はじまりの風は紅く
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翌朝、綾は側近の二人と廊下で一緒になり、三人で和やかに談笑しながら府庫へと歩いていた。絳攸は、どこか眠たげに目を擦りながら微笑む綾に訝しげに声をかける。
「綾様、寝不足ですか?」
「うん…昨夜は少しバタバタしてしまってね。酒宴の席ともなると羽目を外す人が多くて…」
誤魔化しの言葉に、絳攸は納得したように頷いた。楸瑛はまだ何か言いたげだったが、深追いはしない方がよいと思ったのか話題を変える。
「秀麗殿はご存知なんですか?バカ殿演技のこと」
「いや、まだなんじゃないかな。でも今回の洞察力とか、朝議での発言なんかも聞いているだろうしそろそろ気づくんじゃないかねぇ…」
「李 絳攸様、藍 楸瑛様、紅 綾閣下」
呼ばれた三人はくるりと振り返った。見れば花を持った侍官が深々と頭を垂れている。ついで差し出された花…紫の花菖蒲と牡丹一華。
「主上より、皆様へと言付かって参りました」
「主上からこれを私たちにと?」
「はい。閣下には此方を、と」
「おやおや。これは参ったねぇ。まさか、こうくるとはね。しかし、普通生花で渡すかい?随分大雑把だなぁ」
キョトンとして見せる三人に、侍官は困ったように眉を下げる。
「私もそう申し上げたのですが、主上が、急ぎゆえ、其処らから適当に摘んでいけと…」
「急ぎねぇ…なるほど?それは評価してもいいかもね」
楸瑛はそっとその手から花菖蒲を手に取った。綾はやんわりと微笑みながらそれを見守り、絳攸は驚いたように目をみはる。楸瑛はにこっと人好きのする笑みを浮かべながら、二人と花を交互に見て促す。
「君は、どうするんだい?」
「はぁ…主上に承りましたと伝えてくれ」
「はい。あの、閣下は…」
綾はふたりの姿を暖かく見守っていたが、自分に振られると思い出したようにきょと、としてみせる。こてんっと小首を傾げて、ふむ…と考え込む。
「ん、そうですねぇ。…花に罪はありませんが、城の何処かに飾るか、その辺に捨ててきてください。あぁ、なんなら主上のお部屋に飾って差し上げると良い。兎に角、私は要りません。」
「へ…っ!?」
「ふふっ**急ごしらえで私を望むのはまだ早い。待っているだけでは手に入りませんよ。まだまだ洟垂れ小僧な国王ごときに膝を折るほど私は安くない、とお伝えください」
可愛らしい笑顔でそう言って、優雅に手を降る綾に、侍官は暫し見とれていたが、ハッと我に帰るとばたばたと主上の元へと帰っていった。絳攸は珍しそうに楸瑛を見る。
「まさか、お前があっさり受けとるとは思わなかった」
「花を受けとるということは、即ち王に忠誠を誓うこと。だからね。だけどまぁ、花菖蒲が来るとは思わなかったから、まぁいっかなってね」
「花菖蒲…込められた意味は、"貴方を信頼します"、か」
「しかも花は王家の色紫。花に二重の意味を込めるとは、中々やるね」
実に楽しげに、歌うように告げる。あぁ、と返事を返す絳攸は、やっぱりなと言いたげな顔で綾を見やる。
「その点、綾様はとりませんでしたね」
「紫の牡丹一華の花言葉は、貴方を信じて待ちます。…悪くはないけれど、まだ膝を折るに値しないかな」
ハードルは何処までも高いらしい。綾のおっとりとした、しかし有無を言わさぬ言葉の響きに二人は王の受難を思って冷や汗を流した。
((ちょっとは、主上に優しくしてやってもいいかもしれない))
「変だわ」
「うん?」
「ねぇ、兄様。最近よく物が無くなるのよね。無くなったと思っていたらあるときどこからか帰ってくる。何故か新品になって!」
秀麗の言葉に、綾ははたっと目を瞠った。まずい。気付かれたか。先に来た藍将軍から贈られた匂袋やら絳攸から贈られた硯箱…。
秀麗の身の回りの調度品に盛られた毒の回収を皆がつつがなく行っていたわけだが、流石にそろそろ騙し通せないか…?
「普通の生活なら考えられないことだけど、宮中ではよくあることなのかしら?管理がなってないわ。ゆえに不経済よ。経費の無駄は見直していかないと…」
「あぁ…うん。ふふっ耳が痛い話だねぇ…」
あれとそれと……なんて数える秀麗は、菓子を運んできた香鈴にハッとすると貴妃らしく頬笑む。一瞬の切り替えに呆気にとられながら、綾は内心冷や汗をかいた。
(そろそろ、潮時か)
あくる日、秀麗は一人離宮で茶を飲んでいた。急に呼び掛けられ貴妃らしく返事をしたところ、相手が静蘭であることに気づいてハッとする。
「せっ静蘭っっ」
「流石、ご立派な姫君ぶりです」
「やだっ考え事してただけよ~!」
恥ずかしさに頬を赤らめる。今までにも兄と気づかず同じようなことをして、それはそれは微笑ましいものを見るような目で見られたのだ。あまりにも恥ずかしかったからもうしないようにと思っていたのに。なんということだ。
「何か心配事でも?」
「ううん。何でもないの。それより静蘭、あなたもしかして羽林軍で虐められてるんじゃないの!?」
「…は?」
秀麗の言葉に、静蘭はぽかんと見返した。秀麗は憤然と息をつきながら続ける。
「兄様ほど気が強かったらそんな心配ないけど、静蘭優しいし大人しいじゃない?腕も立つし顔もいいし。考えてみればいちゃもんつけられないわけないのよねー。ちょっと顔がいいからっていい気になってるんじゃねーやとかなんクセつけられてるんじゃないの?」
「お、お嬢様。そんなことは全然…(兄上はそんなに気が強かった………な、そうでなければあの年であの地位にはいまい)」
おっとりのんびりしながらも言いたいことははっきりズバズバ言うし、なかなかに気が強い兄を思い、静蘭は視線を泳がせた。あの兄ならコネでその地位なのかとかなんとか言われても、「私より長くここで仕事をしていらっしゃるにも関わらずその体たらくとは恥を知るべきは貴方では?」なんてさらっと言いそうだ。まさに大人しい顔して…というやつである。
「じゃ、何?他に何を悩んでいるの?最近表情が暗いのって前髪がのびたからじゃないわよね」
「…かないませんね、お嬢様には。でもお気になさらないでください。大したことではありませんから。」
ふっと淡く微笑んだ静蘭に、秀麗はムッとしたように唇を尖らせる。ついで深いため息をつきながら円卓に突っ伏した。
「せいらーん。なんかあったら言ってね?兄様みたいに何でも出来る訳じゃないし、私全然頼りにならないかもしれないけど静蘭が悩んでるの見るの嫌だわ。…私が愚痴言いまくって発散しているように、私を遠慮なく利用してほしいの」
「お嬢様…」
「でも、きっとだめね。静蘭一度もそんなことしたことないもん。私ったらどうやってつもり積もった借りを返したらいいのかしら…返す当てのない借金なんて最悪よ~~~」
静蘭のそういうとこ、兄様にそっくりだわ。と恨みがましく言われ、静蘭はどきっと肩を揺らした。本当の兄弟だとはばれていないはずなのだが。この姫君はどうにも人が隠していることに鋭い…
「綾様を尊敬しているから、でしょうかね」
「ねぇ、静蘭。私、いいのよ?静蘭が義兄様になってくれても」
んぐっ……
驚きすぎて変な声が出そうになるのを静蘭は理性で押し止めた。まさか公認とは。というか、いつ知られたんだ。上手く隠し通せていたと思っていたのに。少なくとも兄本人には…!
「お、お嬢様…?何を…」
「?静蘭の好きな人って、兄様じゃなかったの?子供の頃からそう思ってたわ。多分父様も、母様もそう思っていると思うけど…」
(なんだと…)
こほんっと咳払いをして話をもとに戻す。
「兎に角、お嬢様達からはとっくに返していただいてます。皆さんの元気な様子が私にとって一番の薬ですから。いつも通りのお嬢様を見ているだけで私も元気になれるんですよ。」
「…本当?」
「本当です。いつだってお嬢様や綾様たちをみていると、なんとかするかっていう気になるんです。どんな問題も解決する力は皆さんからいただいてるんですよ」
秀麗は顔をあげ、静蘭を見つめたが、不貞腐れたように再び突っ伏した。
「貧乏籤体質ね…」
彩省の執務室から偶々秀麗と静蘭のやり取りを見つけた綾は、ふっと微笑んで書状に視線を落とした。ここからは遠すぎるため、二人の声は聞こえない。
普段は、いつ誰に見られているとも知れないのだから貴妃らしくしなさい、なんていってみたりもするけれど、机に遠慮なく突っ伏してみたり、頬杖をついたりする仕草の方が等身大の彼女らしくて好ましい。
「―――…若」
「はい。毒の鑑定、してもらえましたか?」
「は。藍将軍より、追って報告があるとのことです」
「そうですか…ありがとうございます。お下がりなさい」
視線をあげることもなく、天井裏から聞こえる影の声に答える。恐らく、事が動くのは近い。
主上は政をするようになり、甘ったれの態度も少しずつ改善されてきた。あとはしかと王になる決意を固めてさえくれれば……
(秀麗は、お役御免でもとの生活に……それまでに何とかして守り抜かなくては)
綾はことっと筆をおいた。始末の終えた書類の山を分かりやすく仕分けし、激務にぐったりと机に向かう部下たちに茶を入れると、陶老師ら医務官のもとへ向かった。
後ろで「俺…やっぱあんたについてきて良かったっす」「閣下ぁぁ…」と感動した部下達が他の部局の面々にどんびかれながらもさめざめ涙を流していたことを、##NAME1##が知るよしはなかった。