黄金の約束
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「………で、寝台から落ちておでこをぶつけた…と」
「…うむ」
「――楸瑛。笑いすぎだ」
「ブハッアハハハハハwwwwだっだって…ねぇwっていうか君も満更じゃないって顔してるじゃないかwwww」
涙を浮かべてゲラゲラ笑う楸瑛に図星をつかれた絳攸は、一発軽く肘鉄をお見舞いすることで怒りを沈めた。一方、ゲラゲラ笑われている方の劉輝はムッとした表情をかくそうともせずに地を這うような声を出す。
「出てけ」
「いや、すいません。あまりにも微笑ましい夢で、つい」
「悪夢だっ」
ププ…ウワハハハハハハッなんて再び大笑いする楸瑛に、劉輝は話さなければ良かったと後悔した。そこまで笑うことか。ひとしきり笑ったあと、楸瑛はひーひー息を整えながら続けた。
「いやー、でも現実味ありますね。その夢」
「有るわけあるか!」
「いやでも秀麗殿もお年頃ですから、相手が静蘭でなくともそう言う話が来てもおかしくないでしょう?綾殿だって、いつまでも20と見紛うほどお若いままですがもう御年28。突っぱねてはいてもほっといたら部屋があっという間に埋まる位には続々と縁談が来ていらっしゃいますし、いつ何方とご結婚されてもおかしくはないですよ」
「…そうなのか?」
にこやかに続ける楸瑛に、だんだん劉輝も心配になってきた。大好きな長兄を誰にもとられたくないし、愛してる少女がどこかへ嫁にいってしまうのも嫌だ。
「二人とも元気で働き者で器量よし。是非うちの嫁にほしいと大人気!」
(ちなみにそのあとに続く言葉はたいてい「でも、静蘭がいるからねぇ」なのだが…言わないでいてやろう)と、絳攸は心のなかで独りごちた。大人気…と劉輝は肩を落とす。
「で、でも余はこまめに文を送ってるし、言われた通り贈り物もたくさん…」
「ちなみに一番最近に送ったものは?」
「藁人形だ!」
晴れやかな笑顔に側近二人は無言で固まった。ほめてほめてと言わんばかりににぱっと笑っているが…藁人形だって?
「霄太子が東の諸島で有名なまじないなのだと教えてくれたのだ!」
手作り人形の腹に自分の髪を数本いれて、三晩かけて躍りながら念を込めた後、相手に送ると思いが伝わりますのじゃ、と霄太子が言っていたぞ!と満足げな劉輝に、楸瑛は肩を震わせ、絳攸は無言で呆れた。
(…そりゃ呪いだろう。踊ったのか、三晩かけて…。素直すぎるのはただのアホといういい見本だな)
「ち、ちなみに綾様は藁人形を送ったと知っているのですか?」
「知ってるぞ!何せ送った当日に兄上にはお知らせしたからな」
「………その、お返事はなんと」
「それが、無表情でぱちんっと扇を鳴らされただけなのだ。あのときは彼岸花も送ったのだが、兄上はお花がお好きだからな。早く見たかったのかもしれん」
((それは呆れて物も言えなくなってらっしゃるんじゃーーー???))
斜め上の解釈をされている綾を思って二人は内心号泣した。何が悲しくてそんな残念な人扱いされなくてはならないのか。
「兎に角、これできっと秀麗にも余の熱い思いが伝わったはずだ!兄上も認めてくださるだろう」
(少しは疑え馬鹿馬鹿しい)
心のなかで辛辣に突っ込む絳攸とは対照的に、楸瑛はやんわりと助け船を出した。
「主上は大変頑張っているとは思いますが…一度も返事をもらえてないんでしょう?」
「う…そ…そうなのだ」
もう二月もたつのに文が来ない。綾兄上にも聞くがおっとりと微笑むだけで流されてしまう。やっぱり贈り主のところを「匿名希望」にしたのがまずかったのではないか?そうだ!きっと誰からだかわからないのだ!
(そんなわけあるかーーーーー!!!!)
絳攸の眉間のシワがより深く刻まれていく。楸瑛は困ったように笑いながら道は遥か遠く険しいなと呟いた。劉輝もわかっていると悄気ながら言うと、絳攸に今日のぶんだと書類の束を差し出した。
「主上…」
「はいっ」
「あんたやる気あるんですか?」
絳攸はぽいっと書類を投げ捨てた。ついで次々と評価を飛ばしていく。これは練り直し、半分書き直し、問題外に全くだめ。基本を残してよし。などなど。
「―――と、まぁこんなところですかね。指摘したところを明日までにちゃんと直すように」
「はい」
(やれやれ…これではどちらが臣下だかわからないね)
書類を拾い上げながら、楸瑛はくつりと笑った。だが、絳攸の言う通りである。今のままの草案は及第点には程遠い。今年中に通したいなら朝廷でも権力のある尚書の賛同が不可欠。
彼らの中でも紅吏部尚書と黄戸部尚書の賛同は最低限必要なラインなのだ。最高権力とも言える綾や三師は中立を保つだろうし、そもそも綾に頼りすぎては王がなめられる。
「…黄尚書か」
「あの人は甘くありませんよ」
「主上。必ず通しますよ、この議案」
「…ああ」
少しは頼りがいのある顔になったか、と楸瑛は目を細める。漸く、王らしくなられてきた。
「では、私たちはそろそろ退出させていただきます」
「うむ。ご苦労。余はもう少し先程の草稿の直しをするから構わぬぞ」
今日は秀麗と綾が手料理を振る舞ってくれる日である。退出しながら、抜け駆けのようで気が引けるなと楸瑛はポツリと呟いた。あれだけ頑張っているのを見れば、流石に情もわいてしまう。
「王という立場がある。仕方ないだろう。それに今は大事なときだ。目先の事にとらわれていては先には進めない」
「厳しいねぇ。…あ、絳攸。どうせ帰るなら綾様もお誘いしないかい?そしたら一緒に馬車で帰れるだろう?」
「あぁ、そうだな。…朝廷の最高権力者とまでいわれる彩相が、いつも徒歩でお通いになられていて、そのくせその辺の下級貴族やらはどれだけ近くても呑気に馬車で帰っているなんてまったく変な話だ」
ぶつくさ呟きながら彩相の執務室へ向かった二人が、綾がすべての仕事を嵐のように片付けて風のように帰ったのが実は数刻前だったと知って仰天するまで、あと少し。