天狐の桜10
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5年前 奴良組本家―――
「リクオ。…何処へ隠れたんだ?」
黄昏が迫る庭で、リオウはからからと下駄をならしてリクオを探していた。リクオとかくれんぼをしていたらしい氷麗から、「私ご飯作らなきゃいけないのに見つからないんです~~」と泣きつかれ、役目を交替したのだ。
「…………小鬼。その頭の葉っぱはリクオの仕業か?」
「は、はい…」
「あれ?兄さんが鬼なの?」
木の上から軽々と飛び降りてきたリクオを、リオウはついと手を伸ばして受け止める。まったく、やんちゃ盛りで頼もしい限りだ。
「氷麗が夕餉の仕度があると言うのでな。ふふっ、それにしても、あんまり見つからぬものだから、"夜雀"に触れられたのかと心配したぞ」
「夜雀?なにそれ?」
リオウは教えて教えてと目を輝かせるリクオに苦笑すると、そっとその体を降ろしてやる。優しく髪を撫でながら、そうさなぁ、と呟いた。
「夜雀は四国の妖怪だ。夜に現れる妖怪で、山道を歩いている人の前後について来るという。その黒い翼に触れれば、たちまち目の前が真っ暗になってしまうのだそうだ」
「兄さんは会ったことあるの?」
「昔、四国に行ったときに一度な。神獣の私には夜雀の羽は効かぬが…お前は違う。拐かされては敵わぬからな。これに懲りたらあまり遅くまで一人でふらふらするのはやめよ」
「はーい」
素直に頷くリクオに満足げに微笑み、リオウはリクオの手をとって母屋へと引き返す。リクオは大好きな兄の白い手をしっかりと握りしめ、ぴょこぴょこと跳び跳ねるようにして隣を歩く。
「ねーねー。僕が夜雀に触られたら、もう勝てない?」
「ふふ、そんなことはない。畏れを断ち切れれば、なにも怖いものはない。それに、拐かされぬよう、私がお前を守る故な。あとは…ふむ」
お前に私の加護を与えれば、或いは―――――
明鏡止水――――桜
ぶわりと巻き起こった火柱が玉章と犬鳳凰を襲う。玉章は、咄嗟に飛び退きつつ、傍にいた犬鳳凰を自身の前に引きずり出した。
「ギャァアァアア」
犬鳳凰の断末魔に、四国の妖怪達は皆凍りついた。リクオは、炎の中でもがきながらぐしゃりと崩れ落ちる犬鳳凰と、その背後の玉章とを一瞥し、深く息をつく。
「おいおい……部下を身代わりにして逃げるのか。どうも…いつまでたっても小物にしか見えねぇ奴だ」
このまま消してしまって、構わねぇ気がしてきたぜ
その瞬間、視界に黒い羽が舞い込んだ。烏よりもなお暗い色をしたそれ。しまったと思う頃にはもう遅い。
「そうだ…この玉章の部下となるものは、玉章の為に犠牲となり、玉章に尽くすのだ!!!」
見せてやれ、夜雀
ぶわりと"黒"が広がった。視界にあるものすべてが黒く塗りつぶされていく。
(何だ!?暗い――――)
完全なる闇――――
「世の理には"陰"と"陽"がある」
"陰"とは即ち妖怪のこと。"姿"を消し、"闇"に消える。まさに"陰"の存在。その"陰"を相殺するもの―――"陽"。"陽"の力を持つことで、"陰"を消すことができる。
「それが人間の生み出した陰陽術であり、お主が繰り出した明鏡止水・桜。普通の妖怪は持たぬ、かつて百鬼を統一したお主の祖父が手にした力。そして、この玉章がてにしている力もまた―――」
ずぶ、と肉を裂く鈍い音がした。ずるりと腹に刺さった刀が無遠慮に引き抜かれ、リクオはずるずると膝をつく。
「人間はかつて"陰"を強く畏れた。が、今は…世界は明るすぎると思わんか。妖怪の存在が薄れるわけだ。奴良リクオ」
変える必要がある。そして我々は、再び人々に畏れられなければならない。
「そうだ―――この玉章が、この世に闇を取り戻すのだ」
ざぁっと纏わりつくものが晴れていく感覚。四国の妖怪達は、ようやく見つけた敵軍の大将の姿に目を見開いた。どういうことだ。いつの間にこんなところに来てやがった…!?
膝をついたリクオの肩を足蹴にし、玉章は仮面の奥で嗤う。
「フフフ…どうやら君の姿はもう認識されているようだね。見えぬのは君一人。形勢逆転とはこの事だな」
訊こう、奴良リクオ。我が八十八鬼夜行の末尾に加わらんかね?
「悪くないと思うぞ?働き次第では幹部にしてやらんでもない。どうだ?」
「断る」
リクオは静かに答えた。ついで実に不敵に笑みを浮かべる。
「テメェと盃交わすと考えるだけで、虫唾が走るぜ」
「―――――そうかね。残念だな。ならば君を殺して、君の百鬼の畏れを得るとしよう!!!」
刀を振りかぶる音が聞こえる。だが、音だけだ。周りの気配も混在しすぎてわからない。ここに来て、漸くリクオは焦ったように小さく舌打ちした。やべぇ。何も見えねぇ……
(闇に呑まれる――――)
「まったく…あれほど、夜雀には気を付けろと言付けてあったというのに、まさか一人で突っ込むとはな」
からかうように、クスクスと笑う声。愛しい声と気配に、リクオは目を見開いた。
「やっと見つけたぞ、リクオ」
玉章の刀を自身のそれで受け止めたリオウは、いつもと変わらぬ笑みを浮かべて、リクオを振り返った。