天狐の桜10
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その夜、奴良邸では幹部を集めての総会が行われていた。
「浮世絵キネマ館、千田通り旧道トンネル、薬品工場跡地ーー通称"おばけ城"、廃校4つ…えー、このように我らが奴良組のシマ「浮世絵町」は、四国八十八鬼夜行を名乗る輩に侵攻を許し、各地で妖怪騒ぎを起こされ、大妖怪一家の鼻はあかされまくっているのです」
以上報告終わり、と地図にペケをつけていた一ツ目に、なんだこれはと幹部たちは騒ぎ立てる。大敗北ではないか。
「戦争なら奇襲攻撃受けて即白旗モンの被害じゃ」
「ありえんのう!!」
「しかも聞けば…敵は結構な少数精鋭だそーで!!」
「更に敵は若い狸の妖怪だとか」
「ハッ!笑ってしまうのう大妖怪一家が…」
「さっさと片付けてしまえば良いのにこの状況…一体誰が責任とるんじゃい!?と、皆さん仰りたいのでしょぉーーー!!??」
一ツ目は声高にそう叫んだ。ざまーみろ、若造風情がでしゃばるからこうなるんだ、と言わんばかりの顔に、木魚達磨はため息をつく。
「また一ツ目の奴…この件で調子にのりおって…」
「待てやおめーら!!リクオはまだ若頭に就任したばかりじゃあねぇか!しかも今の状況は総大将の代理。二人も殺った分だけ仕事はしてるってもんだろーが?」
「若造!!!口出しすんじゃねーーー!!!」
「るせーー!!!奴良組の幹部にゃ上も下もねーだろーがぁ!!!」
黒羽丸は、言い争う鴆と一ツ目をゆるりと微笑みながら見つめるリオウに冷や汗をかいていた。…あれは、大分怒っていらっしゃる。
微笑んではいるが、雰囲気に棘がある。ピリピリと肌を刺すような殺気が滲み出ていて、隣に座るリクオも心配そうにリオウを見つめた。
「鴆、リクオがやめろと言っているだろう。今は堪えろ。一ツ目、お前もだ。…一向に話が進まぬだろう」
「っ、…だがこいつら…気に入らねぇ…」
鴆は数も少ない田舎の狸妖怪風情がと強気になる幹部たちに、ぎり、と奥歯を噛み締めた。ことなかれ主義と傍観を決め込んで保身に走ったかと思えば、相手が田舎出で少数だと知ったら強気になってやがる。情けない話だ。これが天下の奴良組だと?
「でもあいつら、自分らで味方の犬神を消そうとしたそうじゃないか」
「数も少ないのになんと愚かな」
「それにしてもリオウ様も何を考えておられるのか」
「あぁ、犬神を拾うなどとなぁ。田舎出の若造を…しかも敵だった者を側に置いておられるとは」
「っ…」
「よい、聞くな。ただの戯れ言よ」
リオウは犬神の頭をそっと撫でた。かつては向こう側だろうが、今はリオウの側仕えだ。因みに、本家勤めの面々からは、最初こそ驚かれたものの「あのリオウ様が直々に口説いたんならまぁいっか」と、あっさり受け入れられてたりする。
「仲間割れで戦力ダウンか」
「このままジリジリと待ったら自滅するんじゃないか?」
「愚かはどちらか」
「牛鬼!?」
静かな声に幹部たちは皆一斉にそちらに視線を向けた。使えぬコマを切り捨てる行為ができるというのは、それだけ増援が見込めるということではないのか。
勿論、そういった「光」がより強くなればなるほど、付け入る隙である「陰」というものはより色濃くなっていくもの。最初から敵がたったの8人だとは思っていない。これもすべて想定の内だ。
水面下で策を巡らせ、既に進めていたリクオと牛鬼は目配せをして頷いた。だが、あわてふためく幹部たちは止まらない。若造共が何をほざくかとリクオや鴆、狒々組の二代目として紹介された猩影に対しても暴言を吐き、死にたくねぇと騒ぎ立てる。
「っ…っ、く、ふふっ」
この喧騒に似つかわしくない笑い声に、皆の時が止まった。ぴたりと水を打ったように静かになり、ばっと声の主を振り返る。
「ふ、ふふふっく、はははははっ」
リオウが肩を震わせて笑っていた。それはそれはもう盛大に。相も変わらず口許を袖口で隠し、腹を抱えて笑う姿すら優雅だが、目に涙を浮かべてまで笑っている。どうやら相当ツボに入ったらしい。
「ふ、ふふっ犬神、水を持て…っふふっダメだ、あれは私を笑い殺す気でいるらしいぞ、っふ、くく」
「リオウ様、お気を確かに」
首無がそっとリオウの肩を抱き、落ち着かせるように背中を撫でる。大人しくその肩に額を預け、ぷるぷる震えているリオウは、呼吸がおかしくなってしまったらしく、時おり咳き込みながらも笑っている。
「持ってきたぜよ」
「あぁ、ありがとう、っ、ふふっ」
そっと水の入ったグラスを差し出す犬神の頭を撫で、リオウはグラスを手に取ると、問答無用で一ツ目に向かって水をぶちまけた。
「なっなっ何をなさるのですか!?」
「頭を冷やすのは貴様だ馬鹿たれ」
どこかあきれ返ったような声音に、場の空気が凍りつく。
「年を取ってとうとうここまで耄碌したか。実に嘆かわしい」
リオウはスパンッと扇で掌を打った。ぼっと無数の狐火が一ツ目を取り囲み、ぐるぐる回る。
「ヒィッ!?正気ですかリオウ様!?」
「ほう?冗談でやるように見えるのか。…猩影や鴆も言っていたように、盃を交わしたものは下僕だろうが義兄弟だろうが皆家族。貴様には私が冗談で家族を手にかける愚か者に見える、と」
息をつくことすら容易でない程の重苦しい殺気が広間を包み込んだ。
「上が揺らいでは下が惑う。私は前にも言わなかったか?何度も言わねば理解できぬほど落ちぶれてしまったか」
「お、お許しを…っ」
「リクオや鴆、猩影…そして私の側近たちを散々若造と馬鹿にしてくれたが、あれらが貴様に負けたものがあるとすれば、その無駄に食った年の数だけだ」
経験が浅くとも優秀な若手がうちの組にはたくさんいる。狒々の所の猩影も、本家の黒羽丸や氷麗、首無たちも、幹部たちに比べて経験こそ浅いものの、十分な力を持っている。
「狒々はこれを期に隠居して猩影に二代目を継がせるそうだ。なぁ一ツ目、お前も隠居したらどうだ?ーーーその腑抜けた面を見なくてすむとは、私も実に有意義に過ごせそうだ」
そこで我関せずと空気に徹している貴様らもだ
ぶわりと重く垂れ込めていた殺気が一斉に幹部たちに襲いかかった。気の弱い者は意識を飛ばし、耐えている者は骨すら軋ませるほどの重圧に畳にひれ伏す。
よもや気迫だけでこの威力とは。
「リオウ様、その辺りで」
「ーーーーふん、興が醒めた」
牛鬼の声に、リオウは面白くなさそうに鼻をならした。ぱんっと扇が掌を打つ乾いた音が響き、ふっと重くのし掛かっていた殺気が霧散する。
「私は部屋に下がらせてもらう。私は同じ過ちを二度許す気はない。ーーー貴様らが所属するのが天下の奴良組であることを忘れるな」
苛立ちも露に幹部たちを一瞥し、リオウはさっさと部屋を出ていった。黒羽丸と首無、犬神もあとに続く。
「良かったのか?幹部に、あんな」
「よい。何より長生きだけが取り柄の腑抜け共に、お前たちが蔑まれたのが気に食わぬ。そんなことより茶の準備を。今は腑抜けより本家の皆の顔が見たい」
「……………わかったぜよ」
美人は怒ってても美人なんだなぁ…と犬神は思考を飛ばした。まともに考えていたら胃が痛くなる。ぼやいていた黒羽丸の気持ちがよくわかった。黒羽丸は本家勤めの面々を呼びに行き、首無はお茶にあうお菓子をと台所へ向かう。
リオウと共にリオウの部屋へ戻った犬神は、教えられた通り茶器を出してリオウの前へ並べた。
「……だいぶ、側仕えの仕事が板についてきたようだな。ふふっ流石お前は覚えが早い」
よしよしと頭を撫でられ、犬神は嬉しそうに目を細めた。犬扱いなのか、単純に可愛がられているのかわからないが、リオウはよく犬神の頭を撫でる。
「首無の手伝いをして来てくれ」
「わかったぜよ」
バタバタと出ていく背中を見送る。己以外誰もいない筈の空間が揺れ、鯉伴の姿がぼうっと浮かび上がる。
「あれが新入りか…にしても、お前甘やかしすぎじゃねぇか?」
「良くできたら褒めるのは当たり前だろう」
「あー、お前は誉めて伸ばすタイプだったな」
リオウは鯉伴など全く気にせず一人茶の準備を進める。
「あれは"男"だ。油断しすぎると手を噛まれることもあるって覚えとけ」
「…?」
「………はぁ…そういうとこだよ」
そんなんじゃいつか本当に喰われるぞ、と目を眇める鯉伴に、リオウは訝しげな視線を送る。何をいってるんだ?喰われる?誰が?誰に?
「……………私の周りには食神主義な奴はいなかったと記憶しているが」
「そっちの"喰う"じゃねぇ…」
やれやれ、と言わんばかりに片目を閉じて息をつく。これだから色恋に疎い奴は。リクオや玉章、牛鬼などの幹部たち等々その他もろもろ色んな輩から口説かれてるのに、その無防備さはどうなんだ。
「ま、いざとなったら俺が守ってやるよ♡」
「…………………………僭越ながら、それは息子を押し倒しながら言う台詞ではないのでは?」
こんなときばっかり実体化しやがってと頬をひきつらせるリオウも何のその。肘をついて体を支えるリオウの腕に手を這わせ、息がかかるほどに顔を近づけてにっこり笑う。
「…退けていただきたい。人が来る」
「構わねぇだろ」
「貴方はな。私はそうではない。……というか、茶の湯の仕度が途中なんだ」
「……つれねぇな」
ふわりと姿が虚空に消える。疲れたように息をつき、仕度を再開するリオウに、鯉伴の声だけがかけられる。
<今回の総会ではずいぶん荒れたようだな>
「たまには灸を据えるのも必要だろう」
<ふっ…美人が怒ると怖いねぇ>
くつくつと低く笑う声に、めんどくさそうにリオウはパタリと尻尾をゆらした。ぱたぱたと集まってくる足音が遠くに聞こえる。息子で遊ぶ不届きな親父など放っておいて、早く皆のために仕度をしてしまおうと、リオウは手の動きを早めた。