はじまりの風は紅く
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翌日、城門の前で劉輝、絳攸、楸瑛、珠翠は秀麗たちとの別れを偲んでいた。邵可は単に見送りなのかもしれないが、綾は紅貴妃の後宮入りに合わせて、城に泊まり込んでいた。それが晴れて自宅に帰れるとなると、会える時間は格段に減ってしまうのでそれこそ秀麗と同じくらい惜しまれていた。
「お世話になりましたーーっ!」
「皆様、お見送りありがとうございます」
秀麗の元気の良い挨拶に綾はぱらりと開いた扇で口許を隠しながらもふふふと小さく笑った。秀麗は、でも…とちょっとばかり表情を曇らせる。
「でも残念だわ。霄太子にもご挨拶したかったのに、お仕事なんて…」
「…………秀麗。あの腹黒じじいに騙されてはいかんぞ」
ジト目で見つめる劉輝も何のその。兎に角秀麗は逞しかった。
「だますって、え?まさか?!―――もしかして約束の謝礼金を踏み倒すつもりじゃないでしょうね!?そんなの冗談じゃないわ~」
そっちかよ!!!!と皆腹のなかでは声を大にして言ったかもしれないが、いたって真剣に燃えている秀麗に、そんなことを突っ込める強者はなかった。
「…秀麗は金目当てで余に嫁いできた上、余を弄んで捨てるのだな…」
「人聞きの悪い言い方しないでちょうだいっ!正当報酬と言いなさいよ」
ふっと劉輝は影のある微笑を浮かべた。なまじ美形なだけに絵になってしまうのが痛いところだ。秀麗は劉輝の言葉にくわっと噛みつくも、劉輝も負けじと吠える。
「あのクソジジイに手切れ金はいくらだ!?」
「金五百両」
「安い!!!!待つのだ秀麗!余ならその三倍―――」
言いかけたところで劉輝は後ろから回した楸瑛の手に口を塞がれた。
「はいはいはいーー未練がましい男は嫌われますよ。…そんなんで静蘭と綾様の壁を越えられると思ってるんですか?特に大人なとこ見せとかないと綾様に呆れられちゃいますよ」
「……………」
突然引き合いに出された綾は困惑したように、こてんと小首をかしげる。けぶるような睫毛に彩られた紅玉のぱっちりした瞳を僅かに見開いて、困ったように柳眉を下げる様は、亡き母君に似た面差しも手伝ってそんじょそこらの姫よりも姫らしく、天女よりも天女らしい。
「?私が、何か…?」
「綾様はお気になさらず。…その、お体の調子はいかがですか」
「絳攸、ありがとう。ふふっ大丈夫だよ。皆が過保護なだけだから…」
綾が倒れたあと、それこそ何人の官吏が泣きながら見舞いに来て、最低でも一月は閣下にお休みを!なんて嘆願書を王の執務室に投げ入れたり黄尚書や紅尚書といった面々にも大量のお見舞い品を頂いたことを思い、綾はふっと遠い目をした。本当に、過保護がすぎる。
何処か疲れきった様子の綾に絳攸はおろおろする。と、綾は不意に絳攸の頭を胸に抱き寄せた。優しくその頭をなで、子供をあやすようにぽんぽんとする。
「っ綾様!?////」
「たまには、我が家に遊びに来ておくれ。…今度からは今回のようにお前に頻繁に会うこともなくて、寂しくなるからねぇ…。いつでも来てくれていいからね。叔父様にもよろしく」
「は、はい…////」
顔を赤らめてきゅっと綾の衣を掴む絳攸を微笑ましげに見つめる面々。面白くないのは最愛の兄を盗られたように感じた劉輝と、…そもそも想い人が他の男を胸に抱いているのが許せない静蘭である。
「綾様は此方へ」
「ひゃっ??」
急に腰を抱かれて、綾は小さく声を上げた。静蘭?とそろそろ上目使いに様子をうかがう兄に、静蘭はそれはそれはにっこりと微笑んだ。途端にびくりとその華奢な細い肩が跳ね上がる。
(い、今の何が気に障ったんだろうか…?)
とんと自分に向けられる下心と恋情に疎い男、紅 綾。そんな彼もこの背後に般若を背負った弟には弱かった。楸瑛はその様子に冷や汗を流しつつ、助け船にと声をかけた。
「ほ、ほら。綾様にいつでもおいでと許可をもらえたことだし、時々遊びに行くよ。秀麗殿。そしたら手料理を御馳走してくれるかな?」
「えぇ!材料費持ってきてくださったら喜んで!!」
さしもの楸瑛も笑顔で固まった。そう来たか…
「なーんて冗談です♡いつでもいらして下さいね!」
((絶対本気だ…))
絳攸はぽんぽんと秀麗の頭を撫でた。
「絳攸様?」
「よく頑張ったな。…褒めてやる」
「ありがとうございます!」
思いがけない言葉に、秀麗はぱっと表情を明らめる。ついで、完璧に拝礼している珠翠へと視線を移した。
「珠翠」
秀麗は膝をつく珠翠に合わせて膝をおった。その手をとり、ふっと頬笑む。
「珠翠がいたから貴妃としてなんとかなったの。今まで本当にありがとう」
「秀麗様…」
「後のことをよろしくね」
珠翠は涙を流して頷いた。最後に、秀麗は劉輝へと向き直る。
「劉輝」
そして、晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
「さよなら…」
秀麗の言葉が終わるか終わらないかのうちに、劉輝はふっと顔を傾け、秀麗の唇に己のそれを重ねた。
―――!!!!
綾は口許を袖で隠し、困惑に視線を泳がす。他の面々も、驚きに目を瞠ってあんぐりと口を開けた。我に返った秀麗は咄嗟に平手打ちをしようとするが、その手は易々と劉輝本人に止められてしまう。
「はっ!ああああなたね~~~!!こんな公衆の面前でーーーッ!!!!」
「余は悪いことをしたとは思ってない。だから平手は受け付けぬ!」
「なんですってーーー!?」
最早秀麗は叫ぶ他ない。未だに綾を含めた全員はフリーズしたまんまだ。そんなことをお構いなしに、劉輝はにこにこと満足げに続ける。
「そうだ、一つ言い忘れていた。これはずっと黙っていたから平手は甘んじて受けるぞ」
「え?」
「楸瑛が言うには…えーと、なんと言ったかな…余は"両刀"なのだそうだ」
はいーーー?
「…それって…男だけじゃなくて、女も好き…って、こ…と?」
「うむ。秀麗、愛してるぞ!」
キラキラと星でも舞ってそうな笑顔で劉輝は言い切った。端から見守っていた綾は弟の衝撃のカミングアウトに額に手をあてて息をついた。この国では男色も女色も、はたまた両刀だろうが婚姻も認められていて、性癖に関してはなんの問題もない。だが、そうじゃない。今ここで重要なのはそうではないのだ。
そう、秀麗が嫁いだのは主上が男色家で夜の心配がないから。それが実は両刀だったのだから……。秀麗は無言でプルプル震えたあと、すぅっと腹の奥まで息を吸い込んだ。
「しんっっじられない!!!!この節操なし男ーーーーっっ!!!!」
バッッチーーーーーーン!!!!
晴れた空に、乾いた小気味いい音が大きく響いた。
始まりの物語はこうして終わる。後宮において王を諌め導いた貴妃の存在も、影ながら暗躍していた人々の物語も、人々に知られることはなかった―――