黄金の約束
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「は?夜這い?」
彩相の執務室にのこのこやって来た挙げ句、鼻息も荒くそんなことを言ってのけた弟に、綾は呆れたようにぱかんと口を開けた。
「はい!今夜秀麗に夜這いをしたいと思うのです!」
夜這い?夜這いって…夜に恋人の寝所に忍んでいくという、あの?それは…兄として宣言されたからにはどうしたらよいのだろうか?
(「私を倒さなくては秀麗のもとへは行けませんよ!」みたいなことを望んでいるのかな…?いや、だったら馬鹿正直にこんなこと言いに来たりしないだろうし…)
「邵可と兄上にも許可をもらおうと思ったのです!」
ばんっと卓上に小綺麗な料紙が置かれる。困惑しつつ料紙を取り上げた綾は、ついでその内容に固まった。
『夜に訪ねる。できれば秀麗のご飯が食べたい。二胡も聞きたい。邵可と綾兄上と静蘭と一緒に一晩過ごせればありがたい』
(……………これは…お宅訪問だろうか)
綾はぱたりと瞬くと、無言で料紙を懐へしまった。どうです?と目を輝かせる弟に、それはそれはもう非の打ち所のない笑みを浮かべる。
「父様には私から話しておこう。楽しみに待っているよ。―――その代わり、絳攸たちの話をよく聞いて職務をいつも以上に頑張ること。いいね?」
「!はいっ!!!」
このやる気を無駄に発散させるなんて勿体無い。絳攸なら是非とも有効活用してくれることだろう。
綾自身、愛する弟と夕餉を囲めるのはうれしい限りだ。だがその前に、やらなくてはならないことも大量にあるわけで。
ついと手を伸ばしてよしよしと劉輝の頭を撫でながら、綾は仕事の段取りについて思考を飛ばした。
数刻後、綾が半ば無理矢理黄尚書によって掻っ攫われることになるのを、まだ誰も知らない。
ガタガタと軒(くるま)の車輪が鳴る。太陽の光が燦々と照りつけ、陽炎がゆらりと揺らめいている。げんなりするほど暑い昼下がり。
「……………あの、鳳珠さま?」
「――なんだ」
綾は居心地悪そうに、目の前の迫力美人を見上げた。突然執務室に入ってきたかと思えば、「今日の分はどうせ終わらせてあるんだろう、帰るぞ」なんて言われて、返事も聞かずに軒に押し込まれたのだ。
軒の中だからか、仮面を外した黄尚書―――もとい黄 鳳珠は、困ったようにおっとりと小首を傾げる綾に口角を釣り上げた。なかなかどうして愛らしい。
「…私は何故連れ去られているのでしょう…?」
「我が家で食事でもどうかと誘うためだが?」
「……………………前もってそのような御約束されてましたっけ?」
「忙しいお前に休息をとらせるにはこれが一番確実な方法だろうが」
(…………この方は…まったく………)
突然『突撃隣の晩御飯』させられる身にもなっていただきたい。にやにやと此方の反応を至極楽しそうに見ているのがいやらしい。
「…断られるとか、考えなかったんですか?」
「お前は本気で嫌ならそもそも軒に乗らん。…それに、お前は私に甘い自覚がある」
「っ!///」
くい、と長い指が綾の細い頤を持ち上げる。かぁっと頬を赤らめた綾は、ぷくっと膨れてそっぽを向いた。可愛らしい仕草にくつくつと笑う。
「…そういえば鳳珠様」
「なんだ」
「私に何か隠し事をしていませんか?」
主にお仕事関係で
ギクリと一瞬鳳珠の体が強張った。心当たりといえば一つしかない。実は先に戸部に二人組の子供の賊が押し入り、景侍郎の持っていた宝物庫の鍵を盗んで行ったのだ。
特に報告はしなかったのだが、何故それを――――
「戸部からの特筆事項は無いと思ったが?」
「――なら、良いのですが」
にこっと可愛らしい笑みを浮かべてはいるが、『ほ~~???』という副音声が聞こえてきそうだ。先の意趣返しか。……それにしても耳が早い。
「貴方がこの時間に下がられるなんて、もしや何か外に探しにいかなくてはならぬものがあるのかと思いまして」
「ほぅ?ではお前は探し物に付き合うために来たと。で、宛が外れた今どうする気なんだ?帰るのか」
「……そんなことしないとわかっていて言っているでしょう。!あれは……」
綾は窓から黒ずくめの少年二人がふらふらあるいているのを見つけて目を眇めた。この酷く暑い最中何て格好をしているのか。いや、それよりあのふらふらとした歩き方…
「!いけない…!」
「!綾…ッ!?」
綾はひらりと軒から飛び降りた。慌てて倒れた少年をそっと抱き起こすと、近くにいたらしい秀麗たちも何事かと集まってくる。
「兄様!?」
「これは…ちょっと酷いな。秀麗、お塩とお水を」
「わかったわ!って、貴方もこの暑いのに何て格好してるの!!ほら、さっさと脱ぎなさい!!」
「ほらよ、若さん。塩水」
「ありがとう、燕青」
てきぱきと服をくつろげ、塩水を飲ませる。体温が上がりすぎている。屋敷で看た方がいいと綾が燕青を振り仰いだ時。
「私の家の方が近い」
酷く美しい声がした。
秀麗たちは兄の後ろから現れた迫力美人にあんぐりと口を開けた。誰だこれ。綾とは系統が違うが、彼に勝るとも劣らない超絶美人だ。なんというか、惚けすぎて魂が抜かれる感じの―――
一方綾は背中から聞こえる美しい声に、ぴしりと固まっていた。つい病人を見て飛び出してきたが、―――そう、飛び出してきたのだ。走行中の軒から。
(別に逃げるつもりではないのだし、疚しいことは何もない………けれど)
なんというか、ものすごく居たたまれない。一方の鳳珠は、冷や汗をかく綾を余所に、何でもないかのように声をかける。
「見立ては」
「熱中症ですが、脱水症状が酷いですね。出来るだけ動かさず涼しい部屋で早急な手当てをした方が良いかと」
「軒を寄越す。待っていろ」
兄とは知り合いなんだろうか?と秀麗は目を白黒させる。彩相である兄に対して敬語を使わないあたり、よほど長い付き合いで、彼よりも年上で官位や資産が彩七家ぐらいなのかもしれない。
黒ずくめの少年の片割れ――翔琳は、鳳珠の姿にぎょっと目を剥いた。あれは―――
「!お前は怪じ―――」
「この少年を助けたかったら黙っていろ」
ギロ、と心底殺気の籠った睨みに、怖いもの知らずの翔琳も思わずたじろいだ。殺気と視線に気づいた綾は、大人げないですよと柳眉を下げる。
「に、兄様…あの方何者なの?」
「ふふっんーーーー…知り合いの若様だよ」
(明らかな説明不足!!)
語りたくない、いや、正体を明かせないと言うことか。まぁもしかしたらお忍び、ということもあるかもしれないし、若様本人か望むのなら仕方ないけれど。
そんなことをぼんやり考えていた秀麗をよそに、燕青は、己の横を通りすぎる「若様」がボソッと呟いた声音を聞き逃さず、ぎょっと目を剥いていた。
「くれてやった課題は片付いたか」
「!?」
嘘だろーーーー!?
これがあの黄尚書かよ!?そりゃあ名乗れないし仮面も被るわな!!
「燕青?どうかしたのかい?」
「あ、あーーーいや、ナンデモナイデス…」
「?そうかい?あ、ほら。軒が来たよ。そっと運んであげようね」
綾に促され、一行はバタバタと軒へと急ぐのだった。