天狐の桜10
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がやがやと騒がしい奴良組本邸。ふわりと桜の香りがしたかと思えば、険しい顔をしたリオウがそこに現れた。
「今戻った。牛頭と馬頭は?」
「は…部屋で休ませております。その、リオウ様。リクオ様が…」
「何?」
おろおろと状況を説明する妖怪たちに、リオウはついと目を細める。リクオが倒れたか。言わずもがな、原因は心労と疲労だ。
「鴆はいるな?リクオは鴆に任せろ。私は牛頭と馬頭のもとに行く」
牛頭丸と馬頭丸が寝かされた部屋へ入ると、体のいたる所に包帯が巻かれた痛々しい二人を見つけ、リオウは柳眉を寄せた。これが、あの刀の力か。
ぽぅ、と指先に淡い光が灯り、みるみるうちに二人の荒い呼吸が穏やかになっていく。傷が癒えたことを確認すると、漸くリオウは詰めていた息を吐き出した。
「リオウ、さま」
「喋るな。…今はまだ休め。傷が言えたとはいえ、お前たちは畏の一部を吸いとられたことに変わりはない。優秀なお前たちを失うわけにはいかぬ」
声はホッとしたように柔らかく、慈愛に満ちていて。牛頭丸と馬頭丸は不甲斐なさと情けなさで泣きそうに顔を歪めた。
「ごめん、なさい」
「ふふ、よい。しかし…そうして謝る辺り、命令に背いて無茶をした自覚はあるのだな?」
白魚のような指が髪を撫でる。ぐっと言葉につまる二人の額を軽く小突き、困ったように笑う。
「まったく…もうこのような無茶はせぬと約束してくれるな?」
「はい…」
「約束します…」
「ふふっ、では今しばらくは休んでいろ。またお前たちの力を借りるやもしれぬが…病み上がりで悪いが、そのときはよろしく頼む」
「「っ、はい!」」
ぐずぐず鼻を鳴らしながら返事をする二人に満足そうに微笑み、リオウはリクオの部屋へと急いだ。
真っ暗だ
目の前には底知れない闇が広がっていて何も見えない。ここはどこだろう。兄さんは?皆は?……僕は今こんなところで何をしてるんだ?
『やはりリクオ様は器では無かったのではないか?』
『見込み違いだったに違いない』
『リオウ様も目をかけておられたが、やはり身内の贔屓目が過ぎたか』
誰だ?一ツ目?幹部たちの声?知っている声のようで、知らない声のようでもあって。不思議な声はまるで呪詛のように体にまとわりつく。
(わかってる。"僕"が皆を率いるのには力が足りないことくらい)
ぎり、と拳を握りしめる。ぷつりと皮膚が裂けて掌にじわりと血が滲む。皆が望むのはいつだって夜の"妖怪"の僕で。でも、昼も夜も関係なく、"僕"を大将として認めてもらわなきゃいけない。
だから、僕は頑張らなきゃいけないんだ
『リクオ』
(兄さんの、声…?)
先程までの曖昧な感覚ではなく、確かにその人だとわかる愛しい声。いつも微笑みながら見守って、手をさしのべてくれた声。
(兄さんが、呼んでる………)
辺りは一寸先も見えぬほどの暗闇。けれど、リクオはのろのろと声のする方に手を伸ばした。
「ん、うぅん…」
「!ようやっと目が覚めたか」
「リクオ様!?大丈夫ですか!?よかった!戻られて…」
リクオはぼんやりとする頭を叱咤し、ぐるりと辺りを見回した。何がどうなっている?なんで、今僕は布団にいるんだっけ?
「急に倒れられて、ビックリしましたよ~~。どうしたんですか?熱はないし…」
「あ…そっか(僕、倒れたのか…)」
「鴆様のお薬とリオウ様のお力のおかげかしら」
「あ…うん…心配、かけた…ね」
氷麗の言葉にぎこちなく返すリクオに、リオウはついと目を細めた。体を起こそうとするリクオの額に指をあて、ぽすんと枕に逆戻りさせる。
「待て。まだ寝ていろ、リクオ。今のお前に必要なのは休養だ」
「え…」
「おい、お前らも気を使ってそろそろ出てけ」
「兄さん、鴆くん、大丈夫だよ。それより行かないと。っうわ!?」
「私は寝ていろと言ったのだが、聞こえなかったか?」
ぺくっと扇子で額を軽く小突かれる。黒羽丸や犬神に皆を出ていかせるよう言付け、鴆とリオウは静かになった部屋で改めてリクオを見据えた。
「あいつらの前じゃ、お前も本音で話せないだろ」
「リクオ、お前…いつから寝ていない?」
リオウの言葉に、リクオは瞠目した。鴆は一つため息をつくと、あきれたような視線を送る。
「昼は学校、夜は市中をパトロール。そんなんじゃ倒れるに決まってらァ。何無理してんだお前…」
「……無理なんかじゃないよ。これくらい、こなせないようじゃ…ダメだと思うよ」
そう、これくらいこなせなくてはダメなんだ。じゃないと"人間"の僕は認めてもらえない。
「僕は総大将(ぬらりひょん)の孫なんだから、若頭の僕が百鬼夜行を…まとめるんだ」
牛鬼とも約束した。目を瞑らずにやると。こればかりは他の誰でもなく僕のやるべきことだと。
「リクオ、それはお前の本音じゃねぇ」
「本音だ!!!本気で思ってる!!!兄さんだって僕の心が読めるなら分かるだろう!?でも今はまだ…僕は下僕に信用されてないから!!!だから頑張るんだよ!!!」
「ーーー前言撤回だ。起きろ、戯者」
リオウはリクオの布団をひっぺがし、胸ぐらを掴んで引きずり起こした。怒れる様も相も変わらず美しい兄に、リクオは呆然とされるがままだ。
「この阿呆めが。百鬼は元々お祖父様の物よ。お前に仁義を感じてついて来ぬ奴等など此方から捨ててしまえ」
「に、兄さん?」
「私はこの組の副総大将としてお前の行く道を最後まで見届ける義務がある。言われずとも離れぬ。鴆もお前についていくだろう。鴆はお前と盃を交わしたのだからな」
リクオ、お前はお前の百鬼夜行を作れ
「ったく…言いたいこと全部言われちまったな」
「……すまぬ。あまりにも阿呆すぎてつい、な」
肩を竦める鴆に、リオウは疲れたように答えてぱっと手を離す。柄にもなくカッとなってしまった。結論が見えているのに、うだうだ悩み続けるのは性に合わない。
「僕が、百鬼夜行を作る…?」
「そうだ。妖怪なんざ気まぐれなもんさ。大将に強さを感じなきゃあ何処へなりともすぐに消えてっちまう」
「ましてや…盃も交わしていないお前の下にはな。…リクオ。"畏"をぶつけて、お前の百鬼を集めよ。案ずるな、お前ならできよう」
「わかってる」
リクオの言葉に、二人は眉を跳ね上げた。わかってる、だと?
「二人とも、それ…夜の僕のこと言ってんだろ!?でも、1日の1/4しかなれない夜の僕だけじゃあダメなんだよ!!!僕は…この姿のままでも皆がついてきてくれるようにならなきゃいけないんだよ!!!」
今のままじゃダメなのはわかってる。だから頑張らなきゃいけないんだ。
「………………………ほう?💢」
リオウの米神に青筋が浮かぶのを鴆は見た気がした。そういえば、この御仁はうじうじ悩む男が大嫌いだったなと思いだし、やれやれと息をつく。完全に叱り飛ばす役目を奪われてしまった。
「お前…こんなに言ってもまだわからんか」
リオウは不満げに尻尾で畳を叩いた。苛立ちも露なそれと、地を這うような絶対零度の冷たい声音にびくりとリクオの肩が揺れる。……………怖い。美人が怒ると怖いとはよく言ったものだ。
「百鬼夜行とはそうではない。昼も夜も関係なく、"お前そのもの"に自ずとついて来る"仲間"というものを集めろといっているん、だ!!」
リオウは勢いよく障子を開けた。途端に部屋の外で聞き耳をたてていた妖怪たちが部屋になだれ込んでくる。
「いてて…バレてたのか…」
「当たり前だ。私に気配を悟らせまいとするなんざ百年早い」
だが、出ていけと言われても、思うことがあってここにいるのだろう?と言われ、青田坊たちは背中を押されるようにして口を開いた。
「リクオ様!!!」
「我々と…"盃"を交わしてください!!!」
「え…!?」
「我々がリクオ様に仕えているのは…元々は盃を交わした総大将とリオウ様の任命だったからです!!!いわば今、リクオ様と拙僧達には何の契りもない!!!」
黒田坊の言葉に、氷麗も後に続く。
「でも…これまでお側にいたからこそわかるのです。リクオ様は、人も妖怪も護ってくださるお方…」
「そんな器のでけぇ貴方だから、俺たちの総大将にふさわしいと思えるんです!!!だから苦境のこの時こそ!!!"盃"を交わして今のリクオ様についていきたい!!!」
皆の言葉に、リクオは視線を彷徨わせた。気持ちは嬉しい。ついてきてくれるなんて思いもしなかった。―――――でも。
「……………でも、僕は、四国が来てから皆に迷惑かけっぱなしだし…」
「だから我々と一緒に戦いましょう!!!俺たちを使ってくれりゃーいーんです!!!」
「みんな…」
「リクオ様」
我々と、七分三分の盃を………