天狐の桜10
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猩影は一人、父から託された面を手に考え込んでいた。
『ワシが奴良組についとるわけは、総大将に惚れたからじゃ。次期総大将になるリクオ様についていくかどうかは、次代の…お前が決めればよい』
(俺には、とても…あれが仕えるべき主の器とは思えねぇぜ…)
リオウは、横っ面を張り倒して前を向かせることも仕事だといっていた。そこまでして支えてやるのは、彼を器だと信じているからか、それとも身内の贔屓目か。
「あ…?あれは…!!!てっ敵襲ーーーー!!!敵来襲ーーーー!!!」
「!?」
「何ィーーーーー!!??」
見張りの悲鳴に、本家は一気に慌ただしくなる。四国の奴等とおぼしき軍勢が、道楽街道をこちらに向かってくる。逃げるか!?と騒ぎ立てる妖怪たちの声が大きくなったとき、スパンっと勢いよく障子が開いた。
「兢々としてんじゃねぇ。相手はただの化け狸だろーが」
夜の姿のリクオだ。リクオ様だ!夜のお姿だ!と騒ぎ立てる妖怪たちの声に、猩影は訝しげに目を細める。何だあいつは。あれが、リクオだと…?
「猩影」
「え?」
「テメェの親父の仇だ。化け狸の皮はお前が剥げ」
「っ、は…はい」
ぞくりと背筋が粟立つのを感じた。得たいの知れない何か大きな闇のようなものに呑まれる感覚。昼と夜。2つの"リクオ"の姿を見せることで、彼の畏れは完成する。
「此度は私も出よう」
「…無理しねぇで休んでろ」
「無用の心配だな。…それとも、私には見せられない粗末な戦をする気か?」
案ずるな、渦中に飛び込む気はない。と、リオウはふわりと微笑んだ。…渦中に飛び込もうものなら、一瞬にしてカタがついてしまうだろうしなぁ?なんて楽しそうに笑う辺り、今回の出入りは高みの見物を決め込むらしい。
「期待しているぞ、お前達」
「出るぞ、テメーら!!」
凛々しき二人の主の前に、並み居る奴良組の妖怪達は皆揃って頭を垂れた。
草木も寝静まる夜更け。先陣を切るリクオのあとを、ぞろぞろと魑魅魍魎が追いかけるようにして抗争が始まる。リオウは空を飛ぶ朧車から眼下の百鬼夜行を見下ろして、実に満足そうに笑った。
今、黒羽丸には三羽鴉としての仕事を、首無にはリクオの護衛を命じてある。唯一の護衛となった犬神は、リオウの顔を見て意外そうに子首をかしげた。
「あんたも、リクオと同じく先陣を切るのかと思ったぜよ」
「ふふ、無論それも楽しそうではあるが…お前は四国の奴等と正面から切り結ぶ覚悟が出来ているのか?」
見抜かれている。犬神はばつが悪そうに視線をそらした。リオウに忠誠を誓ったのは嘘ではない。彼が望むなら命すらかけよう。…だが、かつての仲間を手にかけるのは、まだ僅かに迷いがあって。
「屋敷で待っていてくれても良かったのだが」
「俺はあんたの傍にいたい。…だから、そんな気を使うな」
<犬神とやら…気を抜くでないぞ>
「へ?」
「朧車」
<リオウ様は先陣を切る気は無いとは仰っているが、いつふらりと戦禍に飛び込まれるとも限らんお方>
「朧車。…あまり余計なことを言うとその舌引き抜くぞ」
老齢の朧車をキッと一睨みし、リオウはふいっとそっぽを向く。…どうやら図星だったらしい。
<爺にはお見通しですじゃ。ほほっリオウ様がお生まれになる前から総大将にお仕えしておりますからの>
「…お前の孫に乗れば良かった」
年上には敵わないと見えるリオウに、犬神は目を丸くした。幹部すら叱り飛ばすのに、まさかの朧車に翻弄されるとは。
「……お前、今失礼なことを考えているだろう。私だって年上を敬う心くらい持っておるわ」
ジト目で犬神を睨むリオウは、ぺしぺしと尻尾で犬神の胸を叩く。
「あんたから目を離さないでおくぜよ」
<ほっほっほ。それでよい>
「……………それなら、遠慮はいらないな」
ぼそりと呟いた瞬間、リオウの姿が虚空に消える。ぎょっと目を瞠る犬神に、朧車はやれやれと苦笑した。
ぶつかり合う二つの軍勢。まさに敵味方入り乱れる展開に、犬鳳凰は鼻をならした。
「自ら進んで先陣を切るとは、一体何の策があるのかと思ったが…何のことはない。ただのハッタリでしたな」
「奴良リクオはどこだ」
「さぁて…見当たりませんな。しかしこの百鬼の乱戦。死なずとも進めますまい…」
犬鳳凰の言葉に、玉章は無言を返す。あちらにはリオウがいる。そう楽観視してもいられない。辺りを見回した玉章は、此方に歩いてくる人物に瞠目した。
「!?」
リクオだ。悠然とこちらに向かって一直線に歩いてくる。なぜだ。なぜ誰も気づかない―――!?
「お前達!!!何してる!!!周りをよく見ろ!!!なぜ誰も気づかぬ!?リクオはそこにいるぞ!!!」
「よう」
一瞬にして玉章の間合いに入ったリクオは、すらりと抜いた祢々切丸で切りつける。四国の妖怪達は、突然自軍の大将に切りかかったリクオに呆然と目を見開く。いつ、現れたんだ。
先程までは確かに何も見えなかったのに……
「成る程…これが"ぬらりひょんの力"か…」
祢々切丸を魔王の小槌で受け止めながら、玉章は低く唸った。