験導入の為には、高官たちの賛同が必要不可欠。そのために、戸部尚書である黄尚書の賛同がどうしてもほしかった。
だが、実力主義の戸部を纏めあげる人物だけあって、生半可なことではよくも悪くも採用してもらえない。…だからこそ、秀麗を朝廷に潜り込ませ、仕事ぶりを観察、評価してもらったのだ。滅多に誉めないと有名な黄奇人に、なかなか役に立ったと評価されるとは、相当その実力を買ってもらえたようだ。
鳳珠と二人残された綾は、外から聞こえてくる喧騒に心配そうに柳眉を下げた。賊は数が多いとはいえ、こちらで迎え撃つのは相当な手練れたち。
おいそれとは怪我をすることさえないかもしれないが、それでも心配なことに変わりはない。
「あの、私もお手伝いに…」
「ダメだ」
「…むぅ。私が武道を嗜んでいるのは御存じでしょう?」
「それとこれとは話が別だ。この家の主は誰だ?」
「…………鳳珠様、ですけど」
家主の言うことに従えということか。そう言われてしまっては仕方がない。
「浪 燕青か。確か家の前で行き倒れていたのを拾ったんだったか。…また、お前も面倒な男を引き当てたものだな」
「面倒だなんて…行き倒れの旧友を拾うのにそんなこと思いませんよ。それに、彼は実力は確かですから。…あの頃は、強くて殺しても死なないような人なら誰だっていい、なんて皆思っていましたからね」
浪 燕青…国試を通ってもいないのに、いきなり州府長官に任ぜられた異例中の異例の人物。茶州には、茶一族が実権を握ろうとしてきた歴史がある。
一時的には、茶大保…茶 鴛洵が当主となり、一族を上手く纏めあげていた。…一時的には。
鴛洵は、その後紫州で王の側に控える立場となり、茶州に目が届かなくなってしまった。結果、茶一族の茶州府長官への謀略を許すことになってしまったのだ。
あるものは買収され、傀儡に成り下がり、あるものは暗殺された…
「優秀な補佐官である悠舜様がいらっしゃったとはいえ…彼は武芸もさることながら政の手腕も素晴らしかったでしょう。朝廷が"茶州を忘れ去る"まで、大人しくさせたのですから」
「お前が最後に茶州を訪れたのはいつだ」
「あれは…彼が州牧に着任したときに挨拶をしに行ったのが最後でしたね。それからは暫く茶州へ入ることすら難しかったので、視察に行けておりませんでしたが…」
茶家が雇った刺客たちが、必死になって燕青に挑んでいる辺り、彼は茶州州牧の佩玉と印でも持ってきたのか。茶一族の抑止力であった茶 鴛洵はもういない。鴛洵が生きている間は、彼の妻である縹 英姫がなんとか彼の代理を務めていたが、早馬によれば夫の死後自ら囚われの身になったとか。
「茶一族の横暴も目に余るものがあります。そういえば、先日私にも茶家の次男から見合いの申し込みがありました」
「…………受けるのか」
「受けると思いますか?」
茶家の次男というと、茶 鴛洵の弟…茶 仲障の孫の茶 朔洵か。天下の名門紅家の長子に見合いを仕掛けるとは。綾と朔洵の婚姻が成立すれば、紅家との繋がりができるだけではない。綾の存在そのものが茶家の権威を引き上げることになる。
「…まともな家、まともな人間ならともかく、今の茶家に嫁に行ったが最後、私に自由なんてありません。紅家にとっても、何の特にもなりませんし。むしろ今の茶家と繋がったことによって頭のおかしい奴認定されるかもしれません。そんな結婚は願い下げです」
にこにこと微笑みながらもバッサリ切って捨てた姿に、鳳珠は内心舌を巻いた。あくまで結婚自体に綾本人の感情はないのだ。大切なのは紅家に見返りがあるかどうか。まったく、どこまでも政治家らしい若君である。その返答に、どこかホッとしたものを感じてしまって、鳳珠はふいとそっぽを向いた。