天狐の桜10
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桜の花弁がひらひらと舞い踊る。ふわりと音もなく現れて己を抱き寄せる麗人に、犬神は目を瞠った。
「なぁ犬神…私と交わした契りは忘れておるまいな?」
約束通り、お前を貰い受けに来た
「どういうことだ、犬神」
リオウは玉章についと視線を向けた。玉章は呆然とリオウを見返すだけの犬神に、殺意と怨念の籠った視線をぶつけている。
「その人は僕の伴侶となる人だ、そうだろう」
「私に手をとられる者が憎いか」
まるで能面のような表情のない顔で玉章はリオウを一瞥した。その瞳に宿るのは底知れぬ闇のような、どろどろとした熱情。
「手をとられるのを待つのではなく、自ら手を取りに来る位の気概を持てぬものか…」
「気概はあろうと、愛する人が己以外を気にかけていれば気に入らないと思うのは道理ではないでしょうかね」
リオウは玉章の滔々とした返事にぱたりとひとつ瞬いた。成る程、存外この青年は嫉妬深いらしい。こんなところまでリクオによく似ているがやはりどこか違う、と心の中で独り言ち、リオウはふっと微笑んだ。
「私を愛するならばそれも含めて受け入れる度量がいるのではないか?狸の倅よ」
「…いいえ。やはり僕しか見えないように躾ることにしましょう。僕だけに溺れてくださるように」
「…私を躾る、か。ふ、ふふっこれはなかなか笑わせてくれる。―――だそうだぞ。リクオ」
お前はどうする?
妖しく艶やかな声が耳朶を擽り、鼻先を桜の香りが掠めていく。ハッと気がついてみればそこにリオウと犬神の姿はない。
リオウがふわりと姿を消したその瞬間、時間通りにプロジェクターは作動し、二人の影を舞台に色濃く映し出していた。
「おや、奴良リクオ君…久しぶりだね」
玉章は舞台袖からゆらりと姿を表したリクオを一瞥し、ふっと口の端をつり上げた。口角をあげようと目の奥は笑っておらず、彼の内心を示すかのようにどこか歪さが目立つ。
「まさか君が、そんな立派な姿になるとはね…」
君をどうやら見くびっていたようだ、とため息混じりに玉章は嗤った。あぁ、本当にこんな力があるとは。それに、リオウが犬神に興味を示すことも計算外だった。――計画外ばかりの事が続いて腹が立つ。
「ふふ…君は面白い。闇に純粋に通ずる魔道。今の君になら、僕が名乗るに相応しい」
だけどこんな姿じゃ説得力がないね
言うが早いか、玉章の姿が妖のそれに変わる。歌舞伎役者のような面に白く長い髪。鋭い妖気が肌を刺す。
「僕は――四国八十八鬼夜行を束ねる者。そして、八百八狸の長を父に持つもの」
妖怪 隠神刑部狸。名を――――玉章(たまずき)
「君の畏を奪い、僕の八十八鬼夜行の後ろに並ばせてやろう」
「…それは、こっちの台詞だぜ。豆狸」
リクオは悠然と視線を返した。交わす言葉も少なく、玉章は暗い闇の中へと溶けるように消えていく。
「それでは、さらばなり。また会おう」
「………芝居がかった狸だ」
舞い散る葉を一枚捕まえ、リクオは呆れたように笑った。天狐は桜で妖狸は枯れ葉か。まさに正反対。
「四国…八十八鬼夜行…?」
「若?」
「早く消えるぞ。終幕だ」
リクオはくるりと踵を返す。間もなくしてバリバリとスクリーンが割れ、内側から扮装した清継が飛び出してくる。
「悪・霊・退・散ーーーー!!!」
唖然とした様子で固まる生徒たちも何のその。くるっと振り向いてポーズを決めながら、ボクに任せれば万事OK!!!生徒会長には演出力!!!企画力!!!そして実行力のこの清継へ清き一票をー!!!と決め台詞も抜かりない。
「お…」
「おおぉぉぉおーーー!?」
「やっぱ清継の演出かよーーー!!!」
「マジでか!?ありえねーーー!!!」
「でもすげーーー!!!」
「清継すげーーー!!!」
「ふふっやはりこうなるか」
体育館の外、飾り窓から中をうかがっていたリオウはそう言って目を細めた。下手に妖騒ぎを起こすのは得策とは言えない。多少力業でも清継の演出ということに出来るのなら、これ程ありがたいことはない。
(……まぁ、彼には「やりすぎだ」と多方面から叱責がありそうだが、甘んじて受けてもらおう)
「―――なぁ」
「ん?」
犬神はどこか居心地悪そうに視線を彷徨わせた。見れば黒羽丸が警戒心剥き出しでリオウを守るように立ち、睨み付けている。
「黒羽丸。警戒せずとも、それはもう私を襲うことはない」
「リオウ様…!御身に何かあってからでは遅いのです!!!」
「………この真面目一辺倒め」
犬神、おいで
リオウはふわりと微笑みながら両腕を広げた。ふらふらと吸い寄せられるように近づく犬神の頬を両手で包み込み、額を合わせて何事か呪を唱える。
パキン、とどこかで甲高い澄んだ音がした。
「今お前に2つの呪いをかけてやった。一つは私へ謀反を起こせばその身を炎が焼き尽くす呪いを。もう一つは…変化を」
「!変化、か…?」
「ふふっなに、愛らしい犬の姿であれば誰も文句は言わなかろう?無論、その人型でも構わぬ。好きなときに好きな姿に変化出来るようにしてやったまで」
これで安心かと黒羽丸を振り替えると、相変わらずの仏頂面で、渋々といった様子で頷いた。
「では、改めてよろしく頼むぞ、犬神」
私がお前の主だ
白魚のような長い指がくしゃりと髪を混ぜる。慣れない温もりに、訳もなく堰を切ったように溢れた滴が頬をしとどに濡らしていく。
泣き方を知らぬ幼子のように、静かに静かに泣きじゃくる犬神を抱き寄せ、その背を優しく撫でながら、リオウは優しく微笑んでいた。