黄金の約束
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四省六部の長が居並ぶ朝議の席で、戸部侍郎 景柚梨は訴えた。げっそりやつれた様子の柚梨に、綾は困ったように柳眉を下げて口許を扇で隠した。
猛暑の影響で、官吏にも暑さで倒れて出仕適わぬ者が続出している。中には人手が足りず過労で倒れてさらに人手が足りなくなるという悪循環に陥っている部署もあり、戸部はその筆頭のようなものだ。
『どうか早急に打開策をご検討いただきたく…お願い申し上げます!』
綾は無言で劉輝に微笑む。陛下はどうお考えになりますか?と言う声が聞こえてくるようで、劉輝はふむ…と考え込んだ。それならば…
『どうだろう?緊急事態につき、出来れば各部署適当な人材を戸部へ貸し出してはくれないか?財政を預かる戸部が機能しなくなったら、国はもとより皆も困るだろう』
妥当な案だなと綾は一人頷いた。戸部が機能しなくなったら本気で終わる。自分が引き受けるにしても限界がある故、さっさと協力して早急にこの危機を脱したいものだ。劉輝は悲しげに眉を下げながら、神妙な顔つきで続けた。
『禄が正常に振り分けられなくなったら、米でなく麦ご飯になるのだぞ。それはとても悲しいことだ』
……………は?
すっとんきょうな発言に、百官皆が怪訝な顔をした。何だって?麦ご飯?
アホな発言にはーっとため息をついた綾は、ついと部下に視線を向けた。さて、そうと決まれば…
『ではうちの部署からも誰に頼むか決めないといけませんねぇ…』
『あ、その事なのだが。彩省からは人を出さなくて良い。むしろやめてくれ』
『……………なんだって?』
思わず彩相の仮面が剥がれ落ちた綾。周りの官吏たちもうんうんと必死に頷いている。ただでさえ、彩相の仕事は多いのだ。その上で各省の取りこぼしも綾自身が拾っている。
彩省から、いくら下官とはいえ貸し出しでもしたら、綾の仕事が増えてしまうのは確実だ。少数精鋭で、そのなかでも綾は最も多く仕事をさばいている。綾は仕事が回せないのではない。彩相しかさばけないものが多い上に、仕事が早すぎて常人の倍をさばけてしまうのだから。
『閣下は少しお休みください!!』
『春にお倒れになったことをお忘れですか!!』
『…………………………………忘れました』
『『『子供かーーーー!!!!』』』
この兄公子にしてあの弟ありか。アホな発言に公子時代の、それこそ幼い頃からよく知っている老官たちはそろって目を剥いた。綾はぷいっとそっぽを向いて、扇で顔を隠し視線を遮る。……拗ねているのか。こういうところはまったく変わっていない。
「――なんてことがあってな」
「……………事情は大体わかりました。てゆーか兄様、何してるのよ…」
「……だって…」
思ったことをそのまま口にしただけだもん。
ぷぅっと膨れて、面白くなさそうな顔で目をそらす。おやおやと邵可は苦笑し、静蘭と絳攸は無言で悶え、燕青と楸瑛は赤くなりながらも(この人これで28なんだよなぁ…)なんてどこか冷静に考えていた。
(子供か―――――――!!!!)
恐らくこの場で一番ツッコミに適していたのは秀麗だろうが、流石に彼女も声に出して一喝することは出来なかった。28のいい年した男がもんって!もんって!!可愛らしいところがまたなんとも言えないが、今一度言おう。この彩相閣下は御歳28である。いかに20そこらにしか見えなかろうが、れっきとした28歳だ。
「冗談は置いておくことにして、秀麗はどうしたい?私は非公式だが許可したいと思っているし、何より戸部は本当に可哀想なことになっていてね…来てくれるとありがたいのだけれど…」
一気に仕事モードな兄に秀麗は頭をフル回転させた。そもそも今なんの話をしていたのだったか…あぁ、戸部尚書の雑用係の話か。
「でも、そんな重要なお仕事…」
「心配するな。政に関わるような重要なものではない。書類を各省に届けたり、書簡の整理をしたりといったものだ」
「…で、格好はやはり…?」
「うん、申し訳ないんだけれど侍童の格好をしてもらわないとね。女の子は朝廷に入れないから…」
「安心しろ。その体型なら絶対に気づかれない」
うっわーーーーーー…
はっきりと言いきった絳攸と、流石に冷や汗を流して呆れ返る男たち。秀麗は何も言えずただぷるぷる震えていたのだった。
秀麗が外朝で働き始めて早10日。
「綾~♡」
「おや、黎叔父様。ふふっ今お茶をお出ししますから、そこにお掛けください」
綾は執務室に入ってきた黎深にふわりと微笑みかけた。とたんに氷の長官なんて呼ばれる黎深の顔がでれでれと緩んでいく。
血族を重んじる紅家にとって、いくら母が紅家の姫とはいえ紫家であった綾が養い子として貰われ、可愛がられているのは異例と言えよう。それは綾の実力が、血族を重んじるだけでなく、実力の無いものを嫌う高潔な紅家のお眼鏡にかなうものであったから。
「秀麗にお会いできましたか?」
「あぁ!私の事をおじさんと呼んでくれてね…!鳳珠に出された無理難題も健気にこなしているようだし、本当にいい子だ…!」
頬を上気させ、うっとりとしてみせる様は、彼の部下たちが見たら血の気が引くほど気持ち悪いだろう。綾は見なれたものでよかった、なんて微笑みながら手づからお茶を淹れる。
「早く秀麗に名のってあげてください」
そしたら、私だって秀麗に「黎叔父様は私の自慢の叔父様なのだ」と胸を張って言えるんですから
「綾~~っっ♡♡」
「ふふっ**はい、叔父様」
感極まった様子でぎゅうぎゅう抱きついてくる叔父を優しく受け止め、はにかんだように笑う。執務室の外からは黎深を探す吏部の面々の声がする。…また仕事を抜け出してきたのか、この男。
「叔父様、よろしければお昼ご飯をご一緒しませんか?お弁当を作ってきたので、父様と叔父様と三人で食べたいなと思っていたんですが…」
「!!!!あぁ!!勿論!!!」
「本当ですか?よかった**楽しみにお待ちしていますね。…あの、黎叔父様?」
「ん~?なんだい?」
「その、…我が儘を言っても良いですか?」
綾は黎深の腕のなかでそっと黎深を見上げる。身長差のお陰で必然的に上目使いになる綾は、甘えるように瞳を揺らした。
「…叔父様がかっこよくお仕事をこなしているところが見たいです」
お忙しいのにこんなこと言ってすいません、と申し訳なさそうに柳眉を下げる。黎深はピシャーンと稲妻のようなものが背筋を貫いていくのを感じた。愛してやまない溺愛中の溺愛の甥っ子がこれまた控えめに可愛らしいおねだりをしてきたのだ。どうして叶えないでいられよう。
「綾のおねだりならなんだって聞いてあげるさ!!!!任せなさい!!!!」
「わぁ…!流石です叔父様**では、またお昼に」
「あぁ!」
部屋を飛び出していく黎深に笑顔で手を振る。その日、堆く積まれた文字通り山のような書類が、全て紅尚書の手によって捌かれ、吏部官吏たちが救世主がいた…と綾を思って嬉し涙を流したりする光景が見られたという。