黄金の約束
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「うおーー!ほんとご馳走~~~~♡」
燕青の嬉しそうな声に、綾はくすくすと小さく笑った。ここまで喜んでくれるとは、作り甲斐があるというものだ。藍将軍と絳攸様が持ってきて下さった食材のお陰よ!と声を弾ませる秀麗に、楸瑛はにっこりと微笑んだ。
「秀麗殿と綾様の腕があればこそ、食材も輝くというものだよ」
「えーっと、あ、ありがとうございます」
楸瑛の流れるように出てくる口説き文句に、秀麗は困ったように笑う。そんな微笑ましい様子に、邵可はニコニコ笑いながら燕青に向き直った。
「燕青君と言ったね。貴陽にはどのようなご用で?」
「えぇ、人に会いに。会うのがちょっと難しい相手なんで暫く滞在するつもりです。」
身分の高い方なら、うちの綾かこちらのお二人に頼めばなんとかなるのでは?と邵可は絳攸と楸瑛を紹介する。主上付きだ、という言葉に燕青は感心したようにへぇぇと声をあげた。
「その若さで主上付きってすごいなぁ!今の王様ってどんな人?」
「世間知らずで天然ボケの19歳だ!」
「…まぁうまく育てば案外大器じゃないかな?見込みはあると思うけど。」
綾は二人の批評にくすくすと上品に笑った。これだけ言ってもらえるのは、二人がしっかりと劉輝のことを見ていてくれるからだろう。優秀な彼らがそばにいてくれる限りは、彼は大丈夫。
「そっかーー。尋ね人の件はどーしてもダメなときはお願いしようかな。一応内密の用事だからさ」
「ところで燕青殿。茶州から来たと仰っていたが、道中はいかがでした?」
楸瑛の言葉に、綾はすっと目を細めた。燕青はめちゃくちゃ活発になってたぜ、と話す。この紫州にもずいぶん入り込んでいるようだ。やはりそうか、と頷いた楸瑛は静蘭に向き直る。
「あの話受けてもらいたいんだけどな、静蘭」
「え?なんの話?」
突然の暗い話についていけず、目を白黒させる秀麗。綾は困ったように柳眉を下げ、おっとりと小首を傾げた。
「この頃茶州から山賊が大量に収入してるっていう話が出ていてねぇ…。それが貴陽にも及びそうだというから、その賊退治に羽林軍からも人数を割くことになったのだけれど、静蘭に参加してもらえないかって大将たちがしつこくてね…」
「……み、耳が痛い話で」
危ないことはしてほしくないのだけれど…と悲しげに目を伏せる綾に、中々チクチクつつかれた楸瑛は顔をひきつらせた。これで悪気は一切無いのだから質が悪い。
邵可は僅かに困ったように微笑みながら、宮中警護が仕事の羽林軍がが何故場外警護も?と首を捻る。事情を知っている綾は困ったように微笑んだ。
何分、この猛暑で官吏が次々と床についてしまい、宮城もめっきり人が少なくなってしまった。それで王宮警護の規模が縮小されて職にあふれる武官が出てきてしまったのだ。で、体力の余ってるのをぷらぷらさせとくのも勿体無いからと城外警護の手伝いをすることになったのだ。
「でも何で静蘭なんですか?今はただの米蔵門番なんですよ」
「うーん、そうなんだけど、うちの大将たちが是非にってきかないんだよ。静蘭の腕にすっかり惚れ込んじゃってるからねぇ。静蘭の腕は確かだし、それに臨時だからすぐもとの部署へ戻れると思うんだが…」
「…まったく、仕方のない人たちばかりだね」
しれっとそんなことを言いながら、綾はそっと秀麗の頭を撫でた。官吏がばたばた倒れて人手がいない今、自分も中々屋敷に帰ることは叶わない。休暇返上で仕事をしないと追い付かない仕事量をこなしているため、秀麗の傍には中々いてやれないのだ。
憂い気に目を伏せる綾に、静蘭はふっと息をついて燕青を一瞥した。
「藍将軍。私じゃなくてこの男はどうです。この男なら腕はたちますし体力も底無しです。暑さでへばるような可愛げもありません。ばんばん使ってやってください」
驚いたのは燕青だ。俺にも用事があると言うのに何を言い出すんじゃこの男ーーー!?
楸瑛は茶を啜りながら、残念ながら燕青が入ったとしても静蘭への勧誘は止まないと笑った。
「そうですか、わかりました」
「静蘭…」
「大丈夫ですよ。綾様、お嬢様。一月丸々いなくなる訳じゃありませんし、なるべく夕飯までに戻ってくるようにします。危なくなったら近くの人を楯にしてでも逃げますし、それに日当金五両でかなりの臨時収入になりますよ。」
金五両ーーー!?
今度は綾と楸瑛が吹き出した。綾は袖口で口元を隠し、けほけほと小さく咳き込む。変なところに入ってしまった。日当金五両を一月だと?そんな大金羽林軍にあっただろうか…。
案の定、楸瑛は提示額の20倍じゃないかと頬をひきつらせる。静蘭はしれっと仕事内容と期間と収入によると言ったはずだと言ってのける。もう夏本番で、そろそろ大風が吹き荒れる頃なのだ。
「夏が何か関係するのか?」
「葺き替えた瓦が飛ばされて、修理代が必要になる可能性が高いんです。これが毎年バカにならなくて…」
「ただでさえ広い屋敷の維持費は中々ね…私も何か賃仕事をしないと…」
元第一公子で現在国王の次に権力を握っている彩相閣下が賃仕事!?これにはさしもの楸瑛も、上のものに掛け合ってみようと頭を抱えた。未だ不安そうな顔つきの秀麗と綾に、静蘭はにっこりと微笑んだ。
「それから、私の代わりに燕青を置いていきます」
「へ?俺?」
「一月くらいならなんとでもなるだろう?文句あるか?」
「ない!実はいつ切り出そうかと迷ってたんだよ、居候」
にへらっと笑う燕青に、静蘭は目を眇めると邵可に向き直った。
「旦那様。こいつは外見からして怪しすぎる男ですが、とりあえず人間は保証します。何かのお役にはたつと思います」
「君がそこまで言う人間なら信用するよ。用がすむまで家に泊まっていきなさい」
「ありがとーございます!!」
燕青はがばりと頭を下げる。綾は頭のなかで算盤を弾いた。泊まってくれるのは構わない。むしろ賑やかなのは楽しいだろうから、是非泊まっていって貰いたいのだが…こうも男ばかりの食卓では食費がかさむ。
(私と秀麗はそんなに食べないのだけれど…やはり若い盛りの男の子は違うのかねぇ…)
頬に手をあてておっとりと考え込む綾に手を伸ばし、その頬を包み込むようにして顔をあげさせた静蘭は、それはそれは良い笑顔でにっこりと微笑んだ。
「家計に関してはご心配なく。嫌がる私を無理矢理引き抜きたいと仰有る藍将軍が、この男の分の滞在費もご自分の懐から出してくださいますから。どんなに大飯喰らおうとも家計には響きません」
「!!」
思いがけない言葉に楸瑛はさぁっと青ざめて固まった。なんだって!?
「おや、ほんとですか?藍将軍。そんな…すみません」
「えっ、いや…」
「助かります♡」
「………いいんだよ」
何だかんだ綾と秀麗に丸め込まれた楸瑛を見ながら、大したものだと絳攸は独り言ちた。この楸瑛相手に見事なもんだ。あの甘ちゃん王に足りないのはこういうところなんだな。…しかし、
「何かあったのか?秀麗。金に反応しないとは珍しいじゃないか」
「…絳攸。お前は人の妹を何だと思っているんだい…」
綾はジト目で絳攸を見つめた。秀麗も恥じらいに頬を染めてあははと乾いた笑いを浮かべる。絳攸は失言に気づいてあたふたしたあと、綾様も秀麗も元気が無かったのでとしどろもどろに続けた。綾は虚を衝かれた様子で瞠目する。
「そうだね、さっきから元気がないけどしおれた花のようで気になるね。何か悩みごとでも?」
綾は誤魔化すように微笑んで茶を啜った。話す気は無いと暗に察して、楸瑛は秀麗に向き直る。
「静蘭なら本当に心配ないよ。正直羽林軍でも彼に勝てるのは五人といないと思う。」
「…………」
「もしお金の問題なら相談に乗るよ。霄太師からもぎ取った金五百両は、屋敷の修繕とか童寺塾の整備であっという間に費やしてしまったんだって?」
「いえ、本当にそんなんじゃないんです」
秀麗は困ったように笑った。綺麗に笑えていない、困惑の滲み出た下手くそな笑顔。無理をしているのが丸わかりで、楸瑛は剣呑に目を細める。原因はなんだ?…金でないとするなら、まさか。
「…もしかして、主…あの人が原因?あの、藁人形…とか?」
ピクッと秀麗は反応した。藁人形!!忘れていたわこの問題を!!彼の兄であるはずの綾でさえ、まさかこんなに阿呆に育ってしまったとは思わなかったとさめざめ涙を流していたこの一件。もうなんの呪いだとか嫌がらせかとかそんなことはどうでもいい。大問題なのは綾を泣かせたことだ。あの馬鹿たれもう少し兄様のことも考えなさいよーーー!!
「藍将軍。ちょっとなんとかならないんですかあの人…」
「あ、違った?彼に悪気は無かったんだよ。ちょっと変な勘違いをして…ね?」
まぁ寂しい彼の心の慰めと思って…と苦笑する楸瑛に、そんな~~と秀麗は項垂れる。それを尻目に、絳攸は綾に声をかけた。
「綾様。…例の件。今お返事をいただいても?」
「…あぁ。あれか。良くできていたよ。前段階としてこっそり仕事ぶりを見せつけて根回ししてしまおうというのにも賛成だしね。責任は私がとるし、何かあれば支援は惜しまないから、好きにやりなさい」
「!はい!」
手放しでの賛辞に絳攸は頬を赤らめた。…嬉しい。国で一番の秀才とまで呼ばれた憧れの人に褒めてもらえたのだ。嬉しくないわけがない。…と、そんなことは置いといて。
「秀麗ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「何でしょう?」
おかわりの膳を受け取りながら、絳攸は真剣な顔つきで秀麗を見据えた。
「一月ほど朝廷で働く気はないか?今度は後宮じゃない。外朝でた」
「…や、やります!やらせてください!!」
沈んだ表情はどこへやら。その日一番の明るい声が邵可邸に響き渡った。