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庭から喧騒が聞こえる。窓の側に腰かけて書を読んでいた、桔梗色の髪に紅玉の瞳を持った麗しの公子はぱたりと瞬き、書物を閉じた。
「おや、また騒いでいるようですね」
「綾。私のことはもうよい。…末の公子が心配じゃろう?行っておいで」
「母上…畏まりました。…あ、」
美貌の公子、は己とよく似た母である后妃をくるりと振り返る。おっとりと微笑むと、こてんと小首を傾げる。
「夕餉は清苑と劉輝を連れて、ここでご一緒しても構いませんか?」
「なんじゃ、そんなことか。妾は構わぬ。可愛いお前と共に食事ができるならそれでよい。二人に、妾が楽しみに待っていると伝えてくりゃれ」
ぱらりと扇を開く美女に公子は優雅に一礼すると、流れるような動作で部屋の外へと出ていった。
「また私の可愛い劉輝を虐めているのかい」
お前たちは、東の果ての国に伝わる「浦島太郎」の虐めっこと亀の様だね
甘い声だけれど、視線はまるで冷たく、咎めるように目を眇める綾。幼い頃から恋慕を寄せて、様々な話を聞かせてもらっていた兄弟公子たちは、明確すぎる例えにかぁっと顔を赤らめた。
すたすたと側により、めーめー泣く劉輝をひょいと抱上げて怪我の度合いを確認する。
「ふむ。折れてはいないな。劉輝、部屋で治療をしてあげよう。それと、今日の夕餉は私の部屋で一緒にとろう。私の母上がお前と清苑をよんで皆でご飯を食べるのを楽しみにしていると言っていたよ」
「っ待てよ…!」
一人の兄公子が綾の細腕をとった。それは綾と同じ、もう一人の第一公子だった。
「何か?」
「っ…はは、黙っていればまだ可愛いげがあるものを…っ。なんならこの私が娶ってやろうか」
「この私を貴妃に?…私は、出来るのであれば官として父上をお支えしたい。貴方の貴妃なんてごめん被ります。玉座なら勝手に狙ってください。私は要りません。私も紅貴妃様も私が器でないことは存じております」
流れるように言葉が紡がれる。これで御年14なのだから末恐ろしいものである。
「兄上はお嫁にいかれるのですか?」
「うん?いいや、私は何処へもいかないよ。どうしたんだい?いきなりそんなことをいって」
「ぼ、僕…っ大きくなったら誰にも負けないオトコになって、兄上をお嫁さんにしたいです…っ」
その場の空気が凍り付いた。綾は綾で第一公子の求婚を問答無用で突っぱね、それに劉輝は重ねて嫁にする宣言をしたのだから。
「ふふふっそうかい。誰にも負けない男に、ねぇ…なら、いっぱいお勉強して、宋将軍の稽古も逃げずにやって、誰の話もきちんと聞ける、優しい人になりなさい」
「!はい!」
良い子のお返事をする劉輝に優しい微笑みを浮かべ、ついと一礼すると綾は自らの離宮へと帰っていった。後ろで呪詛のように紡がれる第一公子の言葉は、誰の耳にも入らなかったが…
「――る、さない…許さない許さない許さない許さない」
お前は私のモノだ
「遅いです」
「ふふっすまないね、清苑」
ぶすくれた清苑にころころと笑う。ここは先の紅貴妃の部屋の隣、綾の部屋である。兄上、とつんと言い放つ声に、はい、と穏やかに微笑むと手づから茶をいれて出す。
そんな様子を見ていた劉輝はこて、と小首を傾げた。
「もしかして、綾兄上は清苑兄上のお嫁さんだったのですか?」
「ぶっっ」
「おやおや…はい、手巾」
綾はげほげほと咳き込む清苑の背を擦りながら、劉輝に小首を傾げてみせる。
「なんでそう思ったんだい?」
「前に宋将軍から“おい”と“はい”で意思疏通しあうのが“めおと”なのだとききました!」
(それは…大分長いこと連れ添った老夫婦の縁側での会話では…)
困ったように微笑む綾は、思ったことをそのまま飲み込むことにした。可愛い弟がそう思っているなら、それでいい。夢は壊さず大事にするものだ。
「なるほど、それで私と清苑が夫婦に見えたのかい。そうかそうか」
「…納得していいんですか」
清苑はしっかりしているのに時々何処か抜けている愛する兄にため息をついた。別に、夫婦と言われたのが嬉しくて緩む顔を取り繕うためにぶすくれているのではない。絶対に。
腹のうちを中々人に見せられない清苑公子は、中々難儀な性格であった。
ところで、こうして甘やかしてばかりの綾だが、綾は常に劉輝や清苑の側につくことはない。なんなら突然「視察に行きたい」なんて言ってふらっといなくなることだってある。だからこうして会えるときに、目一杯甘やかしてやるのが習慣となっていた。
「綾兄上は今何をお読みになっているのですか?」
「うん?あぁ、これはね。色々な御家から私宛に来た文だよ。紅家、藍家のような大きな一族から、あとは個人的に文をやり取りさせてもらっている方からのものまで様々かな」
「なんの、話が、書いてあるんです…?」
まるで居なくなるために準備をしているかのような、そんな雰囲気に清苑は思わず問いかけた。声が喉でひっかかり、上手く話せない。だが、綾は気にした様子もなく、そうだねぇ、と優しく続ける。
「各地の情勢、近況、あとはどんな事業を始めたとか、その経過とかいろいろだね。子供が産まれた、娘が結婚したとかもあるよ。出来るだけ、多くのことを知りたくてね。文の向こう側の人たちのことを」
この国に生まれ落ちたのに、私たちは箱庭のようなこの後宮しか知らないと言っても過言ではないだろう。そんなのもったいない。それに、次に視察に行ったとき話の種にもなるだろう?
「お前たちにも教えてあげようね。…さ、母上が…紅貴妃様がお待ちかねだよ。」
夕餉に行こう、とそれはそれは優雅に、流れるように立ち上がる。無邪気にぴょこんと立ち上がる劉輝とは対照に、腑に落ちないといった表情で、綾の袖を掴みながらぴったりと寄り添ってあるく清苑。
稀代の第一公子、綾の母…紅貴妃が亡くなり、綾が後宮を後にするまで、あと少し…