天狐の桜10
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放課後の屋上。澄みきった青空が広がり、傾きかけている陽の光が心地よい。
「二人とも…私のマフラーどーしてくれるんですかーーーー!!!リオウ様にいただいたお気に入りだったのに~~~~!!!わぁぁんっ!!!」
そんな人気のない屋上で、首無とリクオを正座させた氷麗は、半泣きで仁王立ちしていた。マフラーを貸したばっかりに、此度の騒動でボロボロになり、おまけに首無の血の染みがついてしまった。
「ふふ、そんなに騒がずともまた新しいのを作ってやろう。…ほら、機嫌を直せ」
「うぇぇえんっ!!!リオウ様ぁ~~~~!!!」
腕に茶色い子犬を抱いたリオウは、ついと手を伸ばして氷麗の髪を撫でた。その光景を呆然と見つめていたリクオだが、はっと気がつく。
ちょっと待て。その手に抱いてる犬はもしかして…いや、その前に。
「兄さん編み物もできたの!?」
「あぁ、皆が部屋で寝ていろと五月蝿いからな。暇潰しに一通りのことは覚えたぞ」
針仕事から華道、和歌、琴に至るまで、室内で出来ることは一通り教えてもらえた。リオウ自身興味をもったら一直線なので、実は結構庶民的なことに関しても博識多才なのである。
「何で入れ替わったの言ってくださらなかったのですか!?闇があれば昼間っからでも変化できるって事も!!!」
「…確証がなかったのだろう。これは時たま私の想像すら超える」
此度は何をした、とリオウはついと目を細める。姿を消した此方を見つけたことも含め、偶然とは思えない。見透かすような鋭い視線に、リクオは居心地悪そうに身動いだ。
「みんな吹っ飛ばされて、"俺"がなんとかしなきゃって思ったら…外出たら戻ったけど」
「犬神に吹き飛ばされたあと、"私を見た"な。あれはどういうことだ」
「うん?あぁ、だって兄さんだからね!好きな人の気配くらいすぐわかるよ。…まぁ兄さん限定なんだけど」
「……………………は?」
リオウは珍しく固まった。そんな馬鹿な理由で術が通じなかったのか?
「あ、もちろん姿は見えなかったよ?でも気配はわかるからさ」
「……………末恐ろしい男だ」
頭痛を堪えるようにリオウは米神に手をやった。まさかそんな理由で…まさかこんなにも斜め上の方向に才能を伸ばしてくれるとは思わなんだ。
「リオウ様もですよ!!!」
「私もか?」
「当たり前です!連絡くらいしてください!」
突然話の矛先が自分へと向かい、リオウは肩をすくめた。少しくらい良いではないか、なんて言おうものなら、きっと今傍でうんうん頷いている側仕えも含めて小言が100倍になって返ってくるに違いない。
「そうだな、次があれば必ず言付けよう」
(言付けよう、ということは)
(外出する気は大いにあるということか…)
黒羽丸と首無は、主の真意を見抜いてため息をついた。実に麗しい笑みを浮かべているが、恐らくあれは全くもって反省していない。
リクオは、そんなことよりとリオウの腕に抱かれた子犬に視線を移した。
「…兄さん。それ、犬神?」
「あぁ、そうだ。…ふふっ気に入ったのでな、私の傍に置くことにした」
犬神、と名を呼べば、ぼんっと軽い音とともに先程戦った少年が姿を表す。だが、その顔には先程までの覇気はなく、リオウの顔を困ったように見つめるだけだ。
「これは私が慈しみ、私が護る。お前と言えど文句を言う事は許さぬ。…なに、傍に仕える優秀な腹心が一人増えただけのことよ」
少し硬い茶髪を撫でると、犬神は驚いた様子で身を固くする。
「本当に、俺でいいのか?」
「なんだ、お前は私の傍に居るのは不満か?」
「!違う!そんなことは…っ」
「分かっている。不満でないのなら、大人しく私の傍にいるといい。私はお前が欲しいから手を伸ばした。それだけだ。それとも―――お前はもっと甘い言葉を所望か?」
顎を持ち上げ、ついと目を細める。壮絶な色気に犬神は勿論、端から見ていた氷麗や首無達まで赤くなった。
ただ一人、リクオは怒りを爆発させていたが。
「―――僕の目の前で他の男を口説くの、やめてくれない?」
犬神とリオウの間に滑り込み、犬神の髪を撫でるたおやかな腕を掴まえる。ギリギリと細い腕に指が食い込む。顔色ひとつ変えず、実に楽しそうに目を細めるリオウを、リクオはぎろりと睨み付けた。この人は本当に―――
「兄さん、僕のお嫁さんだって自覚無さすぎるんじゃない?」
「妖怪としての成人もしていない童が何を言うか。ふふ、なんだ、こんな私を好いてはくれないのか?」
リクオはぐっと言葉につまる。好きじゃないわけないだろう。だってこれも含めて兄さんなんだから。気に入った者に甘いのだって全部好きなんだからどうしようもない。
「好きだよ、ずっと変わらずね。他に目移りしても、兄さんは絶対僕の隣に帰ってくる」
「ほう?言の葉で縛るつもりか?神や妖なら兎も角、人間風情の言霊なんぞたかが知れているぞ」
「言霊じゃないよ。これは事実。現に兄さんは僕に縛られることを心の底から嫌がってないでしょ」
リオウ自身、束縛されるのを厭う質なのは知っている。事実、俺のモノだと彼を縛ろうとした窮鼠や玉章の元へは寄り付きもしない。
それに、自分に縛られるのが本当に嫌なら、今ここで大人しく捕まっては居ないだろうし、もしかするととっくの昔に自分は消されているかもしれない。…でも、リオウはそれをしようとはしない。
リオウは虚を衝かれた様子で目を瞠った。桜色が僅かに揺れる。ついでどこか不機嫌そうに柳眉を寄せ、純白の尾をパタリと閃かせた。
「ーーー図に乗るな」
私は帰るぞ、と一言告げると、リオウの姿は桜の花びらと共に風に乗って消えていく。慌てて追いかける黒羽丸と犬神、首無も空に溶け、残されたリクオは、「リオウ様を怒らせて大丈夫なのですか?」と目を眇める氷麗と河童をよそにくつりと笑った。
(ああやって照れるのが可愛いからやってる、なんて言ったら本当に怒られちゃうかな)
去り際にあの涼しげな目元が薄紅に染まっていたのを思いだし、リクオは一人ほくそ笑んだ。