天狐の桜10
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内憂外患…内にも外にも憂慮すべき問題が多いこと。…まさに、今の奴良組そのものを表す言葉である。
「いっそのこと…裏切り者を始末してしまえば話は早かろうに」
まぁ、それではリクオの為にならぬかと呟いて、リオウはドスをすらりと抜いた。祢々切丸よりもやや小振りのそれは、かの刀の夫婦剣であり、かつて祖母から譲り受けたものだ。
(今回は、お祖父様不在でもこの組をまとめあげることがリクオに課せられた使命だ。不用意に手を出して甘やかしてはいけない)
「リオウ様は、うちの組に裏切り者がいると?」
「ふふ、さて。だが天狐の前に、謀り事など通用せぬことは覚えておけ」
膝に懐く小妖怪たちをなで、リオウはそう言って刀をおいた。歯こぼれ一つない美しい刀身は、月明かりにキラリと輝きを放っている。
「何があっても、焦らず、騒がず…お前たちは大人しくこの屋敷を守っていてくれればそれでよい。その方が私もお前たちを守りやすいというものだ。ーーそれよりも、今気がかりなのはリクオのことよ」
「?リクオ様が三代目の器にはないと?」
「おや、誰がそんなことを言った?…ふふ、あれはまだ子供と言うことだ」
あれは今だいぶ思い詰めている。小童がとリクオを軽んじる幹部たちに、あちこちで騒ぎを起こす玉章。しかも幹部のなかには裏切り者がいる。お世辞にも良いとは言えぬ状況だ。
だが、まだ粗削りながらも策略に通じ、冷静に仲間を見ることが出来るのは、総大将であるぬらりひょんの血を色濃く継いだ賜物か。
「あれの策は悪くない。…気がかりなのは、少々思い詰めすぎている節があることくらいか。ーーー!」
リオウの三角の狐耳がぴく、と動いた。遠くから、微かに己を呼ぶ声がする。あれは…まさか
ーー…たす…け、て……………
ーーーリオウ、さ、ま……………
「三羽鴉。牛頭と馬頭が偵察に行った筈だ。至急迎えに行け」
「はっ!」
「リオウ様?」
「ちとやることができた。お前たちはそのまま寛いでいてくれて構わぬ」
うっとりするほど麗しい笑みを浮かべ、リオウはふわりと姿を消した。
玉章は、牛頭と馬頭を連れて飛び去る三体の鴉天狗に目を細めた。リクオの指示かと思ったが、あの様子では単独行動か?
「ふっいい部下を持ってるな。うちに欲しい」
「やらぬぞ?貴様には勿体無い」
凛と涼やかな甘い声。ばっと声のする方を見れば、死屍累々が散らばるその中に佇むリオウがいた。ゆるりと浮かべられた美しい笑みは、実に妖艶で今にも惑わされてしまいそうな錯覚すら覚える。
「私の愛し子を…随分と痛め付けてくれたようだな」
「単独でお礼参りとは、幾ら貴方でも軽率なのでは?それとも、本気で此方を全滅させられると?」
「ふふ、戯れ言を。だが…よい。何も今貴様らを根絶やしにしようと来たわけではない」
「何だと?」
白魚のような指を形のよい唇に添え、クスクスと笑う様は実に可愛らしい。臨戦態勢をとり、リオウの言葉に訝しげな視線を送る針女に、女人を甚振る趣味はないと飄々とするリオウは、ついと玉章の持つ刀を一瞥した。
「ーーー"魔王の小槌"、か。面倒なものを持ち込んでくれた」
魔王の小槌。斬り付けた者の畏を奪い、自らのものとする能力を持つという禍々しき刀。災厄とも言うべきそれをうちのシマに持ち込まれるなんざ、たまったものではない。
ただでさえ、その刀とは因縁深いというのに…
「貴様が持つには過ぎた力ではないのか」
「これから天下をとるという男に、それは杞憂というものですよ」
玉章は刀をおさめ、傍に控える夜雀に渡す。ーーなるほど、どうやら彼女が玉章の懐刀らしい。…果たして、彼女がそう思っているかは別として。
玉章は大股でゆっくりとリオウへ歩み寄った。ねっとりと絡み付くような視線に、リオウは絶対零度の瞳を向ける。
「その体を組強いて、堕ちた貴方を見たら彼等はどんな顔をしますかね?」
「貴様のような狼藉者に、私は堕ちぬ」
頬に触れようと伸ばされた玉章の手を、扇ですげなく叩き落とす。玉章は気にした様子もなく、うっとりと美貌の天狐を見つめた。
「ですが、強くなければ貴方は靡いてくださらない。貴方の可愛がっていらっしゃる奴良リクオとそう変わりませんよ」
「あれは貴様とは違う」
少なくとも、自身について来た下僕を、己のために切り伏せることを"強さ"とは言うまい。"畏れ"とは、他者を捩じ伏せて己だけが勝者になろうとするものにそなわるものではない。
「愛していますよ。リオウ様」
「ーーー思い上がるな」
夜雀の持つ魔王の小槌が、一瞬にして青白い炎に包まれた。流石の夜雀も思わず取り落とし、刀はがしゃんと酷く音をたてた。
「何をしたのです…!?」
「さて、刀と私の力比べといったところか」
神気での刀の能力の封印だ。尤も、倒れては敵わないので必要最小限の神気しか使っていないのだが。暫くは何を切り伏せようと、畏れをすいとることは無いだろう。
「…おいたが過ぎますよ、リオウ様」
「私を"躾ける"のだろう?これくらいの"おいた"、可愛いものではないのか?」
ふわりとリオウの姿が桜の花びらに変わる。ひらひらと舞い降りたそれは、床に散らばる骸に触れると一瞬にして美しい狐火に変わり、灰も残さず消え去った。
「ーーー逃がさない」
一枚の花びらを捕まえ、恭しく唇を寄せる。静かに呟いた玉章の瞳にはほの暗い炎が宿っていた。